憐憫の獣、再び   作:逆真

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アンケートご協力ありがとうございました。
これでライダーが誰になるか決定し、ある人物の運命が決まりました。


乱戦

「――とは言えど、おまえたちがはい、そうですかと引き下がるような連中でないことは分かっている。だからこそ、良い情報を教えてやろう」

 

 不遜な態度の暗殺者に対して攻撃を仕掛けようとする神を制し、この星の人類に敗北した人類悪は嗤う。

 

「『真理』の壊し方だ。信じる信じないは好きにしろ、ごみクズども。ただし、信じた方が信じなかった奴よりも後々の時代において有利になるだろうな」

 

 それは聞き捨てならない情報だった。だが、神々は獣からの嫌悪感にこそ疑問を抱いた。

 

「嫌いだね。(おれ)はおまえたちが零し続けた染みの積み重ねなんだからな」

 

 獣は唾棄するように続ける。

 

「この身こそは、『真理』の現身であり、『システム』の影なんだよ」

 

 内容に驚きつつも、突然語られた『システム』の話題に対して首を傾げる神々。

 

「まず、『神器』とは神が作ったものだ。あれの役割は効率的なエネルギーの回収でね。だからこそ神器所有者が死ねば、神器は一度『システム』に回収される。しかし、二天龍のように歴代の所有者の残留思念が残る神器がある。ならば、神の不在を知って死んだ神器所有者の神器の影響はどうなる?」

 

 神の不在を知る者が近づいただけで『システム』に影響を与えるのだ。ならば、『システム』がそのような不純物を許すはずがない。当然、回収と同時に対処される。二天龍の神器は例外中の例外だ。それだけ、龍の力は悲劇を呼び寄せる。

 

「分かるか? 憎悪だの怨念だののほとんどは削ぎ落されるんだよ。ろ過されて削除して排除して廃棄されるんだ。神器は感情をエネルギーに変換するが、エネルギーに変換しきれなかった分がどうしても出てくる。……そして、『真理』は人類史と神話のスレ違いの摺り合わせの機能を持っている。世界の黒幕兼支配者気取りのおまえたちの所業を、(おれ)はずっと見ていた。人間が純粋な被害者だとは言わない。人魚やユニコーンの乱獲、開拓という名の龍殺しなんてこともあったか。異形ではないただ強いだけの狼が開拓のために殺されつくされるという件もあった。人間が人間をくだらないもののために殺す瞬間なんて、死にたくなるほど見て来た」

 

 ひとりひとりの量は大したことはないだろうが、歴史の長さがあり、神器の多さがある。塵も積もって、地獄が描かれたのだ。

 

 ある弓兵はトライヘキサを「人間と神々の三千年の積み重ね」と例えた。だが、それは正確ではない。正しくはその倍だ。しかも、その中身は醜いものだけで構成されていた。

 

「『システム』も『真理』もそういう機能があり、廃棄される場所は同じだ。同じ場所に廃棄されるように、ソロモンが調整した。万が一、自分が人類悪として復活できなかった場合に備えて、『泥』を貯めこんでいたのさ。そこは誰にも認識されないような世界の果ての片隅。何が捨てられようと、何が生まれようと誰も気づかない。(おれ)は廃棄物を食らって成長してきた。不純物を味わって生存していた」

 

 生まれ始めて知った感情は、あの王の怒りだった。あれだけの怒りをぶつけてきたくせに、あの王は自分の生誕に気づくことはなく死んだ。

 

 王の死後は、見るに耐えない殺戮を見ていただけの三千年だった。聞くに堪えない雑音を聞いていただけの三千年だった。この殺戮を見ないために、この雑音を聞かないために、世界を破壊しようとするのは当然の帰結だ。

 

「おまえたちは二千年ほど遅すぎた。あの救世主が(おれ)を殺さなかった時点で、おまえたちの未来がないという未来はほぼ確定していた。(おれ)は世界を壊したかった。(おれ)は世界を壊さなければならなかった」

 

 あるいは『世界を滅ぼす』という性能が、魔術王の自覚さえしていなかった本音だとでも言うのか。

 

「世界の片隅で成長を待っていたのは、すべての時間が必要だったからだ。すべての資源が必要だったからだ。……アサシン殿とキャスター殿のおかげで、こうして雑音は聞こえなくなったわけだが」

 

 キャスターの呪術とソロモンの術式によって曖昧だった理性を整え、『原罪』を与えることで愛を知り、アサシンの剣技によって『真理』から切り離した。それだけの手間をかけて、ようやく黙示録の獣は世界の真実を見た。

 

(おれ)は美しいものを見た。本当に美しいものを見た」

 

 この星には愉快なものなど何もないと思っていた。この星にはあたたかいものなどないと諦めていた。

 

「ちゃんとあったんだよ。この星にも、価値があるものが。涙ではなく笑顔で終わる命があり、傷つけ合いながらも育める絆があった。何が人間を愛し、信じているだ馬鹿王め。奴もあの神も、何も分かっていなかった」

 

 あの神とは、ギリシャの太陽神が問う。

 

「言うまでもないだろう。ソロモンの計画に乗っかり、獣を単騎で封印し、魔王と天龍によって滅び、聖槍の中で今なお復活を待っている駄神だよ」

 

 聖書の神か、と北欧の大神が納得する。

 

「あの神は世界の片隅で成長を続けている(おれ)を見つけ出し、封印した。かの大戦において神が死んだのは、二天龍の強さもあったが、(おれ)の封印に手こずったからさ。まあ、あの時点で(おれ)はそこのパチモン魔王よりも強かったからな。当然と言えば当然だ。しかしあの神が封印したのは『真理』を止めるためではなく、利用するためだった。来たるべき日まで(おれ)が死なないように、そして自分が思い描く形以外で完成しないようにな」

 

 まさかおまえを殺すことで真理は解除されるのか、と中国の知恵の神が戦慄する。

 

「それはおまえたちにとっても不都合だろう? この中で唯一、そこの破壊神が抵抗をできる程度だ。まともに戦える奴なんていねえよ。それに、いまの(おれ)もおまえたちの相手をする気なんて更々ねえし、切り離されているからな。もう(おれ)と『真理』は無関係だ」

 

 では『真理』の破壊方法とは、とエジプトの埋葬神が焦れる。

 

「指輪だよ」

 

 何の指輪かは、わざわざ口にする必要もないだろう。獣は自らの十指を広げて見せる。そこには指輪が――なかった。

 

「あの駄神は、(おれ)の封印にあの馬鹿王の指輪を利用したのさ。この身は『真理』の末端であり、言ってしまえば栓のようなものでな。だとすれば、指輪を蓋にする以上の答えはないだろう。そして、封印に使用されている間に指輪と『真理』は同化した。切り離される前の(おれ)以上に、指輪は『真理』と同一化している。あの馬鹿王の指輪十個すべてを破壊することで、『真理』は解除される。おまえたちの願い続けた、人が神に縋る昨日が戻ってくるわけだ」

 

 龍神や真龍と同次元の怪物を殺すよりはずっと現実的な話だ。しかし、そんな甘い話はないのだ。この星の神魔をすべて騙しきった王の継承者が、そんな都合の良い話を持ってくるわけがない。

 

「おめでとう、ゴミくずども! もうすぐ我が半身に指輪が埋め込まれる点を除けば、おまえたちの勝利だったな!」

 

 

 

 

 

 

 サーゼクス・ルシファーの眷属は、戦死した『騎士』沖田総司と、『王』であるサーゼクスを除けば六人である。『女王』は最強の女悪魔に数えられる‟銀髪の殲滅女王”グレイフィア。『僧侶』は黄金の夜明け団創始者のひとりであるマグレガー・メイザース。『戦車』は炎の巨人のコピー体、スルト・セカンドと深海の光魚バハムート。『兵士』は麒麟の炎駒と英雄の末裔ベオウルフ。

 

 おそらくは冥界で最も有名な眷属であり、その実力も折り紙付きだ。『悪魔の駒』のコンセプトである少数精鋭を最も体現している眷属の一つだろう。『騎士』や『王』がいなくとも、その威光に陰りはない。否、むしろ『王』に戦場を任されたからこそ、『騎士』が戦死したからこそ、彼らの戦意は極限まで昂っていた。

 

 だからこそ、彼らは己たちのみで魔神柱十柱分の反応があったポイントへの出向いた。むしろこの場にいる魔神を手早く全滅させて他の戦場への支援に向かうつもりでさえいた。

 

「我が怒りを知れ!」

 

 対するは魔神アモン。エジプトの古き神、大神アモン・ラーを原典とする魔神であり、現在は九柱の魔神と融合し疑似的なクラン・カラティンとなっていた。

 

「てめえこそ、総司の無念を思い知りやがれ!」

「切断する!」

 

 炎の巨人となったセカンドはその拳を魔神の巨躯にブチ当てるが、アモンも負けじと攻撃する。場所は時間神殿ではなく、まして十柱程度の力では、最強の『戦車』が相手ともなれば圧倒できない。だが、それはセカンドにしても同じこと。ここまで自分の攻撃が通じないことは始めてだった。どちらも決定打に欠ける戦いだった。もっとも、それはセカンドの燃費の悪さを視野に入れない場合の話だった。時間神殿から離れているとはいえ、魔神柱十柱分の魔力を保有するアモンが燃料の問題で敗北するなど有り得ない。

 

「武器など前座」

 

 スルト・セカンドへの支援を他のルシファー眷属ができない理由が『彼』である。回復だの足止めだのではなく、爆発的な火力と極限の技によってルシファー眷属を相手にしている『彼』の存在があった。

 

 黄金に輝く鎧と、巨大な槍が特徴的な白髪の男。

 

「真の英雄は眼で殺す! 梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!」

 

 この男、常軌を逸した強さなのだ。いまも目からビームを放つという冗談じみた攻撃をしているが、その一撃の威力こそが冗談じみていた。

 

 グレイフィアたちは距離を取り、相手を観察する。此方は早くも精神的疲労を感じて来たというのに、男の方は冷や汗一つ流さず涼しい顔だ。冥界最強と名高いルシファー眷属を相手にしているのにである。おそらく、彼こそが英雄派最強の男。

 

 時間稼ぎの意味も込めて、グレイフィアは名乗る。

 

「……私はサーゼクス・ルシファーの『女王』グレイフィア。貴方は?」

「俺の名はカルナ。クラスはラン……ランサーだ。いまは魔神柱たちの下でパラシュラーマの真似事をしている」

 

 カルナ。それはインドの二大叙事詩『マハーバーラタ』に登場する悲劇の英雄。太陽神スーリヤの仔として生まれながら、赤子の頃に実の母に捨てられ、御者に拾われたことで彼の運命は決定した。仕えた主君は倒される側の暗君で、師匠からは身分の都合で技を教えてもらえず、生まれ持った最強の鎧を軍神に騙し取られた。宿敵アルジュナとの戦いさえ、神々や僧侶の呪いによって十全の力を発揮できず敗北に終わった。

 

 だが当人であるわけがない。無双の英雄がただ血を継いでいる子孫であるはずもない。ならば、おそらくは転生体だろう。「クラス」という言葉の意味は把握できないが、おそらく槍の得手としているが故の発言だろう。

 

「……何故です。貴方は洗脳をされているようでもない。どうして、これほどの力を持ちながらソロモンなどに力を貸すのですか! ソロモンは、貴方たち人間にとっても災厄でしかないというのに!」

「彼らが俺を必要としてくれたからだ」

 

 グレイフィアからの糾弾するような質問に対して、カルナは極めて冷静に単調に、しかし誇らしげに返答する。

 

「此度のマスターは余計なお世話を承知で聖書の勢力からの人類救済を望んでいる。ならば、俺はこの槍を振るうだけだ。それが願いであり、俺への報酬だ」

 

 神の瞳に宿るのは、あまりにも高潔な忠義。実母からの願いさえ跳ね除け、異父兄弟と戦うことになっても、最後の最後まで主君への忠誠と友情を貫いた施しの英雄。

 

「かつての彼らならばともかく、今の彼らに力を貸さない理由などない。やはり俺は運に恵まれているな。ここまで信頼され、これほどの魔力を預けてもらえるのだ。もしや、英霊の中でも最高の幸運度ではないだろうか」

「馬鹿な。ソロモンは貴方を……いえ、貴方たち英雄派を裏切る。あれはそういう男です」

 

 そう言うのは、『ソロモンの鍵』を編集・翻訳した経験のあるマグレガーだ。彼は人間だった頃にソロモンの正体と『真理』に辿り着いていた。あらゆる魔術を収めた王への尊敬が、嫌悪に反転した瞬間でもあった。

 

「貴方や貴方の仲間が奴を信用したところで、あれは貴方たちを切り捨てるでしょう。主君は選ぶべきですよ、施しの英雄の名を穢す気がないのならば」

「――俺を侮辱するのは構わない。だが、マスターや英雄派への侮辱を看過するつもりはない。愚かなのはおまえたちの方だ、矮小な箱庭で空虚な繁栄に溺れる魔王の眷属よ。自らが幸福になるために、自ら以外のすべてを裏切ってきたおまえたちに、裏切れぬ何かを見つけた彼らを侮辱する権利などない」

 

 カルナの神の瞳から放たれる視線に戦慄する一方で、アモンとスルト・セカンドの戦いに変化が起きた。スルト・セカンドの火力が明らかに下がった。ガス欠寸前なのだ。攻撃の手が弱まったその瞬間を狙わない理由などない。

 

「魔神十柱、開眼」

 

 魔神の身体に犇めく真紅の眼球が強い光を宿し、スルト・セカンドを捉える。それを受け、カルナも自らの必殺の一撃――炎を纏った槍を投擲する。グレイフィアとマグレガーが妨害と防御を行うが、あまりにも遅く、あまりにも脆かった。

 

「数多の残像、全ての痕跡を私は捉える。焼却式アモン!」

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)! 頭上注意だ、悪く思え」

 

 正面から焼却式を、頭上から灼熱を宿した槍を受け、スルト・セカンドの巨体は砕け散った。

 

「すまねえ、旦那……姐さん……」

「セカンド!」

 

 最強の戦車、此処に沈む。終焉の巨人のクローンは、世界の終わりを見ることなくその暴走に満ちた生命を終えた。

 

「……ああ、そうだ。ある時の主君曰く、俺は一言足りないらしくてな」

 

 悲壮と憤怒を濃くするルシファー眷属に、今更ではあるがカルナは一つの事実を訂正する。

 

「俺の今生の主君は、そして魔神柱たちを束ねる男は、おまえたちの知るソロモンとは違うぞ。人類を愛しながら、ただの一度も人間を許さなかった王ではない」

 

 

 

 

 

 また別の戦場で、魔神柱十柱が暴れていた。此方は合体も融合もなく十柱が各個で顕現していた。

 

「美味なり!」

「俺も美味しいものは好きだけどね! これはちょっと勘弁してほしい!」

「汝ら、病むことなかれ」

「むぅ! 舐めるな、我らグリゴリは不滅だ!」

 

 最強のエクソシスト、上位神滅具『煌天雷獄』所有者デュリオ・ジェズアルドだけではなく、堕天使の幹部アルマロスやタミエルもいた。だが、彼らが総勢で掛かっても魔神柱はその数と質を合わせて圧倒してきた。

 

 この場における最強戦力が魔神柱に集中しなければならない以上、それ以外の存在、邪龍や『魔獣創造』のモンスターたちは相手にできない。

 

『グハハハハハハハハハ! いやぁ、久しぶりに姫さんも婦長の姐さんもいねえ! 自由だ! 自由って素晴らしいな! ドラゴンってのはやっぱりこうじゃねえとよ!』

『し、しっかも、敵がわんさかだ! こ、これよぉ、全部殺していいんだってよお!』

《どれだけストレスが溜まっていたんだ》

 

 アグレアス強奪に不参加である三体の邪龍は天使や堕天使、エクソシストを相手に暴れまわっていた。本日は諸事情につき監視の目がないので好きに怪我が出来るため、遠慮なく蹂躙していた。

 

「馬鹿な……。グレンデルにニーズヘッグ、アポプスだと! あれらは滅んだ邪龍のはずだ!」

「だが現にこうして目の前にいるんだ! 対応するしかない……! 救援の到着まで堪えろ!」

 

 質の高い邪龍だけではない。英雄派の少年レオナルドが自らの神滅具『魔獣創造』によって生み出すモンスターの軍勢がいた。

 

 これまではアンチモンスターという方向性で研鑽されていたが、ゲーティアから教えられた『第二の獣』の存在がその思考に変化を与えた。そもそも、『魔獣創造』は地母神の権能に似た能力である。創造は模倣から始まると言われるが、これは想像力の問題である。異世界の存在、特に魔神柱の存在は、レオナルドの想像力の成長に大きく貢献した。彼は正当な手段で禁手に至るのもそれほど先の話ではない。

 

 魔神柱+神滅具が予想されていた敵対戦力であったが、邪龍など完全に予想外だった。もしあらかじめ知っていたならば龍殺しでも用意しただろうが、今更言っても仕方がない。

 

 結果として、魔神柱と邪龍と魔獣でこの場にいる戦力は押され気味だった。必然的に、他の戦場に出向いた魔王やその眷属、会談の警護をしている部隊の支援が到着するまでの時間稼ぎになる。

 

 混沌とする戦場の中で、二人の女性が向かい合っていた。片方は緑のメッシュが特徴的な聖剣を持った少女、片方は北欧的な顔立ちの青い目の美女。少女の方は恐怖で震え、美女の方は怒りで眉をひそめていた。

 

「……一体、どうして貴女がそこにいるのですか? ゼノヴィア」

「し、シスター・グリゼルダ」

 

 ゼノヴィアとグリゼルダ・クァルタである。

 

「突然異端者として破門されたと聞いて、私は心配していたのですよ? なのに貴女ときたらまさかテロリストに……はあ、とにかく帰りますよ。ミカエル様には私から慈悲を戴けるようにお願いします」

「こ、断る。それは嫌だ」

「……何を言っているのですか?」

「私は戻らない。確かに、神のための人生だった。神の身許に行くためだけの人生だった。だけど、違う。それは間違いだった。私の居場所は、ここなんだ。ここには、私が確かに守りたいと思えるものが、あったんだ!」

「そういうことだ。彼女のことは諦めてくれ」

 

 ゼノヴィアを庇うように、制服の上から漢服を羽織った黒髪の青年が前に出た。その手に携えたシンプルなデザインの槍で自らの肩をトントンと叩きながら、ゼノヴィアを背に庇う。

 

「俺の仲間が、敵である貴女に謗りを受ける謂れはない。教会が彼女を異端と捨てて、俺たちが彼女を仲間として受け入れた。それだけの話だろう? まるで彼女の身内であるかのような態度は謹んでもらいたいな」

 

 言いたいことがあるならば戦いで示そう、と青年は槍の矛先をグリゼルダに向ける。

 

「貴方は?」

「英雄派のリーダーをやっている。三国志の英雄曹操の末裔だ、一応ね。曹操と呼んでくれ。……リーダーというのは、今では名ばかりだが」

 

 自嘲とも自虐とも取れる台詞だが、何故か自慢げな風な態度だった。

 

「成程。『禍の団』がソロモンに乗っ取られたという話は本当だったようですね」

「半分正解かな」

「ほう、じゃあもう半分はどんなだい?」

 

 現れたのは、子どもほどの背丈の老猿だった。だが、金色に輝く体毛で、人の言葉を喋り、サイバーなデザインのサングラスをかけた猿がただの猿なわけがない。

 

 かの西遊記に語られる妖怪、闘戦勝仏。またの名を孫悟空である。

 

『おお♪ 玉龍(ウーロン)じゃねえか! よっしゃ昔みたいに殺し合うぜ!』

『ファ!? 何でグレンデルやアポプスがいんだよ! おまえら滅んだはずだろうが! おいジジイ、手を貸して――』

《独り占めは感心しないなグレンデル……!》

 

 龍王と邪龍が怪物大戦を始める最中、英雄の末裔と伝説の猿は相立った。

 

「これはこれは闘戦勝仏殿。まさか貴方が出てくるとは。てっきり三大勢力以外は、三大勢力が全滅するまで出て来ないと思っていたが」

「何、これも付き合いじゃて」

 

 闘戦勝仏は煙管から紫煙を吐き出す。その仕草一つ取ってもつけ入る隙が窺えない。

 

「それより坊主、随分と風変りな魔槍だな。良い趣味の武器だが、神殺しの聖槍はどうした?」

「捨てました」

 

 闘戦勝仏が曹操と既知の間柄であったことも目の前の男が現代の聖槍の所有者であったことも驚きだが、その男の口から出た『聖槍を捨てた』という事実はその場にいた全員の度肝を抜いた。神器を抜き出したのに生きているという意味ではない。最強の神滅具を、最高の聖遺物を、何の感慨も後悔もなさそうに捨てたとこの男は宣ったのだ。

 

 だが、伝説に語られる猿だけは心底溜まらないと言った様子で破顔した。

 

「そうかい、そうかい。おまえさんは、ちゃんとおまえさんになれたのか」

「ええ、そうですよ、闘戦勝仏殿。俺は俺だ。所詮、槍など槍でしかない。聖槍などなくても、俺はこの蒼天の下、どこにでも行けるのですから」

「随分悟りきったのぅ。何ぞ良い指導者にでも出会ったか?」

「どうでしょうね」

 

 肩を竦める曹操だが、その顔を見れば答えは一目瞭然だ。

 

「そういえば、うちの美猴を知らねえかい? 『禍の団』にいるって話なんだが、どうにも内部の状況が分かりづらいんでな」

「さあ。いえ、とぼけているわけでなく、彼を含めたヴァーリチームの行方はほとんど不明でしてね」

「そっかい。……じゃあ無駄話もここまでにしておこうかい。あの坊主頭の武神の面子なんぞどうでもいいが、儂は一応、兵隊としてここにいるんでねぃ」

 

 一時は魔王という立場にあったとされ、その正体は神猿とも星霊とも言われる闘戦勝仏――孫悟空。中国出身である曹操からしてみれば、その威光はまさに憧憬だ。だが、彼はいま、伝説に挑む。

 

「ええ。俺もいまの俺の価値を証明しよう、俺の……俺たちの『暁の魔神槍』でね」

 

 

 

 

 

 

 魔神どもめ、無駄な足掻きを。堕ちた騎士王め、余計な邪魔を。だが、すべて無駄だ。すべて無為だ。もうすぐだ。もうすぐ私が復活するための、最後の駒が揃う。

 

 早くしろ、我が忠実なる天使よ。

 

 早く、早く早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くしろ! 何のために、『真理』を利用しておまえを悪魔に変え、あの役立たずな熾天使どもの記憶を挿げ替えたと思っている! 血が薄れた程度で、自らの使命を忘れたとは言わせんぞ。

 

 ああ、待っていろ、ソロモン。

 

 もうすぐだ。復活したらすぐに、おまえを神に祭り上げようとした失敗作の人類を滅ぼそう。その醜さに相応しい獣を使ってな。

 

 そうすれば、おまえが導くに相応しい人類を作ってやれる! 裏切り者のアザゼルが呼ぶであろう、おまえが心底褒め称えた藤丸立香とマシュ・キリエライトを素材にして!

 

 だから、だから私のところに帰って来い!




魔神の悲哀も、女神の願いも、魔術王の憤怒も、明星の王子の悪意も、唯一神の遺志さえ利用して、『天使のように美しい』と記された悪魔は歌う。
――愛を否定され死を穢され未来を奪われた、愛しい従妹のための鎮魂歌を。

次回「誰が悪なのか」

人類悪顕現まであと二話。




 真名 666(トライヘキサ)
 クラス セイバー
 ステータス 筋力:A 耐久:A+ 敏捷:B 魔力:A 幸運:C+ 宝具:B
 スキル 対魔力:A 騎乗:C 自己再生:B 七つの冠:A 星の忌み子:EX
 宝具 約束の炎
 ※ビーストでなくなったことで、一部のスキル(獣の権能:A 単独顕現:A ネガ・ミレニアム:A)が削除され、自己再生もランクがA+からダウンしている。また、宝具も「最後の審判」が削除されている。なお、クラスがセイバーなのは「かっこいいから」。

 備考 『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)666(トライヘキサ)
 その正体は、ソロモン王の作り上げた『真理』の術式の廃棄物が生命を帯びたもの。聖書の神がゲーティア召喚に失敗した場合を予期し、魔術王が保険として用意した『泥』の化身。
 其は人間が生み落とし、人類史の罪を教え込まれた大災害。
「神がいなければ生きられぬとは何と愚かな生物なのだろう。他者を犠牲にしなければ生きられぬとは何と醜い生命なのだろう。悲劇だけで終わるなんて何と悲しい生涯なんだろう。こんな惑星は消えるべきだ。私が起こす大絶滅を、この星の最後の悲劇にしよう」
 しかし、彼が人類悪として完成するには時間が必要だった。無理やり起動されない限り、完成の日まで彼が自主的に動くことはない。この完成の日こそ黙示録の日である。
 だが、ある悪魔が発見し、復活したばかりの魔術王と『泥』に関する取引をした。結果として、聖書の神の策略を横取り、キャスター玉藻の前が不安定だった魂を整え、アサシン山の翁が『真理』から切り離し、ソロモンの原罪『期待』を継承することで無理やり完成した。
 心を知ったことでトライヘキサは、『期待』を覚えた。
「もしかしたら、この世界には悲しいこと以外のこともあるのかもしれない」と。
 そして、眼を開けた彼の前に広がっていたのは『繁栄した人間社会』だった。人間の負の側面しか見てこなかった彼はそんな当たり前の光景さえ知らなかった。人間が人間として生まれ、人間として生き、人間として死んでいく。神がいなくても世界は回る。そんな当たり前とすら言えない光景こそが、この獣の『期待』を大きく上回った。獣は知ったのだ。悲しいことは確かにある。だが、決してそれだけではないのだと。
「私は美しいものを見た。おめでとう。それから、ありがとう、この星のすべての人々よ。貴方たちは、魔術王の怒りに勝利した」
 ――ソロモンは生前も死後もすべて人間のために動いた。言葉や魔術は勿論のこと呼吸さえも人類のためにしていたと言っても過言ではない。妻や妾、子どもも愛していたが、彼らは例外なく人間だった。共犯者の異形に対しても信頼関係はあったが、それは人類救済の打算が起点だった。そんな王が唯一、人類救済とは全く関係のない、ともすれば計画を破綻させかねないのに救いたいと願った異形こそがトライヘキサである。自らの子を救うために、彼は自らの『期待』を棄てた。人類はビーストD/Rを完全に打倒していた。
 人類が666に敗北するパターンとは、彼が完成する前に、星の悲劇の総量が彼の許容限界を超えた場合である。この場合、彼は人類に「期待」しない。
※ハイスクールD×D原作の666はその正体も由来も不明で、そこから勝手に広げた妄想なのでご注意ください。

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