憐憫の獣、再び   作:逆真

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ずっと考えていたことがある。
ファーブニルとラードゥンのポジション、逆の方が良くない? 逸話的にはどう考えてもファーブニルの方が邪龍だぜ?


無理解

 アーチャーは自虐するように続ける。

 

「どうだ? これでもまだ人類に価値があると思うか? ――ないよな。この世界はゲーティア達の世界ではない。人間と言っても、同じ形をしているだけだ。この世界の人間と、あの世界の人間は違うのさ。価値のある人間もいるのかもしれない。だけど、総体としての価値は比べることさえあちらに対して失礼だ」

 

 驚愕の事実を告げられて誰もが呆然となっている中、一人だけ自分のやるべきことを続けている少女がいた。言うまでもないが、鋼鉄の看護師第二号になりつつあるアーシア・アルジェントである。負傷した構成員の応急処置を終えた彼女は魔法陣を展開する。

 

 マイペース過ぎる。

 

「我が召喚に応じよ、禁忌の龍たち」

 

 ドラゴンを召喚するための魔法陣、龍門。もっとも、使用しているアーシアにとっては『魔法陣? これはただの救急隊員急行用の通路ですが?』という扱いである。呪文も彼女にとっては119番のような認識なのだろう。

 

 そこから出現したのは、二体のドラゴン。一体は灰色の鱗を持つ巨人のようなドラゴンで、もう一体は樹木と一体化したような身体のドラゴンだ。

 

『グハハハハハハ! 久しぶりの戦いだぜ!』

『気分の高揚は理解できますが、まだそうと決まったわけではありませんよ?』

 

 カインの末裔『大罪の暴龍』グレンデル、黄金の林檎の守り手『宝樹の護封龍』ラードゥン。どちらも、滅ぶに相応するだけの理由を以って滅んだはずの邪龍。

 

『ご用件を伺えますか?』

「では、ラードゥンさん。急いで壁を作ってください。衛生を確保するためには空気の遮断が一番手っ取り早いのです」

『了解しました、マスター・アーシア』

 

 恭しく命令に従うラードゥンを見て、グレンデルは嘆息する。

 

『おめえも雑用で大変だな』

『いえいえ。これでも結構楽しいのですよ? 宝樹を守っていた頃を思い出します』

「無駄話禁止です! 早く!」

『イエス、マム!』 

 

 二十年も生きていない人間の少女が邪龍を小間使い扱いしている場面に呆けている周囲を置き去りに、アーシアはアーチャーを鋭い視線で射抜く。その手には一束の包帯があった。

 

「そういえば、貴方の包帯を巻き直さないといけないのでしたね。しかも、その包帯の下はかなりの重傷を負っていると見ます。火傷……ではないようですが、それに近い症状ですね。まずは包帯を剥いでから診察、その後に消毒液に浸かってもらいましょう。グレンデルさん、患者の確保を手伝ってください」

「待て。待つんだ、アーシア。落ち着け。俺はサーヴァントで、この肌は身体というよりは魂に刻まれたものだから治療なんてできないぞ!」

「何を訳の分からないことを! 頭の病気ですか?」

「まさか君にそんなことを言われるとはな……! こうなるから会いたくなかったのに……! こうなったら仕切り直しだ。今回は出直させてもらう」

 

 おいおまえ態度が豹変しすぎじゃねえかとゲーティアと英雄派が思っていると、ドラゴンの片方が前に出た。

 

『グハハハ! 姫さんよ、そいじゃ俺がそいつを抑えつけてやるよ! こういう時は動かないようにするためなら、両足折っても構わないんだよなぁ! 治療のためなら間違って殺しても仕方ねえよな!』

「ッ! 待て、グレンデル!」

 

 ゲーティアの制止も聞かず、グレンデルはアーチャーに突貫する。伝説のドラゴンが肉薄しようというのに、アーチャーは軽く舌打ちをするだけだった。

 

「この駄龍が」

 

 アーチャーは棺桶の蓋を少し開けてそこから奇妙な球体を取り出す。そして、それをそのままグレンデルに投げつけた。グレンデルはそれを巨大な腕を振るうことで破壊するが、割れた球体から黒いゲル状の液体が飛び散った。当然、球体を破壊したグレンデルの身体には多くかかる。

 

『ああん? 何だこのベトベトは――ぐがあぁぁああああぁぁあああああああ!?』

 

 自分の身体についた液体を拭うグレンデルだったが、突然絶叫を上げる。それは第三者からしても激痛を感じていることが分かる悲鳴だった。眼の焦点が合っておらず、吐血したかと思えば、地面に倒れて丘に上げられた魚のようにのたうち回る。

 

『ご、ごはぁ! い、いでぇええええ! な、なんだ、こりゃあああ、ああああぁあああ!』

 

 グレンデルを始めとする邪龍は、ゲーティアにとっては特攻用の駒だ。だが、元々無駄に頑丈なのが『邪龍』と分類されるドラゴンだ。邪龍筆頭格の三体ほどでないにしても、グレンデルはそこらのドラゴンとは比較にならないほどの強さを持つ。まして魔神柱による肉体の強化を施されているのだ。それをこうも容易く倒せるとなると、龍殺しの特性が必要になる。

 

 そして、曹操にはその見当がついていた。

 

「サマエルの毒か」

「一目で理解できるとはな、未熟者」

「当然だろう? 自分の考えることだ、嫌なくらい察しがつくさ。俺自身、獅子王と戦う手として考えていたからな。元々アーサー王にはブリテン島の化身である竜の因子がある。まして、赤い龍と融合したならそれは完全にドラゴンと考えていい。だったらあらゆるドラゴンと蛇を滅ぼすと言われるサマエルを手段とするのは当然だろう?」

「厳密には本物の毒ではなく、聖槍の力で再現した贋作だがな」

 

 楽園の禁じられた蛇、サマエル。曰く、神の毒。曰く、神の悪意。堕天使でありながらドラゴン。アダムとイヴに知恵の実を食べるように唆したため、聖書の神の怒りを一身に受けた。その結果、ドラゴンでありながら、あらゆるドラゴンを殺す毒を吐き出す皮肉な存在が生まれた。あまりにも危険すぎるため、現在はコキュートスの底で厳重に封印されている。

 

「毒を被った……つまり、治療が必要ですね。広範囲に受けてしまったようですし……どのような毒か分からない上、時間もありません。血清が用意できないとなると、患部は切除です。……ふむ、皮膚下を治療するには鱗が邪魔ですね。剝がしましょう」

『え、ちょ、ま』

『諦めなさい、グレンデル。不用心に突っ込んだ貴方が悪い』

 

 邪龍の断末魔を聞こえないことにしながら、曹操は未来の自分の可能性に問いかける。

 

「つまり、おまえはその毒で獅子王を倒したわけだ」

「いいや? 俺の歴史では獅子王という女神は来なかった。だから、異世界の知識として頭の片隅に知っているだけだった。ソロモンに召喚されて獅子王なんて名前を聞いて、最初に連想したのはサイラオーグ・バアルだったくらいだよ」

「サイラオーグ・バアルというと、次期大王の若手ナンバーワンか? ……ああ、彼の眷属が『獅子王の戦斧』だったか」

 

 ゼパルの並行世界の閲覧や大王派の潜入調査により、ゲーティアは『獅子王の戦斧』の詳細はともかく所在は知っている。そして、その情報は英雄派にも共有されている。皮肉なことだが、同じ勢力である魔王や協定関係にある堕天使は、この事実を知らない。何故ならば、『獅子王の戦斧』の存在は初代大王を失った大王派にとっては切り札だからだ。テロリストが知っているのに政府が知っていないという滑稽な矛盾が出来上がっていた。

 

「聖書の神の怒りによってサマエルはああなったと聞くが、俺の場合は恐怖だった。死にたくないという恐怖。生きたいという渇望。それこそ、どこかの誰かの『生きる為』という願いに触発されたんだろうな」

 

 どこまでもみっともない奴だ、とアーチャーは自嘲する。それは曹操に向けた嘲笑でもあった。

 

「聖槍があったとはいえ恐怖だけで神と同じことができるとはな。自慢か?」

「過去の自分に自慢などして何が楽しい。ただの事実だ。まあ、事実を言うなら俺は強くなんてないさ。何せ、この毒を作ったのはある悪魔を殺すためだ。それも下級の、転生して一年も経過していないな」

 

 歯を軋ませるアーチャー。その下級悪魔とやらに余程良い思い出がないのだろう。曹操は強い相手に負けたからと言って恨むような性分ではない。彼も同じならば、その転生悪魔とやらは余程卑劣な手でも使ったのか。

 

「ではな、ゲーティア。教授。未熟者ども。この歴史では間違えないことだ。――それと、この『D』でもなく『F』でもない、世界線『E』の神に御用心を」

 

 そう言うと、アーチャーは棺桶の蓋を少しだけ開ける。そこから見覚えのある霧が出てきてアーチャーを包んだ次の瞬間、彼の姿は霧散するように消え去った。

 

 

 

 

 

 僕――木場裕斗は憂鬱な気分で駒王町に戻ってきた。いや、僕だけじゃないリアス・グレモリー眷属全員が町を出る時よりも明らかに苦悩を抱えて戻ってきた。

 

 まず、部長、僕達の主人リアス・グレモリー様だ。僕達は部長の将来を賭けたライザー・フェニックスとのレーティングゲームに、負けた。完敗というほどではなかったが、惜敗とはとても言えない戦いだった。イッセーくんの不在が大きかった。好きになれない相手との、不本意な結婚だ。今度婚約決定のパーティーがあるそうだが……とても笑顔では参加できないだろう。

 

 次に、朱乃副部長。一番深刻なのはこのヒトだ。何せ、唯一の肉親であるバラキエルさんを亡くされたのだから。母親の件で仲たがいしているとはいえ、父親だ。心の中では朱乃さんもバラキエルさんが悪かったわけではないと理解しているのだろうが、そうしなければ自分を保てなかったのだ。実際、バラキエルさんの訃報を聞いてから彼女は塞ぎ込んでしまった。口数も極端に減り、帰りの列車内でも一言も発していない。

 

 そして、小猫ちゃん。彼女は指名手配中のはぐれ悪魔、姉の黒歌と再会した。魔神柱の襲撃があったせいで有耶無耶になったが、彼女が何を思って小猫ちゃんに眷属を抜けるように諭したのかは不明だ。魔神柱たちのことを詳しく知っていたようだけど。彼女のトラウマの根源である姉との再会は、小猫ちゃんの心を揺さぶるには十分な出来事だった。

 

 それから、ギャスパーくんは、故郷にいたという恩人が行方不明だ。元々家族から迫害されていた彼にとっては、故郷が破壊されたことよりも恩人の安否が心配なのだろう。犯人はまたしても魔神柱。冥界に入る前にルーマニア襲撃の一件は聞かされていたが、行方不明という不穏極まりない情報だけが浮き彫りになった以上、心配どころの騒ぎではない。

 

 さらに、イッセーくん。獅子王なる者の手下による襲撃によって、神器に封印されているドライグを奪われた。加えて、先の魔神柱との一件で、彼は一度昏睡状態に陥った。戦闘はどうにかできるようだが、本調子ではないのだろう。時々上の空になる。

 

 最後に僕。僕は――師匠を亡くした。

 

 ルシファー眷属唯一の『騎士』、沖田総司。剣の師匠であり、憧れの存在だった。師匠はソロモンの手下と相打ちになる形で殺された。師匠を追い詰められるだけの力があるということはそれ相応の手練れだということだ。ソロモンはそれだけの部下を持っている。……旧魔王の末裔の身体を乗っ取ったソロモンは、その身体を破壊され、二度目の死を迎えた。指輪も破壊されたため、三度目の復活はない。

 

 殺した本人やソロモンがいない以上、僕のこの怒りはソロモン一派の残党に向けなければいけない。……エクスカリバーへの復讐を果たしてすぐに、別のものへの復讐を誓わないといけないなんてね。

 

「イッセーくん、僕は魔神柱を倒したい。師匠の仇を討たないといけない! 力を貸してくれるかい?」

「勿論だ! 答えは言うまでもないだろう!」

「――! ありがとう!」

「ああ、勝とうぜ!」

 

 イッセーくんは快く了承してくれた。調子も戻ったようだし、安心した。

 

 魔神柱の正体に繋がるというキングゥ。彼の証言だが、現時点では聞けない。僕が、ではなく、三大勢力がだ。どうやら彼を食客としている京都妖怪の大将は聖書の陣営に敵意を抱いているらしい。サーゼクス様とアザゼル先生との会談でソロモンが乱入してきたことが原因らしいが……。サーゼクス様やセラフォルー様は京都にホテルを運営できるくらいだから、以前からそうではなかったはずだ。それでもここまでの対応の落差は激しすぎる。それほど、キングゥのことが大切だということか。

 

 とにかく、彼が知っているという真実は後日に高天原主催の多神話会談で公表されるらしい。当日まで彼の身柄は日本神話の下にあり、他神話、特に聖書の勢力は接触が一切禁止されている。

 

 キングゥの持つ情報がどれだけの価値を生むのか。世界はまた混乱を深めてしまうのか。

 

 以前部長が「すべてソロモンが悪い」という旨の発言をしていたが、あれはそれほど的外れでもなかったのかもしれない。ソロモンが死んだというのに、こうして世界は荒れているのだから。

 

「……ずっと気になっていたことがあるんです」

 

 いつの間にか小猫ちゃんが僕たちのところに来ていた。

 

「……姉様は、どこにいるのでしょうか? 最初は魔神柱のところかと思っていましたけど、あの時の態度からすると微妙に違う気がします。姉様は誰のどういう意志に従っているのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

「うにゃー! もう面倒だにゃー! 早く白音に会いたいにゃー!」

「にゃーにゃーうるせいぜい、黒歌!」

「まったくです。こっちのソロモンから押し付けられた仕事を早く片付けて、タマモちゃんは優雅な英国旅行に出かけないといけないんです。早くしてくれませんか?」

「何が優雅な英国旅行にゃ! そんなんで使われるなんて安い女――にゃああ!」

「よく聞こえなかったな、野良猫。誰が安い女じゃ?」

「やめとけって、黒歌。その姐さんは色んな面でソロモンに負けて気が立って、うぎゃああああああ!」

「口の減らぬ猿じゃ。おまえも猫も妾の機嫌一つで風塵と舞う命であることを忘れたか? ……ソロモンがいなければ今頃蛇の抜け殻と化した『禍の団』で気まずい立場だったのは貴方達ですよ? 特にお猿さんの方は龍神の固有結界内で死にかけだったんでしょう? いや、ソロモンがいたからこそそういう状況になったわけですが。あと、タマモちゃんは旅行券に釣られただけじゃありません。ソロモンが私たちの世界の月に黙示録の獣を送るなんて脅してきたから渋々従っているのです。すべては月のご主人様の安寧のため! 私とご主人様のセラフの平和のため!」

「でも、旅行券は良いものだったんでしょう?」

「そりゃあもう! いやー、あのなんちゃってビースト、今の時代まで指輪に封印されていたくせにどうやってこんなプレミアム旅行券を手に入れたんでしょうね。ホテルが超一流なのは勿論のこと、予約半年待ちを即日訪問OK、その他至れり尽くせりのサービス満点! この短期間で用意できるとか色々とチートすぎです。彼の時代の人間が彼を神に祭り上げようとしたのも理解できるってもんですよ! むしろ本体の本体の立場からしても、彼が神になった方が本体の本体も楽できるから便利なんですけど。天の運営も人の守護も命の循環も全部丸投げしたいんですけど!」

「それが神様の本音かよ。ジジイはそうでもなかったけど、神様らしいと納得しちゃうぜい」

「そう言われると、ただの人間として扱っていた天使やら悪魔やら堕天使やらが能無しすぎるにゃー」




・アーシア
原作と同じようにドラゴンとの相性ばっちり。ただし、原作が「友達」なのに対して拙作では「仕事仲間」である。簡易的治療室が作れるため一番酷使されているのはラードゥン。時点でアジ・ダハーカ(治療魔術的な意味で)。

・グレモリー眷属
皆、大なり小なり重荷を背負う冥界合宿だった。一番背負っているのは原作主人公ですが。

・ソロモンサイドのキャスター
いったい誰藻の前なんだ。

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