憐憫の獣、再び   作:逆真

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拙作のリリスとサマエルの関係はオリジナルですが、原作のあるキャラクターの不自然さの辻褄合わせを考えている時に思いついたんです。
『そいつ』はメンチ切られたら喧嘩ふっかけるくらいキレやすいのに、自分の身体を削られた奴には怒らないどころかタクシーをしたり合体したりするんですよ。
 で、『そいつ』のクローンとも言える少年は、将来的に偉くなって、子沢山になっているそうな。子どもたちも優秀な子が多いそうですねえ?

 


晩鐘は鳴らず

 冥界の上空にて、『彼』は焦土と化した大地を俯瞰していた。

 

「…………」

 

 視線の先には、シャルバ・ベルゼブブだったものが転がっている。数多の幻霊を積み込まれた彼はとっくに限界だった。サーゼクスたち新四大魔王への憎悪のみで動いていた。だからこそ、サーゼクスを殺せたことで終わってしまった。この冥界のように燃え尽きてしまった。

 

「……………………」

 

 元々いた生命は悪魔も堕天使もその他の魔物も、草一本に至るまで焼き尽くされている。冥界焼却を成したゲーティアも、それに協力したサーヴァントたちもトライヘキサも冥界から離脱している。冥界の危機を救うために戻ってきたはずの新魔王たちは全滅。

 

 この世界に、生命はない。荒廃どころか未来が断絶された。

 

「……………………ずむずむいやーん」

 

 その現実を確認したことで、『彼』――真龍グレートレッドは自らの住処である次元の狭間へと戻っていく。

 

 仕事をやり遂げた人間のように満足そうに笑いながら。

 

 

 

 

 

 

 某国の山中。

 

「――どうにか逃げ切ったみたいだな」

「みたいですね」

「ひゅー、僕ちん疲れちった」

 

 そう言って溜め息を吐き出す三人の少年。周囲を警戒しながらも手ごろな石に腰掛ける。

 

「デジャブだな……。何だろう、こんなこといつかもあったような……」

 

 英雄派リーダーの曹操、シグルド機関の生き残りフリード、異世界からの来訪者セイヴァーだった。現在、三名はアーシア・アルジェントの治療から逃亡に成功した。

 

 当然ではあるが、彼らもまたソロモンの呪詛を聞いた。その呪詛を止めた誰かの声も聞こえた。

 

「……ゲーティアは俺たちを最後の戦いには連れて行ってくれなかったみたいだな」

「縁起でもないこと言いなさんな。それに、最後の戦いでもないでしょうよ。椰子王だが電卓の騎士だかがまだ残ってんだから。俺たちに全部放り投げるほど大将たちも無責任じゃねえでしょ」

「フリード先輩。獅子王と円卓の騎士です。ココナッツの数でも計算する気ですか? 名前はちゃんと憶えないと失礼ですよ。糞悪魔どもならともかく」

「……なんか、おまえって悪魔に対しては妙に発言に棘があるよな」

 

 彼の人生については本当に部分的にしか聞いていないが、その一部ですら悪魔を憎んで当然のもの。だから自然な発言と言えばそうなのだが、妙に意識的に言葉を過激にしている節があった。

 

「それは何というか、反省しましたから」

「反省?」

 

 微妙に文脈と食い違う言葉に首を傾げる曹操に、セイヴァーは苦笑を返す。

 

「俺はちゃんと悪魔を、三大勢力を、聖書を憎めませんでした。そのせいで、聖書は滅びの道を辿ってしまったんです。一切の言い訳を許されないほど、最悪のレッテルを貼られて」

 

 獣性ではなくとも、原罪でもなくとも、彼もまた罪を背負うものだった。

 

 救世主だからこその罪があった。神を殺しただけでは世界も人類も救えなかった。

 

「悪魔を、憎まなかった?」

「ソロモンの共犯者、初代アスモデウスと初代ベリアルは人間と異形が家族になれるような世界を願っていました。歪みがあったとしても、それだけは本心でした。俺は、ソロモンに対する意趣返しとして、神が滅んだ世界に彼らの居場所を作ろうとしたんです」

「彼らっていうのはまさか」

「ええ、悪魔と天使と堕天使です」

 

 曹操とフリードは息を飲む。滅ぼしてみせると誓ったはずだ。殺したいと願ったはずだ。魂が焦げるほどに憎んだはずだ。だが、それをこの救世主は飲み込んだ。己の中にある憎悪だけではなく、他の人間や異形にもそれを願った。

 

「寿命を差し出しました。毒を飲み、内臓を食まれ、目を抉り、迷宮を彷徨い、覚悟を示しました。残りの人生も死後も売り払いました。聖書に属さない神と魔王と人間全員を、説得しました」

 

 憎しみに縛られないでくれ。怒りに沈まないでくれ。それはソロモンが犯した過ちだ。俺たちは魔術王が望んだものとは違う未来を歩かなければならないはずだ。

 

 俺にできることなら何でもします、と救世主は三大勢力以外の生命すべてを説き伏せた。

 

 ともすれば、それは神殺し以上の大偉業。

 

「何というか、おまえ凄いな」

 

 憧れの人物に真正面から褒められたというのに、セイヴァーの顔は暗かった。当然だ。そこまでやって、そこまでの感情を尽くして、そこまでお膳立てをして、彼は最終的に失敗してしまったのだ。

 

「神の崩御から初めて開かれた世界神話会談。俺は人間の代表として出席しました。三大勢力の代表は、兄から魔王の座を継いだリアス・グレモリーでした。結果は決まっていたようなものでした。三大勢力は新世界に居場所を手に入れて、俺たちは憎悪に縛られることなく未来に歩き出せる。不平等なくらい平等な条約が結ばれる。それで終わるはずでした。でも、そこで問題が発生しました。兵藤一誠の乱入です」

「え? そっちの世界の兵藤一誠はあの俺がサマエルの毒で殺したとか言っていたような……」

「生き返ったんですよ。グレートレッドがどういうわけか、どうやったのか、兵藤一誠を復活させました」

「ん? 聞き違いかな? 場違いな名前が聞こえたような?」

 

 フリードの疑問は曹操も同意見だった。何故、この場面であの真龍の名前が出てくる? まして兵藤一誠を復活させたなどと。

 

「あのドラゴンの考えていることは一から十まで不明ですから。実際、抗議に行ったものなど誰もいません」

「まあ、色んな意味で無理だからな……」

 

 真龍グレートレッド。またの名を真なる赤龍神帝『D×D』。次元の狭間を泳ぐだけで実質無害だが、その全貌は謎に包まれている。同格なのは、この世界原産の生命ではオーフィスとトライヘキサだけだ。彼(?)と意識疎通ができたという記録は存在しないし、意思疎通ができたからと言って何だというのだ。

 

「それで、御自慢の眷属が戻ってきて、あの女、なんて言ったと思います? 俺たちはおまえたちを許すことにした。だから、おまえたちも俺たちのことを憎まないでくれ。なんて言った俺を指差して、周囲の修羅神仏に対して何てほざいたと思います?」

 

 フリードと曹操はそれぞれ別の意見を出す。

 

「恨み言じゃないか? 人間に害されたと思うなら、人間と同じ側であるはずの修羅神仏は敵と見るはずだからな」

「そこは命乞いでっしょー! タスケテーってみっともなく泣き叫んだんじゃねえの?」

「だったら良かったんですよね」

 

 あの女は、こう言ったんですよ、とセイヴァーは紡ぐ。悪魔の、否、三大勢力の滅びを確定させた女の言葉を。

 

 

 ――聞いたでしょう、皆さま! これが人間の本性です!

 ――共に、この愚か者に罰を与えるべきです!

 ――私たち異形から大切なものを奪っていった、罪深き人間に制裁を!

 

 

「――――――は?」

 

 言葉が出なかった。思考が追い付かず、理解を拒んだ。

 

「い、いやいやいや! 待て、待てよ! それは、それはいくら何でもおかしいだろう!」

「ノン、ノン、ノン。可笑しいって言うか、本当、笑うしかねえジャン?」

 

 加害者意識がないどころではない。罪悪感を抱いていないなんてものではない。

 

「掃除屋になっていた俺が言っていたぞ。邪神撤退の後、聖書の神によってあらゆる神話が滅ぼされたと! 聖書はあらゆる神話の恨みを買ったはずだろう」

「ええ。事実です。悪魔と天使と堕天使は、その狂気の例外でした。悪魔や天使は貴重な能力を持つ人間を『保護』という名目で強制的に転生させまくり、堕天使はラフムと一緒にあらゆる生命を虐殺しました。その恨み辛みは星を焼くほどに、神を殺せるほどに積み重なっていた」

「だったら――!」

「それでも、あの女は――俺たちの世界の最後の魔王は、自分を被害者だと言い張った。最後の、最後の、最期まで」

 

 自分たちが悪意で滅ぼそうとした修羅神仏が、自分たちの味方に成り得る同類だと、悪魔や天使と同じ人間の被害者だと認識していたと? 世界が、あらゆる生命が自分たちを憎んでいると自覚していなかったと?

 

 そんな馬鹿な話があるのか?

 

「その場にいた修羅神仏の皆が、ブチ切れました。だって、三大勢力はそれだけのことをした。神の手先としてあらゆる神話に悪意を向けた。獣の言いなりとして、人間も精霊も魔物も殺しまくった。特に、極東の妖怪の姫君さんのキレっぷりはやばかったですよ。俺たちの世界線じゃリアス・グレモリーは京都妖怪を『保存』するために――」

「頼む。それ以上は言わないでくれ」

「……すみません。じゃあ、この部分は省略で」

 

 本当は、聞きたくなかったのではない。彼にそれ以上言って欲しくなかった。まるで、悪魔の凶行を自分の罪のように語る彼に、これ以上辛いものを背負って欲しくなかった。

 

「で、俺は責任を取らされました。神や魔王に余計な時間を取らせた挙句、あんなくだらない妄言を聞かせてしまった罰を受けました。――悪魔も天使も堕天使も、俺が滅ぼしました」

 

 神殺しの英雄は、血塗られた救世主となった。殺戮の果てに平和な世界を実現してしまった。

 

 滅ぼしたと言っても、ある程度の数は残っている。だが、その少数ですらまともに生存する権利は与えられていない。殺し尽くすか、使い潰すか、消費するかで揉めているほどだ。

 

 無論、例外はいる。聖書の神復活時から人間側だったメフィスト・フェレス。ソロモンが悪魔の母リリスを使用して生み出しながらも、セイヴァーに寝返ったふたりの『超越者』。不死鳥ベヌンと縁深いフェニックスの一族などだ。

 

 でも、悪魔は滅ぶべきだと、今日も世界は怨嗟を上げているはずだ。

 

「俺は平和な世界が欲しかった。ソロモンが間違っていたと証明するために、奴に裏切られた共犯者――ベリアルとアスモデウスの理想を叶えてやりたかった。なのに、何が間違っていたんでしょうね」

 

 何をどうすれば、手を取り合えた?

 

 救世主は悪魔や天使、神さえ許そうとした。許してはならないのに。彼らが許されることこそが許されないのに。何より――彼らが許されたいと思われていなかった。自分たちのことを加害者だと思っていなかったのだから。

 

 差し出した手は振り払われ、諸悪の元凶だと指差された。

 

「おまえは間違えていないよ。悪いのは悪魔、と言ってもおまえは納得しないんだろうな。ああ、そうだ。あれだ、間が悪かったってやつだ」

「間が悪かった?」

「そうだ。誰が悪いってわけじゃない。きっと、皆の巡り合わせがちょっとずつ噛み合わなかっただけなんだよ。だから、おまえの――」

「治療はすぐに開始するべきですね」

 

 背後から突然聞こえたというのに、それが彼女だというのは分かった。地獄に堕ちた自分でさえ忘れなかったのだ。生きている自分にどうして理解できまいか。

 

 彼女の声は怒りに震えていた。当然だろう。自分たちはそういうことをしたのだから。

 

「……」

「…………」

「………………」

 

 曹操、フリード、セイヴァーの三人は声のした方に決して視線を向けることなく、頷き合う。

 

「二人とも、手分けして逃げるぞ!」

「りょーかい、リーダー!」

「誰が犠牲になっても恨みっこなしですよ!」

 

 ライオンに追われているインパラみたいな作戦だった。

 

 

 

 

 

 

 突然だった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 兵藤一誠は絶叫した。

 

「っんん!?」

「ああ、あああ……!」

 

 姫島朱乃や木場裕斗、ギャスパー・ヴラディ、ヴァーリ・ルシファーまで頭を抱え、呻きだした。アザゼルやリアスには何もない。

 

「黙れ、ソロモン! 何なんだよ、おまえは! おまえは、俺たちに何をしろって言うんだ! もうたくさんだ! つらいことならいっぱいあっただろうが! もう十分、人間は頑張っただろうが! なのに、なのに、なのに、おまえは――!」

 

 突然、一誠はピタリと動きを止めた。

 

「はは、その必要はない、か。そうだな。そうだよな。でも、ソロモンとは無関係に、俺には俺の義務があるんだ。やりたいことがあるんだよ、ゼパル」

 

 幽鬼のような動作で、首だけをリアスとアザゼルに向ける。鎧姿であるために表情は窺えないが、そこから発せられる感情が歪んでいることだけは明白だった。

 

「だから終わらせる。全部、ここで終わらせるんだ……!」

「成程。行くぞ、兵藤一誠! 否、ソロモン!」

 

 兵藤一誠から放たれる殺気を受けて、サイラオーグ・バアルは反射的に駆け出した。

 

 バアル家の特色である滅びの力を持たず、魔力さえ中級や下級に劣りながら、血のにじむような鍛錬による肉体の強化のみで、若手悪魔最強まで上り詰めた。

 

 目標は魔王となることで、誰もが実力さえあれば認められる社会を実現することだ。自分のように魔力がないとしても、上級悪魔の血筋でなくとも、上を目指せる冥界。彼の眷属もまたその夢に魅せられている。

 

 纏うは神滅具の一つ、獅子王の戦斧の亜種禁手、『獅子王の剛皮』。

 

 対するは、赤龍帝・兵藤一誠。ほんの少し前にあった若手悪魔の集会にて、初の邂逅を果たした。一誠とサイラオーグは同じように魔力をもたない悪魔だ。故に、戦う機会があれば純粋な戦いができると期待していた。だからこそ、この対面には悔しさすら感じる。

 

「あああああああああああああああああ!」

「どうした、兵藤一誠。邪悪な王に身体を乗っ取られたそうだな。おまえには一度しか出会っていないが――俺と同じ愚直さを感じた。その意志は、おまえのリアスへの忠誠は、仲間との絆は三千年の亡霊に敗れるほどヤワではないはずだ!」

 

 サイラオーグから黄金の覇気が迸り、一誠へと突貫していく。

 

 

「滅びなき大王よ。死者から剥いだ獅子の衣に何を飾る? 武力に沈めた同類の首級か?」

 

 拳を振るうしか能のない欠陥品が、大王だ魔王だと笑わせる。

 

 例えば、サイラオーグは少し前の若手悪魔同士の試合で、ゼファドール・グラシャラボラスを叩き潰し、再起不能にしている。彼だけではなく、多くの悪魔がサイラオーグの拳の前に沈んだ。

 

 貴様には実力さえあれば認められる社会が作れるだろう。実力がなければ蹴落とされ、暴力がなければ叩き潰される。そんな悪魔らしい冥界しか作れないだろう。

 

 

「ギャオオオオアアアアアア!」

「ぬううぅ!」

 

 赤い龍は咆哮を上げながら、サイラオーグと取っ組み合う。驚くべきことに、獅子の衣を纏ったサイラオーグですら圧倒している。

 

「聖魔剣よ、僕に力を!」

 

 木場裕斗は両手に剣を出現させる。

 

 禁手、双覇の聖魔剣。聖なる力と魔の力、その両方を持つ剣。それが聖魔剣。魔剣の力を生まれ持ち、聖剣を使うための実験に使用された木場裕斗――イザイアだからこその奇跡。不完全とはいえ星の聖剣さえ打ち破った。

 

 本来であれば龍殺しの剣が最適だ。しかし彼の練度では作り出せない。それでもいい。敵を殺すのではなく、友を助けるための戦いなのだから。

 

「行くよ、イッセーくん! はああああああ!」

 

 裕斗は持ち前のスピードを活かし、サイラオーグとは逆側、すなわち背後から斬りかかる。

 

 

「聖魔剣よ。中庸にすらなれぬ剣で何を斬る? 亡き同胞に託された未来か?」

 

 おまえの剣に死んでいった同胞たちの感情はあるのか? 復讐など誰も望んでいなかったはずだ。生きて欲しかっただけだ。ひとりでもいい。彼らの祈りを台無しにしたのは誰だ?

 

 復讐を望みながら、怠惰に生きていた。研究の責任者について調べることもなく、剣なぞ憎んだ。

 

 神はいなくとも――おまえはそこに生きているのに。同胞のおかげで生きているのに。

 

 

「――邪魔だと言っている!」

 

 裕斗の背後への攻撃が届きそうになった時、背中から突如としてプテラノドンのような翼が出現し、裕斗を振り払う。

 

「っああああ!」

「ぐああ!」

 

 裕斗が吹っ飛ばされるのと同時に、サイラオーグが力比べに押し負け、大地へと叩きつける。トドメを指そうと龍の爪を構えるが、蝙蝠の群れが視界を遮る。

 

 ギャスパー・ヴラディの仕業だ。

 

「鬱陶しい!」

 

 龍はオーラを噴出し、蝙蝠を丸ごと叩きのめす。ギャスパーの変身も解けるが、その一瞬の隙を狙うものがいた。

 

「……はあ!」

 

 塔城小猫だ。

 

 繰り出すは、『戦車』に相応しい力任せの一撃。

 

 

「猫又よ。仙術を棄てた肢体で何を成す? すべてを取りこぼす醜態か?」

 

 姉のようになりたくない。姉のように力に飲まれたくない。そう願い、仙術ではなく純粋な肉弾戦のみを鍛えてきた。

 

 しかし、暴走の可能性があるというのなら尚の事、仙術と向かい合うべきだった。爆発の仕方が分からない爆弾ほど危険なものはない。

 

 その結果がこれだ。その結末がこれだ。

 

 仙術の力を隠し続けた矮躯では、救いを求める龍に手が届くはずもないのだ。

 

 

「――何かやったか?」

「そ、そんな……」

 

 全力で打ち込んだ一撃に、何の疼痛もない様子に愕然とするしかなかった。龍は呆けたように動けぬ猫を食らおうと顎の牙を煌めかせる。

 

「雷よ!」

 

 姫島朱乃は必死だった。

 

 父が死んだ。堕天使幹部、雷光のバラキエル。母の死は父のせいだとずっと恨んできた。黒い翼のせいで母は死ぬことになったのだと。本当は、父が悪くないと分かっていたはずなのに。謝ることも分かり合うこともできず、悪しき王に殺されてしまった。

 

 だからこそ、今は立たなければならない。愛しい男性まで失うわけにはいかないのだから――!

 

 

「雷の巫女よ。光なき雷で何を照らす? 愛憎の先を取り違えた道筋か?」

 

 父を憎むというのなら、雷光に頼らぬというのなら、何故中途半端に雷など使っている。 

 

 本当は気づいているのだろう?

 

 おまえが生まれたから、母が死んだのだと。おまえが母を殺したのだ。

 

 

「目を覚まして、イッセー! お願い……! 私の自慢の下僕なら、ソロモンなんかに負けないで!」

 

 紅髪の姫君は手を伸ばす。自分たちの絆が奇跡を起こすと信じて。

 

 グレモリーは情愛の悪魔。この関係が始まって半年ほどだとしても、自分たちの絆は絶対だ。忌々しい王の呪いに負けるはずがない!

 

 

「紅髪の滅殺姫よ。滅ぼすだけの力で何を救えた? 箱庭に閉じ込めた自尊心か?」

 

 お遊戯の時間はおしまいだ。子どもの我が儘はそれまでだ。お仲間ごっこは楽しかったか? 楽しかったのは、おまえたちだけだぞ。

 

 地獄を見ろ。真実を知れ。

 

 目を逸らし、目を覚ますつもりもないのなら、おまえはそこで終わるがいい。


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