憐憫の獣、再び   作:逆真
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〇〇がアーチャーになる条件
・ゲーティアが■■■■の姦計に気づかない(■■■■復活時にゲーティアが死亡している)
・英雄派がゲーティアに「守られていた、この笑顔に」される。笑顔見たのこの一回だけだけど。


溺死しろ

 私たちの王は優しい方でした。

 しかし、王はいつも怒っていました。

 子どもの頃から、人類を取り巻く悲劇について怒っていました。人間に襲い掛かる、人間以外の存在による悲劇について憤っていました。

 ある時は、悪魔に弄ばれた子どもの亡骸を抱きながら。

 ある時は、堕天使に壊された女性の頭を撫でながら。

 ある時は、神の試練に敗れた戦士の死を悔やみながら。

 ある時は、異形の抗争で荒れ果てた村を前に祈りながら。

 王は必死でした。王は本気でした。王は全力でした。

 私たちは王の責ではないと理解しながら、王に恐怖していました。私たちの苦痛のすべてが王の力がたりないからだという錯覚さえしていました。王がいなければ、王の抵抗がなければ、私たちはもっと多くの悲劇に襲われていたと理解していたというのに。

 ですから、王よ。どうか――死――私たちに――ね――謝らないで――死ね――ください。

 わた死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!

 死んでしまえ、無能な王め!







「昼寝とはいいご身分ね、曹操。流石のリーダーもお疲れなのかしら?」
「……ジャンヌか。いいや、少し微睡んだだけだ」

 悪夢から目覚めた曹操は、自分がどこにいるのか再確認する。

 某国の山地の奥。怪物の住処はあるが、神の類が守っているわけではないため、自分達のような者の修行には持ってこいの山だ。麓には小さな町があるため、鍛錬ついでに怪物退治で一石二鳥だ。そんな山の少し開けた場所で、英雄派の仲間と鍛錬をしていたのだ。

 少し離れた場所では、ヘラクレスが巨大な岩を殴りつけていた。他にも、素振りをする者、瞑想しながら神器に潜り込む者、仲間と戦略を練る者。

「どう? 新しい槍には慣れた?」

 ジャンヌの問いに、曹操は自らの手にある槍を見る。聖書の神の遺志が封印されている聖槍を引き抜く代わりに、ゲーティアが自分に与えた魔槍を。

「堕天使側の人工神器を参考にしたそうだが、兵装舎謹製の魔槍だからな。聖槍と勝手は違うが、すぐに慣れる。それこそ、伝説の槍に引けを取らない代物だ」

 時代が時代ならば、この槍を巡って戦争が起きたと言っても過言ではない。仕方がなかったとはいえ、神殺しの聖槍を抜き出したのだ。その埋め合わせである以上、魔神柱も性能に妥協することはなかったのだろう。彼らのプライドは高い。下手なものを与えて不満を持たれるなど論外なのだ。

 流石に神殺しの力はない。その点を指摘すると、「フェンリルでも狩ってこい」と言われた。無茶である。相手は最強の魔物の一匹である狼だ。もっとも、これから英雄派が挑む獅子王とその円卓の騎士たちは、フェンリルに匹敵するかそれ以上の猛者たちなのだが。

「もうじき昼時だな。今日の食事当番は誰だ?」
「アーシアよ。今、麓の町に買い出しに行っているわ」

 それを聞いた曹操の顔が引きつる。二人の会話に聞き耳を立てていた構成員達も同じだ。

「あいつの料理、エタノール臭いんだよな、味は良いんだが」
「食欲沸かないのよね、おいしいのに」

 はあ、と溜め息を吐き出す二人。

「あ、ちなみにゼノヴィアが護衛についているわ」
「彼女に護衛は必要ないだろうけど……。まあ、いいか」
「ふーん」
「……なんだ?」
「いや、あんたも変わったなあって思って。私や他の皆も言えることだけど」
「そうだな」

 これはきっと良い変化だ。かつて願っていたものとは違うが、近い形で理想に至ろうとしている。否、かつて求めていたものよりもずっと素晴らしい形かもしれない。

「ああ、俺たちは変わった。ゲーティアは獅子王に挑めと言った。捨て駒としてじゃない。俺たちをあえて捨て駒にする理由なんてないからな。勝てると、信じてくれている。前の俺たちなら舐めてかかって死んだだろうな。だが、今の俺たちなら――」
「――いいや、お前たちは獅子王に挑むべきではない。お前たちは英雄になどなるべきではない」

 突然の言葉とともに向けられたのは、鋭い殺気。声のした方を見れば、わざとらしい足音が聞こえてくる。その場にいた全員が一斉に戦闘態勢に入るが、その額には冷や汗が流れる。

 やがて姿を現したのは、外套を身に纏った人物。顔や手に包帯を巻きつけて、露出は皆無。その背中には棺桶が担がれていた。体格からかろうじて成人男性であることは判別できる。気配は悪魔や天使のそれとは異なる。この殺気からして間違いなく敵であろうが、その正体が想像できない。

「人間……? だが、教会からの使者、というわけではなさそうだな」

 曹操の言葉を、包帯男は鼻で笑う。

「訂正してやる。俺は小汚い掃除屋だよ。弱っちい人間未満の、贋作だ」
「掃除屋? どういう意味だ?」

 包帯男は曹操の問いには答えず、背中に担いでいた棺桶を振りかざす。そして、棺桶の足の部分を、曹操達の方に向けた。

「俺からおまえ達に送る言葉はただ一つ。理想を抱いて溺死しろ、勘違いの馬鹿者どもめ」

 棺桶が開き、そこから出現したのは砲口だった。人の頭ほどはある、砲弾でも発射するような大きな砲身。歪な機械音を立てながら、砲口から神々しい光が漏れる。

「聖槍起動、宝具多重展開」
「っ! 皆、逃げろ――!」
偽・焼却式XⅢ(カタストロフ・ロンギヌス)!」

 神さえ焼く光が、曹操達に襲い掛かった。

 




 聖書の勢力のトップ陣は、大きく二つの行動を開始している。

 一つは、聖書の神の復活。魔王の息子の提案という危険性の高いものだが、彼の言う通りそれ以外に手がなさそうなのが現実だ。乗るしかなかった。このままでは四面楚歌の果てに三つの陣営が破滅するだけだ。この情報はソロモンの復活以上のトップシークレットとなった。ソロモンの復活までは三大勢力に関わらないで済むが、聖書の神の復活ともなれば話は違ってくる。黙っていない連中が出てくる。この作戦はリゼヴィムからもたらされた情報を元に、ミカエルを始めとした熾天使が極秘で進めている。

 もう一つは、ソロモンとその配下であろう魔神柱に関する情報収集だ。特に、魔神柱に関してだ。ソロモン復活と魔神柱出現には時系列に微妙な矛盾が見られる。クルゼレイ・アスモデウスがいつ指輪を発見したかは不明だが、ソロモンの人物像からすれば行動を開始した時期は指輪が発見された時期とほぼ同じと考えるべきだ。つまり、魔神柱はソロモンが作ったわけではない。ソロモンの配下であることはほぼ間違いないが、創造主は別にいる。

 魔神柱のことを調べるにあたって、サーゼクスはアザゼルと京都に向かった。京都に縁の深い『騎士』を連れて。間違いなく自分達より魔神柱を知っている存在、キングゥを京都サーゼクスホテルに呼び出した。

「お引き取りを願います、アザゼル殿、サーゼクス・ルシファー殿」

 しかし、京都妖怪の大将・八坂からキングゥへの干渉を拒否された。交渉の場に呼んですらいないという徹底ぶりである。彼にはサーゼクスとアザゼルが来ていることさえ伝えられていないだろう。

「八坂殿。こんなことを言いたくないが、彼は何かを隠している。少なくとも、我々よりも魔神柱のことを知っていた。協定を申し出されたとも言っていました。ひょっとしたらは旧魔王派の手下かもしれません」
「そのような疑いをかけられることが、心外だと申しております」

 さっさと帰れとばかりの強い拒絶の裏には、キングゥへの絶大な信頼があった。否、そこにあるのは信頼というより親愛なのかもしれない。

「八坂殿は、彼の過去について知っているのですか?」
「いいえ、あの子は何も話してはくれません」
「では何故です。彼が魔神柱側の者だった場合、貴女や京都の立場は非常に悪くなるはずだ」
「最初はあの子を戦力として欲していました。話に聞くソロモン王の呪いがこの京都を滅ぼす日を、一日でも先に延ばすための力として、あの子に京都に留まって欲しかった。正体不明など気にならないほどの強い子だと思っていました。しかし、今は違います。あの子は優しい子です。そして、悲しい子です」

 時折、キングゥは悲しそうな顔をする。辛そうな顔をする。それは八坂と九重が親子らしい振る舞いをしている時によく見る。あれは、親から捨てられた顔だ。親から否定された子どもの顔だ。何があったかは知らない。何かあったのだろうが、知る必要はないと判断した。その悲しみを、自分達との時間で埋めていけばいいと。その成果か、最近は随分と笑うようになった。

「少々怒りっぽいところがありますが、それもまた可愛らしい。妾にとっては、妾たちにとってはそれで充分なのです。あの子の過去など関係なく、あの子を愛しております」

 八坂は頭を下げる。

「この子はもう我々の家族です。親として子を信じ、守るのは当然の行い。どうぞお引き取りを」

 八坂の立場からすれば、キングゥを庇うこと以上に、聖書の勢力のトップと会っている自体が拙いのだ。それを理解しながらこうして対面したのは、筋を通しているに過ぎない。

 理由は、この国の主神――高天原の主、太陽神にして至高の女神、天照大御神である。世界的に見ても珍しい主神の女神である彼女には、世にも有名な逸話がある。天岩戸だ。簡潔に、現代風に、そして身も蓋もない言い方をすれば、彼女は引きこもった。日本における『日食』の神話的解釈である。

 現在、ソロモンの指輪が発見されたと聞いて、天照大御神は再び引きこもった。ソロモン王の時代、日本は『古事記』が成立していないが、神自体は存在していた。当然、天照大御神もソロモンの詐欺被害者の一柱である。これもまた当然であるが、ソロモンの指輪をよりにもよって旧魔王が手に入れたという情報が入った以上、彼女の対応は当然のものかもしれない。

 だが、()()()()()()()()()()。神話の再現はされていない。これもまた『真理』の影響だ。ほとんどの日本妖怪は、当然ソロモンの死後に生まれたものが多いため、ソロモンの恐怖を実感したのはこれが初となった。この世界が自分達を忘れようとしているのだと、日本中の異形が理解した。同時に、指輪を持つ旧魔王への脅威性が上がり、再認識したのだ。三大勢力にこれ以上関わってはならないと。日本の土地を縄張りにしている悪魔や堕天使などの排除も検討されている。

 だが、三大勢力も引き下がるわけにはいかなかった。特に、幹部二人を同時に失ったアザゼルは。

「あのな、俺だって古くからの戦友を……ダチを殺されてんだよ! ここまで来て引き下がれるか! バラキエルの娘の朱乃のためにも、俺はあのクソ野郎をどうにかしねえと気が済まない!」
「まるで自分達は誰の友達も家族も殺してねえみたいな言い方だな」

 突然の第三者の声。

 声のした方を見れば、いつの間にか部屋の窓が開いており、窓枠に一人の男が座っていた。全身に赤い刺青を走らせた、怒ったように笑う男が。

「はろはろー」

 軽快なふざけた挨拶を笑顔で送りながらも、男は身を竦ませるような怒気を放っていた。ここまで言動と感情を矛盾させられる男を、アザゼルは一人しか知らない。

「ソ……クルゼレイ・アスモデウスか!」

 ソロモンの名前を出すわけにはいかない。何故ならば、八坂は知らない。否、この京都にいるすべての妖怪が知らないのだ。この国でソロモン王復活の凶報を知っているのは、引きこもっている天照大御神だけだ。ここでソロモン復活がバレれば、聖書の勢力だけではなく、異形の世界は大混乱に陥る。『指輪が発見されたらしい』という情報だけでここまでの騒動となったのだ。アザゼルもサーゼクスもその点に関しては認識を共有していた。

 一方、その事情を知らない八坂も警戒心を露わにする。気配から悪魔であることは分かる。否、悪魔の身体にナニカが入っていることは判別できた。だが、その魔力以上に彼から溢れ出る感情が神経を掻き毟る。この男は笑いながら怒っていた。心の底からではなく、魂の裡から激怒しているようだった。何をされれば、ここまで怒ることができるのか。

 男は敵意と殺意を受けながらもどこ行く風で、どこからともなく取り出したどら焼きを齧った。

「試しに食ってみたけど、この国の甘味は口に合わないな。まずいとは言わないけど……」
「敵陣に乗り込むのに菓子食うなんていい度胸だな、クルゼレイ・アスモデウス」
「比較してみたかったし。俺はやっぱり彼とは違うんだよな。これもそうだが、ネットアイドルなんて何が面白いんだか。尊敬や羨望はするけど、同調はできないか」

 その場にいる誰にも理解できないことを言いながら、クルゼレイ・アスモデウスということになっているソロモンに、サーゼクスは語り掛ける。

「クルゼレイ。どうか和解の機会をくれないだろうか? 我々はお互いのことを知らない。かつての世界の何が原因だったかは知らないが、世界は変わった。貴方の憤怒も和らいだはずだ」
「あっはっは。てめえそれジョークか? パチモン魔王」
「サーゼクス、こいつはこういう奴だよ。こっちの善意や好意を拒否して、ありったけの悪意で返してくる。かつて和解を持ち掛けたヤツもいたが、提案したその場で八つ裂きされた」

 その言葉を受けて、ソロモンは眉をつり上げながら肩を竦める。

「正しい評価だな。ああ、正当な評価だぜ、クソ堕天使。……というか、八つ裂きってことはあれか。あれ和解の提案のつもりだったのかよ。初めて知ったぜ。ちなみに、俺はお前たちを悪い意味で高評価している。例えば、堕天使の幹部の首二つで、万能の願望器一つ分の価値があるんじゃねえかと思う程度には。そういう形で俺の我が儘に付き合ってくれる報酬になるんじゃねえかなと思う程度には」

 あの二人ならすぐに狩ってくるだろうけど時間稼ぎにはなったな、と苦笑するソロモン。苦笑しながら激怒するという器用な感情表現をしつつ、その目に冷たい色を宿す。視線の先は、魔王と堕天使の総督に向けられた。

「ただ……お前ら二人に限っては、俺やあいつらが殺すべきではないんだよな。もっと相応しい相手がいる。もっと相応しい死に方がある。今日はそのことを伝えに来たのさ。嫌がらせと、最後の慈悲であるヒントのついでにな。このまま何も分からないのは、流石にフェアじゃないからな」
「どういう意味だ?」
「そういう意味だ。死ぬ気で思考して本当に死ね」

 ソロモンは援軍を呼ぶ。およそ自分ひとりでもどうにかできる状況だ。超越者サーゼクスには勝つことはできないが、場所を考えれば撤退することはできる。だが、それでは面白くない。それでは怒りは晴れない。三千年も積み重ねてきた怒りが消えることはない。

「令呪を以って命じる。来い、バーサーカー」

 アザゼルやサーゼクスの知らない手段で転移してきたのは、黒い男だった。

「令呪二画を以って命じる。――好きにしろ、バーサーカー」

 バーサーカーと呼ばれた男の視線は、ある人物に向けられた。それは魔王の座を力で手に入れたサーゼクスではない。数多の神器所有者の人生を狂わせてきた堕天使の総督であるアザゼルでもない。国家を、時代を、仲間を、組織を裏切ったサムライの名前を、その狂戦士は叫び、抜刀した。

「沖田ぁああ!」



ソロモンの気配を感知したキングゥが乱入する五秒前。