憐憫の獣、再び   作:逆真
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今年最後の投稿である。
年内で完結させる予定だったのにどうしてこうなった。
やはり獅子王を出したせいで妙に長くなった感は否めないな……。

※ちょっと加筆して珍生物を出しました。


祈り

「貴方は神などではありません。貴方は患者です」

 

 そう通告して現れたのは、少女だった。動きやすいように魔改造されたシスターの修道服。長い金髪を一本に纏め上げている。やけに眼光が鋭い。

 

「これより、治療を開始します」

 

 少女――アーシア・アルジェントは神に祈るように手を合わせる。

 

 

「我はここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん」

 

 

 それは聞くものが聞けば、ナイチンゲール誓詞だと理解できるだろう。ナイチンゲールの看護に対する精神を基とし、医学に携わる看護師としての必要な考え方、心構えを示したもの。看護師の戴帽式や卒業式に行われる誓いの言葉である。

 

 正解であるが同時に、これがアーシア・アルジェントの禁手のための詠唱。彼女の禁手はある条件下において最高の能力を発揮できるが、そのための下準備――詠唱に時間がかかるという分かり易い欠陥があった。

 

「……やめろ」

 

 獣には理解できた。この詠唱が自らを終わらせるものであると。

 

 

「我が生涯を清く過ごし、我が任務を忠実に尽くさんことを」

 

 

 冗談ではない。了承できない。まだ何もしていないのだ。まだ何も始まっていないのだ。まだ何も終わらせていないのだ。

 

「やめろぉおおおお!」

 

 ここで終わってたまるものか。まだ悪魔さえ絶滅させていないというのに――!

 

 

「我はすべて毒あるもの、害あるものを絶ち」

 

 

 獣の影から赤黒く染まった泥が溢れ出る。

 

赤黒き汚泥(ウェルシュ・ケイオスタイド)!」

 

 呪いの泥が少女に襲い掛かろうとするが、

 

断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)!」

超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)!」

 

 聖剣でできたドラゴンが聖女の盾となり、泥を弾く。呆然とする獣にミサイルが射出される。

 

「出遅れたわね」

「間に合っただけマシだろ」

 

 聖女ジャンヌ・ダルクの転生体と大英雄ヘラクレスの転生体。

 

 無論、彼らだけではない。

 

「ああ、俺たちにも……いや俺たちにこそできることがある」

 

 曹操を始めとした英雄派の面々だ。ゲオルグやジークフリートといった冥界に出ている面々こそいなかったが、英雄派の戦力がここに集まっていた。

 

 そんな彼らに近づくアーチャー。当然、一度交戦している英雄派は身構える。

 

「おまえは……!」

「久しぶりというほどでもないな、未熟者」

 

 だが、アーチャーは曹操を素通りする。

 

「あっちは俺が担当してやる」

 

 すれ違いざまに、変わり果てた弓兵は若き日の己に告げる。

 

()()()の仲間だ。必ず守れよ――」

「――言われるまでもない!」

 

 アーチャーの視線の先には、腹部の怪我に耐えながら立ち上がるリアス・グレモリーがいた。

 

「部長やめてください!」

「いま動かなければグレモリーの名折れよ!」

「ええ。いきましょう、リアス」

 

 この期に及んで眷属を救おうとするグレモリー眷属を見て、アーチャーは苦笑する。フラウロスの発言で、兵藤一誠がどういう立場にあるかは彼――正確には彼と同じ名前を持つ男――に憎悪を抱くアーチャーですら察することができたというのに。

 

「……何というか滑稽だな」

「黙りなさい! イッセーに何をするつもりか知らないけど、貴方たちにもソロモンにも私の下僕に指一本触れさせない――」

絶霧(ディメンション・ロスト)

 

 アーチャーの棺桶から霧が出たかと思えば、その場にいたグレモリー眷属を包み込んだ。やがて霧が消滅すると、グレモリー眷属の姿も消えていた。

 

「……君はもうちょっと遊び心のある奴だと思っていたが」

「忘れたよ、そんなもの」

 

 本当につまらない男になったな、と心中で呟くフラウロス。

 

「状況は読めないが、成程。どうやらこの時間軸ではアーシアは死なずに済みそうだ」

 

 自分の時は、傍にアーシアしかいなかった。だから、泥に飲まれた自分の代わりに彼女が死んでしまった。

 

 

「悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし」

 

 

 爆炎が晴れると、そこには健在な獣の姿があった。ヘラクレスの攻撃を受けても、獣はほとんど無傷だった。その鎧には傷一つ付いていない。それどころか、獣は即座に自分が受けた攻撃を解析する。

 

 解析し、学習し、吸収し、変化し、進化する。この攻撃が二度と効かぬように。似たような攻撃を受けても即座に対応できるように。

 

「勝利条件はアーシアの禁手(バランス・ブレイカー)の発動。敗北は彼女の……いや、俺たちがひとりでも死ねば俺たちの負けだ。勝つために、全員全力で生き残れ!」

「無茶言うな!」

「前より無茶言うようになったよな!」

「でも、悪くない!」

「むしろ今のリーダーの方がいい!」

 

 文字通りの死地だと言うのに、笑う英雄派。ここで死ぬのも悪くないと覚悟しながら、ここで死ぬ気はないと決意を固める。

 

「一番槍はこの偉大なるペルセウスがいただくぜ!」

 

 魔神柱はこの戦いに参加できない。理由はこの獣の特性と経歴にある。

 

 兵藤一誠は魔神ゼパルを倒している。厳密には、今日この段階で兵藤一誠が単身で倒した存在はゼパルくらいなものなのだ。白い龍は撤退させただけだ。元龍王には追い回されただけだ。不死鳥や黒い龍王とは戦う機会を失った。初恋を抱いた堕天使は再会することなく死んでいる。

 

 分かり易く言えば、彼は龍と魔神柱に対しての特攻を持っている。その細胞と力を持っているが故に。これだけならば強力に見える。だが、それだけだ。

 

 無限に進化できる存在として生まれたこの獣はしかし、その素材を間違えた。いくら可能性があろうとも、その下地がなければ選択肢などあってないようなものだ。

 

 兵藤一誠だからこそ魔神も人王も戦えない。英雄派は未熟者揃いだ。だとしても、この獣は恐ろしく弱い。彼らならば倒すまではいかなくても、時間稼ぎができてしまうほど。

 

 

「我は我が力の限り我が任務の標準を高くせんことを努むべし」

 

 

 獣はその能力の低さ故に、ペルセウスの一撃を避けられない。

 

 この獣は弱い。だが、現段階での話だ。無限に成長できる。簡単に進化できる。戦えば戦うほどに、敵と相対するだけで強くなるのだ。

 

 だから、挑むとすれば短期決戦が定石だ。元より、彼らの勝利条件を考えれば戦闘はほんの数十秒だ。

 

 

「我が任務にあたりて、取り扱える人々の私事のすべて」

 

 

 英雄派達は、獣の足元にあふれ出る泥に注意しながら、攻撃するよりも回避することに専念していた。ある者は弓を弾き、ある者は炎を滾らせ、ある者は幻で惑わせる。

 

「おらおら!」

「せい!」

 

 攻撃を受けるばかりだった獣は咆哮する。苛立ちと苦痛を発散しようと、癇癪をばら撒く。

 

「舐めるなああああああ!」

 

 獣が繰り出すのは、本来であれば修得してはならぬ忌まわしき技。

 

「ロンギヌス・スマッシャー……!」

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()彼らの対応は早い。

 

「俺が盾になる!」

 

 前に出たのは、英雄派の構成員コンラ。

 

 影を操る力を身に宿していたために、幼少期から気味悪がられ迫害された過去を持つ。英雄派は彼にとって居場所であり、その居場所を与え、自分のような者でも英雄になれると言ってくれた曹操を尊敬している。

 

 アーチャーとの初めての邂逅にて、コンラは死にかけた。仲間を守ろうと影を出したが、それでも守り切れなかった。アーシアが間に合わなければ自分も仲間も死んでいただろう。

 

 無力だった。悔しかった。アーチャーへの恨みだの憎しみだのよりも、自分自身への怒りが強かった。

 

 あの時だけではない。アーチャーが曹操だというのならば、その世界線での自分は何をしていたというのだ。リーダーがああなるのを黙って見ていたというのか。ああなんて無様。己を孤独から救ってくれた男を、あんなに寂しい掃除屋にしてしまったというのか。

 

 それは駄目だ。少なくとも、この時間軸においては俺が、俺たちが! この男をあんな風にさせてはならない! 導かれるのではなく、一緒に同じ夢を見ていたいのだ!

 

禁手化(バランス・ブレイク)

 

 だから求めた。万物を切り裂く刃でもない。力の具現たる鎧でもない。仲間たちを守れる、最高の盾を! あらゆる攻撃を飲み込む巨大な盾を。

 

闇夜の暗黒孔(ナイト・リフレクション・ブラックホール)!」

 

 それでも、まだ足りない。亜種であろうと、所詮は神滅具でもない神器の禁手。人類悪の必殺を防ぐには力不足だ。

 

「駄目だ、吸いきれない……!」

「まだだ、後は俺がやる!」

 

 曹操が槍を掲げる。

 

「滾れ、我が魔槍。『暁の魔神槍』第二形態――白夜の天槍(ミッドナイト・サン・ロンギヌス)!」

 

 槍から放たれた白い極光。ビームレーザーを彷彿とさせるそれは、ロンギヌス・スマッシャーとぶつかり合い、相殺した。

 

 しかしながら衝突の余波を受ける英雄派。曹操やヘラクレスといった幹部勢は堪えられたが、下位構成員たちは吹き飛ばされてしまった。それでもアーシアへ影響がないように守るあたりは流石か。

 

「はは……似たような攻撃を受けたことがあって良かったな」

「IFのリーダーに殺されかけたことがこんな形で役に立つとは……」

「本人の前で言わないでくれ」

 

 自分がああなるとは微塵も考えられたくないし、自分の可能性というだけでまったくの別人と考えるのが妥当だ。それでも思うところはある。

 

 

「我が知り得たる一家の内事のすべて、我は人に洩らさざるべし」

 

 

 だが、獣には英雄志願達の姿など見えていない。彼に見えているのは、自分が攻撃したにも関わらず無傷で済んだ少女の姿だけだった。獣には彼女の詩は耳障りにしか聞こえなかった。

 

「何故だ、おまえを殺すために放った攻撃だ……! それが何故、おまえに当たらない! どうして、おまえが死んでいないんだ!」

 

 獣にとってこの少女は敵ではないのだ。否、彼女にとって彼が敵ではないのだ。それは勝てるだの強いだのの問題ではない。そういう意識ではなく、そういう認識ではないのだ。

 

 だが、獣はその解に至れない。

 

「あああああああああぁあああああぁぁあああ! 殺す、殺してやる! おまえさえ殺せば、俺は人類を進化させられる! この星を滅ぼしてでも、人類を素晴らしくしてやるんだ! 悪魔を、神を、堕天使を、一匹残らず滅ぼしてやる!」

 

 身構える英雄派。アーシアの詠唱が終わるまであとほんの数秒。その数秒を死ぬ気で稼ごうとする彼らを、獣は嘲笑う。

 

 

「我は心より医師を助け」

 

 

 次の瞬間、獣はアーシア・アルジェントの目の前にいた。

 

 これが獣の進化だった。獣が獣であるためには、アーシアを殺さなければならない。だが、英雄派がいる限りアーシアには攻撃が届かない。そして英雄派を殺し尽くす時間の余裕はない。ならば、英雄派の相手をショートカットしようと――獣は瞬間移動を修得した。

 

 皮肉にも、これは素材となった少年が好んでいた少年漫画から得られた着想だ。この獣の中に、少年が生きている何よりの証拠だった。

 

「っ! アーシア、逃げろ!」

 

 だが、聖女は逃げる挙動すら見せない。当然だ。患者を前にして看護師が逃げることなど有り得ない。まして、この少女は正しい救いの手を差し出すために強くなったのだから。

 

 

「我が手に託されたる人々の幸のために身を捧げん」

 

 

 ナイチンゲール誓詞ならばこれで終わりだ。だが、彼女はアーシア・アルジェントだ。フローレンス・ナイチンゲールではない。元々ナイチンゲール誓詞は彼女の作ではないが、アーシアが目指すものはナイチンゲールの志が作る理想だ。そして、ただナイチンゲールを真似ただけの理想など目指す意味はない。

 

 もっと先に、もっと未来に。明日をより良くするために!

 

 だから、追加の詠唱がある。アーシア・アルジェントとしての理想を唱える。

 

 

「――そして」

 

 

「無駄だぁ! その鬱陶しい歌をやめろ!」

 

 獣はその泥だらけの籠手を、穢れなき少女へと伸ばす。英雄派では間に合わない。魔神も人王も英霊もいない。

 

 だが、同じような空間跳躍ができるものがいれば話は別だ。

 

  ――パリン、とガラスが割れるような音がして、獣の真正面に『悪魔』が姿を現した。

 

 

「我らは幾度でも理不尽に立ち向かい、我らは何度でも絶望を乗り越えん」

 

 

「Ddraig!」

 

 かろうじて言葉になっている音のような奇声を上げるそれは、悪魔としか表現しようのない外見をしていた。全体的にはドラゴンに近いフォルムだ。身体の表面は皮膚というより鎧に近く、純白だ。爪が異様に長く、顎から見える牙も鋭い。背中から広がるのは、漆黒の悪魔の羽だった。

 

「DdraigDdraigDdraigDdraigDdraigDdraig! Y Ddraig Goch!」

 

 悪魔はその凶悪な腕で獣と取っ組み合う。

 

「邪魔をするな、何だ、貴様はこの珍生物がァ!」

 

 この獣の知識は、兵藤一誠と『真理』の泥によるものだ。ソロモンの死は兵藤一誠の知識で知っているし、ヴァーリ・ルシファーの変貌も分かっている。だが、それが目の前の悪魔と同一であるとは初見では分からなかった。それほどまでに、かつての美しき白い龍の面影がこの龍にはないのだ。

 

 

「いつか、螺旋の闘争が終焉を迎える時」

 

 

 少女の口から語られるのは皮肉にも、魔術王が共犯者たちと目指した最初の理想。戦いではなく、慈愛であらゆる種族が結ばれる瞬間。

 

「だらっしゃぁあああああ!」

 

 更に、その獣を背後から抑えつける何かがいた。

 

 それは人間の少年の形をしていた。かつて黙示録の獣と謳われた怪物。人間が産み落とした大災害。この少年が獣は自らの半身であると即座に理解した。

 

「トライヘキサかァアアアア!」

「ああ、その通りだぜ、我が半身! もとい、糞お父様もどき!」

 

 トライヘキサは黙示録の獣と呼ばれた頃よりも弱体化している。それでも、二天龍さえ上回る膂力がある。そのすべてを以って、獣を抑え込むが、一瞬だけだ。即座に解析、適応、進化する。結果として、彼の乱入は獣に途方もない暴力を与えてしまった。

 

 それでも、この一瞬が必要だった。

 

 ほんの一瞬だったとしても、これこそが世界を――否、ひとりの少年を救うための一瞬だった。

 

 

「我らとともに、貴方の魂があらんことを祈ります」

 

 

 アーシア・アルジェントの言う貴方とは、きっと、兵藤一誠のことであり、魔術王ソロモンのことであり、泥の材料となった人類すべてのことなのだろう。

 

 それを聞けば、戯言だと嘲笑う者がいるだろう。大口を叩くなと詰る者がいるだろう。おまえひとりに救える人間など知れていると諭す者がいるだろう。

 

 だが、過去を背負わずして、どうして未来を描けるのか。

 

 

禁手化(バランス・ブレイク)――――穢れ無き極光の園(トワイライト・ランプ・サンクチュアリ)

 

 

 少女の手の上にぼんやりと小さな火が灯る。世界を照らすには小さな光でありながら、闇夜を歩くには十分な輝きを持っていた。

 

 三千年の呪いが、いま終わりを迎える。




私は貴方を救います
貴方を殺してでも――







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