憐憫の獣、再び   作:逆真
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アビー? 来なかったよ。


Who is she ?

 何度槍と棍をぶつけただろう。

 

「はぁ、はぁ……ああ、クソ。やはりお強いな、闘戦勝仏殿」

「そりゃこれでも仏の一人だからねぃ」

 

 息切れしているのは当然、曹操の方だ。だが、これは間違いなく三大勢力側にとって予想外の展開だし、帝釈天がいれば呵々大笑とした状況だ。あの闘戦勝仏、孫悟空、美猴王に、ただの人間が槍一本で食らいついているのだ。これが異常でなくて何なのか。

 

「それにしても、この気配は何だろうねぃ?」

 

 別段、この妖猿としても余裕があるわけではない。戦闘中に目の前の相手以外の話題を出すなど戦士として無粋だが、口に出さずにはいられなかった。

 

 仙術と妖術を極めたと言われる闘戦勝仏。そんな彼だからこそ、この醜悪な気配に意識を向けないなんてことは無理だった。これは意識を外して良い存在ではない。まるで世界中の怨嗟を一か所に集めたような邪悪さ。生まれてはならない何かが生まれてしまったと、歴戦の勘が告げていた。

 

「さあ? 少なくとも、俺たちの作戦にはないものでしょうね」

「おまえさんに心当たりがないなら、もしかして魔術王が何かやったんかもしれんねぃ」

「……成程」

 

 有り得そうだと次の一手をどう繰り出すか考える曹操に、闘戦勝仏は言う。

 

「否定せんのだな」

「はい?」

「おまえさんと魔術王が同じ組織にいないことを、否定せんのだな」

「ええ。『禍の団』にソロモンなんていませんので」

 

 何を当然のことをとばかりの態度に、二人の戦いを見ていたグリゼルダは驚愕する。自分達の戦いの大前提が崩れたのだから当たり前のことだ。

 

「っ! それはどういう――」

 

 だが、その疑問が口から出切る前に、赤い雷光が迸る。

 

「これこそは我が父を滅ぼし邪剣」

「気付いておったよ」

「っ! そうくるか!」

 

 あらかじめ仙術で気配を察知していた闘戦勝仏と、その赤雷に心当たりのあった曹操は一早く反応できた。

 

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!」

 

 荒れ狂う憎悪を刀身に纏わせ、剣の切っ先から直線状に放たれた赤雷。周囲の景色を蹂躙する攻撃を放ったのは、金髪の騎士だった。二十歳にも満たぬ少女に見えるが、どこか粗暴な雰囲気がある。

 

 金髪の騎士の脇から、また別の栗毛の騎士が前に出る。

 

「やりましたね、モードレッド様!」

「……なあ、イリナ。フラグって知ってるか?」

 

 金髪の騎士は栗毛の少女の頭を小突く。当然籠手のままで。

 

「良い塩梅だねえ。英雄派ってわけでもなさそうだ。お嬢ちゃん、何者だい?」

「危ない危ない。いやぁ、流石は円卓の騎士ってところか」

 

 闘戦勝仏と曹操がほとんど無傷であったことに加えて、お嬢ちゃん呼ばわりされたことで、金髪の騎士――モードレッドは不愉快そうに表情を歪めた。

 

「…………そうか。畜生風情と戦士もどきが、俺の宝具で死なないか。絶対ぇ殺す!」

「モードレッド様、どうかそんなに落ち込まないでください。誰にでも失敗はあります!」

「おまえから殺すぞ自称騎士!」

 

 モードレッドから自称騎士呼ばわりされた少女――紫藤イリナの姿を見て、ゼノヴィアは絞り出すように彼女の名前を口にする。

 

「……イリナ」

「久しぶりね、ゼノヴィア」

 

 複雑そうな表情のゼノヴィアに対して、イリナは笑顔だ。一片の迷いもないとばかりに。

 

「プロテスタントのエクスカリバー使い紫藤イリナ……どうして貴女がここに?」

「シスター・グリゼルダ! 貴女も獅子王様の下に来ませんか? あの御方ならば私たちを正しく導いてくださいます。神の不在を隠していたミカエルよりも、神を騙る邪教の怪物どもよりも、人王なんて触手の親玉よりも、私たちの神に相応しい御方です!」

 

 質問に答えないばかりか、訳の分からないことを述べる紫藤イリナにグリゼルダは困惑するばかりだ。しかし、魔神柱と魔術王と獅子王に関して、自分達の認識が真実から程遠い位置にあることは理解できた。

 

「それは聞き捨てならないな、イリナ。彼が触手の親玉だって? まあ、事実ではあるんだが」

「ゼノヴィア。貴女は獅子王様のことを知っているでしょう? どうしてまだそっちにいるの? 今からでも遅くないわ。私と一緒に真の信仰の道を進みましょう!」

 

 かつての相棒から差し出された手を、ゼノヴィアは素っ気なく返す。

 

「悪いな。私は王と仰ぐなら、ゲーティアの方がいい」

「あんな触手の親玉のどこがいいの?」

「なっ!? 実際に会ったこともないくせに彼を語るな。とっても強いんだからな!」

「笑っちゃうわ。獅子王様は強いだけじゃなくて、美しいの」

「ゲーティアは強いだけじゃなくて賢いぞ! あと、魔神柱には結構面白いところがある! 彼らと一緒にいて飽きない!」

「愉快さで円卓の皆様に勝てると思ったら大間違いよ! 特にトリスタン様は面白すぎる御方だわ!」

「何だと、自称騎士とか言われているくせに!」

「何よ、自称剣士! 脳みそまで筋肉!」

 

 ヒートアップしている二人。本人たちは真剣なのだが、本人たちの年齢も相まって部活の顧問と先輩の自慢をしているようにしか見えない。

 

「よし、勝った方の主張が正しいということでいいな?」

「いいわ! デュランダルがあるからって私に勝てるとは思わないでね。私にはここに来る前にパパから略奪してきたオートクレールがあるんだから!」

「…………そうか。受けて立つ!」

 

 略奪云々は聞かなかったことにするゼノヴィアと、彼女に説教(物理)をするつもりのイリナ。それをどういう目で見ていいか分からない曹操、グリゼルダ、モードレッド。我、関せずという態度で煙管を吸う猿が一匹。

 

 そんな彼らに魔神ナベリウスの号令が響いた。

 

「この戦場にいるすべての同胞に通達する。――撤退せよ。作戦は失敗した」

 

 そしてこの戦場にまた別の乱入者の姿があった。

 

「間に合って良かった。まだ堕天使の首はあったか」

「盟約は盟約だ。しっかり果たすとしよう」

 

 元龍王の首を引っ提げて、魔王殺しと神殺しの英雄が現れた。

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、ソーナ・シトリーの眷属たちは命だけは取り留めていた。当然、全員が瀕死だった。辛うじて五体満足なのが匙ひとりだけだった時点で無事とは言えない。まして、この戦場に出陣した悪魔のほとんどは死亡していた。魔王の眷属さえ例外ではない。

 

 緊急で中止になった会談を抜け出したアザゼルの手によって、セラフォルーは緊急治療室へと転送された。

 

 そして、ソーナに伝えられる異世界の常識。異世界の存在自体はクラン・カラティンのカミングアウトによって知っていたが、英霊やサーヴァントという存在はこの時初めて知った。そして、自分の命の恩人が英雄派――英雄の子孫や転生体ではなく、英雄本人の分霊であることを知った。

 

「えっと、つまり貴方はそのサーヴァント? ということですか?」

「うん、改めて名乗らせてもらうね。シャルルマーニュ十二勇士がひとり、アストルフォ! ソロモンがあっちの世界から呼び出したサーヴァントのひとりで、クラスはライダー! よろしく!」

 

 明るい態度のアストルフォに、アザゼルは懐疑的な視線を向ける。

 

「信用できねえな。おまえのマスターは、あのソロモンなんだろう? おまえが俺たちに協力するとして、その動機は何だ? あの恐ろしい骸骨のジジイさえソロモンに従ったってのに。おまえは何でソロモンを裏切ろうってんだ?」

「ソロモンを止めるためだよ」

 

 軽快な雰囲気が一変し、アストルフォの表情に影が差す。

 

「ソロモンのやろうとしていることはきっと悪いことだ。それは嫌だな。ソロモンは、あの王様は間違いなく悪い王だ。良い王だったのにそれが哀しいことのせいで反転してしまったっていうのが、話していてよく分かったんだ。だから、彼を大切に思った誰かのために、止めないといけないって思ったんだ」

「……おまえは」

「とにかく、ボクはあの王様のやろうとしていることを邪魔するつもりだ。ここではないどこかで会った誰かのためにもね。というわけで君たちに力を貸すよ! よろしくね!」

 

 疑うことさえ馬鹿馬鹿しくなるほどの天真爛漫さ。敵と疑う前に協力者として信用しようと考えたアザゼルは、魔術王の陣営にいたならば確実に知っていたであろうことを質問する。

 

「じゃあソロモンの指輪がどこにあるか分かるか?」

「それは知らないね!」

「……奴が指輪に魂を封じているかどうかは知っているよな?」

「全然!」

「…………何か今すぐ役に立ちそうな情報はあるか?」

「全く!」

「おまえ何のためにあのクソ野郎を裏切ったんだ!」

「そう言われてもね」

 

 うーんと唸るアストルフォだったが、何か思いついたように手を打つ。

 

「アーチャーに聞いた方が手っ取り早いと思うよ? こっちの世界の出身だって言っていたしね」

 

 

 

 

 

 

 僕――木場裕斗は急展開に続く急展開で、頭が真っ白になった。

 

 世界神話会談開始直後に会場周辺に出現した魔神柱。三大勢力はその撃退に出撃した。他神話はまるで他人事のように出陣しなかった。

 

 その場にいたのは、赤髪の少年と金髪の青年と掃除屋を名乗る包帯の男。前者二人は、最上級悪魔にして元龍王のタンニーン様が請け負ってくれた。

 

 最後の包帯男だった。自信がなかったと言えばウソになる。僕自身、稀有な禁手に至っている。若手悪魔の中でもトップクラスの才能を持つ部長やバラキエルの娘である朱乃さん、強力な神器を持つイッセーくんやギャスパーくんもいる。小猫ちゃんも自分のトラウマと向き合いつつ鍛えていた。だが、そんなものなど一蹴された。相手は複数の神滅具を持つという規格外だった。

 

 そして予想だにしていなかった『皇帝』ディハウザー・ベリアルの裏切り。結果として、イッセーくんがソロモンに身体を乗っ取られてしまった。

 

 何もかもが僕たちを置き去りに、話が進んでいた。

 

「い、イッセー先輩を、返してください!」

「彼の身体から出て行きなさい!」

 

 ギャスパーくんと副部長の言葉に、イッセーくん――否、ソロモンは鼻で笑うような声音で返した。

 

「やだね。これより、最後の赤龍帝は兵藤一誠ではなくこのソロモンとなる!」

 

 あまりにも醜悪。あまりにも最悪。

 

「我が三千年がついに報われる! ベリアル、アスモデウス、アスモダイ! おまえたちの理想は此処に潰えたが、代わりに俺がもっと輝かしい現実を生み出す!」

 

 人間という生物の中から産まれ落ちた、星の癌細胞がここにいた。

 

「地獄を造ろう! 人間が次の時代に進むための最高にして最悪の試練を創り出そう! この星は転生する! あらゆる醜態は過去になる!」

 

 気持ち悪いほどの狂気がそこにあった。

 

 

 

「讃えてくれ。我が名はソロモン! 真理構築式、魔術王ソロモンである!」

 

 

 

 だが、ソロモンの言葉に否を突き付ける声があった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。こんな面白味のない狂言はここまでだ」

 

 転移魔術か何かで出現したのは、成人男性だった。モスグリーンのタキシードにシルクハット。髪はぼさぼさの長髪だ。人間のようだけど魔術師だろうか。

 

「ほう、レフ・ライノール……いや、フラウロスと呼ぶべきか」

 

 レフ・ライノール? どこかで聞いたような……そうだ! 四月頃にイッセーくんが接触したという謎の人物だ。堕天使が支配していた廃教会を襲撃した件の重要参考人。

 

 フラウロス……その呼称から察するに、フリードのように魔神柱が化けていると考えるべきか?

 

 掃除屋は男の出現に対して驚いていた。

 

「どうして貴方が……」

「我々の不始末がこのような獣を目覚めさせたんだ。挨拶がてらに出るのは当然のことだろう?」

「……ああ、貴方はそういう男だったな。だからこそ……」

 

 ソロモンは男に対して溢れんばかりの喜びを込めて呼びかける。

 

「ううん、魔神柱に会うのははじめましてになるのかなあ。いや、この身体的にはお久しぶりか!」

 

 レフ・ライノールは不愉快さを隠そうともせず眉をひそめる。

 

「親しげに呼ばれる覚えはないな。かつての三千年を思い返しても、我々がこんな不愉快な気分になったのは初めてだよ。ここまで虚仮にされて利用されるとはね」

「ああ、そうだ、感謝を告げないとな。おまえたちなくてはこの盤面に辿り着けなかった! おまえたちのおかげで、これよりこの星の人間は生まれ変わる! 本当にありがとう!」

「礼を言われる筋合いもない。貴様の理想は我々が否定させてもらう」

「そうか。残念だよ。おまえならば、おまえ達ならば俺の理想に共感してくれると思っていたのだが」

「悪いが、かつての我々の理想の汚点だけを集めたような妄想に付き合っている暇はないんだ。だが、我々に二度目をくれたことにだけは感謝しよう。……そして、貴様の方からも感謝しているというなら一つだけ質問に答えてもらおうか」

「いいぜ。せめてもの報酬だ。何でも答えよう」

 

 レフ・ライノールは神妙に問う。

 

「ソロモンを名乗る者よ。おまえは『彼女』を……シバの女王を知っているか?」

「しばの、じょおう……?」

 

 その名前を聞いて、イッセーくんの身体を乗っ取ったソロモンは首を傾げた。僕も内心で同じ気持ちだ。おそらく意識が朦朧としている部長を含めたこの場の全員の気持ちが同調した。

 

「誰だ、それ?」

 

 誰だ、それ?








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