憐憫の獣、再び   作:逆真

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ふと思ったのだが、ソロモンの真実を知っていたとしてもゲーティアは結局人理焼却をしたんじゃないかな。
魔神柱「この悲劇を見て何も感じないのか」
ソロモン「別に何も。だって、僕にはそんな権利がないんだよ。悲しいと思うことも、怒ることさえできない」
魔神柱「では、仕方がないな。仕方がないから、私たちが代わりにやってやろう」悲劇なんてない世界に作り直す的な意味で
ソロモン「ああ――安心した」人理補正式の役目を果たしてくれる的な意味で。本当に安心していたかどうかは別にして


天の国は誰のもの

 ここで一度、聖書陣営を取り巻く問題について、彼ら自身が不知であったり軽視しているものも含めて振り返ってみるとしよう。

 

 まず、魔神柱を自称する怪物たち。その詳しい正体は、彼ら以外にとっては不明だ。三大勢力から魔神柱へ向けての警戒度は低い。『禍の団』の旧魔王派への対策に追われているのに、そちらにまで余力は割いていられないからだ。それに、グラシャ=ラボラスを僭称した個体を倒せてしまったことが大きい。初代大王を始めとする初代七十二柱を襲撃した個体は特別強かったのだと推測された。

 

 なお、グラシャ=ラボラスと聖書上層部の戦闘時の会話は現場の者しか知らない。知ったところで、情報の改竄を疑うレベルのことが起きたからだ。公の情報としては流れていないが、ある特撮番組でほぼ忠実に再現されている。当然ではあるが、その回の放送は賛否両論だった。初代たちの死に対して不謹慎だという意見もあれば、初代たちの敵討ちに成功したことをアピールすべきだという意見もあった。

 

 次に、悪魔の駒に関してである。ある時を境に、奇妙な噂が出始めた。曰く、『悪魔の駒を抜き出す技術が確立された』。最初は誰もがくだらない噂だと一笑に伏した。悪魔に転生したことを後悔する不忠者の妄想だと。だが、噂は小さくなるどころか徐々に大きくなった。それどころか『上級悪魔が元転生悪魔に殺害された』という事件まで発生した。無視できないレベルになりつつある。悪魔だけではなく、天使版の『悪魔の駒』に相当する『御使い』を開発中の天界にとっても重要な案件だ。なお、この問題に関しては軍服の看護師が関連しているという噂がある。その看護師はかのクリミアの天使を彷彿とさせるらしい。調査は行われているが、かなり難航している。

 

 そして、聖剣エクスカリバーの消失である。エクスカリバーの破片は回収されている――はずだが、教会側には戻ってきていない。この件に関して更に細かく言うならば、コカビエルの手元には四本の聖剣があるはずだったが、回収された聖剣は三本だけだ。残る一本の詳細は一切不明となっている。ペンドラゴン家の御曹司が家宝であり国宝であるコールブランドを持って出奔したという話があるが、関係性があるかもわからない。これに関しては他の問題と比較して軽い。聖剣を教会に持ち帰るはずであったのに行方不明になっている紫藤イリナの安否確認も含めて、極々身内の関係者以外は関心をそれほど向けていなかった。

 

 更に、聖書を除くほぼすべての神話の地獄と魔神柱たちの密約がある。冥界が焼かれる時、『不運』が重なってしまい、悪魔たちは他の地獄に亡命することが物理的にできなくなる。地獄の王たちは、魔神柱のすべてを知っているわけではない。冥界を焼くことは知っていても、その後に天国まで焼くつもりだとは考えていない。ましてそのエネルギーを回収するつもりであるなど想像もしていない。ただ、聖書陣営に大きな不幸が訪れることと、未知の勢力の実力を知るために、その密約を受け入れた。見返りとして渡された物資と技術の存在も大きい。

 

 聖書が正しく認識しているつもりである危機、禍の団。旧魔王派と英雄派という二大派閥があることは理解されているが、当然、その意識が強く向けられているのは旧魔王派である。だが、英雄派は確実に成長している。神滅具も英雄の血も関係ない。確かな『英雄』が目覚めようとしていた。――栄華の後に訪れるであろう破滅も含めて、聖槍の所有者はその槍に相応しい男になりつつあった。

 

 最後に、三大勢力のトップ陣の誰もが察知できていない問題が一つある。一刻も早く察知しなければならない問題があった。それは、教会最強のエクソシスト、デュリオ・ジェズアルドが信仰と裏切りの狭間で揺れていることだ。

 

 

 

 

 

 

 極論ではあるが、宗教とは道具である。

 

 生きるための道具だ。殺すための道具だ。心を安らかにするための道具だ。不安を煽るための道具だ。人を動かすことも、金を得ることも、罪を逃れることもできる道具だ。戦争を始めるための道具であり、戦争を続けるための道具であり、戦争を終わらせるための道具だ。人を糾弾するための道具であると同時に、人を修正するための道具である。殉教とは、宗教を使った自殺と言えるかもしれない。

 

「……」

 

 そして彼――デュリオ・ジェズアルドにとって、宗教とは誰かを助けるための道具である。

 

 戦災孤児であり両親もなく、教会の施設で育った。そのため施設を出て教会の戦士育成機関で戦士として鍛えられた。一つの教徒として、神への信仰は絶対のものである。だが、彼は狂信者ではない。

 

 天界が進めている悪魔陣営や堕天使陣営との和平および協定。反対している者も多く、口には出さずとも快く思っていない者も少なくない。だが、デュリオは良いと考えていた。その方が良いからだ。その方がこれ以上の犠牲者など出ないからだ。戦争がなければ自分のような犠牲者は増えないし、和平が成立すれば小競り合いによる被害者もいなくなるからだ。

 

 これまで流してきた血や涙を無為にするとしても、それだけの価値があるとデュリオは考えていた。考えていたはずだった。

 

「…………」

 

 数日前、デュリオの下にレフ・ライノールと名乗る男が現れ、ある交渉をしてきた。

 

 あちら側からの要請を簡潔に言うと、来たるべき時が来れば天界にある偽の情報を流すというものだった。

 

 これだけならばデュリオは断っただろう。彼とて使徒だ。そのような要件を飲めるわけがない。単純に天界や教会を裏切るだけでは終わらないかもしれない。それにより、多くの被害が出る可能性だってある。そのような可能性を看過できるほど彼は愚かではない。

 

「………………」

 

 だが、相手が交換条件としてデュリオに渡すと言ってきた物が問題だった。

 

 それは()()だ。

 

 救世主の血を受けた聖遺物ではない。神滅具の一つでもない。世間に『魔神柱』という名称が認知され出した怪物たち、彼らによって作られた万能の願望器。その形状から仮初めとして与えられた名称が聖杯であるというだけの、至高の魔道具。

 

 どんな願いでも叶えられる奇跡の再現。そんな代物を、デュリオが条件を飲むだけで渡してくるという。

 

「……………………」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 荒唐無稽にも程がある。あまりにも使い古された偽りの文句だ。あまりにもありふれた甘い罠だ。考慮に値しない。このような取引は拒絶し、あの男のことを教会上層部や天界に報告するべきだ。

 

 あの男は自分たちの存在の秘匿は条件にしなかった。言うまでもないと考えている、というよりはどちらでも良いという態度だった。彼の提示してきた一つの虚偽情報が然るべき時に流れるだけで、事は足りるのだろう。だから、取引に応じるかは置いておいて、デュリオは彼から接触してきたことを報告するべきだ。

 

「………………………」

 

 無理だ。この取引を無視することは、デュリオには無理だ。彼らの情報を他者に流すことも無理だ。

 

 なぜなら、デュリオ・ジェズアルドには救いたい子どもたちがいる。神器による先天的障害に苦しむ子どもたちだ。神が救わないあの子たちを、万能の願望器ならば救えるかもしれない。それどころか、あの男は言外に伝えてきたのだ。――自分たちは所有者を殺さずに神器を抜き出す方法を見つけていると。聖杯ではなくそちらを要求することも考えられる。

 

 最近よく耳にする『悪魔の駒を抜き出せる看護師』の存在が、あの話の信憑性を高める。余談ではあるが、この看護師の話があるために、三大勢力の和平を快く受け入れられない人間も多い。和平する意味などあるのか。戦いをやめる意義などないはずだ。

 

 三大勢力の和平が成立すれば、神器の研究が進んでいるという堕天使側の技術で救えるかもしれない。そちらの方が確実かもしれない。だが、それが叶うにはどれだけの時間が、どれだけの犠牲が必要だ。一秒一秒を苦しむ彼らに、これ以上何に耐えろと言うのか。だって、和平ではなく闘争を選べば、過去の犠牲者に報いることができるはずなのだから。

 

「……………………………」

 

 この交渉はデュリオにとってかなり分がある。というか、あちら側からしてみれば割の悪すぎる取引のはずだ。聖杯だけ受け取って、虚偽情報など流さないという選択肢がある。応じた振りをして、彼らから情報を引き出すことだって考えられる。

 

 だが、無理だ。そんな生き方ができるのならば、今の彼はここにない。

 

「…………………………………」

 

 レフの言葉を思い出す。ここまでデュリオを苦悩させている彼の言葉を。

 

『私ではない。私たちでない。まして神でも奴らでもない』

『キミが彼らを救いたまえ』

 

「…………………………………………」

 

 デュリオは与り知らぬことではあるが、レフは自分とデュリオを少し重ねて見ている。哀れだと感じ、救いたいと思いながらも、レフは結局カルデアを爆破し、マシュ・キリエライトを一度殺した。自分と同じ立場になっても、デュリオは同じ選択肢を取らないだろうとレフは痛感しているのだ。だから、デュリオにこのような交渉を持ち掛けたのだ。自分がすべき行動を間違えるなと。

 

「………………………………………………」

 

 デュリオは狂信者ではない。狂信も妄執もないが、使徒だ。今日まで教会に生かされてきた。今日まで神の名の下に戦ってきた。

 

「……………………………………………………」

 

 彼が天界を裏切るという展開は、よっぽどのことがない限りは有り得ない。

 

 そう、よっぽどのこと――神の不在を天使長から教えられ、天使に成り下がれと言われない限りは。天使が『システム』を守るためだけに、神の名を騙り、人間を踏みにじっていたと知らない限りは、デュリオは裏切らないだろう。

 

 魔神柱から交渉を受けていなければ、きっとこんな揺れはなかった。妥協しながら、諦観しながら、許容しながら、デュリオは『ジョーカー』となっただろう。そんな彼だから、あの要求は退けられない。受けてしまいたいと思ってしまう。

 

「…………………………………………………………」

「フォウ、フォウフォウ」

 

 貴方の裏切りは貴方の中でさえ可決している。動くならば早くするがいい。早くしなければ――『獣』がおまえの全てを食らうぞ。

 

 

 

 

 

「ダンタリオンより報告。十字架は完成した。所有者も含め問題はない」

「フルカスより報告。保護した人間たちが戦意を唱える。回復した負傷者が闘志を示す。自らを虐げた生命どもを屠らんと、復讐をせんと息を巻く」

「バラムより提案。彼らに復讐の機会を与えよう」

「マルコシアスより否定。それでは意味がない。彼らは痛みを受けた。彼らは苦しみを味わった。これ以上の悲劇は不要だ。計画が終了した時、彼らは『人間』でなければならない」

「だったら、我、ゲーティアと一緒に戦う。我、ルシファーやミカエルより強い」

「大人しくしていろ、オーフィス。計画をこれ以上乱すわけにいかないのだ。我々はおまえのいた禍の団とやらの一員だと思われているようだが、おまえと我々の関係はハーデスを始めとした地獄側に知られるわけにはいかないのだ」

「ザガンより報告。三大勢力が京都のキングゥに接触を試みているようだ」

「アモンより了解。警告はしたが、万一のこともある。彼の対応次第で、計画の微調整を行えるように手配しよう」

「ベリアルより提案。円卓の騎士ベディヴィエールに接触するべきだ。我々やキングゥとはこの世界への召喚形式が異なる可能性が浮上した」

「ガープより連絡。彼の現在地は不明だ」

「グレモリーより承認。彼と対面した場合、交渉は私が行うはずだった。私が担当しよう」

「フォルネウスより報告。冥界にてテロリスト対策の会談が行われる。各勢力の上層部も出席する模様。インドラの名前もある」

「了解した。いよいよ俺の出番というわけだ」

「モラクスより懸念。ギリシャ神群と北欧神群はどうするのか。インド神群を封じても、これらの神群の不要な介入は十分に有り得る」

「ウァラクより提案。現状では二つの神群を対処するには戦力が不足している。これでは天国を焼く時に支障が出る可能性がある。英雄派だけではなく旧魔王派も戦力として吸収すべきではないか」

「ムルムルより否定。そのための槍であり、杯であり、十字架である。元よりあれらは神を滅ぼす具現。計画の補強として確保したが、戦力として数えても不足はない」

「ウェパルより否定。ギリシャも北欧も多神である。どちらも、神王の座はあってもその地位は絶対ではない。神王を滅ぼしたところで余計な手間が増えるだけだ。現状の戦力では不足している」

「サブナックより補足。戦闘になることに関して支障はない。だが、その戦闘が天界焼却時あるいは直後であった場合は問題だ。エネルギーの回収が遅滞する」

「カイムより同意。オーディンは知識に貪欲な神だ。知識を得るために、首を吊り、目を捧げた。我らやあちらの世界を知るために、手段は選ばぬだろう。ゼウスも勢力の強化に余念のない神だ。対応次第では、全面的な対立は避けられない」

「ゼパルより提唱。私に良い考えがある」




アンケートやっています。お時間あればご協力ください。

魔神柱会議(意訳)
ダンタリオン「十字架の準備完了」
フルカス「保護していた子たちが俺たちも戦えるってうるさいんだけど」
バラム「やる気があるなら戦わせよう」
マルコシアス「計画が終わった時、彼らの手は綺麗じゃねえと駄目だっつーの」
オーフィス「じゃあ戦う」
ゲーティア「おまえのことが他所にバレたら大変だから大人しくな」
ザガン「三大勢力がキングゥにちょっかい出すかも」
アモン「警告はしたけど、揉めるかもな」
ベリアル「今更だけどベディヴィエールに会っておかない?」
ガープ「彼の居場所分からんよ」
グレモリー「じゃあ私が探しておくよ」
フォルネウス「冥界に各勢力のお偉いさんが集まるってよ。インドラの名前もある」
???「了解した。いよいよ俺の出番というわけだ」
モラクス「ギリシャ神群と北欧神群はどうする?」
ウァラク「今の戦力だとちょい厳しいぞ」
ムルムル「聖遺物もあるしいけるだろ」
ウェパル「でも、どっちも神の数が多いからな」
サブナック「天界焼く時、邪魔されないようにしないとな」
カイム「オーディンもゼウスも余計なことばっかりする神様だしな」
ゼパル「私に良い考えがある」

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