憐憫の獣、再び   作:逆真

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皇女様どころかアヴィ先生すら来なかった。


温度差

 アーチャーの身体が完全にエーテル体となって消え去るのを見送ってから、曹操は謎の少年の方を見る。

 

「それで君は何者――」

 

 しかし、先程までの場所に少年の姿はない。見れば、英雄派たちの面々を見比べていた。レオナルドの正面に立って、彼の頭と自分の頭に手をかざしている。

 

「うわ、すげえ! レオナルドが俺より小さい! 七年前だもんな、そうなるよな」

「えーと」

「ああああああああああああ! ジャンヌさんやゲオルグさんがいるぅ! あ、一度しか顔見てないけどヘラクレスさんですよね!」

「おーい」

「あ、ゼノヴィアさんだ。はわー。ほへー」

「ちょっとー」

「見たことない人も多いですね。お名前を窺っても?」

「いいぜ! 俺様は偉大なるペルセウス――」

「話を聞け!」

 

 謎のテンションの高さに辟易する英雄派。

 

「とりあえずおまえの名前を教えてもらえないか?」

「ああ、まだ名前、言ってないですか。……はは、皆さんが俺の名前を知らないってのも不思議な感じですね。同時にひどく寂しいもんです。皆さんの戦いが始まった頃の時間に、俺はいなかったんだなって実感しちゃいますね」

 

 そこに責任や罪悪感を覚える必要は皆無だろう。少なくとも、彼は曹操たちが聖書の神に届かなかったせいで全てを失うことになったのだから。まして、意志と遺志を受け継いでくれたというのだから。

 

 ――だけど、英雄派が少年を知らないように、少年もまたこの英雄派を知らない。こんな風にちゃんと笑っていられる彼らを知らない。

 

「すみません。名乗りません」

 

 その宣言に対して、不思議と驚きはなかった。苛立ちさえも起こらない。

 

「ここで皆さんに名前を教えたら『縁』が出来ちゃいますから」

「縁、か」

「別に皆さんと出会えたことが不幸だなんて思っていません。最高の幸運だと思っています。でも、英雄だの王だの救世主だの、そんなご大層なものなど背負わない、ただの人間として生きて生涯を終える。それはそれで、ありなんですよね」

「……………」

 

 その考えを、英雄派は否定できない。

 

 何故なら、それは彼らが出来なかった生き方だ。しなかったのでもなく、捨てたのでもなく、運命の悪戯や他人の思惑で諦めるしかなかった生き方だ。

 

 きっと、この世界の『彼』はこの『彼』にはならないで済む。

 

「だから名乗りません。俺がどこの誰かは教えられません。だけど、ひょっとしたら俺じゃないかって奴と出会ったら、仲良くしてやってください」

「分かった。約束するよ」

「ありがとうございます。俺のことはセイヴァーとでも呼んでください」

 

 救世主を自称するとは大きく出たものだが、それは正しい呼称と言えるだろう。獣殺しで神殺しの英雄なのだから。

 

「まず、俺がこっちに来た目的から話さないといけませんね」

「? あの(アーチャー)に逢うためじゃないのか?」

「いやいや。あの人に出会えたのは偶然ですよ。この世界に来たこと自体、『C』からの『道』を破壊した帰り道に偶然見つけたから寄っただけですし。あの人がこっちに来ていることに気づいたのも最近ですし」

 

 大仰に手のひらを振るうセイヴァー。

 

「冥界焼却だけでも成功させるとか、ビーストX顕現を阻止するとか、兵藤一誠が『門』を開ける前にぶっ殺すとか、パンケーキ食べるとか色々あるんですけど、一番はソロモンについてです」

 

 セイヴァーがこの世界に来たのはゲーティアたちが『システム』に召喚される前である。正しくは、『システム』が人類悪召喚の術式を起動させたのを嗅ぎつけて辿り着いたのだ。彼にはその術式の前兆が理解できた。

 

「俺達の世界において、ソロモンは三度死にました。最初は、聖書の神の怒りに触れて『システム』にくべられて人間として死にました」

 

 これはこの世界と共通している。人間を作り直そうとした神と人間に突き進むよう強制した魔術王は真っ向から意見を対立させた。その結果が、魂レベルで殺害されるという極刑である。

 

「しかし、アスモデウスの末裔の身体を指輪を使うことで復活しました。二度目の死は獣としての死。九個の指輪はゲーティアの第一宝具の道連れとなり、最後の一つ――魂を封じた上で他の九個とは連携を外していた指輪は俺達の方の曹操さんが破壊しました」

 

 この世界においても、指輪で復活し、クルゼレイ・アスモデウスの身体を乗っ取った。しかし、破壊された指輪は本物ではない。指輪を使って再度復活を遂げた。

 

「そして三度目の死。これは何らかの手段で復活し、聖書の神とルシファーとサマエルと融合した上での死。トドメを指したのは俺ですが、あれは俺達全員の勝利と言うべきでしょう」

 

 誇らしげだ。実際大偉業なのだから当然だ。

 

「だから、万が一にでもソロモンに見つかるわけにはいかなかったんです。指輪が全部壊された状態で、あいつがどうして復活したのかを突き止める必要があったから。……大変でしたよ。ハーデス様やロキ様やシヴァ様にこっそり会って説得するの。特にハーデス様とロキ様は話でしか聞いたことありませんでしたから」

 

 あまり並行世界の情報を流しすぎるのもまずい。自分が誰をどう頼るかという情報は、並行世界で誰がどう死んだかを推測させるものなのだから。勢力間に悪影響が出かねない。

 

「破壊した指輪が偽物だった可能性は?」

「それはないかと。聖遺物で確認しましたので」

 

 セイヴァーは自分が背負う棺桶を示す。彼の言う聖遺物とは聖槍か聖杯、聖十字架のどれかだろう。あるいは、聖釘か聖骸布でも入っているのかもしれないが。

 

「この世界で三度目の復活を阻止するためでもありますし、俺たちの世界でもまた復活されるのを防いでおきたいので」

「怪物の復活というより、パンデミック発生みたいだな」

「言い得て妙ですね」

 

 破壊行動を起こすトライヘキサの方がまだ可愛げがあるというものだろう。ソロモンの言動や思想は傍迷惑極まる。その危険思想が契機となって成長した曹操達に文句を言う資格はないのかもしれないが。

 

「まだまだ聞きたいこともあるけど、おまえの方からも何か質問あるか?」

「そうですね……。さっきも言いましたけど、俺が知らない人もいますので、ここにいる全員の名前とか教えてもらえますか?」

「……そうか。いいぞ」

 

 先ほど、この少年は日付的には半年後に曹操たちと出会うと言っていた。この場にいるメンバーの中に知らない顔が多いというのは、そういうことなのだろう。

 

 ならば教えてやろう。彼が知らない、彼が出会ったことのない、頼もしい仲間たちを。心底誇らしい同胞たちの名前を。

 

「じゃあまず、そこの――」

 

 棺桶の少年は曹操の脇の方を指差した。

 

 少年が指差した方に振り向こうとして、曹操は身体がぐらついた。戦いのダメージや疲労感が蓄積されていたのだ。無理もない。倒れそうになるが、足に力が入らない。だが誰かが肩を貸してくれたおかげで地面に倒れずに済んだ。

 

「っと、すまない――」

 

 自分に肩を貸した人物が誰か気づいて、曹操の表情が固まる。

 

「そこの眼付きの鋭い金髪美少女さんはどなたです? 話に何度も聞いたアーシア・アルジェントさんだったりします?」

「お話は治療の後にお願いします」

 

 

 

 

 

 

 冥界よりも更に下――冥府の世界にある地獄の最下層ことコキュートスを、ハーデスは歩いていた。供として、三柱の最上級死神――プルート、オルクス、タナトスがついている。

 

《今頃、蝙蝠とカラスは薪として燃え上がっているであろうな。死を司る神として、同じ世界の異形が異なる宇宙の異形に虐殺されるというのはなんとも心が痛むものだ》

 

 言葉とは裏腹に声音の喜悦が隠しきれていないが、三柱の最上級死神がそれを指摘することはない。他の二柱はともかく、穏健派のオルクスは思うところがないわけでもないが。

 

 ある囚人の牢獄に到着したハーデスは挑発するように言葉を投げかける。

 

《加減はどうかな、カラス――おっと、落ちぶれたとはいえ大勢力の元幹部なのだから名前で呼ぶべきだったか。なあ、コカビエル》

 

 堕天使幹部コカビエル。三大勢力の和平に反対し、魔神柱に半殺しにされた聖書に記された堕天使の一柱。

 

「何の用だ、死に損ないの骸骨め」

《聖書の神が復活したそうだ》

 

 敢えて、『こことは違う並行世界で』という言葉を外してそう告げるハーデス。

 

「……何?」

 

 コカビエルの反応は劇的だった。

 

《復活しただけではなく、奴は人類の殲滅を決めた。何でも、人類が滅んだ暁には貴様らは神の下に帰れるそうだぞ? おまえたちの頭、アザゼルを含めた幹部全員が乗り気だそうだ。同じ堕天使として情けなくはならないか?》

 

 この世界の出来事でもない上、時系列がバラバラになっているが、そんなことはコカビエルには分かり様がない。ハーデス自身、本当の意味での真実を把握できていないという自覚はある。

 

「フハハ、フハハハハハハハハハハ!」

 

 呵々大笑。しかしハーデスの言うように同胞の醜態を嘲笑しているわけでもなく、まして激怒しているわけでもない。

 

「ようやくか! ようやく――神は俺達こそがその隣に相応しいと理解したか!」

 

 そこにあったのは、紛れもない狂喜。

 

《……本当に、そう言うとはな》

 

 このような反応をすることはあらかじめ聞かされていたとはいえ、それでも本当に意外だった。白き翼を失い地に落ちた天使が、承認欲求の塊だったとは。いくら嬉しいと言っても、逃走の手段がない状況で冥府の主であるハーデスを前に言い放つとは。

 

「神がいないのならば俺達が世界を回すしかないと思っていた! だが、復活したというのなら話は別だ! ミカエルでもない! ルシファーでもない! ましてソロモンでもない! 俺が、俺達堕天使こそが、神の隣にいるに相応しい! ――俺達は唯一神(とうさん)のところに帰るんだ!」

 

 

 ザン! と、三つのデスサイズが同時に振るわれた。

 

 

《ファファファ、おまえたちが刃を揃えるなどいつ以来だ?》

《茶化さないでくださいませ、ハーデス様》

 

 冥府も一枚岩ではない。ハーデスの腹心であるプルート、穏健派のオルクス、武闘派のタナトス。神話の時代からの付き合いであり、意見の対立はそれなりに合った。それを考えれば珍しいなんてものではない。

 

《あの少年の言ったことがこれほど的中しているというのは恐ろしくもありますが》

 

 どこか超然とした雰囲気の、棺桶を背負った少年。並行世界からの来訪者を自称した彼が開示した情報は、人類悪顕現と世界崩壊の真実。そして聖書に記された者達の狂気。

 

《聖書の神が復活した並行世界……。私や帝釈天、アンリ・マユさえ滅んでいるという。それでも一部の者が生き延び、聖書の神を再び滅ぼしたのだから愉快なものだ。この世界ではそうはならぬようにせねばな》

 

 ただ、そのあたりを語り終えた少年からただならぬ苦労人オーラが出ていたのは気のせいではないだろう。強大な脅威が滅んだとしても、それ以外の問題は山積みと見た。

 

 生き残った人間と異形で聖書の神に挑んだようだが、共通の敵が消失した以上、対立の再発も必然だ。これまでの歴史がそうだったように、また傷つけ合いながら、補い合いながら成長していくのだろう。

 

《並行世界のベンニーアたんが生きているらしいので、それは私にとっては救いですがね》

 

 オルクスは本当にそれだけが救いとばかりに呟く。

 

 実は、世界神話会談が開催される裏の事情として、あの少年の存在があった。

 

 あの少年はハーデスだけに並行世界の情報を開示したのではない。しかし、誰にどの程度の情報を与えたかはあまり語らなかった。おそらく『知り過ぎた』が故に発生する諸問題を気にしていたのだろう。そのあたりの答え合わせもかねての世界神話会談だった。トライヘキサと山の翁の乱入時、ハーデスは周囲の神々の反応を見ていた。自分と同じような反応をしていたものは少年が訪ねたと見て間違いないだろう。

 

 どこかの組織が勢力図を変えるような戦いを起こす時、それらの神々と協力すべきであり、逆に自分達が大きく動く時は脅威と認識すべき存在である。

 

《さて、ゲーティアとやら。コウモリとカラスを滅ぼした後、貴様はどうするつもりかな?》

 

 どこぞの王のように、自らの狂気に沈むようなみっともない真似だけはやめてくれよ。

 

 

 

 

 

 

「だが、まあいい。ベルゼブブなどどうでもいい! 残念だったな、ゲーティア。もうすぐ唯一神復活が実行される。我が忠実なるシモベ、サンダルフォンとメタトロンによってな!」

 

 熾天使サンダルフォンとメタトロン。双子の天使であり、元は人間であったと伝えられている。その正体は、サマエルの理想に共感した裏切りの天使たち。

 

「くははははは! アダムを失ったあの日から、途轍もなく長い時間が過ぎ去った。預言者、魔術王、救世主、その他の聖人たち。誰ひとりとして、私の理想を理解してくれなかった。私の楽園を肯定してくれなかった。聖書の神が作った世界が、このザマだ。私が世界を運営していたならばトライヘキサが育つようなことはなかっただろうにな」

 

 自分ならば完璧な理想郷を作れたはずだと、失楽園の元凶は宣う。

 

「毒蛇如きが俺の子どもの存在を否定するなよ」

「馬鹿王如きが(おれ)のことを子ども呼ばわりするなよ」

「さっきお父様って呼んでくれたじゃん!?」

「黙れ馬鹿王! 話しかけるな! 可能な限り苦しんで死ねぃ! ゲーティア、キャンプファイヤーしようぜ! こいつ薪な!」

 

 すでにキャンプファイヤーなら一つの世界規模で実現しているだろう、などと無粋なことを言うでもなく、ゲーティアは滅ぼすべき二つの障害を睨みつける。

 

「そうだな。これ以上は時間の無駄だ。答え合わせも不要だ。そこの粗大ごみを片付けて、冥界の光帯を回収し、速やかに天界を焼き払い――我々(わたし)たちは今度こそ極点に辿り着く」

「それは出来ないと言っているだろう?」

 

 サマエルは愚者に呆れるように頭を振るう。先程までの初代ベルゼブブに対する憤りは消え失せており、余裕と歓喜に溢れていた。

 

「この身体では君達の相手は十全には務まらないだろうが……サンダルフォンとメタトロンがやり遂げてくれるまでの暇潰しにはなるだろう。かかってきたまえ」

「上等だ、クソ蛇め!」

 

 黙示録の獣。泥の化身。人間が産み落とし、人類史の業を教え込まれ、人類史が最も虐待してきた大災害。魔術王の怒りから生まれ、魔術王の願いを受け継いだビーストD/R。神を冒涜する数字を持つ最強の魔獣。それこそがトライヘキサ。

 

 本来であれば、トライヘキサには二つの宝具がある。一つは異世界への扉、外なる宇宙の神さえ自在に召喚する門、最後の審判(アポカリプス・ナウ)。これはトライヘキサがビーストではなくなった時点で消滅した。だが、もう片方の宝具は健在である。

 

「我が怒りは止まらぬ。我が命は終わらぬ」

 

 この宝具がある為に、トライヘキサは自殺さえ出来なかった。

 

 宝具の正体は、最強の怪物の心臓。敗北を拒絶する無限にして夢幻のエネルギー核。彼が真龍や龍神と同次元に立つことが許される理由。文字通り、彼が死ぬまでその炎が消えることはない。

 

約束の炎(バアル・ゼブル)!」

 

 バアル・ゼブル。

 

 それはベルゼブブの古い名前ではあるが、そこに込められた意味が聖なる王を連想させるために抹消された名前だ。名前の意味は『館の主』あるいは『神殿の王』。この名称が連想させる王とは誰なのか、言うまでもない。

 

「その名前使っているってことは何だよツンデレじゃん!」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ!」




ここまで露骨にフラグを立ててしまった以上、サンダルフォンが上手くやれるかはお察し。
ちなみに、作者にとってサンダルフォンと言えばグラブルだったりする。
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