憐憫の獣、再び   作:逆真

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ソロモン七十二柱

 生命の呼吸がほぼ完全に途絶えた冥界にて、トライヘキサは溜め息を吐き出した。地獄の炎のせいか、己の息がひどく熱い。

 

「おまえは行かないのか、黙示録の獣よ」

 

 ほんの数秒前までゲーティアがいた場所を眺めながら、カルナはトライヘキサに問う。

 

「いいよ。なんか、邪魔っぽいし。ひょっとしてなんだけど、この状況って予想してた?」

「この事態はおおよそ予測されていたもののひとつだ。今回、俺たちのマスターはあまりにも他者に先手を打たれていた。だからこそ、後出しで勝つための手段を星の数ほど備えていたのだ。どうやら予測された事象の中に当てはまるものがあったらしい」

 

 頭の良い奴は違うねー、とトライヘキサは嘆息する。暴力と破壊の権化であり、負の感情から生まれた自分には出来ない芸当だ。

 

「じゃ、後は任せるよ。これ以上、黒歴史を増やしたくないしな。……あー、何で父さんなんて呼んじゃったんだろう」

「必然ではあるだろう、黙示録の獣よ。おまえは人類に期待し、その期待を人類は超えた。だからこそ、おまえは自らの父にも期待を抱いたのだ。――ひょっとしたら、あの男は自分が思い続けていたよりも良い人間なのかもしれない、と」

「えぇ~」

 

 心底嫌そうな声を上げるトライヘキサ。だが、否定の言葉が思い浮かばない。否定の手はないが、事実と認めるのもひどく癪なため、話題を変えることにする。

 

「それより、そいつのトドメ刺さないでいいのか?」

「この男は王だ。ならば王として、最期の言葉を発する権利はある。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()、最後の魔王の言葉を聞く義務が俺にはある。その終わりを看取り、伝える責任がある」

 

 トライヘキサとカルナの視線の先には、瀕死のサーゼクス・ルシファーがいた。最強の魔王、突然変異体、前ルシファーの十倍強いと言われた男は、虫けらにすら殺せそうなほどにボロボロだった。

 

「何故だ」

 

 そんな状態にもかかわらず、サーゼクスは慟哭を交えて叫ぶ。この理不尽な惨劇に対して、己の意志を訴える。灰燼レベルに消滅させられ、亡骸すら残っていないアジュカとセラフォルーの死に絶望しながら。

 

「私は、悪魔を、冥界を守りたかっただけだ。悪魔という種族の平和を守りたかっただけだ。誰もが平和を求めているはずだ。誰も愛しい者の死など望んでいないはずだ。私もそうしたかっただけだ。我々はそうしてきただけだ。そこに何の間違いがある――!」

「おまえの語る平和を望むのはおまえを愛する者だけだ」

 

 正しくはあった。だが、その何倍も間違いがあったと施しの英雄は語る。

 

「おまえが手を取り合いたいと願う者たちは、おまえの破滅さえ願っていた。おまえは己の愛を示すばかりで、他人の愛を知ろうとすらしなかった。ならば、この結末は必然だ」

 

 おまえの愛は、名も知らぬ誰かを救えない。名も知らぬ誰かを救うつもりがないというのなら、おまえの愛は平和を導けない。何故なら、他人の平和を奪うことでしか、自分の平和を築けなかったのだから。自分の平和を築くことで、不幸になる他人を気遣うこともなかったのだから。おまえが手を差し出したのは、自分の平和を肯定してくれる者だけだっただろう。

 

 誰もが平和を願っているというのは、ある意味では正しい。しかし、おまえたちが幸福に生きているだけで、平和ではないと断じる誰かがいる。

 

「おまえら、中途半端に人間の真似してっけどさ、無理だからな? 人間と同じやり方じゃ悪魔は――神話の世界は回らない。人間と俺たちには致命的な違いがある。それは寿命だ」

 

 そんな風に語るのは、トライヘキサだ。

 

「寿命が短いってのは決して悪い面ばかりじゃない。世代が変わるのが早いってことは、価値観の変化が早いってことだ。だからこそ、人間は過去のことを忘れられる。過去の憎悪を、先人たちの因縁を切り捨てることができる。無駄に受け継いじゃう場合も多々あるけどな。……だけど、悪魔じゃそうはいかねえ。いいか? 当事者が生きてんだぜ?」

 

 被害者も加害者も生きている。聖書の勢力に臣民を殺され、財宝を奪われ、領土を穢され、神話を貶められ、矜持さえも消された。神話に名を連ねた神魔は別に滅ぼされたわけではない。オーディンもゼウスも帝釈天も生きている。そして、異世界のソロモン七十二柱が襲撃するまで、初代七十二柱だって生きていたのだ。初代以外の古参の悪魔だって、つい先ほどまで生きていた。

 

「神や魔王は死んでいたから仲良くしましょう、じゃねえだろ。寿命が長いくせに何回も世代交代している勢力なんて、悪魔くらいだぜ? アザゼルやミカエルだって原初の時代から立場変わってねえだろうに」

 

 それこそ、悪魔は現代に初代の七十二柱さえ生きていた。寿命は一万年ある。だが、幾重にも世代を重ねてしまった。引退した悪魔は政治に口を出すというのに、悪魔達の価値観は変わってしまった。他の神話を置いてきぼりにして、自分たちの罪を忘れようとした。そんな無責任な進化が許されるはずもないのに。

 

「最後まで醜態を晒すな、悪魔。然るべき者の手により、疾く消え去るがいい」

「じゃあな、パチモン魔王。仲良しごっこは、ゲーティアたちみたいに、どっかで生まれ変わってやれ」

「――いいや、まだだ。私だけではない。人間界にリアスたち若き悪魔がいる! 否、それ以前に! 悪魔を滅ぼした貴殿らを、許すわけにはいかない! 過去と未来のために、せめて貴殿らを道連れにしよう……!」

 

 サーゼクスの言葉に呼応するように、死んだはずのベルゼブブが動いた。

 

 

 

 

 

 

 その日、その瞬間、この星のすべての人間を強烈な頭痛が襲った。

 

 男女も老若も美醜も貧富も民族も国家も職業も能力の優劣も信心の強さも関係なく。食事中や睡眠中、入浴中だろうと遠慮なく。病人や罪人も差別なく。世界の裏事情を知っていようと知っていまいと容赦なく。文字通り、すべての『人間』をその頭痛は襲った。

 

 英雄派や教会の戦士、半妖、転生悪魔や後天的吸血鬼さえ含まれていた。

 

『世界中の人々よ。我が声が聞こえるか』

 

 頭痛とともに、その声は響いた。

 

『我が名はソロモン。人理否定式・唯一神ソロモンである』

 

 その名乗りに対して、ほとんどの人間は「何故」と思った。何故、古きイスラエルの王が神を騙るのか。だが、その疑問が形になる前に、神は人々に命じる。神の名を以って、試練を与える。

 

『突然だが、俺は人類を滅ぼしにかかる。我こそは人類の敵。おまえたち人間にとって不倶戴天の化身である。俺と戦え。俺に挑め。俺を倒せ』

 

 これは天啓。

 

『王に、そして神に縋り続けてきたおまえたちには、戦う責任がある。祈る権利を使ってきた人類には、神を下して進化する義務がある。誰ひとり、例外など許さん』

 

 もしもジャンヌ・ダルクが聞いたという神の声が同じならば、彼女に戦争から逃げることなどできなかっただろう。聖なるものだからではない。正しいものだからではない。振り払うことができないほど、重く苦しいものだからだ。

 

『戦え。逃げるな。戦え。戦え。諦めるな。戦え。戦え。戦え。怯えるな。戦え。戦え。戦え。戦え。他人に頼るな。戦え戦え。戦え。戦え。戦え。おまえが戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。手を取り合え。戦え。前を向け。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。俯くな。戦え。戦え。戦え。絶望するな。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。目を背けるな。戦え。戦え。戦え。戦え。座るな。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え! 戦え!! おまえたちは戦わなければならない! 戦って、自分たちの価値を証明しなければならない! 俺を倒すことで、自分たちの時代を手に入れなければならない! だから戦え! 死ぬまで戦え、死んでも戦え! 死に続けてでも戦い続けろ! 滅びたくないなら、滅んででも俺を倒せ!』

 

 なんて理不尽。しかし、人々はそれに逆らう手段がない。否、大前提としてこの頭痛に抗う手段がないのだ。悲鳴を上げることさえ許されない激痛。対応する自由さえなく、拒絶の隙さえない。

 

 全人類に、唯一神の呪いが向けられていた。

 

『戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え!』

 

 しかし。

 

 その必要はない、と響く声と同時に頭痛が消えた。

 

 

 

 

 

 

「彼らがおまえに挑む必要など、ない。おまえはここで終わりだ」

 

 天界に転移したゲーティア。

 

 そんな彼を出迎えたのは、唯一神ソロモンだった。聖書に記された父なる存在ではなく、たったいま誕生した最新の神。かつて魔術王と呼ばれた人間。この星で最も罪深い獣。

 

「遅かったな、ゲーティア。……いや、天界の結界の構造は流石に面倒だったかな?」

 

 ソロモンの呼びかけには応じず、ゲーティアは視線を他のふたりに向ける。

 

「ひどい有り様だな、槍の女神」

 

 おそらくゲーティアが来る直前までソロモンに抵抗していたであろう女神ロンゴミニアドと熾天使ガブリエルの姿があった。ガブリエルは意識がないのか地に伏して呻いてすらいない。女神はそんな天使を庇うようにしているが、彼女自身も血だらけだった。

 

「確認するが、我が槍は必要か?」

「不要だ。共同戦線は有り得んと言ったのは貴様だろう。その様では邪魔にしかならん。近い内に、貴様の首を我々の知る者が取りに行く。貴様は、彼らの挑戦を首を洗って待っていろ」

「そうか。できれば、貴殿の目論見は私が破りたかった。かつての借りもある」

「第六特異点のことならば、あれは貴様が勝手にしたことだろう。その結果があれなのだから笑ってしまうよ」

 

 ゲーティアの言葉を背に受けながら、女神はその場を去る。当然意識がないガブリエルも連れて。

 

 女神と熾天使の逃走を止めもせず、唯一神ソロモンは見過ごす。そして、ゲーティアを見た。ゲーティアもまたソロモンを見た。

 

「歓迎するぜ、ゲーティア。なあ、最後のチャンスだ。俺と一緒に人類を導いてくれないか?」

「…………」

「おまえならばできる。魔神王では無理だろう。だが人王なら可能だ。実際、おまえは現代の聖槍の持ち主をあれほどの男にしてみせた。それも半年ほどの時間でだ。だから――」

「断る」

 

 ゲーティアはソロモンの言葉を遮る。この問答は時間の無駄だと切って捨てる。

 

「貴様の妄言にこれ以上付き合うくらいなら、今日この場で滅ぶことを選択するよ。そのために、我々は、否、私はここに来たのだから」

「あー、だよなあ。そうなるか」

 

 ソロモンはその回答を予想していたが、ゲーティアが自分の理想を肯定してくれることもまた期待していた。結局、決裂の道になってしまった。だが、それもまた必然。人類史を滅ぼそうとしたからではなく守ろうとして犠牲となった。そんな終わりを与えることが、ソロモンがゲーティアにできる唯一無二の償いである。

 

「先に言っておくが、俺を第一宝具で倒すのは不可能だぞ? 神に成り上がったからじゃない。おまえたちの指輪は俺の指輪じゃないんだから。同じような生まれ方をしたトライヘキサには通じたかもしれんが、あれで俺を道連れにはできない」

「ああ。我々も指輪を返還するつもりはない。そも、神が敵で、我々がいる場所は天だ。返還の再演などしても滑稽なだけだろう」

「だな。だったら、あれを使うつもりか? 星を焼く光帯。第三宝具、原罪のⅠ! おまえにそれがあるように、俺にも宝具がある。俺が残した、俺が示した魔導書群と同じ名を冠する最強宝具が!」

 

 悪魔の書ゴエティア。悪魔と精霊の書テウルギア・ゴエティア。精霊の書アルス・アルマデル・サロモニス。星と精霊の書アルス・パウリナ。祈りの書アルス・ノヴァ。これらを総じてソロモンの小さな鍵、あるいはレメゲトンと呼ぶ。

 

 ソロモンが後世に残した呪いの正体。神代歪曲の真実。

 

「証明させてくれ、ゲーティア。俺の、俺たち人類の三千年が! 地獄の生命なんぞに負けるはずがないのだと――!」

 

 人間は悪魔如きに負けなかった。堕天使風情など相手にならない。人間は奴らよりも上だったのだと、その死を踏み潰すことで証明してみせる!

 

「ほざけ。おまえは最初から最後まで誰にも勝てん。人間の分際で三千年も何にしがみついている!」

 

 おまえの時代はとっくに終わった。おまえの玉座はとっくに誰かが受け継いだ。それ以上の行いは蛇足だ。夢想を抱くことさえ間違いだ。

 

「我が理想を、我が生涯の真実を知れ。すべては君たちの未来のために。ここではない何処か、素晴らしき未来に辿り着くために――!」

「ではお見せしよう。貴様の妄想の終わり、聖書推敲の瞬間――我々が出した人類救済の解答を! 第三宝具、改演。さぁ、芥のように燃え尽きよ!」

 

 魔術王から成り上がった唯一神と、魔神王から転じた人王がお互いの切り札を解放する。

 

真理は未来に(トゥルー・レメゲトン)!」

 

 宇宙を歪めた法則が、次元の穴をこじ開ける。

 

 そこから零れ落ちるのは、およそ分類など不可能な何か。あるいは歪み。あるいは軋轢。あるいは廃棄物。あるいはダークマター。あるいは魔術王の呪い。

 

誕生の時来たれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)!」

 

 惑星を焼く光帯。世界一つ分の生命を犠牲にして手に入れた熱量。その規格外のエネルギーを、ゲーティアはこの攻撃のためだけに転用する。次元の歪みの穴を、時空を滅ぼす熱量で穿つ。

 

 

 

「                 」

 

 

 

 天界全体が歪んだ。比喩なしで、空が割れた。いつぞやのソロモンの固有結界内であったキングゥとロンゴミニアドのぶつけ合いなど比較にならないほどの、エネルギーの衝突。

 

 しかし、それはほんの一瞬。

 

「え……?」

「――――ッ」

 

 立っているのはソロモンで、地に膝をついているのはゲーティアの方だ。人王の風貌に覇気はなく瀕死状態。それこそかつての時間神殿で藤丸立香と最後の戦いをする前以上にボロボロだった。

 

 だが、そんなゲーティアを見てソロモンは首を傾げる。

 

「ん? んー? おかしいな。いくら何でもこんな簡単に競り勝てるはずがないんだが」

 

 呆気ない。拍子抜け、とは違う。何か薄ら寒いものがソロモンの背筋を走る。

 

 わざと負けた? かく乱が目的か? 実は背後にアサシンでも潜んでいるとか? 否。否。否。それならばわざわざ真正面から攻撃を受けた意味はない。正面から対峙しなければならない理由があるはずだ。それは何だ? 『真理』に第三宝具を打ち込んだ理由は何だ? 自分は何を見落とした? 唯一神たる己が、何を見過ごした?

 

「は、はは、こんな展開になるのは予想外だ。だが、この状況をこそ我々は求めていた。ここまでくれば、時間を稼げば計画達成だ。あと少し、付き合ってもらうぞ」

「そりゃどういう意味――」

 

 いくら何でも不自然に思い、問いかけようとするが、

 

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?!?!!!!」

 

 

 突如として、神の口から悲鳴が飛び出た。

 

「ああ、あああああぁアアア!? があ、ひ、ひが、あ、ア、ああああああああ! な、なんだ、なんだ、これは! ぎぃ、ひ、ひひぃ! う、ううう、ううあああ、ぁ、アアああ!?」

 

 全身を襲う激痛。まるで、体内を貪られるような痛み。毒蛇に噛まれ、皮膚が一瞬で膿んでいくような疼き。

 

 ソロモンが、神の絶対性が、『真理』が、内側からグチャグチャになっていく。

 

「ああ、一体化しているとはそのレベルだったか。てっきり比喩的な表現かと思っていたが……『真理』という術式をその身体に内包しているのか」

「ゲーティア! おまえ、一体俺に――『真理(おれ)』に何をした――!」

 

 問いながらも、ソロモンは理解していた。自分が何をされているのか。自分が、『真理』が、この世界の法則がゲーティアに干渉されているということが。そして、彼が何をするつもりなのか理屈も何もかもすっ飛ばして理解していた。だが、それを認めるわけにはいかなかった。何故なら、自分の理解したことが正しいのならば、それは他ならぬ自らの理想の破綻を意味するのだから。

 

「かつて、この身と七十二柱の魔神は聖書の神の呪いに蝕まれていた。その呪いはオーフィスの『蛇』に食わせることで対処したが、その『蛇』の処分には困ってな。オーフィスに戻すわけにもいかん。ならばいっそこれを利用しようとするのは当然の帰結だ。万が一、聖書の神が復活したらこれを食らわせてやろう、と」

 

 体内を食い荒らされる激痛に耐えながら、ソロモンはゲーティアを睨む。

 

「……元々、再利用は得意でな。まさかこんな形で使うとも思っていなかったが」

 

 この作戦の分岐点は、ビーストXが『真理』を使った攻撃をしてくるかどうかだった。正確には、『真理』が開かれるかどうか。もっと具体的に言えば――『真理』の内側に干渉できる隙があるか否か、か。

 

 聖書の神ではなくソロモンならば確実に使用してくると踏んでいた。あの戦いを――第三宝具を白亜の城が防ぐ瞬間を見た王ならば必ず、宝具同士の打ち合いを望んでくると確信していた。

 

 だからこそ、その攻撃に打ち合うのではなく、呪いを打ち込んだ。かつて彼が人類にそうしたように。

 

「聖書の神が相手ならば、こうはいかなかったかもしれない。だが、時間神殿での戦い。おまえが我々の世界、我々の偉業、我々の戦いを露骨に意識していることは明白だったからな。聖書の神に関しては、どこまで覗き見されたのかは不明だったが、おまえがあの時間神殿の戦いを見たことは明白だった。我々も憶測だけで確証はなかったのだが……どこぞの守護者になった男が教えてくれたよ。本人は、そんなつもりはなかったろうがな」

 

 曹操。三国志の英雄の血を引き、神殺しの聖槍を生まれ持った男。特別な素質を生まれ持ったが故に、波乱の人生を歩むことを強制された彼。

 

 並行世界の彼は、ゲーティアや魔神柱亡き後も戦い続けたという。諦めても良かったはずだ。逃げることだってできたはずだ。だが、彼は戦い続けた。戦い抜いた。彼はあのような言い方をしていたが、彼にだって守れたものはあった。彼がいなければ良かったなんてことは絶対になかった。

 

 その証拠に、そんな彼には受け継ぐ者(セイヴァー)がいた。どこぞの医者に、藤丸立香がいたように。

 

 かつて、曹操はゲーティアや教授との出会いにどのような思惑があるとすれ、それに感謝すると言った。ジャンヌやヘラクレスも変化できたと言っていた。だが違う。違うのだ。我々もまた、君たちの存在に救われたのだ。

 

 良かった。本当に良かった。俺たちは確かに、この宇宙に何かを為したという結果を刻めるのだ。

 

「あの男と同じ名前を持つ神よ。書き換えさせてもらうぞ、おまえがこの宇宙の人類に与えた呪いを」

 

 当初に求めた結果とはかなり違うが、選んだ道筋からは随分離れたが、予期せぬ障害や犠牲も多かったが、未練や恐怖、不満もないわけではないが。

 

 それでも、我々(わたし)はようやく極点(おわり)を迎えられる。

 

「ゲーティ、ア……おまえ、自分が、自分たちが何をしているのか分かっているのか? この星の三千年を無意味に貶めただけではない。この星の未来を台無しにしたんだぞ! 俺が、俺たちが積み上げてきた可能性を奪おうとしているんだぞ!?」

 

 神の存在が歪められている以上、連鎖的に天界や『システム』も崩壊を始める。聖書の全てが、砂の城のように崩れ去ろうとしている。

 

「いや、そもそもこんなことが実現可能だとでも思っているのか。おまえが元にした主の術式は、俺がこっちの七十二柱を支配するのに使ったものの改造版だろう。あれは、所詮傀儡術の延長でしかない」

 

 いかに優れたツールがあったとしても、何ができるかは使用者のスペックに依存する。山を砕くドリルが無限にあったとしても、星が壊せるはずがない。ゲーティアがやろうとしていることはそれくらい無謀なことだ。

 

「如何におまえが優れた魔術式と言えど、処理限界がある。七十二柱程度の魔神に、役割を放棄した人理補正式如きに、俺の『真理』が、俺たちの宇宙がどうにかできるものかあああ!」

「ああ、現状の成功確率は12%だ。これが何を意味するのか、どんな愚者でも理解できる。――マイナスでない以上、成功するに決まっているだろうが!」

 

 唯一神ソロモンの表情に笑顔はない。いつものように激怒したような笑顔ではなく、ただただ憤怒に染まった激情だけが浮かんでいた。

 

 それを受けて、ゲーティアは身体を起こして、笑んだ。

 

「掛かって来いよ、唯一神。お望み通り、あの戦いの再現をしてやろう。今度は我々(わたし)に勝ち逃げをさせてくれ……!」

「ゲーティアぁああアあああアあああぁアアアァアア!」

「貴様が勝てば最初からやり直すといい。だが我々が勝てば貴様の妄想はこれで終わりだ。どちらにしろ――」

 

 ――この宇宙から人類悪という概念は削除される。

 

 この独り善がりで、憐れむべき進化に終止符を。




これにて、道筋は定まった。
番狂わせは起こらない。
盤面は翻らない。
奇想天外な出来事は発生しない。
当然の事象しか見られない。
自然な結末しか訪れない。
何一つ、驚愕すべき真実は語られない。
予定調和の、消化試合だ。
それで良いなら、もう六話ほどお付き合いを。

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