憐憫の獣、再び   作:逆真
<< 前の話 次の話 >>

26 / 45
ピックアップ仕事しろ。
この怒りは遊園地回を次回に回すことで晴らしてやる。


□□□□

 俺の手の中には一つの指輪がある。

 初代アスモデウスから真なるアスモデウスの血族が極秘に継承してきた指輪。天に返還されているはずの、ソロモンの指輪。初代様は一度、ソロモンから指輪を盗んでいる。奪還されたことになっているが、ソロモンの手に戻った指輪は偽物の指輪だ。つまり、天界に保管されているであろう十の指輪のうち、一つは偽物だ。

 ソロモンも神もミカエルもなぜ気づかなかったのか。理由は簡単だ。この指輪のすり替えは、初代様とソロモンとの共犯であり、彼こそがこの計画の主犯だからだ。ソロモンの偽装魔術と演技、彼への信頼もあって、神もミカエルも偽物の指輪に関しては気づいていない。気づいたところで公に知らされることもないだろう。かの王が相手とはいえ、神と天使長が人間如きに騙されたのだから。

 彼は後世のために指輪を世界に残しておく必要があった。だが、黙っていれば神に回収されてしまう。だからこそ、初代様と組んだ。そして、アスモデウスの血族は約束の日までこの指輪を保管してきた。――指輪の真実を他の魔王にも隠匿しながら。これは他の魔王を出し抜こうという話ではない。それをしようとしていたのは、むしろもう一人の共犯者である初代ベルゼブブ様だろう。

『覚悟はできているって認識でいいんだな? アスモデウスの末裔』

 不愉快そうな声だった。不機嫌そうな声だった。

「ああ、構わない」

 傍から見れば俺が独り言をしているように見えるだろう。この声は俺にだけ聞こえるものだ。そして、この声こそがソロモンの遺志。

 ソロモン王の復活は有り得ない。魂も、精神も、肉体も神によって『システム』にくべられたからだ。天使も堕天使もそれを確認している。だからこそ、三大勢力は魔神柱の背景にソロモンが関わっていないと考えている。そう信じていたいのだ。実際、魂も精神も肉体もないのに復活はできない。

 指輪をすり替える前に、ソロモンは自分の魂の一部を指輪の前に封印した。そして、ソロモンの魂は指輪の使用者を乗っ取る。初代様はこれを承知で極秘でこれを継承していた。歴代の誰もがこの意味を理解し、使用しようとは考えなかった。誰かに言うこともなかった。恐ろしかったのだ。かの王の復活以上に、自分の意思が他の誰かに塗り潰されるなど。たとえ、空前絶後の力を手に入れることができたとしても、そこには自我などないのだから。

 サーゼクス達に政権を奪われた内紛の時も、これを使っていたらと考えることはない。これを使うということは、悪魔という種族の絶滅を意味する。否、絶滅ならばまだいい。破壊と支配という悪魔の本懐を遂げるために名誉の戦死を遂げられるならば最善の滅びだが、ソロモンにそんな慈悲はない。

 あの頃の俺とは違う。俺はもう自分の意思などいらない。彼女のいない世界に未練はない。彼女がいたからこそ、俺はこの指輪を使うことを良しとはしなかった。

「俺の身体を明け渡そう、イスラエルの古き王。初代様とおまえが交わした契約を、ここに果たす」
『ああ。だが、初代アスモデウスと俺が交わした契約の中には、身体を差し出した奴の願いをできる範囲で叶えてやるってのがある。クルゼレイ・アスモデウス。おまえの願いを言えよ』

 考える意味もない。最初からそれは決まっていた。

「偽りと偽善の魔王と、堕天使の総督に死を」
『それは……代償にはならない。現代の情勢を聞くに、それは最初からやる予定だった。まあ、俺が殺すわけじゃないけどな』
「予定では困る。絶対にやってもらわなければならないのだ」

 オーフィスはいない。どこに行ったか見当もつかない。『蛇』はもうない。今の俺ではカテレアを殺したアザゼルにも超越者のサーゼクスにもそれに準ずるファルビウムにも勝てない。俺は、弱い。愛した女の仇を討つことも、その名の威厳を取り戻すこともできない。

 魔王の立場を奪われただけではない。彼女は――カテレア・レヴィアタンは、偽物の魔王に名前を辱められた。屈辱を拭えぬまま、彼女は旅立ってしまった。もう会えない。

『あいつも、初代アスモデウスの奴も、そういうところあったよ。あいつが色欲を担うことになったのは皮肉でしかないな。おまえは間違いなく、アスモデウスだ』
「光栄と言うべきなんだろうが、その言葉は、何の意味もない」

 カテレア、俺は君がいるだけで良かった。君が心から笑える光景を見せてあげたかった。

『……やっぱり血は争えないな。種の帰属意識よりも一人の女への情念が勝るか』
「父上が言っていた、トビト記の真実か。どうでもいいな。早くしてくれ。気が変わる」

 ソロモンもそれ以上は何も言わない。指輪から膨大な魔力が流れ込んでくる。高揚と同時に、喪失を感じた。自分がなくなっていくことが理解できる。自分の中にあるすべてが別の何かに塗り潰されていく。自分の記憶が他人のように実感がなくなっていく途中、同じ真なる魔王の血筋を思い出す。先に待っているであろう彼女ではなく、未だにどうにかなると信じている彼を思い出す。

 悪いな、シャルバ。俺たちの、悪魔の歴史はこれで終わりだ。先に逝く。せめて、あの偽物どもを含めたすべてを道連れにしよう。







《で、結局何をやったんでやんすか? ソロモンって》

 ハーデスの発言の後、その場にいた多くの神魔の過半数が席を立った。無言で転移する者、三大勢力に罵声を浴びせて逃げるように去った者、顔を青くしながら配下に肩を支えられる者、ハーデスに詰め寄って詳細を訊ねる者。反応は十人十色ならぬ十神十色だったが、いずれもそれまであった「三大勢力に協力してテロリストをどうにかしよう」という考えは消え去った。そんな余裕はどこにもなかった。

 席を立たなかった者は、ハーデスの情報が半信半疑だった者だ。あるいは信じたくなかっただけか。

 サーゼクスやアザゼルも素直に信じるわけにはいかず、退出しようとする首脳陣を引き止めようとした。だが、こう言われてはどうしようもない。

 ――もしも本当だった場合、お前たちに責任は取れるのか?

 責任など取れるはずない。具体的な方法などないし、聖書の勢力にそれほどの信用などない。実際、魔王も天使長も堕天使総督も何も言えなくなった。

 その光景を父・最上級死神オルクスから聞いたベンニーア。母を人間に持つ彼女は、三千年も前の王の話を神話でしか知らない。だが、神話で語られるかの魔術王に関して、世界の対応は違和感を覚えるものでしかなかった。何をすればここまで恐怖され、嫌悪され、畏怖されるのか。指輪を神からもらっただけの、半神ですらない賢い王ではなかったのか。よって機会を見てハーデスに訊ねた。父にも訊ねたが、ハーデスの方が正しい認識で教えてくれるとのことだった。

《ベンニーアよ。おまえは人間が語る神話について違和感を覚えたことはないか?》
《へ?》

 突然、難しい話になった。

《例えば、三大勢力だ。奴らは神、悪魔、堕天使に分かれている。だが、聖書の記述を読めば、悪魔と堕天使はほぼ同一のものとして扱われている》

 神話では世界となったはずのティアマットは、現実では龍王として生存している。神話では一年ごとに復活しインドラに倒されるはずのヴリトラは、現実では神器に魂を分かれて封印されている。神話では神王オーディンに海に投げ捨てられたミドガルズオルムは、現実では自分の意思で海底に眠っている。神話では火山の下に封印されているはずのテュポーンは、別にそんなことはない。

 そもそも神話で語られることが事実ならば、インド神話が人間界で最も信仰される神話になっていなければおかしいのだ。だが、現実では聖書の勢力が最も広範囲に自分達の教えを広めている。

《そりゃそうでやんすが。それはそういうものなんじゃ?》
《そうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。では、そういうものだと定義した者は一体誰だと思う?》

 ここまで来れば、答えは明白だ。

《なんか、想像以上にやばいことを聞いたんでやんすか?》
《そうだな。疑問を持つことは良いことだが、今後は気をつけることだ。神話と現実が乖離している。この乖離は時間が経過するごとに強くなる。そういうものにしてしまった。だが、もう誰にも世界を作り直すことはできない。書き換えるには資源も時間も足りない。これは他ならぬソロモンの仕業だ。これこそが、奴が聖書の神の為の功績と偽り、その実、すべての神話を葬るために犯した罪過》

 すべての神話と人間を巻き込んだ大偉業。彼が書き換えた世界の法則は、今なお現在進行形で神々を蝕む。すべての人間から神話が忘れられるその日まで、抵抗の手段はない。多少の嘘はあったが、神々は彼の計画を許容したのだから。

《ソロモンが全人類に施した呪い――『真理』だ》

 あの怒りしか知らぬ王は、神を利用するほどに、人類を愛していた。







 ハーデスの爆弾発言によってテロリスト対策会議を強制終了された三大勢力トップ陣に、良いニュースと悪いニュースが届けられた。

 まず、良いニュースだが、兵藤一誠が目覚めたということだ。リアスの兄であるサーゼクスも、先生となったアザゼルもこれには安堵した。ゲーム前に目覚めてくれていればと思わずにはいられないが、贅沢は言っていられない。これから更に重要な戦いが始まるかもしれないのだから。

 次に、悪いニュースだが、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーからサーゼクス・ルシファーへの会見の申し出だった。しかも、ユーグリット・ルキフグスを連れて。

 旧ルシファーの実子。旧魔王体制では唯一の超越者。長い間生死不明だったが、このタイミングで現れたということは指輪の件だろう。旧魔王派が指輪を手に入れたというのならば、間違いなく彼の手にあるはずだ。

「いや、俺はあの王様の指輪なんて持ってないよ。だいたいあったらこんな面倒な手続き踏んで来ないって。魔法障壁をすり抜けて、びゅーんって来るよ」

 万が一を備え、サーゼクス、アザゼル、ミカエルというメンバーでリゼヴィムに対峙したが、その万が一は発生しないようだと安堵する面々。

「じゃあ、誰が持ってんだ、リリン。ベルゼブブの末裔か? それともアスモデウスの末裔か? カテレア以外のレヴィアタンの末裔か? いや、案外ヴァーリの奴が持ってんのか? 手に入れたなら旧魔王派の奴はどうして行動を始めない?」
「旧魔王派なんてものはもうないよー」
「は?」
「文字通り、全滅した」

 あっけらかんとリゼヴィムは告げる。明るい雰囲気を無理やり出しているが、少し苦渋の色が浮かんでいた。

「どうもクルゼレイ君が手に入れた指輪にはソロモンの遺志が封印されていたみたいでさー。ほら、聖槍に聖書の神の遺志が封印されているみたいに。いやー、それでクルゼレイ君、身体を乗っ取られたみたいでね。ソロモンinクルゼレイの手によって、旧魔王派はシャルバ君を始めとした主要人物は全滅しました! 俺や孫のヴァーリきゅんは除いてね」
「配下の構成員も、我々が子飼いにしていた者以外は死亡が確認されているないし行方不明となっています。此方が流していたスパイから名簿に名前が載っているだけの雑兵まで」

 リゼヴィムとユーグリットの口から告げられたそれは最悪の展開だった。旧魔王派が全滅したという点ではない。大事であるはずの事態だが、それ以上の緊急事態が発生したのだ。

「よりにもよって、指輪に遺志を封印してやがったってのか! あのクソ野郎は! そのまま死んでやがればいいもんを!」

 魔術王の復活。それは聖書の勢力が最も有り得ないと破棄していた妄想にして、絶対に許してはならない緊急事態だった。

「何ということだ……。これならば旧魔王派が指輪を持っていた方がまだ対処できた。彼が復活したということは、目的は聖書の崩壊……。となると、魔神柱はやはり彼の配下か。初代たちを襲うのも納得できる。今度は壺に封印するだけでは終わらせないということか」

 旧魔王派の目的は、最大で全世界の支配、最低でも現魔王の死だ。中間が自分達の復権だろう。しかし、それはどれも叶わず道半ばで倒れた。それは現政権にとっては良いことなのだが、ソロモンの復活は最悪というしかなかった。

「……いえ、これは逆転のチャンスです。彼が蘇ったというのならば、他神話の協力が得られるはずです。旧魔王派ならば私たちに協力しなければ被害を受けないで済みますが、彼ならばそうはいきません。すべての神話に同盟を持ち掛けることさえできるはずです」
「あの王様のことだから、次の行動を起こす前に各神話と交渉終えてんじゃねえの? 前の時もそうだったじゃん?」
「ならば彼を説得すれば」
「無理だろ」

 ミカエルの考えを、リゼヴィムは一刀両断した。

「俺もあの王様に好き勝手やられると困るんだよ。てか、次に狙われるの俺だろうしね? だからさー、対抗策を探したのよ。で、見つけたのよ。でも、俺だけじゃどうしようもないのよ。それで、現政府に保護と協力を求めに来たってわけなんだよね、サーゼクス君」
「……分かりました。冥界のために、手を結びましょう。それでリゼヴィム殿。あの男への対抗策とは何なのでしょうか?」

 リゼヴィムはその問いを待っていたとばかりに、ニタリ、と口の端を釣り上げた。その笑みにどこか見覚えがあったアザゼルだが、次の提案でそれどころではなくなった。

「聖書の神様を復活させるんだよ。手段は見つけた」



覚悟のある者のみ、この先を見よ

















次回予告「これが‟楽しい”という感情か」
歓びあれ! 歓びあれ!
おお流星の如き光景よ! 遊べど尽きぬ無限の玩具よ!
求められるとはこういう事か! 拒まれるとはこういう事か!
我々にはこの感情が足りなかった! 我々にはこの未熟さ、この愚かさ、この遊戯意欲が足りなかった!
バアル、「パパうざい」と言われ凹むアーチャーに激励。
ナベリウス、迷子となったレオナルドを捜索。
フラウロス、『彼』と『彼女』の現状の想定により、落涙。
グラシャ=ラボラス、魔法使い派残党と別行動。
アンドラス、フェニクス、ジェットコースターの是非に関して意見の衝突。
フォルネウス、この施設の守護霊より不審者認定。
バルバトス、ハルファス、熱中症を起こした者をバーサーカーより保護。
ハーゲンティ、パンフレット閲覧により、過呼吸。
サブナック、キングゥとの遭遇により、交渉。
アンドロマリウス、英雄派一部の浪費の阻止に奮闘。
ゼパル? 知らん。
おお――この施設の中にもこれほどの障害があろうとは!
だが遅い、遅すぎた! 開園時間前に来ておくべきだった!
統括局ゲーティアに警告。ガープより警告。我々はシーズン中の行楽施設を甘く見ていた。というか、これだけ大勢で来るとか考え無し過ぎだった。オーフィスも不機嫌だ。これでは時間神殿の留守を任せている者たちに申し訳がない。
行列に並べ。予定を再構築せよ。
我々は舐めすぎた。全てのアトラクションを回る前に日は落ちる。その前に、我らの無限の研鑽に解答を。
たとえ失敗するとしても――‟オーフィスを楽しませた”という結末を、この宇宙に刻むべきだ! 否、失敗するわけにはいかないのだが!