憐憫の獣、再び   作:逆真

52 / 91
待たせたな!
いや、本当にお待たせしました。
なんか難産だったんです。


二天龍

 ヴァーリ・ルシファーという男の人生を一言で表現するならば、『皮肉』に尽きる。

 

 真なるルシファーの実の孫が人間の女と交わって偶然生まれた、時代の寵児。魔王の直系にして、歴代最強の白龍皇。悪魔と人間のハーフはそれなりの数がいるが、彼ほど特異な存在はいないだろう。

 

 ルシファーの孫がヴァーリやヴァーリの母を愛していたかと言えば、決してそのようなことはない。

 

 ヴァーリは実の父に、虐待を受けていた。しかも、その原因は祖父であるリゼヴィムがヴァーリの父を唆したからだ。ヴァーリの父は――リゼヴィムもそうだが――悪い意味で魔王の血筋らしくなかった。余りある才能を持って生まれた息子は、彼にとって恐怖でしかなかった。

 

 やがてヴァーリは堕天使の総督アザゼルに拾われた。魔王のひ孫が、宿敵である堕天使の総督によって育てられたのだ。

 

 だが、ヴァーリは養父アザゼルを裏切り、禍の団に入った。

 

 彼が禍の団に入る必要があったかと言われれば、客観的な意見としては“否”である。強者との闘いを求めたことが入団の理由だが、『犯罪者』に誇りある戦いなど許されるはずがない。暗殺、毒殺、一方的な袋叩きだって有り得るのだ。自分がする側に回ることだってあるだろう。それに、三大勢力側に属していたとしても、その後の狂乱を考えれば彼が求める戦いだってあったはずだ。

 

 ヴァーリが養父を裏切った理由は、結局本人にしか分からない。

 

「糞ッ!」

 

 養父アザゼルを裏切ってほんのしばらくしてから、ヴァーリは京都を訪れた。当時は正体不明だった泥人形キングゥと戦うためだ。

 

 そして、ヴァーリは龍の逆鱗に触れた。

 

『おまえたちはここで死ね』

『必死にならないで、みっともないよ』

『ふっはははははっ!』

『串刺しだねえ、分かるとも!』

 

 一方的な暴力。圧倒的な蹂躙。性能が違った。性質が違った。想像力が足りなかったとでも嘆けばいいのだろうか。根本的に、キングゥは戦おうとしてはいけない存在だった。

 

 何故自分があの猛威から助かったのかは分からない。美猴や黒歌、アーサーなど自分が知る面々が助けてくれたわけでもないようだ。アザゼルやラヴィニアでもない誰かが、ヴァーリを助けた。助けた、という言い方も語弊があるかもしれない。

 

「何処だ」

 

 三か月振りに自分の意識を取り戻したヴァーリ・ルシファーは――再び死地にいたのだから。

 

「何処だ……」

 

 突然目覚めたかと思えば廃屋の中で、黒衣の死神が自分の首を狙っていた。

 

 ヴァーリ・ルシファーは戦闘狂である。生きるために戦うのではなく、戦うためだけに生きている。そんな男だから突然出現した死神に対しても戦いを挑む――ようなことはできなかった。

 

 逃げ出した。その場にいた二人も置き去りに。飛び出すように、逃げた。

 

 彼の記憶にある最後の場面が敗北だからではない。キングゥの恐ろしさはその分かり易い性能の高さにあった。単純すぎる暴力。自分と同じ領域の強さだ。だが、この死神の強さはそこではない。武人なのだろう。武力があるのだろう。しかし、それだけではない。そんな視点で語って良い存在ではない。

 

「何処だ!」

 

 追いつかれた。

 

「あ、ああああ、うわあああああああ!」

 

 白き龍の翼を切り落とされる。そのまま地面に墜落する前に、今度は悪魔の羽を展開する。恐慌状態にあったせいか、飛行の姿勢を確保できず、失墜の速度が多少和らいだだけだった。

 

「あ、がはッ!」

「終わりか?」

 

 大地に伏した白龍皇を、大剣を携えた暗殺者は忍ぶこともなく見下ろす。

 

「これで終わりと言うのならば首を出せ――」

 

 突如として、死神の背後から刃が突き出される。だが、死神はそれを何でもないかのようにすっと避けた。その一瞬のうちにヴァーリは黒い影に背負われる。黒い影の正体は狗だった。

 

 死神から距離を取ると狗はヴァーリを下ろし、戦闘態勢に入る。狗の脇にひとりの男性が現れる。

 

「無事、じゃないみたいだな、ヴァーリ」

 

 そこにいたのは、ヴァーリの知る男だった。聖槍の曹操以外で唯一ヴァーリに覇龍を使用させた人間。『黒刃の狗神』所有者。通称『刃狗』幾瀬鳶雄。

 

「い、幾瀬鳶雄……? どうして、こんなところに」

「いや、何、会談の警護をしていたんだけど、狐の妖怪さんにおまえを見たって教えてもらってな。イギリス旅行の帰りみたいなことを言っていたんだけど、知り合いか?」

「会談? 一体、何の?」

「……どうやらおまえも相当混乱しているみたいだな。話は後だ。まずはこの死神をどうにかするぞ。冥府のグリム・リーバーとは違うようだが、どこの勢力の方かな?」

 

 死神の眼光が赤く灯る。神滅具所有者二人を前にして、警戒どころか欠伸を出しそうな余裕さえ感じる。

 

「堕天の狗神か」

 

 黒衣の死神は大剣の切っ先を幾瀬鳶雄に向けた。

 

「偽神の刃で何を斬る? 闘争の中で諦めた平穏か?」

 

 その言霊の意味が解らず――分からないというのに、心に痛みを感じる鳶雄。それでも意識を切り替えて、ヴァーリを庇うように前に出る。

 

「ヴァーリ、力を合わせるぞ。どうやらこの御仁はひとりでどうにかなる相手じゃなさそう――」

「違う……」

「え?」

 

 今代の『白い龍』と『聖槍』の分岐点は、人間関係の違いに尽きる。どちらも親に捨てられたはずだ。どちらも目指したものは同じ方向を向いていたはずだ。どちらも外宇宙の存在がきっかけで自分を見直す機会を得れたはずだ。ただそれが、利用されるだけだったか、同じ理想を抱いたかというだけの違い。

 

 本当に、些細な巡り合いの差だった。

 

「俺はこんな戦いがしたかったわけじゃない!」

 

 守られたくなどない。庇われたくなどない。恐怖などしていない。安堵などしていない。逃走など望んでいない。自分は最強でなければならない。自分は至高の存在でなければならない。そうでなければ――何のためにこんな生き方をしていたというのだ。

 

「我、目覚めるは――!」

 

 皮肉なことに、その思考はヴァーリが『誇りが足りない』と嘲っていた旧魔王派と類似したものだった。

 

 

 

 

 

 

 世界神話会談の会場だったはずの場所には、数えるほどしか人影がなかった。

 

 三大勢力の関係者の外には、主催者であるシヴァと日本神話の一部しか残っていなかった。

 

 ほんの数分前まで、突然リアス・グレモリーとその眷属が転移されてきたためようやく落ち着いたのにまた混乱してしまった。しかもリアスが傷を負っていたため、彼女を溺愛するサーゼクス・ルシファーが絶叫して収拾がつかなかった。普段彼を窘めるグレイフィアも意識がなかった。

 

 現在セラフォルー・レヴィアタンとリアス・グレモリー、グレイフィア・ルキフグスは緊急治療室に運ばれている。本来であれば冥界の大病院に運ばれるはずだが、何故か冥界と連絡が取れないのだ。

 

「状況を整理するぞ」

 

 アザゼルはそう切り出す。

 

「魔神柱の正体はこの世界とは全く違う摂理の世界の七十二柱。その背後には、そっちの世界のソロモンがいる可能性が高い。キングゥもその世界の出身。そっちのピンク髪もな」

「あ、初対面の人のために名乗るけど、ボクはアストルフォ! よろしくね!」

 

 英霊なる存在のことは教えられていた。英霊のことを始めて知る面々だったが、魔神柱の世界の住人と聞いて良い印象を抱いていない者もいた。

 

「そして、奴らがこの世界に来たのにはこっちのソロモンが深くかかわっている。おそらくだが、間違いないだろう」

 

 魔術王ソロモン。怒りしか知らぬ王。

 

「アストルフォはソロモンの奴から大した情報を渡されてなかったみたいなんだが……魔神については知っているだろう? そいつを教えてくれ」

「いや、そのことなんだけど、ボクはそのあたりのことを喋れないんだよね」

「何?」

「ソロモンから令呪で封じられているんだ」

 

 ソロモンは七騎のサーヴァントをあちら側から召喚した。その上で、サーヴァントに対する絶対命令権である赤い刺青、令呪を自らの身体に刻みつけた。本来であれば一騎につき三画のところを、合計四十二画。

 

 まず、トライヘキサを『真理』から解放するためにアサシンとキャスターに二画ずつ使用している。京都でバーサーカーのために三画使用した。その後、最期の命令として三十二画を「後は任せた」という命令に使い潰している。では、残る三画は何に使用したかと言えば、この理性蒸発騎士の口封じに使用したのだ。

 

 魔神について何もしゃべるな、とアストルフォは命じられているのだ。

 

「ひっどいよね! 三画はないよ、三画は! どこまで厳重に縛るつもりなんだい!」

「……魔神については口封じしたのに、自分については口封じをしなかった? だが情報を渡していないってことはそういうことなのか……。ちっ、どこまでも悪知恵の働く野郎だ」

 

 京都で仕留めたと思って安心していたが、あの男は生きていると見て過言ではないようだ。

 

「そして、イッセーくんか」

「ええ、サーゼクス様。あれは禍の団の英雄派に間違いないでしょう。もしかしたらイッセーくんはもう……」

「――ッ! 滅多なことを言わないでちょうだい、裕斗くん! イッセーくんが死ぬはずないわ。アザゼル、どうして早く動かないの!」

 

 朱乃の癇癪じみた訴えに、アザゼルは悲痛を強くする。

 

「落ち着け、朱乃。今戦場はごった返しているんだ。リアスだって重傷なんだろう? セラフォルーやグレイフィアだって治療中だ。しかもなぜか冥界と連絡が取れないと来てやがる。援軍も名医も装備も呼べねえ」

「アザゼル、悪魔領とも連絡が取れないんだ。父上や母上ともだ。ソロモンの仕業だろうか?」

「クソ、何が起きてんだ。連中、俺達の連絡を妨害しているってのか?」

「……アジュカならばどうにかできるかもしれないが……」

「それこそ、あちら側の人類史のように焼かれているのかもしれないよ?」

 

 シヴァの提示した可能性に、アザゼルは鼻白む。

 

「馬鹿を言え。おまえだって分かってんだろう? キングゥの話によれば、メソポタミアを例外として、人理焼却はソロモンの死後三千年に対して行われている。つまり魔神柱どもは、人類史を焼くのに三千年が必要だったってことになる。それだけの準備がたったこれだけの期間でできるわけないだろう」

 

 人理焼却の真実を知る者が聞けば、アザゼルの推測は頓珍漢なものに聞こえるだろう。しかし、それも仕方がないことだ。

 

 何故なら、キングゥがそういう誤解をするように話したのだから。

 

 嘘など言っていない。魔神以外に関しては、隠し事もしていない。ただ、話の順序を変えたり一部分を故意に省略したりして、まるでソロモンの死後から三千年もの間ずっと人類が魔神柱と戦ってきたかのような印象を与えた。

 

 魔神柱との契約に触れないようにするという意味合いもあるが、京都のソロモン襲来の一件を根に持っていないかと言われたらそうでないだろう。

 

「――そういう問題じゃないんですけどね」

 

 突然の声。だが、三大勢力の上位陣とグレモリー眷属にとっては聞き慣れた声だった。

 

 いつの間に現れたのか、部屋の扉の前に兵藤一誠の姿があった。何故か悪魔の気配を感じないが、その場にいた者達は純粋に彼の無事が確認できたことに安堵した。

 

「イッセーくん!」

 

 姫島朱乃は歓喜した。

 

 だが、そんな彼女を無視して、兵藤一誠は手に持っていたボールのようなものを魔王の足元に投げ捨てた。

 

「――え?」

 

 その場にいた誰もが、それが生首だと理解した。そして、その首の持ち主が誰かも知っていた。

 

「ま、マグレ、ガー?」

 

 サーゼクスの足元に投げつけられた首は、間違いなく彼の眷属たるマグレガー・メイザースのものだった。

 

「ど、どうして――」

「迷わないため、ですかね」

 

 木場裕斗の口から出た疑問を最後まで待たず、兵藤一誠は己の言葉を紡ぐ。

 

「変な話なんですが、俺自身、未だにどうにかなりそうだって思っているんです。まだどうにかなるんじゃないか。まだやり直せるんじゃないかって。多分、ゼパルから教えてもらったあの世界線の可能性が、きっと未練がましく思っているんでしょうね」

「い、イッセー先輩? な、何を言っているんですか? 冗談だったら、笑えないですよ?」

 

 ギャスパー・ヴラディの呼びかけに、兵藤一誠は何も返さなかった。

 

「決着をつけに来ました、魔王様。どうか――どうか俺を殺してください」

「い、イッセーくん……? お、お願いだから、分かるように言ってちょうだい! 貴方は一体、何の話をしているの?」

 

 喘ぐような朱乃の呼びかけに、兵藤一誠は力強い呪文で応える。

 

「我、目覚めるは――」

 

 

 

 

 

 

 聖書の勢力――悪魔、天使、堕天使の首脳陣は口を揃えてこう言う。

 

 神と魔王が死んで聖と魔のバランスが崩れた。と。

 

 だが、これは正しいのだろうか。確かに、木場裕斗の聖魔剣のように聖なるものと邪悪な力が混ざり合うという奇妙な現象は発生している。

 

 しかし、である。その観点で物事を語るならば、何故兵藤一誠が白龍皇の力を手に入れられたのだろうか。何故これまで聖書の勢力以外の神話勢は聖書の神の崩御に気づかなかったのだろうか。何故、何故、何故、数百年もの間、誰も世界のバランスの崩壊に注目しなかった?

 

 聖と魔のバランスが崩れているという見方は正しい。だが、全てではない。

 

 だが、あの戦争において、それと匹敵する存在が死んだではないか。

 

 ――そう、二天龍である。

 

「我、目覚めるは――罪を掲げながら人に敗れし赤龍帝なり」

「我、目覚めるは――愛を失いながら獣に成れぬ白龍皇なり」

 

 魂は神器に封じられた。

 

「無限の光を願い、夢幻の底を歩く」

「無限の力を求め、夢幻の頂きを飛ぶ」

 

 だが、肉体は消滅した。神には届かず、しかし王を超えた力が消失したのだ。世界のバランスが傾くには十分な変化のはずだ。世界はあの時、強大な柱を一度に失い、あらゆるバランスが傾いた。

 

「我、赤き龍の覇道を捨てて」

「我、白き龍の覇王を超えて」

 

 ならば、最新にして最後の二天龍がそうなるのは必然だった。

 

「汝と紅蓮に塗り潰した過去を覆そう」

「汝を純白に消し去った未来に誘おう」

 

 ここに新たな世界の『柱』が誕生する。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。