憐憫の獣、再び   作:逆真
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また感想が荒れそうな展開にしてしまった
しかし仕方がない。作者はこれを面白いと判断し、妄想と執筆が止まらなかったのだから。
なお、今回の展開の都合上、アルジュナの内定は取り消しになった。




 グレモリー眷属は、魔王領の館にて前ルシファーの実子リゼヴィム・リヴァン・ルシファーと対面していた。

「はじめまして、リアス・グレモリー嬢。そして、その眷属たち。私が前魔王ルシファーの嫡子リゼヴィム・リヴァン・ルシファーだ。……なんて堅苦しい挨拶はやめておこう! そういうの苦手だしね、うひゃひゃひゃ!」

 現政府に保護を求めてきたリゼヴィムだが、従者のユーグリットとともに軟禁状態にあった。現政府と彼の関係を考えれば当然の対応であるが、物理的な拘束や行動の制限がされていない分、サーゼクス達現魔王の甘さが見えてくる。

「特に兵藤一誠くんは孫のヴァーリきゅんが迷惑かけたみたいでね。ごめんね?」
「い、いえ、お気になさらず」
「そう? いっやー、今代の赤龍帝くんは心が広くて助かるねー!」

 一誠の言葉に、何が可笑しいのかげらげらと笑うリゼヴィム。

「いや本当、()()()()()()()()? 今回の件では頼りにしているよ、赤龍帝くん」

 妙に馴れ馴れしい態度の魔王の直系に、苦笑いを浮かべるしかない一誠。

「で、サーゼクスくんやアザゼルおじさんが来るまで時間があるからお話でもしようか。何か質問でもある? おじさんこう見えて魔王の息子だからねえ。意外と博識だよ?」
「はい。では、僕から。まず、僕達は今回の戦いで戦力になるのでしょうか? 僕達が知る個体は、グレモリー、グラシャ=ラボラス、ゼパルの三体ですが、いずれも強大な力を持っていました。一番弱い印象のあるグラシャ=ラボラスですら、三大勢力のトップ陣を複数相手にして持ち堪えていました。ゼパルも、イッセーくんが反則じみた力に目覚めたからです。グレモリーは、堕天使の幹部であるコカビエルを圧倒し、部長の……リアス様の滅びの力さえ通じませんでした。七十二柱の初代様たちを倒した個体もまだいます。他に魔神柱が倒されたという話は聞いていません」

 木場裕斗の質問に、リゼヴィムは大仰な手ぶりを加えながら答える。

「大丈夫大丈夫。魔神柱やソロモンの相手は俺やサーゼクスくんがするから。君達若手悪魔には雑兵の相手をして欲しいんだよね」
「雑兵?」
「ソロモンは旧魔王派を滅ぼして、『禍の団』を乗っ取っているようなの。『禍の団』は頭目のオーフィスや旧魔王派の外に、英雄派という派閥があるわ」
「そうそう、勇者の子孫や英雄の魂を継ぐ者たちの集まりだ。人間側のヒーローってやつだねぇ。神滅具を持つ者も何人かいるんだよ。今頃ソロモンに洗脳されて尖兵にされているかもしれないねぇ。君達若手には彼らの相手をして欲しいんだよ」
「英雄派……」

 危機感を高める眷属を、リアスは激励する。

「大丈夫。イッセーが戻ってきた以上、私たちは負けないわ。ライザーには負けてしまったけど、それは彼の方がゲームの経験が上だったということ。実戦経験ならはぐれ悪魔を狩ってきた私たちだって負けないわ。頼むわね、イッセー。同じ神滅具を持つ貴方ならきっと英雄を自称する奴らなんて目じゃないわ。私たちの力で消し飛ばしてあげましょう!」
「はい! 任せてください、部長!」
「美しい主従関係だねえ」

 リゼヴィムが可笑しそうな笑みを浮かべていると、会議を終わらせてきたであろうアザゼルが入室してきた。

「おい、リリン。俺の生徒にいらないちょっかいを出すなよ」
「怖いなー、アザゼルおじちゃんは。俺は年寄りとして、未来ある若者の可能性を探っていただけだぜ?」
「はっ、どうだか。ん?」

 リゼヴィムへの警戒を隠そうともしないアザゼルの元に、突然魔法陣による連絡が入った。

 リゼヴィムの前ではあるが、術式から緊急を要すると判断したアザゼルは直ちに応じる。相手はグリゴリ副総督のシェムハザだ。

「どうしたシェムハザ……なっ、バラキエルとサハリエルが、だと……? あのクソ野郎! 分かった、俺もすぐにグレゴリ本部に戻る。ただじゃ済まさねえ……!」

 連絡を切るアザゼルの顔は、憤怒に染まっていた。誰にも只事ではないと判断できる。困惑した空気が満ちている中、アザゼルが口走った名前が気になった姫島朱乃は問う。

「あの人が、どうかしたのですか?」
「……朱乃、落ち着いて聞いてくれ。バラキエルが――」







「堕天使の幹部バラキエルとサハリエルが死亡? しかも、我々の仕業になっていると?」
「正確には、我々を使役していると勘違いしているソロモンにだ」

 指輪によるソロモン王復活の事態は、時間神殿にも届いていた。

 現在ソロモン復活を知る者は、三大勢力の首脳陣と各勢力のトップ陣の一部だけだ。魔術王の復活は公に出せる情報ではない。彼はそれほどの偉業を成した。彼はそれほどの罪を犯した。

「此方のソロモンの真意は何だ?」

 根本的な疑問。どこかの王のように、普通の人間として第二の生を謳歌したいわけではなさそうだ。行動が過激かつ大胆すぎる。

「此方のソロモンは王であった時代に、悪魔や堕天使を殺戮している」
「聖書の神だけではなく、あらゆる神話の神々を騙し、『真理』なる対界術式を構築している」
「怒りしか知らぬ王と各神話の長は恐れる」
「怒りを向ける相手は、あらゆる異形」
「人の未来を手に入れるために、神を騙し、魔王を利用し、世界の摂理さえも書き換えた」
「その死体は『システム』にくべられた故に、復活はあり得なかったはずだった」
「だが抜け道を用意していた」
「それが指輪に自らの魂を封印すること」
「王の指輪は天界に揃っているはずだ。それが盗まれたのか、すり替えられていたのかは不明」
「これまでの情報を統合すると、此方のソロモンは我々の人理焼却を知っている」
「私たちの罪を知っている」
「我らの聖書焼却にも気づいているだろう」
「仮に情報通りの人物ならば、私たちの目的を察知している」
「きっと彼の目的の先に、我々の理想は許されない」
「だが、我らも断罪を受け入れるわけにはいかない」
「例え相手が、あの男以外のソロモンだとしても」
「聖書の神や獅子王に続く敵というわけだ」

 人間を愛するが故に、異形への怒りしか知らぬ王。神に歯向かい、星の因果を塗り替えた魔法使い。人類に未来を与えた開拓者。

 ああ、あの男に自由があれば、この王のように人の悲劇を見て怒ってくれただろうか。

「こちらのソロモンには、あの男はどのように映るのだろうな」







「俺があっちのソロモンにどんな感情を抱いているか? そんなの、嫉妬に決まってんだろうが。生前は俺とあまり変わらないけど、死後の方は全然違うな。俺も倫理観が破綻しているけど人類愛に満ちたマスターとか、中身おっさんの見た目美女な相棒とか、世界の未来を託せるような少年とかと会いたかったぜ。特に七十二柱とか羨ましいな。何なの、あの子達。真面目すぎるのが玉に瑕だけど、獣に堕ちるほど愛に満ちた異形とか。こっちの害獣どもと交換して欲しかったぜ。俺も指輪の力使って作ろうとしたんだけど……こんな気持ちで作ってもただの人形だからなぁ。彼らの贋作を都合の良い手駒として生み出すなんて、生前の俺には出来なかった。今もやるつもりはない」

 某国某都市の高層ビルの屋上に、ソロモンとその男はいた。

 ソロモンが『向こう側』から呼び出したサーヴァントのひとり。弓兵――アーチャーのクラスのサーヴァントだ。外套を着こみ、その下は包帯で覆われている。顔は目さえ隠し、腕や足まで露出は皆無だ。そのため、人種も年齢も判別しにくい。声から辛うじて成人男性だということだけが判別できる。彼の傍らには巨大な棺桶が立ててあった。

「ゲーティア達には好感を抱いていたのか。意外だな。あのような初対面と決着だったから、俺はずっと貴方は彼らを嫌悪していたのだとばかり思っていたよ」
「俺は異形なら嫌いってわけでもないし、人殺しなら憎いってわけでもないさ。俺は人類という種に未来が欲しかっただけだ。そして、その可能性を限りなく潰してくる奴らが憎かっただけだ」
「その結果が『真理』というわけか。では次の質問をして良いか?」
「構わないぞ、アーチャー」
「千里眼は通常、自分の世界の可能性を見るものだ。過去であったり現代のすべてであったり未来であったり並行世界であったり。だが、別宇宙まで見ることはできない。貴方があちらの世界を見ることができたのは何故だ?」
「一つ訂正しておくと、今はあっち側からでもこっちを見ることはできるぜ。時期的にチャンネルが合っているんだ。アンテナが立っていると言うべきか」

 もっとも、往復の手段はないと考えていい。英霊召喚は肉体のない英霊を聖杯を介しているため可能なのだ。マーリンは彼の千里眼とオーフィスの固有結界の特性を合わせていたため、例外である。

「今は、か。なら三千年前に貴方があちらの世界を見つけられたのはどうしてだ? 『真理』の設計はあちらの神秘の在り方を参考にしたんだろう?」
「俺の千里眼は特殊でな。先天的なものでなく、指輪の力を使って後天的に作ったものなんだ。神々と訣別するための手段を探す方法として、俺は別宇宙を探索した。その成果が、あの世界の発見だった。聖杯や令呪はその時に知った。この世界の過去やら未来やらも見れるけど、副産物の機能だから断片的にしか分からん」
「成程な。なら、そもそも貴方はどうして神代との訣別など考えた? 当時はまだ一般の人々の隣にも神があった時代だろう。今の話だと、向こうの世界を見て思いついたわけでもないようだ。貴方がわざわざ『真理』を組まなくても、人は生きるだけなら可能だったと思うが?」

 何を当たり前のことを、とソロモンは鼻白む。

「さっきも言ったが、俺は未来が欲しかった。俺は生まれながらにして、王だったからな。王には人を守り、導き、定め、次の世代に繋げる責任がある。物心がつく前から思っていたんだ。『このままだと、俺たちはこいつらに支配されたままだ』と。父上……ダビデ王がどう考えていたかは分からんが、俺はその運命を変えたかった。努力したよ。俺たちが生き延びるためにはどうすればいいのか、とにかく思考した。戴冠までが計画の設計期限だったが、どうにか計画を形にできて良かったよ」

 ある世界のソロモンは、人間性を持っていなかったが故に、その生涯に人としての時間がなかった。この世界のソロモンは、人間性を持っていたが、王としての使命感があったために、人としての時間を放棄したのだ。

 人々の笑顔を守れるような王になりたかった。人外に奪われないように、ひとつでも多くの笑顔を守りたかった。神や悪魔への怒りを原動力に、推測と計算を重ねた。

「俺は人類最高峰の魔法力を持っていたが、それを活かしきれるだけの機関が不足していた。自分の能力だけではできることなんて知れている。ダムの水を桶で移し替えることが難しいように。だからこそ、俺は神に指輪を求めた。神の権能を物体化させた指輪をな」

 伝説において、ソロモンは神に叡智を求めた。だが、彼が本当に欲しかったのは神の権能だ。どれだけ強かろうと、地の次元にいては神に干渉することはできない。世界を変えることはできない。だからこそ、ソロモンは自分の位相を上げる必要があった。地平を見渡す人の視点ではなく、世界を見通す神の視点が必要だった。

「指輪を得た俺は世界中の神々に提案した。『信仰の力ですべてが決まる世界を作らないか』と。あの時代の時点で、人間が信じる神は数多だった。誰もが唯一の神になりたかったのさ。太陽は一つしかないのに、太陽神は同じ神話内にすら複数いる。自らのアイデンティティを独占したいのは、人も神も一緒だったわけだ。まあ、折れない神様も多かったがそこは賢王と呼ばれた俺の腕の見せ所だな」

 だが、ソロモンは計画のすべてを話したわけではなかった。ソロモンは提案の際に、神々に計画の詳細を細かく説明した。『時代が経過するに連れ、神代の物語は人々の認識とズレる』という一点を除いて。

 なお、神々にした説明の中には、『誰も世界を作り直せなくなる』という限定条件があった。世界のリセットは聖書の神だけが行ったわけではない。ゼウスやエンリルも大洪水を起こしているし、インド神話は世界の創造と破壊の循環を主題としている。世界の再誕を行えるような神は、元から強大な神であり、自らへの信仰を集めることなぞ造作もないと判断したため、このことを受け入れた。唯一の神となれば、世界を改める必要などないと考えていたからだ。

 そして、七十二柱を封印した壺をバビロンの穴に落とすことで、『真理』の術式は完成した。

「悪魔は血統ごとに特色があるからな。『真理』を組み立てるのに必要だったのは、単純な質量ではなく、魔力の多様性だった。案外、あれが最後の一手だって未だ誰も気づいてないのかもな」
「どうだろうな。悪魔の勢力から力を削ぎたいなら、指輪を使って自害させればいいと、俺は当時から考えていたよ。ゲーティアも違和感を覚えていた。考える時間のある人外ならば、真意を理解した奴らも多いだろうさ」
「あっそ。まあ、俺としては壺が湖の底に落ちるまでに邪魔がなければそれで勝ちだったからな」

 ソロモンは神代に勝利した。超常の存在から人の未来をもぎ取った。

 ただ一点、その成果が即座に出ないということを除けばの話だが。

 しかしソロモンとしても、自分の代で神々を滅ぼすのは躊躇った。手段を択ばなければ出来ないこともなかったが、超常の存在との決着は後世に委ねた。こうして復活したのは後始末のためだ。自分のせいで迷惑を被った『獣』たちへの贖罪のためだ。

「穏やかな滅びを受け入れるでもなく、悪魔は『悪魔の駒』なんて作り出すし。これは完全に予想外だった。てか、あいつらこの仕組みで本当に人口問題解決できると思ってんのか? 指輪をアスモデウスに預けたのは神の復活を先読みしての保険だったが、ここまで堕ちた悪魔を見ることになるとはな。第二の人生とか夢見なくて良かったー」

 ソロモンからしてみれば、滅びから目を背けながらも悪魔の本懐を遂げようとした旧魔王の方がまだ賢く見える。共犯者への贔屓目もあるだろうが。

「貴方には感謝しているよ、ソロモン。長年の疑問が解けた上、俺はようやくあの馬鹿を……いや、馬鹿者どもを殺せるのだから。自分が特別だと、特異だと勘違いし、叶わぬ夢を求めた愚か者ども。はッ! その先にあるのが破滅以下の地獄だと想像さえせずにな。『あれ』はまさに奴らに相応しい末路だ。だが、わざわざゲーティアをあの馬鹿者どもに付き合わせる必要もない。獅子王はゲーティアで倒せる。奴らの旅はここで終わりだ」

 俺が終わらせる、とアーチャーは言う。

「好きにしろと言ったのが俺だが、最後に一つだけ答えていけよ、アーチャー」

 王の顔に、憤怒以外の感情が宿る。それは紛れもない『憐憫』だった。

「俺が言うのも何だが、お前、何であっちの世界と契約なんかしちまったんだ」
「……はっきりとは覚えていないが、きっと寝ていたのさ」

 アーチャーは棺桶を担ぎ、踵を返した。

「英雄になりたい、なんて寝言を言っていた気がするからな」



力があった。願いがあった。信念があった。
力は飾り物だった。願いは借り物だった。信念は貰い物だった。
俺の全ては偽物だった。

歩きを止められなかった。戦いを止められなかった。
諦めればいいのに。認めればいいのに。知っていたはずなのに。
己の全てが偽物であると。

残ったものは強い後悔。
誰も救えない両腕。
そして、人の血で濡れた槍だけだった。
偽物には相応しい末路だった。