憐憫の獣、再び   作:逆真
<< 前の話 次の話 >>

33 / 45
 ハイスクールD×Dの沖田に関してかなりの捏造あり。原作で語られなかった部分は妄想で補うしかなかったのだ。


誠の旗

 ――まって下さい!! 近藤さん、土方さん!!
 ――私はまだ……私はまだ戦え――

 その狂戦士は、もはや病で立てぬ身体でありながら、そんな風に自分の背中に訴えてきた阿呆を知っている。

 だから、異世界とやらに召喚され、この世界には自分の知る新撰組があると知って、覚えた感情は驚きと納得だった。誠の旗は世界が違っても、掲げられたのだと。それは狂戦士にとっては当然とまでは言わないが、それほど不自然なことではなかった。

 ただ一点、あの阿呆と同じ名前を持つ男が、誠以外の旗を掲げながら、浅葱の羽織を着ていると聞いた時の感情は筆舌に尽くしがたいものだった。
 
 故に、狂戦士は、ソロモンから希望があるかと問われ、例え世界が違うとしても、『誠』の旗を穢したままにできないと返答した。

「そう言うと思っていたぜ、バーサーカー。どこであろうと、おまえたちが信じるのは『誠』の旗なんだろう? だったら、それに殉じず、悪魔に堕ちたヤツを許しちゃ駄目だよな?」

 その言葉に、そうではない、と狂戦士は返した。

 ソロモンはそれ以上踏み込むことはなかった。どれほど強くてもあくまでも王であったソロモンには、最期の最期の最期まで戦士として戦い続けた男の真意など肝心なところで理解できない。

 だからこそ、彼をこの世界に召喚した責任者として命じたのだ。

 好きにしろ、と。






 ソロモンの死の直後、彼の固有結界が解除される。

 一同は部屋へと戻された。キングゥの突撃によって大荒れになったままである。そんな室内でもお構いなく、白い悪魔は獅子兜の騎士へと貫手を繰り出す。

「Ddraig……!」

 白い悪魔の攻撃を槍で弾き、騎士が嘆息する。

「……ここまで()()()()()()だとは興醒めだな。予定外の出来事はおまえくらいだ、アルビオン。もう少し楽しみたいところだが、決着はお預けだ。生憎、私も暇ではないのでな。――聖罰は当分先になりそうだ」

 獅子の兜はヴァーリとの攻防により破損していた。被っておく方が邪魔だと判断したのか、彼女は兜を脱ぐ。

 兜の中には、美しい女の顔があった。無機質な目に、輝く金髪。何より、王気とも神気とも言える重圧があった。

「我が名は獅子王。獅子王アルトリア・ペンドラゴンだ。聖書に記された堕天使と魔王の名を継いだ悪魔よ。いずれまた会おう」

 その名乗りに対する言葉を待つこともなく、獅子王を名乗った女騎士は騎乗していた馬ごと忽然と消え去った。

「Ddraig!」

 騎士が姿を消すと同時に、白い悪魔は餓えた子どもが癇癪を起こすように叫ぶ。そんな悪魔を見て、堕天使の総督は無駄だと頭では理解しつつ、言葉を掛けずにはいられなかった。

「おい、ヴァーリ! おまえ、ヴァーリだな? しばらく見ない間に変わり果てやがって。どんな力に手を出しちまったんだ? 何があったんだ。しっかりしろ!」
「Ddraig! Ddraig! Ddraig! Arrrrrrrrrrrr……あ、アザゼル……?」

 一瞬だけ、白い悪魔は理性的な動きをして、養父に視線を向ける。

「すま、ない。俺は――DdraigDdraigDdraigDdraigDdraigDdraig! Y Ddraig Goch!」

 だが、本当に一瞬だけだ。

 悪魔の両腕が何かを握りつぶすような動きをする。するとどうしたことだろう、何もない空中に黒い線が見えてきた。冗談のような話だが、この悪魔は僅かな挙動で空間という概念に亀裂を入れたのだ。

「待て、ヴァーリ!」

 アザゼルの制止も聞かず、ヴァーリ・ルシファーは空間に開けた穴に飛び込んだ。空間の亀裂はすぐに消える。おそらくは騎士の後を追ったのだろう。本当に後を追えているのか、そもそも当てがあるのかどうかは別として。

「……あの金星の残滓、何があったらああなるんだ」

 キングゥの小さな呟きはアザゼルには聞こえなかったようだ。

「くそ! どうしたってんだ、ヴァーリの野郎! あれにはオーフィスのオーラがあった。だが、ヴァーリのチームはオーフィスの『蛇』を与えられていないはずだ。ヴァーリのやつがオーフィスの『蛇』を欲しがるわけもねえ」
「落ち着け、アザゼル。それよりも……」

 サーゼクスはクルゼレイの遺体から指輪を取り外すと、滅びの魔力でそれを完全に破壊する。これで、指輪によるソロモン復活は有り得ない。

「それにしても、クルゼレイはどこでソロモンの指輪など……」

 京都に来る前、ミカエルから連絡があった。ソロモンの指輪は確かに天界の然るべき場所に保管されていたと。問題は、指輪が十個揃っていたことだ。つまり、ソロモンはミカエルや神の目を出し抜いて、本物をどこかに隠し、偽物をすり替えたことになる。だが、十個あるうちのどれが本物か現状では分からないらしい。熾天使が中心となって偽物の特定に尽力している。

「だが、これで無駄になってしまったな。急いでグレイフィアに連絡しなければ」
「……話が終わったなら、帰ってもいいかな?」

 キングゥ。途中で乱入してきた彼だったが、おそらくはこの場にいる誰よりも真実を把握していることは明らかだった。

「待て、キングゥ。おまえには聞きたいことがある。ソロモンがおまえに言った『こっち』ってのはどういう意味だ? あの獅子王って女のことを、おまえはどれだけ知っている?」
「話すことなどないと言ったはずであるぞ、堕天使め」

 八坂は前に出て、キングゥを背中に庇う。ソロモン襲撃の前も好意的な態度ではなかったが、今は明確な敵意があった。

「おぬし達、ソロモンの復活を知っておったな? 先程の言動から察するに、指輪にはソロモンの魂でも封印されていたな? それを知っていながら教えなかったというのに、自分達だけ一方的に教えろなどという道理が通ると思ってか!」
「いや、話すよ」

 唐突な言葉に、呆然となる一同。

「これ以上付きまとわれても面倒だからね。ボク個人の問題なら良かったが、こうして八坂まで巻き込んでしまった以上はそうも言っていられない。まあ、契約があるから魔神柱のことは言えないけど、それ以外のことに関しては話すと約束しよう」
「たく、最初からそう言ってくれよな」
「キングゥ! こやつらにそこまでしてやる義理などない! 身の上の証明ならば、高天原にすれば問題ないであろう!」
「落ち着きなよ、八坂。これはボクが起こしてしまった問題だ。ボクに任せて欲しい。勿論、京都の皆や高天原にもちゃんと説明するよ。」
「じゃが……」
「大丈夫、上手くやる。それよりも、出来たらでいいんだけど、ボクのことを嫌わないでくれないかな……?」
「そのようなことはない! おぬしの過去に何があろうと、妾も九重もおぬしのことを嫌うなど有り得ぬ」
「……うん、ありがとう」

 八坂の手を強く握るキングゥを尻目に、サーゼクスは自らの『騎士』の気配を探す。

「総司……?」

 情愛が深いグレモリーの悪魔故に、彼は自らの眷属の危機を感じ取った。







 クルゼレイ・アスモデウスの身体を乗っ取ったソロモンが魔術で転移させたであろう男を見て、沖田総司はこの人物が危険であると即座に察知した。この場で呼んだということは、ソロモンにとってこの男は切り札だろう。そうでなければ堕天使の総督や最強の魔王がいる場に呼びはしないはずだ。『騎士』として『王』であるサーゼクスには指一本触れさせない。一瞬でそこまで考えた直後だった。

「沖田ぁああ!」

 予想外なことに、男は沖田に向かって斬りかかってきたのだ。それも、沖田に対して明確な憤怒を滾らせながら、彼の名前を叫びながら。

「な、くぅうう!」

 咄嗟に抜刀して防御する沖田だったが、黒い男の方が膂力が上なのか弾き飛ばされる。たまらず窓を割って外に逃げる。黒い男も窓を飛び出して追いかけてきた。

 道に着地し、ここでは衆目があることに気づく。後でサーゼクスの手の者が目撃の記憶操作や情報操作はするだろうが、その手間を増やすことは好ましくない。移動しようとするが、黒い男はすぐに斬りかかってきた。相手もこのような場面を大勢に見られることは好ましくないはずだ。此方が情報操作をすると見越しての行動なのか。

 まさか、こうして誤魔化しようのないほどに戦いを見られることが目的なのか。

「沖田ぁ!」
「ぐぅ……!」

 一太刀一太刀が途轍もなく重い。受け流すのに精いっぱいで、とても逃走ルートを考える余裕もない。この男の相手をしながら誘導するなど以ての外だ。

 京都駅の近くにある京都サーゼクスホテル前の道は、人通りも多い。突然二人も男が降ってきたのだ。道行く人は当然驚く。しかも、その二人が演劇の殺陣よろしく真剣で斬り合っていれば注目しない人はいないだろう。

 これが映画村であれば撮影のように見えたかもしれない。だが、ここは駅近くの格式高い大ホテルだ。時代劇の撮影には不向きだろう。

 この狂戦士は、本来ならば理性的で策略家だ。このような衆目のある場所での戦いは避ける程度の一般常識はある。しかし、いまは理性を抑えらないほどの怒りを覚え、しかもソロモンの令呪二画による「好きにしろ」という命令のせいでその為の頭が働かない。本当に、やりたいことをやりたいようにしてしまう。

 狂戦士の目的はただ一つ、目の前にいる男を殺すことだけだ。

 周囲の人々は現実離れした光景を前に動けずにいた。あまりにも混乱し過ぎて脳が処理しきれないのだ。かろうじて立ち直れたものもいるが、やはり現実についていけないのか逃げようとする者はいなかった。他人事のように携帯や手持ちのカメラで撮影をする者までいる始末だ。

 だが、二人の剣士にそれに構っている時間はなかった。

 間違いなく冥界最強の『騎士』の一角に数えられるはずの沖田総司は、目の前の男に圧倒されていた。剣の腕云々の問題ではない。この男には種族の差を圧倒する気迫があった。

 数合の鍔迫り合いの後、一旦距離を取り、沖田総司はその身から鵺を召喚する。

 沖田は一人百鬼夜行だ。サーゼクスと契約して悪魔になる前、延命を行うために数多の禁忌に手を出した。そのせいで身体中に妖怪が巣食うようになった。その結果が、一人百鬼夜行。鵺を始めとする多くの異形をその身から召喚できる。

「だ、誰だ……」

 それほどまでに殺意と敵意を向けられている沖田は、そんな余裕はないと分かっていても、意味がないと理解していても、問わずにはいられなかった。

「誰なんだ、おまえは!」

 どうしておまえを見ていると、あの人を思い出す。死地に出向くのを布団から見送るしかなかったあの人に――!

「よぉく見せてやる……。あぁ……よく見るが良い……!」

 流石に多くの妖怪を独りで相手取るのは難しいと判断したのか、男も沖田から距離を取る。ライフル銃で妖怪たちを牽制しながら、その手に‟旗”を掲げる。その‟旗”こそが、男の回答だった。

 それを見て、沖田は激高する。

「それは……私たちの旗だ!」

 旗が立てられると同時に、数名の人間が召喚される。それはまるで、新撰組の隊士のような者たちだった。元々剣呑とした場所であったが、彼らの登場により、銃弾飛び交い、号砲轟く戦場と化した。

「抜刀、突撃」

 号令と共に、男から感じる魔力が上昇する。

 沖田は与り知らぬことであるが、この瞬間、ソロモン最期の令呪――「後は任せた」という指令が降りた。曖昧な命令ではあるため具体的な効果は薄いが、サーヴァントの瞬間的な強化にもそれは適応される。当然、全盛期ほどではないが反則級の魔力を持つソロモンの令呪だ。その強化は尋常なものではない。

 本来であれば、召喚者でありマスターであるソロモンが死亡した以上、魔力源を失ったバーサーカーも消滅するはずだ。だが、ソロモンに抜かりはない。自分が死亡する事態など、神々を上回る策略家であるソロモンが想定していないはずがない。バーサーカーを始めとするソロモンが召喚した七騎のサーヴァント、すべて疑似的に受肉済みである。まして令呪の後押しがあれば魂食らいをする必要さえない。

 沖田の背筋に、冷や汗が流れる。死神に心臓を掴まれたようだった。背負っているはずの過去が、自分を殺しに来たとさえ感じだ。そして、自分が負けることを理解した。

「負けない……そんなものに、負けられるはずがない!」

 ここでは死ねない。

 自分が死ねば――何も残らない。終わってしまう。新撰組が、誠の旗が終わってしまう。こんな形で、新撰組は終わってはならない!

「誠の旗は……不滅だ!」

 そうだ、誠は不滅だ。不滅でなければらない。沖田総司はそのために――そのために、何だ? 誠が不滅であるために、一体何をしてきた? 何をしている?

 隊士のような者たちが、沖田の召喚した妖怪達と斬り合い、食い合い、殺し合う。

「斬れ! 進め! 斬れ! 進め!」

 そうだ、斬るしかない、進むしかない。だって、だって、俺は――そのために、今日まで生きてきたのだから! 俺がいる限り、新撰組はここに――

「総司!」

 第三者の声。沖田総司の主君、魔王サーゼクス・ルシファーだ。

 沖田が劣勢なのは素人目ならともかく、実力者であるサーゼクスには一目で明らかだ。助太刀として、滅びの魔力を狂戦士や隊士たちに放つ。

 滅びの力が、狂戦士に襲い掛かる。だが、狂戦士は構わず進む。構わず斬る。沖田総司を殺すためだけに、彼に迫ってくる。気力の問題もあるが、これはバーサーカーの宝具の効果もある。

 対人宝具、不滅の誠(しんせんぐみ)

 発動中は肉体の損傷による身体能力の劣化を一時的に無効化し、相手を屠るまであらゆる手段を使い戦闘を継続することが可能。しかし効果時間終了時に貯め込んだダメージが一気に噴き出す諸刃の剣。

 滅び程度ではこの男の狂気は止められない。

「あ、あ――」

 対して、サーゼクスの援護は沖田総司にとって逆効果になった。

 自分が誰の何であるか、自分がすでに新撰組として戦っていないことを思い出す。新撰組などどこにもないことを思い知る。

 自分が誠の旗を握っていないことを思い出す。その一文字を棄てたことを教えられる。延命はあくまでも手段であったというのに、いつの間にか目的を放棄してまで手段を追求していたのだと理解させられる。背負っている? 否、とっくの昔に捨てていたのだ。この身にあるのは、異形に堕ちた穢れのみ。

 己の守りたかったものなどこの時代には存在していないことを思い出して。ずっと目を背けていたことを自覚して、誠の一文字を支えに戦っていた沖田総司の心は折れた。

「あ、ああ……、わ、私は、お、俺はぁ!」

 凶刃がすでにその身に届こうとしている。

 対応しようとして、敵の姿を見て、あの日のあの人の姿を想像してしまった。自分が助けられなかった、助けようともしなかったあの人の死に様を思い描いてしまった。そのせいで、回避できた攻撃を前に怯んでしまった。

「俺が! 新! 選! 組だあああああ!!」

 刃が深く強く悲しく、沖田総司の身体を切り裂いた。

「近藤さん……土方、さん……、すみません……」

 サーゼクス・ルシファーの唯一の『騎士』、沖田総司、ここに敗れる。悪魔となった彼の魂はどこにも逝かず、消えるだけだ。同じ旗を掲げた隊士たちと同じ場所に逝くことは決して有り得ない。

 同時に、宝具の効果が切れたバーサーカーは苦悶の表情を浮かべる。

「俺は死なん……! 俺がいる限り、新選組は不滅だ……!!」

 許容限界を超えた彼もエーテル体となって消滅する。

 これで、陣営を問わず異世界から召喚されたサーヴァントの中で、ソロモンサイドのバーサーカー、土方歳三が最初の脱落者となった。