憐憫の獣、再び   作:逆真

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アポイベの例の彼の発言に、聞き捨てならない台詞があった。
ハルファス的な意味で。


王たち

「ふ、ふざけるな。我々は生きていただけだ。私たち悪魔を滅ぼす権利が、どうしておまえにある――!」

「はあ? それはジョークだとしたら笑えないが、本気で言っているのだとしたら大爆笑だな!」

 

 そう言って、げたげたと笑うサマエル。姿形はミリキャスであるため、非常にアンバランスだ。

 

「それこそまさかなんだが……今日まで悪魔が滅んでいない点に、私が関与していないとでも? 今日まで悪魔が存続できたのが、自分達の功績だと本気で信じているのか?」

「それはどういう――」

「どういうも何も、そういう意味だ。いや、ぶっちゃけ苦労したよ? 君たちが作った戦争の火種をバレないように消していくのは。悪魔、あるいは聖書だけが滅ぶような火種なら放置したんだがそう美味い話はなくてね……。これでよくも平和を謳えたものだ! 世界中の平和機構と私の胃に詫びるがいい!」

 

 そう宣うサマエルの背後に、何かが墜落してきた。大きく砂塵が舞う。

 

 砂塵が消えれば、そこには可憐な銀髪の少女がいた。しかし、その美しい顔に張り付けられた表情に、サーゼクスは覚えがあった。京都にて、クルゼレイ・アスモデウスがしていた表情と似通っていた。

 

 あの怒りしか知らぬ王ソロモンに。

 

「いだだ……。トライヘキサの野郎、本気でぶん殴りやがった。親の顔が見てみたいぜ」

「鏡を出そうか?」

「うわ、よりにもよってこの蛇野郎が尻尾巻いて逃げた先と同じ方向に飛ばされたのかよ! 最悪だ! 死にたい!」

「そこまで言われたら流石の私も傷つくんだがね、ソロモン」

 

 声は違うが、明らかに同じ口調だ。同じ表情だ。サマエルがその名を呼んだことで確定した。

 

「どういうことだ……まだ指輪が残っていたというのか!」

「あ? そこ? その話まだする? てめえが京都で壊したクルゼレイの指輪は偽物だよ。一度身体を乗っ取れば、別に指輪は外していいんだよー。当然だけど、本物の指輪は手元にはねえぞ?」

「じゃあ在り処だけゲロってさっさと死ね」

 

 六枚の翼を広げて現れたのは、純白の少年。濃厚な怒気はソロモンにだけ向けられているが、瘴気は周囲に無遠慮にバラ撒かれている。

 

「トライヘキサ……!」

 

 会談に出てその正体を知るサーゼクスは呻くようにその名を口にする。

 

「あれが、トライヘキサ?」

「成程、バケモノだな……」

 

 冥界に転移する前に軽い話だけを聞いた二人は驚愕する。予想以上の重圧に怯むしかない。四大魔王全員で挑んでも腕一本取れるかどうかだろう。

 

 だが、トライヘキサの眼球には魔王など映っていない。

 

「残念ながら、指輪なら絶対に安全な奴に預けてあるんだな、これが」

「今度は誰を騙した話だ?」

「いやいや。おまえは父親を何だと思ってんだ。彼はちゃんと全部知った上で、積極的に指輪を守ってくれるのさ」

「ああん?」

 

 不愉快そうな声を上げるトライヘキサだったが、そこでようやくサーゼクスらに気づく。

 

「てか、パチモン魔王どもじゃねえか。今更ノコノコお疲れ様だな。おまえらの守りたかった世界ってやつは、たった今滅んだところだぞ?」

「っ! まだだ、まだ我々がいる!」

「それは正確ではない。おまえたちが残っているのではなく、おまえたちしか残っていないのだ。冥界にある生命はその悉くが焼却された。幼子も若者も老人も、四大魔王ファルビウム・アスモデウスさえも死んだのだ」

 

 ここに来て、サーゼクスの渾身の啖呵を遮る埒外の乱入者がまたひとり。ミリキャスの身体に憑依したサマエル、謎の少女の肉体に寄生したソロモン、トライヘキサに続く四番目にして最後の脅威。

 

 彼が視界に現れた瞬間、三柱の魔王は理解した。理屈も理論も放棄して、直感的に理解してしまった。

 

 この男こそが冥界をこのような姿にした実行犯である、と。

 

「一応、はじめましてだな。最初で最後の挨拶だ。名乗ってやろう」

 

 人間のような形をしていた。足元まで届きそうな長い金髪。魔術師然としながらも、王威を感じさせる衣装。そして、主神クラスさえ上回る圧倒的な魔力。

 

「我が名はゲーティア」

 

 ゲーティアという名前も、サーゼクスには聞き覚えがあった。シヴァが言っていたではないか。魔神柱たちの王だと。

 

「そうか、貴殿が――異世界のソロモンか!」

 

 その認識も間違いではない。ゲーティアとはソロモンの慙愧そのものであり、その亡骸から生まれた獣だ。

 

 ただ、サーゼクスの認識はそうではないのだろう。『F』には最初からソロモンなど存在せず、ゲーティアという者が代わりにいたという感覚なのだろう。あるいは、フルネームがソロモン・ゲーティアだとでも思っているのかもしれない。

 

 否、ラウムが『私たちのソロモンはこの世界には来ていない』という旨を伝えているため、ソロモン≠七十二柱の王という図式もあるのかもしれない。

 

「……ああ、そうだ。最後の魔王よ。私こそが、貴様らの言うところの異世界――『F』の魔術王ソロモンだ。よくぞその真実に辿り着いた! 我こそは王の中の王! 故にこう讃えるがよい! ―――聖書焼却式、人王ゲーティアと!」

 

 だから、ゲーティアはあえてその真実を指摘することも、訂正することもなかった。

 

「冥界をこのようにしたのは、貴殿か?」

「先に断っておくが、貴様の息子の身体を使っている蛇や少女趣味に目覚めた魔術王と我々は敵対関係だ。トライヘキサとは一時協力関係にあるがな。そして明言しておくが――この冥界を焼き払ったのは私の意志だ。私という王と、七十二柱の魔神が選択し、決定し、実行した。――貴様ら悪魔を滅ぼした」

 

 誤解するな。此方の魔術王や神の悪意に唆されたわけでもなく、これは自分の意思なのだと宣うゲーティアに、サーゼクスは激昂する。

 

「何故だ。何故このようなことをする! 貴殿は――この行いに対してどのような感情を抱いている? これほどの非道を行って、何も感じないのか! 生命を、何だと思っている!? 一つの種族、いや、多くの生命を滅ぼすことが、そんなにも楽しいと言うのか!」

 

 サマエルにやられたダメージに耐えながら力を解放し、サーゼクスは巨大な人型の滅びのオーラとなる。前ルシファーの十倍の力、世界十指の暴力の権化、世界そのものを揺らす滅びの化身。

 

 必然的にゲーティアはサーゼクスを見上げる形になる。

 

「―――――ほう。意外な反応をしたな、魔王。楽しいか、問うのか? この私に、悪魔や堕天使を滅ぼす事が楽しいかと?」

 

 あまりにも分かり切った質問だった。

 

「ああ――――無論、無論、無論、無論、最ッッ悪につまらないとも! 楽しいのならば貴様らを世界ごと大雑把に殺すものか!」

 

 誰が好き好んで、一度失敗した計画の焼き直しなどするというのか。

 

 誰が好き好んで、おまえたちのような害獣駆除など引き受けるというのか。

 

 嫌々やっているに決まっているだろう。

 

 おまえたちに、それだけの価値があると?

 

 この場にいることさえ、埃の掃き忘れ程度の感覚だと言うのに。

 

「我々は不愉快だ。貴様たちは死に様さえ醜い。終止符を打つことさえ億劫だ。その断末魔も耳障りだ! しかし、それがおまえたちにとって至上の救いである。何故なら、我々だけが、ただの一匹も残さず、貴様らを有効利用してやれるのだから―――――!」

 

 その言葉を聞いて、三柱の魔王は強い怒りに支配される。

 

 だが、一方で冷静な部分が怪訝に思うのだ。『有効利用』とはどういう意味だ。ラウムも言っていたではないか。有害であり邪魔であり、『必要』であったと。ここまで徹底的な滅びを与えておきながら、悪魔や堕天使、冥界にあった生命すべてをどのように使用するというのか。

 

「では、さようなら。間が悪かったな。おまえたちの歴史は今日で終わりだ」

 

 人王の後ろに、二体のサーヴァントが現れる。

 

「万能薬は次の機会に持ち越しですが、感染源はここで潰しておきましょう」

「魔王眷属を滅ぼせと言われながら実行できなかった俺にもう一度機会を与えるとは。その器量の大きさに応えよう」

 

 

 

 

 

 

 赤い龍の慟哭が聞こえず、白い龍の極光も見えず、神の悪意の哄笑も届かず、冥界焼却の熱さも分かりようがない場所のどこかで、ひとりの英霊が召喚された。

 

「サーヴァント、シータ。召喚に応じて参りました――」

 

 呼ばれた英霊の名はシータ。赤い髪の華奢な少女。インド二大叙事詩の『ラーマーヤナ』に登場する女性であり、物語の主人公ラーマの妃である。

 

 実は英霊としてのシータはラーマと霊基を共有しており、聖杯戦争などでラーマが召喚された場合はシータが現界することはない。逆もまた然りだ。ラーマが犯した不意打ちの代償としてかけられた呪い――『貴方はたとえ后を取り戻すことができても、共に喜びを分かち合えることはない』――スキル“離別の呪い”の影響である。

 

 だから、シータは目の前にいる人物を見て驚きが隠せなかった。

 

「ラーマ、様……?」

 

 そこにいたの最愛の人。自分と同じ色の髪の少年。

 

「そうだ、シータ。余――僕だ」

「本当に、本当にラーマ様なのですか……?」

「ああ、そうだ」

 

 言いながらも、ラーマも現実味がない状況だ。いくら約束通りとはいえ、いくら予想されていたとはいえ、もしかしたらダメかもしれないという不安もあった。

 

 ソロモンがラーマとフィンに用意した聖杯は願望器としての機能すらない。ただ『F』から特定のサーヴァントを召喚する機能を持っているだけの魔道具。ちなみにフィンはすでに最初の妻サーヴァの召喚に成功しており、夫婦揃って席を外している。

 

 ラーマの目の前には愛する妻がいた。国を追放され、共に生活をしていた頃の姿のシータがいる。自分と同じ色の髪を視界に入れても、視覚がつぶれるようなことはない。

 

「ラーマ様」

「シータ」

 

 抱き締めれば、シータの体温が伝わってくる。

 

「ラーマ様……」

「シータ……」

 

 振るえるシータの声が、自分の名前を紡ぐ。自分の声もきっと同じように震えているのだろう。

 

「ラーマ!」

「シータ!」

 

 頬を伝ってくる涙の冷たささえも愛おしい。彼女は確かにここにいて、自分もここにいる。この奇跡を永遠に味わっていたいとすら思う。

 

「ああ、本当に貴方なのね……」

 

 だからこそ、冥界に乗り込む前。リリスから生まれた悪魔の身体を乗っ取ってすぐに、ソロモンはラーマに指輪を預けた。ソロモンが全人類に施した呪い、『真理』を解く最後の鍵を。

 

「大好きよ。……本当に、本当に、大好きなの」

 

 ラーマには壊せない。壊せるはずがない。

 

「……会いたかった、会いたかった。本当に、本当に会いたかったんだ。僕は、君がいれば、それだけで良かった……!」

 

 少なくとも、自分の喉から零れる嗚咽が止まるまでは、この奇跡を手放す覚悟ができるまでは、壊せるはずがないのだ。

 

 

 

 

 

 

「私はランドルフ・カーター。セイヴァーの協力者だ。君たちの観点から言えば『C』の人物だと認識してもらえばいい」

「こんにちは! アビゲイル・ウィリアムズです。よければアビーと呼んでくださいな」

「彼女は本来『F』の人間だ。しかし君たちの知る魔神ラウムとは別の魔神ラウムによって……いや、これは剪定事象が絡むから長くなるか。今回は省略しよう。それよりもセイヴァーからビーストXについて説明してもらった方がいいか」

 

 人間界某所にある隠れアジトで、英雄派は仮初めの休息とともに並行世界の自分達の後輩であるセイヴァーから彼の世界の顛末を聞いていた。

 

「完全体のビーストX――聖書の神、原初の堕天使、明けの明星、そして魔術王が合体した究極の人類悪。この人類悪の意識の主導権を握っていたのは、ソロモンのクソ野郎でした」

「それは、おかしくないか? 核になっているのは聖書の神なんだろう?」

「どれだけ魔術師として優れていたとしても、王として完成されていたとしても、彼自身にも人類悪の成分があったとしても、所詮は人間。魂の格が違う。存在感の位相が違う」

「だけど、合体したのはソロモンの思惑であったなら話は違ってくるわね」

「んー、自分が主導権を握れるように混ざったってわけだ。そいつはなんともクソったれでございますね!」

「はい。聖書の神もサマエルも初代ルシファーも、ソロモンに出し抜かれたわけです。あのクソ野郎、元は人間の癖に人類の滅びを助長してんじゃねえよって話ですよ。いや、そもそもあいつが元凶なんですけど。諸悪の根源なんですけど」

「諸悪の根源は言い過ぎだろう。心情的にそう言いたくなるのは分かるけど、発端は聖書の神なんだし」

「あるいは、神の悪意サマエルだな」

「そのふたりを焚きつけたのが他ならぬソロモンなんですけど……。で、その合体のカラクリというか術式については判明しているんですよ。」

「判明しているのか。じゃあ謎って何だ?」

「簡潔に述べると、エネルギーです」

「エネルギー、か」

「核となっている聖書の神は勿論、聖書に記された最強クラスの存在ルシファーとサマエルを黙らせるだけのエネルギーってなると膨大だな」

「少なくとも、指輪によって復活してからじゃどうやっても回収できないってわけね」

「こっちの研究者が調べた結果、そのエネルギーの調達には『真理』のような世界規模の術式で回収には最低でも千年かかるって話なんですよね」

「千年前か……。かの三つ巴の大戦争、聖書の神が崩御したのはそのあたりだったか?」

「ですね。なので、神の死と終戦のどさくさに紛れて奴の協力者が何かしたんじゃないかって話なんですが……」

「確証はないし、答えも出ないと」

「お恥ずかしながら」

「いや、いいさ。何せ相手はあのソロモン、一度世界中の神魔を詐欺に嵌めた埒外の魔術王だ」

「そう言ってもらえると幸いです。俺たちの世界じゃそのあたりの調査に割いている余力ってあんまりないんですよ。でも調べないわけにもいきませんから」

「だろうな。分からない真実があると、まだどこかに隠し玉があるかもしれないって不安にはなる」

「そういうことです。それじゃ、そろそろ本題に入りますね」

「え、今の前置きだったのか」

「壮大な前置きだったな」

「こんな話より重大な話題なんて想像もつかないわ」

「……皆さん、白々しいとはこのことですよ」

 

 一度深く深呼吸をして、セイヴァーは極めて深刻な面持ちで問う。

 

「何で、俺はベッドに縛られているんでしょうか?」

「その質問は正しくないな。正しくは『俺たち』と言うべきだろう?」

「カッコつけて言っても現実は変わりませんよ、曹操さん」

「諦めな、後輩きゅん」

「アンタ誰だ。リントさんのアニキだっていうフリードさんか、外見から察するに。リゼヴィムって魔王と相打ちになったという」

「フリードのアニキ、リリン倒したんスか? 大金星じゃん」

「リントさんはこっちでもお元気そうで」

「あ、これ向こうの私だけ生き残っている感じだ。いやぁ、居心地悪いっす」

 

 ベッドに拘束された三人を見下ろすようにし、アーシアが殺菌された手袋を装着し、宣言する。

 

「では治療を開始します」

「キャー。タスケテー。タベラレルー」

「食べませんよ。回復してもらうだけです」

「ソンナコトイッテタベルキダー」

「ちょっと楽しんでないか?」

「いや、まあ。別に、そんなことは?」

 

 絶対にそんなことはあるという表情のセイヴァー。ベッドの傍らに佇む英雄派の面々もきまずい表情だ。笑っていられるのも今の内だぞと冷や汗を流す曹操は時間稼ぎを思いつく。

 

「な、なあ、アーシア。俺とフリードは分かるけど、何でセイヴァーまで?」

 

 曹操は会談襲撃時の闘戦勝仏や先程のアーチャーとの戦闘による怪我。フリードは魔神柱の端末として重度の疲労。しかしセイヴァーには怪我らしい怪我をした様子もない。そもそも彼は誰かと戦闘したという話は聞いていないのだが。

 

「この中で一番の重症はこの方です」

 

 だからこそ、アーシアの発言には呆然としてしまった。

 

「は?」

「どゆこと、アーシアちゃん?」

 

 曹操やフリードだけではなくその場にいた多くの者が首を傾げ、意味を理解した一部の者は表情を凍りつかせた。セイヴァーは何を言うでもなく天井を見つけていた。

 

「セイヴァーさんと言いましたね? いくつか質問します。正直にお答えください。貴方、最後の睡眠はいつですか?」

「覚えていません。少なくとも、この二年の間はあんまり寝れてないですね。まあ、魔獣創造の応用で身体を改造して睡眠は必要ない身体なのでお気にならさず」

 

 これだけならば、魔獣創造の使い方の一例だけで終わった。彼と並行世界の曹操の共通の武装である棺桶には、あらゆる神器や伝説の武器が収納されている。レオナルドもそうだったのかは不明だが、そういう使い方もあるのだという話だけで終わるべきだった。

 

 しかし、それだけの話なわけがない。

 

「では次の質問です。貴方は、あと何年生きられると診断されていますか?」

「五年ってとこらしいです。半年前の診断なんで、もっと縮んでいるかもしれませんが」

 

 話を聞いていた全員の表情が凍り付いた。

 

 セイヴァーの外見はどう見ても二十歳に届いていない。そんな彼があと五年も生きられないとはどういう了見なのか。彼は一体、何を犠牲にしてきたというのだ。

 

「では最後の質問です。貴方の食生活はどうなっていますか? 特に、この半年ほどは」

「……ノーコメントで、ぐぎゃあああああああ!?」

「貴方の口と痛覚、どちらが正直者でしょうね?」

「こわっ」

「今更だろ」

 

 アーシアがやったことから目を逸らす者多数。

 

「じゃ、ジャンクフードばっかりでした!」

「……ジャンクフードに含まれる有害物質の危険性を理解しながら多量に摂取していたと?」

「だって、だって、俺の世界じゃもう食べられないものばっかりなんですよ! 文明社会が生きている世界に来たんだから、文明的な食事をさせてくださいよ!」

「ジャンクフードは文明的な食事ではありません! 文明的な食事とは栄養バランスの取れた栄養化学に基づいた食事のことを言うのです!」

「健康食はいやあああ! 俺だって本当はジャンクばっかり食べていたくないですよ! 添加物マシマシのアイスを乗せたパンケーキを一日中貪っていたいです!」

「引きこもりか何かですか」

「引きこもりは天照大御神ですから! ……アマテラス様?」

 

 セイヴァーからカチリという音が聞こえたような気がした。

 

「アマテラス様ソロモンならいませんから出てきてください『真理』が壊れたから貴女がお隠れになったら日食が起こるんですよ神話体系が無茶苦茶になったせいで日本だけじゃなくて世界各地で発生するんだからもうやめろ酒盛りを始めるな仕事を増やすな駄神ども農村に雨でも降らしやがれ穀潰しがまた胃に穴が開きそうだ頭痛が危険だいやまだお世話になりませんからエレシュキガル様もヘル様もお気遣いありがとうございますあ違うんだ浮気じゃないんだお願いだから嫌いにならないでいやアマテラス様のことを忘れたわけじゃありませんちょっと分かりましたから出て来いよこの駄女神が!」

 

 並行世界に実際に起きたであろう出来事を一気に吐き出すセイヴァー。その顔は興奮で赤くなっていた。

 

「女神なんてろくなもんじゃねえ!」

 

 何故か、クマのぬいぐるみが意味深に頷く幻覚が見えた。

 

「神も人もろくでなしばっかり! ああ、もう世界なんて救う意味あったんだろうか! ――あったよなぁ、ちくしょう! でも帰りたくないぃぃいいい! 帰ったら仕事の山と面倒事が待ってんだぁ……」

「身体的な問題も多いですが、精神的にも情緒不安定。治療が必要ですね」

 

 そのあまりにも情けない救世主の姿を見て、「この世界では絶対に彼を『彼』にしてはいけない」とか「後に残る者がいるってことを考えて死なないようにしないといけない」とか考える英雄派であった。


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