憐憫の獣、再び   作:逆真

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君たちのおかげだ

 あの日、彼らが生み出した『それ』を始めて見た日のことを、私はよく覚えている。

 

 上級悪魔が持つことを許される『悪魔の駒』。上級悪魔はこれを使って眷属をつくる。悪魔にも使用できるが、悪魔以外の種族を悪魔に転生させることもできる。生きている必要はなく死体でも構わないし、場合によっては生物以外でも可能だ。ただし、どんな相手でも眷属にできるわけではなく、『王』の能力に左右される。

 

 人間が生み出した『チェス』を参考にして、『女王』『戦車』『僧侶』『騎士』『兵士』がある。駒価値はそれぞれ九、五、三、三、一だ。強い眷属ならば同じ種類の駒を複数消費する場合もある。駒価値を無視することができる『変異の駒』は、十人にひとりほどの割合で持っている。

 

 実際は『王』の駒もあるが、その性質上秘匿され、一部のものが独占している。

 

 私はひどく痛感したのだ。

 

 やっぱり、こいつらは本物の馬鹿だ、と。

 

 これの存在のおかげで、私の計画は加速した。

 

 

 

 

 

 

 世界を代表する神群、聖書。神、悪魔、堕天使。

 

 かつて彼らは世界を揺るがす大戦争を行った。あらゆる異形も人間も巻き込んでの大戦争。大戦争最大のイレギュラー、それこそが二天龍。

 

 戦争は災害によって強制終了した。かつて三大勢力は触れる必要もない龍の逆鱗に触れたのだ。『神の悪意』が元凶であるとも知らずに。

 

「だあああああああああああああああああ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 これはその再現だった。

 

 一般人の両親から生まれ、一般人として育った歴代最弱赤龍帝兵藤一誠。歴代最強の白龍皇ヴァーリ・ルシファー。

 

 赤い炎が放たれたかと思えば、白い重圧がそれを消し去る。おぞましい毒が散布された瞬間に、濃厚なオーラが周囲に存在する全てを吹っ飛ばす。二体の龍が咆哮を上げる度に、空間さえ歪んでいるようだった。まるで覇龍と覇龍のぶつかり合い――否。

 

 これは本物の天龍同士が度たび繰り広げた、あの傍迷惑な喧嘩という名の災害だった。

 

「ドラゴンショット!」

「ハーフディメンション!」

 

 その場に残っていた日本神話の神は「あー! この会場、うちのなのにー!」と悲鳴を上げていたが、涙を飲んでもらうしかない。

 

 この会場は元々人間の街からは隔離された場所に作られていたため、この被害は「突発的な地震」としてでも処理されるだろう。無論、被害がこの場だけで済めばの話だが。

 

 サーゼクスやアザゼルでさえ距離を取らざるを得ない。

 

「では僕たちは帰るよ。出会うのはこれで最後だ。君たちの尊い犠牲を参考にして、僕たちは魔神たちに正しい対応をさせてもらう。――安心してくれ。君たちの犠牲は無駄にはならないから」

 

 そうだけ言って、シヴァもどこかに転移する。ラウムとトスカの姿もすでにない。

 

「イッセー、ああクソ、ヴァーリまで!」

 

 兵藤一誠の教師であり、ヴァーリ・ルシファーの親代わりであるアザゼルは教え子たちの暴挙っぷりに悪態をつくしかなかった。

 

「待つんだ、ヴァーリ! イッセーはいまソロモンに身体を乗っ取られている!」

「――否。そうではない」

 

 アザゼルの言葉を否定するのは、死神の如き武人、山の翁ハサン・サッバーハ。

 

「何の用事だ、骸骨爺さん。邪魔するつもりなら遠慮はしねえぜ?」

「赤龍帝が汝らに牙を向けたのは、奴自身の意志だ」

「そんなわけありません!」

 

 意外なことに、山の翁に物申したのはギャスパーだった。

 

「どこの誰だか知りませんけど、イッセー先輩は――」

「吸血鬼よ」

 

 気弱なギャスパーにしては珍しい強い意志を感じる発言を、山の翁は遮る。

 

「時を止める(まなこ)で何を見た? もう一人の己が積み上げた屍か?」

 

 山の翁の真意を知り様もないギャスパーはその眼光にたじろくだけだった。

 

 そう、ギャスパー自身は知らない。自分の神器の正体を、その本当の脅威を。強力な神器を扱えぬ半端者などではなく、時代と種族の膿というべきバケモノが己の内にいることを自覚していない。自分(バロール)が母親を殺したことを知らない。

 

 震えるしかできないギャスパーから視線を外すと、山の翁は赤と白を一瞥し、今度はアストルフォを見た。魔術王に召喚された一時の同僚に告げる。

 

「勇士よ。我が役目はここまでだ」

「だけどさ、アサシン――」

「天命は彼らを選ばず、されど晩鐘もまた鳴らず。この宇宙の外枠から来た我らはこれ以上手を出すべきではない」

「難しいよ! 君はやらないんだろうけど、ボクはやる! それでいいでしょ?」

「左様か。ならば好きにせよ。最早、我はこの世界で刃を振るうことはない。――我が契約者に手を出す愚か者が出ぬ限りはな」

 

 そう言って、山の翁は踵を返す。

 

「イッセーくんを止めよう」

 

 こうなった以上、手段は選べない。悲痛な覚悟を決めた。

 

「いえ、イッセーのことは私に任せてください」

 

 声のした方に振り向けば、そこにいたふたりの姿にサーゼクスは目をむいた。重症で治療中だったはずのリアスとセラフォルーだ。

 

「リアス! セラフォルー! どうして……」

「可愛い眷属が大変なのに、王が寝ているわけにはいきません」

「私だって魔王だもの☆」

「そういうことだ、サーゼクス」

 

 そこには緑色の髪で妖艶な顔つきの美青年がいた。

 

「アジュカ」

 

 四大魔王がひとり、アジュカ・ベルゼブブ。サーゼクスと同じ超越者に数えられる悪魔。『悪魔の駒』やレーティングゲームの開発に大きく関わっている。

 

 ふたりが回復しているのは彼が理由だろう。フェニックスの涙でも使ったのか、彼独自の回復手段を用いたのは不明だが。

 

「『ゲーム』のために人間界に出ていたのが幸いしたよ。おまえとセラフォルーが眷属総出ならば問題ないと思っていたが……これほどとはな」

 

 アジュカ・ベルゼブブは人間界で『ゲーム』を運営している。無論、ただのゲームではない。このゲームを通じて『蒼き革新の箱庭』と『究極の磨羯』という二つの神滅具を捕捉したのだが、一連の出来事との関連性は低いため割愛する。

 

「情報ならある程度、セラフォルーに確認したよ。現在、冥界周辺の次元の狭間は何者かによって封鎖されている。十中八九魔神の仕業で、通信はもちろん転移さえ不可能な状態だ。もうじき解析が終了するが……突入できる戦力は限られていると思っていいんだな?」

「ああ。冥界にはファルビウムが残っている。余程のことがない限り大きな被害は出ていない、と思いたいところだがな」

 

 ここまで予想外のことが続けば、そのような楽観的な考え方はしない方が賢明だ。魔神の能力を見誤っていたようだし、相手には神滅具や邪龍もいる。自分たちが知るソロモンとはまた別のソロモンがいる可能性も高く、他の外宇宙の存在だって予想される。

 

 しかし、それでも向かわなければならない。自分は、自分たちは魔王なのだから。

 

「お兄様。イッセーは、私が『王』として止めてみせます。ですからどうか、冥界のことはお願いします」

「リアス……ふっ。私は誰かに助けてもらってばかりだな」

「ワンマンプレイは先代のルシファーだよ。おまえはおまえの描く魔王になればいい」

「そうだな、アザゼル」

 

 先程のシヴァとの会話の際に見せたアザゼルの笑みが一瞬だけ思い出されるが、それを振り払う。

 

 後ろ髪を引かれながらも、サーゼクスは冥界へと向かう決意をする。

 

「奇妙な転移妨害術式があるが、先程解析が完了した。――行くぞ、サーゼクス」

「魔王少女レヴィアタンは無敵だって見せつけてあげるわ☆」

 

 ――君は王になるべきではなかった。

 

 先程の魔神ラウムの言葉は否定しなければならない。サーゼクスにも魔王として積み上げてきたものがあるのだから。自分のすべては悪魔という種族のための行動だ。それが間違いなどではないと証明するために。

 

「ああ、行こう、我々は魔王として悪魔を守る。これ以上、好き勝手にはさせない」

 

 しかし。

 

 

 

 

 

 

 冥界に転移した彼らを待っていたのは、天を覆う光帯だった。

 

「あ、ああ……」

 

 燃えていた。

 

「ああああああああああ」

 

 何もかもが燃えていた。

 

「う、うあああああああああああああ!」

 

 世界の全てが焼き尽くされていた。

 

 業火が大気を焼く音が、サーゼクスの慟哭をかき消す。

 

 駒王会談の時、グラシャ=ラボラスが発した怨嗟の意味を理解する。

 

 ――冥界に呪いあれ! その未来に災いあれ! いつか天理の炎に焼かれながら、このグラシャ=ラボラスの怒りを思い出せ!

 

 京都での八坂との交渉時、乱入したソロモンの発言を思い出す。

 

 ――お前ら二人に限っては、俺やあいつらが殺すべきではないんだよな。もっと相応しい相手がいる。もっと相応しい死に方がある。

 

 魔神ラウムの違和感にようやく気付く。

 

 ――私達はこの世界の人間に哀れみを抱いた。私達はこの世界の人類の救済を決意した。そのために君達が邪魔であり有害であり()()だったのだ

 

 先程のシヴァの指摘を思い知る。

 

 ――それこそ、あちら側の人類史のように焼かれているのかもしれないよ?

 

「嘘でしょ……」

「こんなことが……」

 

 セラフォルーもアジュカも言葉がないようだ。当たり前だ。つい数時間前まで無事だったはずだ。何事もなかったはずだ。この平穏を守ってみせると決意していたはずだ。

 

 自分たちの守ってきたものが、自分たちが守るべきものが、一切合切滅ぼされていた。

 

 冥界と連絡が取れない? 当然だろう。連絡を取るべき相手がいないのだから。

 

「っ! 警戒しろ、サーゼクス。何者かが転移してくるぞ」

 

 アジュカの警告通り、彼らの目の前に魔法陣が出現する。その紋様はよく見慣れたグレモリーのものだった。

 

 転移してきた誰かは紅髪の幼い少年。見間違いをするはずもない、サーゼクスのひとり息子、ミリキャス・グレモリーだった。全身血だらけで、右足が衣服ごと消滅している。グレモリーの象徴である紅髪も土埃で汚れていた。しかし生きているし、意識はあるようだ。

 

 父であるサーゼクスだけではなく、自分の見知った顔が無事だったことにアジュカとセラフォルーも安堵を覚える。どうやら誰も彼もが死んだわけではないようだと歓喜した。

 

「ミリキャス、無事だったのか――」

 

 どう見ても無事ではないが思わずそう口にしたサーゼクスは言葉を失う。

 

 息子が見たこともないような、嫌悪感に満ちた表情を浮かべていたからだ。

 

「――ああ、そうだ、そうだ。思い出した。サーゼクス・グレモリー、とかいう名前だ。あの阿婆擦れの末裔だ」

 

 およそ彼らしからぬ口調と発言をしたミリキャスの影から黒い触手が出現した。

 

 そう認識した次の瞬間に、触手が魔王たちの腹部や手足を貫いた。

 

「え?」

 

 攻撃した次の瞬間には魔王などには興味ないとばかりに、ミリキャスはガリガリと自分の頭をかいて独り言を発する。

 

「あー、まったく面倒なことだよ。流石はゲーティア。流石はトライヘキサ。こんなごみクズの身体ではまともに相手になるはずもないか。存在しているだけで奇跡だ。……そろそろ時間のはずなんだが、メタトロンもサンダルフォンも何をもたついているんだ?」

 

 苛立ちを隠そうともしない傲岸な態度と、下品な舌打ち。それはミリキャス・グレモリーでは有り得ない仕草だった。

 

「み、ミリキャス……!」

「ああ、この身体もそんな名前だったか。つい半日前まではちゃんと覚えていたんだが……どうせ意味がなくなるからね。忘れていたよ」

 

 ここで、ある並行世界の話をしよう。その並行世界では、英雄派がサマエルを使ってオーフィスの力を吸い取った。

 

 出涸らしとなったオーフィスは兵藤一誠が秘密裏に匿い、吸い取られた力は別個体の『リリス』というドラゴンとなるのだが、今回の論点はそこではない。

 

 注目すべきは、ドラゴン殺しのサマエルの力を使って、オーフィスの力を吸い取ったという部分だ。根本的におかしいだろう。どうやって、壊す力で吸収など実現したのだ。熱したフライパンでアイスクリームを運ぶようなものだ。

 

 つまり、サマエルの力の本質は龍を殺すことではない。ドラゴンという種族に対して、あらゆる理屈を破壊し、あらゆる理論を改変することである。最強のドラゴンスレイヤーなど、その一端に過ぎない。

 

 そして、その力は限定的にではあるが悪魔にも適応できる。何故ならば、西洋において悪魔とドラゴンは同一視される。ドラゴンをほぼ確実に殺せる力が、悪魔に対して無害であるなど有り得ないのだ。そうなるように『真理』を傾けたのだ。

 

「誰だ? ……私の息子をどうした!」

 

 何者かが姿を偽っているというのは有り得ない。サーゼクスには分かる。目の前にいるのは自分の愛する息子であるミリキャス・グレモリーであると。だが、中身は断じて息子ではない。ならば、何者かがミリキャスの身体を乗っ取っているという発想に行き着くのは自然な発想だった。

 

「我が名はサマエル。真なる堕天使にして、これより絶対なる唯一神となる存在」

 

 サマエルという名を聞いて、サーゼクスは先程のシヴァとの会話を思い出す。あの破壊神はこう宣わっていたではないか。

 

 ――元凶はこっちの魔術王ソロモンだ。発端は聖書の神だ。そして、黒幕は『禁じられた蛇』サマエルだ。

 

 サーゼクスの認識では、サマエルとは究極のドラゴン殺しだ。堕天使にしてドラゴン。エデンの園にて、はじまりの人間に知恵の実を与え、本来なら有り得ない神の怒りを一身に受けた罪人。

 

 もしもこのミリキャスを支配している者が本当にサマエルだというのならば、かの龍殺し以外にも異能があったということだろうか。同じ堕天使であるアザゼルにはやはり同行してもらうべきだった。

 

「本当なら私も悪魔の身体なんぞ使いたくないよ」

 

 そう言って、サマエルはミリキャスの口から唾を吐き捨てる。

 

「私はな、無能な天使どもが嫌いだ。その天使が更に劣化した私以外の堕天使どもが嫌いだ。しかし、それ以上に、それ以下に、おまえたち悪魔が大嫌いだ。ルシファーなんてガラクタと、リリスというゴミ屑から生まれてきた。ああ、不愉快極まるよ」

 

 魔王の息子にして公爵家の跡取りに相応しい幼いながらも端正な顔立ちは、悪辣なドラゴンの感情によって歪められた。

 

「てめえらみたいなゴミ溜めから生まれた蛆虫に居場所なんてあるわけねえだろうが! このゴミ捨て場で大人しく滅んでいればいいものを、私が支配すべき世界に、人間の世界にしゃしゃり出て来やがって!」

 

 傲慢な発言だった。あまりにも高慢な思想だった。当然だ。知恵の実を与えただけの元天使に、一体どうして世界を統べる資格があるというのか。

 

「ただ、君たち四大魔王もどきには感謝の言葉を告げてやってもいい。ありがとう、『悪魔の駒』を作ってくれて」

 

 何のことか一瞬分からなかった。

 

 だが、その意味深な声音と邪悪な笑みから、全てを察してしまった。

 

「おいおい、まさかとは思うが『悪魔の駒』の開発に私が関わっていないとでも? まあ、原案は君たちにあるがね。いくら私でも――()()()()()()()()()()は思いつかなかった。ん? いつから私が暗躍していたのかって顔だが……まあ、最初からだよ」

 

 存続のために衰退させるのではなく、絶滅するための繁栄だった。

 

「あの内戦の勝利が、自分たちの力で手に入れた栄光だと?」

 

 王位簒奪の罪も、政権改革の功績も、おまえたちのものではない。

 

「戦後の冷戦状態が、自らの手腕で守れた偽りの平和だと?」

 

 おまえたちに守れたものなど何もない。おまえたちに救えた者など誰ひとりいない。

 

「『王』の駒や『変異の駒』というバグが、自分の才能がもたらした奇跡だと?」

 

 おまえたちが起こせた奇跡など最初からなかった。おまえたちに許された称賛など最後までなかった。

 

「神獣である麒麟を眷属にできたのが、自分が特別だからと本気で信じていたのか? スルトのクローンやら新撰組の隊長やらバハムートやらとの出会いが、運命だと疑っていなかったのか? 新しい眷属を手に入れる度に浮かれて、問題から目を逸らし、事態を深刻化させるおまえたちには笑いが止まらなかったぞ! 娯楽がないコキュートスでは慰めになった!」

 

 滑稽という言葉は、おまえたちの為にある。

 

「ありがとう。本当に、本当に、本当にありがとう」

 

 心の底から感謝するよ、マヌケども。

 

「君たちのおかげで、私は悪魔を滅ぼせた!」

 

 燃え盛る世界に、悪意の哄笑が虚しく響いた。


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