憐憫の獣、再び   作:逆真
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『前回の感想を振り返って』
ハーゲンティ、その二つ名に恥じぬダメージを読者に与えた模様


銀腕の騎士

 俺――兵藤一誠の下に、昔外国に引っ越した幼なじみである紫藤イリナが現れた。

 なんでもイリナは海外で教会の戦士になって、プロテスタント所属の聖剣使いになったんだって。俺は魔王様の妹の眷属として悪魔になって、幼なじみは教会の戦士、悪魔祓いとして働いていた。何だか奇妙な運命を感じちゃうぜ。

 それで、イリナがこの町に戻ってきた理由なんだけど、ただの里帰りなんかじゃなかった。

 教会が所有していたエクスカリバーが堕天使の組織『神の子を見張る者』幹部コカビエルによって盗まれたんだ。イリナとその相棒であるゼノヴィアはエクスカリバー奪還のためにこの町に来た。

 いま、駒王学園のオカルト研究部部室で、この町を縄張りにしている上級悪魔であり俺のご主人様であるリアス・グレモリー様と交渉中だ。いや、交渉なんてもんじゃない。部室は一触即発の空気でいっぱいだ。

 エクスカリバーは伝説にも登場するすごい剣なんだけど、昔の戦争で折れてしまった。それを回収した教会の手によって七本に分割されて復活した。カトリック、プロテスタント、正教会が二本ずつ所持して、残りの一本は長いこと行方不明。

 イリナたちが俺たち――この町を縄張りとするグレモリー眷属に接触してきたのは、コカビエルがこの町に潜伏していることが判明したからだ。そして、自分たちがコカビエルからエクスカリバーを奪還するのを邪魔するなって注文をつけるためだった。俺は最初協力の申し出じゃないかって思っていたけど、どうやら教会と悪魔の溝は想像以上に深いようだ。

 ゼノヴィア曰く、教会の上層部は今回の件は堕天使だけじゃなくて悪魔も絡んでいるんじゃないかって疑っているそうだ。敵である教会から邪魔をするなと言われたり堕天使との関係を疑われたりで、部長はめちゃくちゃ不機嫌だ。

 コカビエルが事件を起こした原因としては、冥界に出た変な怪物に関する協定が関係しているそうだ。冥界でめちゃくちゃに暴れて、上級悪魔の初代たちを襲った肉塊の柱みたいなバケモノたち。例の教会襲撃事件もこの肉塊の柱が関係しているんじゃないかって話で落ち着きそうだった。正体が謎すぎるから三大勢力でこの生物に対処するための協定を結ぼうって動きがあったそうなんだけど、それがコカビエルには気に食わなかったらしい。コカビエルは戦争狂なんだって。俺には理解できないな、平和が一番だと思うのに。

 冥界で暴れたっていう怪物が早くどうにかなれば、部長は人間界の学校に通うことも問題ないらしい。だから俺としてはさっさと倒して欲しいのに、コカビエルのせいで問題は長引きそうだ。イリナたちの注文も、協定を結ぼうとした矢先だからこその警戒なんだろう。『やっぱり悪魔や堕天使なんて信用できない』って思っているのかもしれない。

 教会からの勝手な注文、部長の不機嫌に加えて、イリナたちがエクスカリバーを持っていることが問題だった。同じ眷属である木場が、エクスカリバーと因縁のある立場だったんだ。

 かつて教会内部で極秘で行われていた人体実験――聖剣計画。限られた人間にしか使えない聖剣を、後天的な後付けで使えるようにするための計画だ。木場はその被験者だったんだけど、不適合だと、失敗作だと処分されたんだ。だけど、木場は部長に拾われて、悪魔として生きている。部長としては聖剣への憎悪を忘れて生きて欲しかったみたいなんだけど……こうして現物が現れてしまった。しかも、目の前にある二本だけじゃない。コカビエルが盗んだはずの()()も、この町のどこかにあるはずなんだ。木場の憎悪がぶり返すのも、当然のことだった。今も、イリナとゼノヴィアをすごい目で睨んでいる。

 おいおい、これ以上のトラブルはごめんだぞ。お願いだから抑えてくれよ、木場。いつものクールなおまえはどうした。

 殺意が溢れている木場を心配しながら、部長はイリナたちに問う。

「それで、まさか教会からの人材は貴女たち二人だけなのかしら?」
「ええ。そのとおりよ」
「すでに神父が数人派遣されているはずなんだけど、どうやらコカビエルの手の者にやられてしまったようだね」
「っ! 聖書に記された堕天使もいるのに、二人だけで挑むの? 死ぬつもり?」
「私たちの信仰を馬鹿にしないで。ね、ゼノヴィア」
「まあね。上はエクスカリバーを破壊してでも、コカビエルを止めることを決定した。私たちの役目は最低でもエクスカリバーを堕天使の手からなくすことだ。そのためなら私たちの命は惜しくないのさ。エクスカリバーを倒せるのはエクスカリバーだけだよ」

 これが信仰ってやつか。本当、理解できない。

「それこそ、正教会からの使者はいないの? 正教会は()()とも聖剣を奪われたんでしょう?」
「ああ。連中は静観を決め込むそうだ。正教会にもエクスカリバーに匹敵するだけの戦力はあるんだろうが、これ以上被害を大きくしたくないんだろう」

 そう、正教会は所有していた二本のエクスカリバーを奪われたんだ。一本は他の拠点と同じ時間に、もう一本はイリナとゼノヴィアが部室に来る前くらいに連絡が入ったらしい。

「我々が日本に着いた頃合いを狙ったあたり、コカビエルはこちらの動向を把握しているに違いない」
「でしょうね。まさか貴女たちが私と交渉を始めようとするこんなタイミングで堕天使以外の第三者による襲撃なんて、偶然がすぎるもの」

 そう口にする部長は、そんな可能性は考えるにも馬鹿らしいといった様子だ。まあ、このタイミングで聖剣を狙うならコカビエル以外には有り得ないよな。

「まさか、私たち悪魔から情報が漏れているとでも?」
「ああ。否定はできないだろう? 教会を襲った黒幕が、冥界で七十二柱の初代たちを相手に暴れ回ったというがそれも怪しい話だ。我々を罠に嵌めているのかもしれない――以上が私の上司より。まあ、私も怪しいと思っているよ。主のご意志ならば従うまでだが」

 イリナやゼノヴィアとの会話はこれで終わったのだが、問題は木場だ。

 色々と悶着があって他言無用の模擬戦という形で木場は、ゼノヴィアと戦った。でも、負けた。因縁の聖剣に手も出なくて、あいつは悔しそうだった。

 ……翌日、町中で物乞いをしているイリナとゼノヴィアを見ることになるとは思いもよらなかった。イリナが騙されて落書きみたいな絵画を買わされたらしい。頭を抱えたくなった。ファミレスでご飯を奢ることになったけど、一気に懐がさみしくなっちゃったぜ……。







 約束された理想郷ならぬ英国の湖に、一本の刀剣が投げ込まれる。美しい輝きを放つ刀剣は剣先から吸い込まれるように湖の水面に突き刺さる。そして、そのまま水底へ沈んでいった。

 刀剣を投げ込んだのは、一人の騎士だ。

 容姿はブロンドの青年。男性らしい長身の体格だが、女性と見間違えるような美しさもある。雰囲気は温厚だが、その両目には強い意志が宿っていた。何より目を引くのが、その右腕だ。一見して銀の籠手のようだが、実は義手である。それも、かなり特別性。

 その騎士は、先日の正教会襲撃の下手人である。そして、彼が湖に投げ込んだのは強奪――否、奪還したエクスカリバーだ。他にも人がいれば何をしているのかと彼を問い詰めただろう。だが、彼は誇りを持ってこう返答するはずだ。これが正しいのです、と。

 多勢に無勢。人間を遥かに超える膂力を持ったサーヴァントである彼だが、一つの組織を単騎で相手にするのは骨が折れた。相手を無暗に傷つけたくなかったという制限もあったからこその苦戦だったが。

 生前の騎士が戦っていた蛮族に比べたら、物の数ではない。ローマ軍もピクト人ももっとえげつない生物だった。

 上級以上の天使の出動が間に合わなかったことも幸運だった。『太陽の騎士』や『湖の騎士』ならばどうにかできたであろうが、この騎士ひとりだけで聖書に記された異形の相手は不可能だ。

 それを自覚している騎士は疲労感とともに息を吐き出す。

「これで残り六本」

 騎士は正教会襲撃時のことを思い出す。あのときの対応から考えるに、正教会にあったはずのもう一本のエクスカリバーは他の誰かに盗まれている。正教会だけではなく、カトリックやプロテスタントの聖剣も同じように奪われているようだった。体面上は盗んだことになる彼が言う資格はないかもしれないが、何という失態だろうか。王の剣を厚顔無恥に使っておきながら、管理も碌にできないのか。

 騎士はただ、波紋の消えた水面を見つめていた。

「もう一度、私は我が王を殺すのだ」

 騎士の名は、ベディヴィエール。異世界より召喚された英霊であり、アーサー王と最期まであった円卓の騎士である。アーサー王のエクスカリバーを、湖の乙女に返還したとして伝えられているはずの騎士。

 この世界のアーサー王の歴史は、ベディヴィエールが知る物とはひどく乖離していた。ペンドラゴン家は健在であり、カリバーンも保管されていると聞く。しかも、自分が返還したはずのエクスカリバーは七本に分割され、教会が三つの勢力に分かれて保存していて、一本は行方さえ分からないと聞く。

 その情報を知った時、彼の胸にどんな感情が燃え上がったのか、想像に難くない。

 これが過ぎた行為であるとは理解している。本当に正しいのかは分からない。だが、自分以外であっても円卓の騎士がこの世界に来れば同じことをしたはずだ。あの叛逆の騎士ですら、その可能性がある。ならば、自分がしないわけにはいかない。

 性能が低下しているが、あの剣は間違いなくエクスカリバーだった。湖の精霊が教会の交渉に応じるとは思えない。彼女たちはそういう人格をしていない。この世界の自分(ベディヴィエール)は王の剣を返還しなかったのか。自分のように三度目の返還さえ躊躇ったのか。あるいは、返還する前に事切れたのか。どちらにしても――

「――この世界の私に代わって、王の剣を精霊に返還する」

 七つに分かれたというならば、七度返還するだけだ。今度は一度も躊躇わない。







「覗覚星九柱を代表してアモンより報告。やはり、聖書の神と呼ばれる存在が弱体化ないし崩御している可能性がある。三大勢力が我らに対抗するための協定を結ぼうとしているにも関わらず、神の動きが見られない。そも、神が健在であるならば協定など結ぶ必要もない。結べるはずもない」
「ゲーティアより通達。推論の正否は三大勢力の協定締結または戦争開始を以って明らかとなる。これ以上の推論は無駄な労力となるだろう。よって、覗覚星九柱の特別任務を解除。一時中断していた作業を再開せよ」
「ガープより報告。円卓の騎士ベディヴィエールを確認。また正教会の襲撃は彼によるものだと判明した」
「マレファルより推測。彼の目的はエクスカリバーだ。彼の逸話とこの世界の現状からして、それ以外は考えられぬ」
「シャックスより提案。コカビエルの行動は計画通りだが、あの騎士の介入により誤差が生じる可能性がある。妨害を受ける前に対処すべきだ」
「ハルファスより反論。コカビエルの価値は終了した。戦争開始は時間の問題だ。あえて我らがあの騎士に干渉する意味はない」
「ウヴァルより同意。三大勢力の対応力を見るためにも、我らが手を出す必要はない。コカビエルとの戦闘があろうと、それでコカビエルが敗北しようと、我らの計画に誤差が生じる可能性は低い」
「グレモリーより提案。彼の目的を考えれば、私が作戦中に接触する可能性がある。その際に対応しよう」
「ゲーティアより決定。ベディヴィエールへの干渉はグレモリーの担当とする。ただし、交渉の成否は問わない」
「アロケルより提案。フローレンス・ナイチンゲールは素晴らしい働きを見せているが、本来の目的とは逸脱している。さらに普遍的な視点を持つ英霊が必要だ。次の召喚の準備に取り掛かるべきだ」
「イポスより懸念。我らの計画を確実に成功させるために英霊が必要であることはすでに決定した。だが、これ以上不用意な召喚は避けるべきだ。計画破綻の一因になりかねない」
「エリゴスより提案。ならば叡智の英霊を召喚すればいい。魔術王ほどではなくとも、哲学者、思想家という側面を持つ英霊はあの惑星にもいた」
「ハーゲンティより提案。この時代を救済する以上、古代やそれに近い英霊は避けるべきだ」
「バアルより要請。試したい技術がある」
「ゲーティアより決定。次の召喚は近代または現代のキャスターの召喚を前提とする。召喚の指揮はバアルとする」
「ゲーティア、話ある」
「……オーフィス。見てのとおり、我々は忙しいのだ。先日教えた固有結界の練習でもしていろ」
「我、固有結界、覚えた。新しい静寂、手に入れた」
「…………なんだと?」
「えへん」



これが一番現実的な妥協点かなあ?
いや、そんな簡単に覚えられるものではないと理解しているんですが。