圧倒的だった。
「焼却式!」
「汝らの全ては不認である」
「とても温かい!」
「戯れの時来たれり」
「ギャハハハハハハハハハハハ!」
「不要不要不要ッ!」
「限りある命……なんと羨ましい!」
セラフォルー・レヴィアタン率いる悪魔の部隊は、クラン・カラティンなる魔神柱の融合体に圧倒されていた。時間の経過とともに、悪魔たちの生命を奪っていった。セラフォルーの眷属さえも例外ではない。
「申し訳ありません、セラフォルー様……」
時間が経てば経つほどに仲間が倒されていく。自分達が一生勝てないと思っていたような実力者たちが、呆気なく殺されていく。勝てる勝てないどころの相手ではない。このクラン・カラティンの戦闘能力は低く見積もっても主神級だった。
この怪物を殺すにはもっと純粋な火力が必要だった。インド神話の最高神や帝釈天クラス、あるいは全力になったサーゼクス・ルシファー。セラフォルーは間違いなく強いが、それでもまだ足りない。
「くっそ! 何だってんだよ!」
毒づく匙元士郎。彼を含めたソーナ・シトリーの眷属は足手まといにならないように逃げるので精一杯だった。堕天使から渡された人工神器を取り出す余裕さえない。
だが、己の無力さ以上に匙の心を蝕む現実があった。それは――魔神柱の側が決して絶対悪ではなかったということだ。否、悪ではあるのだろう。悪魔という種族から見れば彼らはどうしようもないくらい社会悪だ。もしも彼らの言うことが本当ならば、異世界出身の彼らは彼らの言う《被害者》たちとは無関係だ。だが、それは間違ったことなのだろうか。関係のないものを報酬もなく助けようとするならば、それは正義ではないのか。
何が正しい? 誰が正しい?
否、匙にはそんなことを考える権利などないだろう。何故なら、彼の家族が生活できているのはソーナのおかげだ。ソーナのおかげで、幼い妹や弟は食べていられる。仮に悪魔が悪だとして、仮に魔神柱の方に大義があるとして、彼に選択肢なんてものはないのだ。考える権利もない。
「滅茶苦茶だ。一体でも強いのに二十八体も合体しているなんて!」
嘆くような悲鳴に対して、クラン・カラティンは嘲ることもなく応じる。
「これは元より我らの至った顕現ではない。数多の男と交わりながら、一人の勇者に執着した淫らな女王の発想だ。それを改定し改善し改良した。我らには発生しない感情。我らには発現しない思考。人間は面白い。人間は興味深い。我々にも貴様らにもない輝きを見せてくれる。――では、この茶番も閉幕だ」
その巨体に犇めく赤黒い眼球すべてがおぞましい光を帯びる。それを見て、セラフォルー・レヴィアタンは最高の魔力を篭める。
「負けない……私は負けられないのよ! 冥界の未来のためにも! 何より、ソーたんのために!」
「これより二十八の命題を唱える。極点に至る為、汝の真理を焼き尽くさん」
「
「焼却式クラン・カラティン!」
凄まじい魔力の暴力。女性悪魔最強のひとりである魔王セラフォルー・レヴィアタン。だが、所詮は悪魔の中で最強程度でしかない。強者が多いとされる新世代の悪魔だが、聖書の悪魔という疲弊し、衰退し、絶滅しそうになっているものの中の最強でしかない。圧倒的にクラン・カラティンに分があった。
魔力の衝突による衝撃波。ソーナの眷属も思わず防御障壁を創り出すが、すぐに崩壊する。そのまま背後へと吹き飛ばされてしまった。地面に激突した衝撃が走る。立ち上がろうとするが、衝撃波によって動くこともままならない。
衝撃波がようやく止み、地面に突っ伏したソーナが目を開けるとそこには満身創痍になったセラフォルーの姿があった。お気に入りの魔法少女の衣装もボロボロだ。それでも無理やり笑顔を作ると、妹に問いかける。
「だいじょうぶ、そーたん?」
「お姉様!」
セラフォルーが庇ったのだろう。ソーナには目立った外傷はなかった。
しかしクラン・カラティンにはほとんどダメージが入っていないようだった。多少凍結した部分もあるが、相手の動きに支障があるようには見えなかった。駒王会談乱入時、どれだけ本気ではなかったかということを思い知らされた。
「しぶとい。実にしぶとい」
「生き恥を晒すか」
「無様無様無様ッ!」
「だがこれで終わりだ」
「告げるはセラフォルー・レヴィアタンという汝が音韻。“四大魔王”の一柱/真実/完全消滅」
「焼却式――」
その時だった。
「――――――――!」
星の悲鳴が聞こえた。
詩的な表現ではあるが、そうとしか言い様がない。それほどの『何か』が発生した。それは殺意に染まったクラン・カラティンの行動を止めるほどだった。数多の眼球が忙しなく蠢く。
「ゼパルより至急! 緊急事態だ!」
「どうした、このゼパなん……何だと……!」
「ディハウザー・ベリアルが、我々を裏切っただと?」
「ソロモンめ、そのような手を打つか」
「兵藤一誠……指輪……泥……委細承知」
「統括局には既に連絡完了。連絡まで待機……返答あり」
「至急至急! クラン・カラティンを構成する二十八の同胞に通達! 現作戦を直ちに中断。アンドロマリウス以下十柱は冥界のバアルたちの下に救援。ゼパル以下十柱は『期待』の獣の分析を実行。グラシャ=ラボラス以下八柱は時間神殿に帰還せよ!」
多くの眼球が同意するかのように静止するのに対し、ある一部分の眼球だけは瀕死のセラフォルーを捉えていた。
「グラシャ=ラボラスより了承。しかしその前に、この悪魔の命を潰す。完璧に潰す。完全に殺す。この怠惰な魔王に報いを。少女たちの涙を穢す虚構に清算を」
言うまでもないが、グラシャ=ラボラスである。
「この焼却式にて貴様の命の終わりとする。貴様が辱めた彼女たちに詫びながら、魂の一片まで消滅するがいい――!」
今一度クラン・カラティンの眼が自分と姉を捉える。セラフォルーは迎え撃とうとするが、その身体では無理だ。せめて彼女を転移で逃がすことが自分の役目だと考えるも、身体が動かない。どうやら先程のダメージが思った以上に深刻なようだ。
「助けて……」
ソーナは祈った。神になのか、魔王になのか。とにかく祈って、叫んだ。
「誰でもいいから、助けてください!」
返事はあった。正面の魔神柱の集合体からではなく、背後から食事の誘いに応じるかのように気軽な調子で。
「分かった。助けるよ」
■
その気配に、天の鎖の後続機が最初に気づいた。
「――――――――!?!?!?」
先代譲りの高度の気配探知を持つ彼であるからこそ気づけた。だが、それは間違いなく幸運なことではなかった。その不快感を、世界で初めて味わうことになったのだから。
ほぼ同時に、気配や空間を探ることに特化した神魔が気づいた。やはり、それは不幸なことだった。
それはトライヘキサのような圧倒的存在への畏怖ではない。それは山の翁のような絶対的死への恐怖ではない。もっと有り触れた、しかし有り得ないような、生理的嫌悪だった。
「な、なんだ、これは……!」
「おえええええ!」
「がばがばががあああああきゃがあああ!?」
気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。
まるでヘドロに汚染された川の水でも飲まされたような気分だった。嫌悪感と不快感だけがあまりにも濃厚だった。
よろめく者はまだマシで、嘔吐する者までいる始末だ。発狂する者がいないだけマシだろう。腐っても星を代表する修羅神仏というわけだ。
「何が起きている!」
「何だ。この寒気は一体……」
遅れて、それほど探知能力が高くない者達も気づく。厳密には、獣の気配にではなく、彼が体内に抱える泥の邪悪さを察知したのだ。否、邪悪さと言うのはやはり正しくないのかもしれない。この場にいる神魔が受け取ったのは、殺意だ。彼らが生み出し、そして忘れ去った被害者たちの憎悪。加害者は忘れても、被害者は忘れない。忘れた過去がこの場にいる全員を殺しに来たのだ。
「ど、どうしたのじゃキングゥ。顔色が悪いぞ。この嫌な感じのせいなのか?」
「九重、逃げるよ」
九重は心配そうに寄り添うが、キングゥはそのまま彼女を抱えて足早に会場を出ようとする。付き添いの妖怪達も困惑しながらキングゥの後に続く。キングゥならば飛行してこの場から逃げ出すこともできるが、九重たちを置いて逃げるわけにもいかない。
混沌とした会場はキングゥ達を止めるどころか退出しようとすることに気づく余裕さえない。
「これはまずい。母さんやソロモンどころじゃない。冗談じゃないぞ、これは人類悪でさえない。ラフムの最上級種とでも言うのか。どこの誰だ、こんなバケモノを叩き起こしたのは――!」
会場の喧騒の中、トライヘキサは呆然と立ち尽くしていた。彼も今生まれたばかりの獣の気配を察知していた。だが、その表情はこの場の誰よりも驚愕に染まっていた。
「違う……」
「フォーウ」
呻くように、敗北した獣は吠える。その双眸からは血の涙が零れる。
「聞いていないぞ。我が半身に泥が注がれるなど、話が違うぞベリアル!」
■
その姿を見て、誰もが悪魔のようだと思った。否、あるいはこう表現するが適切かもしれない。魔神のようだと。
赤龍帝の鎧の如き紅蓮の全身鎧に、眼球のような模様と口のような亀裂が走っている。右手の部分は白く、左手は黒っぽい。翼竜を思わせる巨大な翼と蛇のような尾は飾りなどではなく手足のように自在に動く体の一部。その兜には二本の角が生えていた。書物や絵画に登場する魔王のような角が。瘴気とでも言えば良いのだろうか。とにかく、邪悪な雰囲気を放っている。近くにいるだけで狂ってしまいそうで、彼がそこにいるだけで空気が穢れているようにさえ感じる。
近くにいたグレモリー眷属は勿論のこと、離れた場所のリゼヴィムとアーチャーも戦闘を中断して沈黙するしかなかった。魔王の息子であるリゼヴィムでさえ、その禍々しさに言葉を失うほどだった。
「なんともおぞましい姿だ。世界を滅ぼす獣に相応しい」
唯一、ディハウザー・ベリアルだけが冷静だった。もっとも、彼がこの世界の誰よりも正気ではなかった。
「きっと君を見て、君の半身はこう言うだろう。『聞いていない』『話が違う』と。まあ、当然だろうね」
このビーストD/Lは、本来の形をしているわけではない。トライヘキサが誕生すると思っていたのは正しい形での半身だ。
正しいビーストD/Lとは、彼が担うべき『期待』とは、「人類が異形に与えられた悲劇への復讐」だった。それはソロモンの怒りそのもの。だからこそ指輪を使用するのではなく、指輪を埋め込まれることで顕現する。そして、その打倒方法は「信頼関係に基づく人間と異形の共闘」である。自らへ向けられた期待が無為なことであることを知り、己がなすべき復讐が見当違いであると理解し、『期待』の半身は敗北する。
そのはずだった。だが、そうはならなかった。タネは『泥』だ。ただし、指輪を通して『真理』や『システム』の廃棄物が入り込んだというわけではない。指輪そのものに泥が収納されていた。それだけの話である。
「魔王アスモデウスと七十二柱アスモダイ、天使ベリアル。彼らが目指したものは、『人間と異形が共に手を取り合える世界』だ。神代と人理の融合。誰が上も下も善も悪も強いも弱いも正しいも間違いもない。あらゆる種族が兄弟として同じテーブルで食事ができる。そんな陳腐な理想郷こそが、彼らの夢だった」
魔術王の共犯者たる四名のうち、初代ベルゼブブを除外すれば、彼らは『其処』を目指していた。彼らの動機は歴史に残っていない。当然だ。現在語られている彼らの神話は、その動機を隠すためにあるのだから。自らの神話が穢れることを承知で、彼らはソロモンの計画に同調した。
擦り合わされた想いだからこそ、『真理』の廃棄物になった。そして、それを捕食した獣は疑わなかった。魔術王も同じ理想を抱いた大馬鹿者なのだと。
「悪魔は同族を裏切り、天使は魔術王に寝返った。だが、お生憎様だ。ソロモンにはそんな世界を実現するつもりなど欠片もなかったのだ。共犯者を信頼し理解され誠実な態度で接していたが、真実を口にすることはなかった。彼は世界中の神々や魔王を騙したのだ。自分達がそうでないとどうして思えたのやら」
馬鹿馬鹿しい、とディハウザーは嘆息する。
「そもそも後継者が私たちのようなものではな。指輪を使用したクルゼレイはともかく、シャルバは初代がルシファーを裏切ったことさえ知らずに死んだのだろう」
魔王の末裔を嘲笑するディハウザーを、獣は冷たく見据える。彼の第一宝具、ある世界においては『聖杯の泥』『ケイオスタイド』と呼ばれたものに酷似している。
「
突如として、獣の影から赤黒い泥のようなものが噴き出した。それは不気味な生物のように動き回り、ディハウザーを覆うように襲い掛かる。
「あってはならぬ愛が理由で殺されたのならば許せた。私は初代様と同じ理想を抱き、ソロモンに挑んだだろう。だが、よりにもよってあの子の死は古き悪魔の妄執だった! あの子の抱いた愛を隠れ蓑にしたのだ、あの老害どもは!」
だが、ディハウザーは泥に捉えられる前に魔法陣を展開する。呪詛を残して、ディハウザーはどこかに転移した。
ディハウザーがいなくなったことで、ようやく意識を立ち直したリアス。彼女は何故か湧き上がる嘔吐感を無理やり抑え込んで、己の『兵士』に問いかける。
「い、イッセー? イッセー、私が分かるわよね? お願いだから返事をしてちょうだい!」
「ええ、分かりますよ」
至って落ち着いた返答。それに安堵するリアス。
「貴方にソロモンの指輪が入れられたらしいわ。それは神の権能。どんな影響があるか分からない。急いで取り出さないと」
「心配するな、リアス・グレモリー」
「――え?」
突然名前を呼ばれたことに驚いたリアスは、兵藤一誠がアスカロンで自分の腹部を刺したことに気づくのが一瞬遅れた。
「もうすでに、この男のすべては指輪の支配下だ。取り出す意味などない」
獣は、そのまま第二宝具を発動させる。
「
ソロモン陣営の英霊はビーストD/L顕現について
知らなかった→ セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー
察していた上で黙っていた→ キャスター、アサシン
知るか→ バーサーカー