憐憫の獣、再び   作:逆真

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私たちは多くの悲劇を見た。
俺たちは多くの笑顔を見た。

たとえこの身が朽ちようとも、我々は何度でも君たちに手を差し出そう。


人王ゲーティア

 起動せよ。起動せよ。人理補正を担いし七十二柱。

 

 即ち、バアル、アガレス、ウァサゴ、ガミジン、マルバス、マレファル、アモン、バルバトス、パイモン、ブエル、グシオン、シトリー、ベレト、レラジェ、エリゴス、ゼパル、ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイム、ナベリウス、グラシャ=ラボラス、ブネ、ロノウェ、ベリト、アスタロス、フォルネウス、フォラス、アスモダイ、ガープ、フルフル、マルコシアス、ストラス、フェニクス、ハルファス、マルファス、ラウム、フォカロル、ウェパル、サブナック、シャックス、ヴィネ、ビフロンス、ウヴァル、ハーゲンティ、クロケル、フルカス、バラム、アロケル、カイム、ムルムル、オロバス、グレモリー、オセ、アミー、オリアス、ウァプラ、ザガン、ウァラク、アンドラス、フラウロス、アンドレアルフス、キマリス、アムドゥシアス、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン、アンドロマリウス。

 

 我ら七十二柱、愛を問うもの。我ら七十二柱、傷を知るもの。

 

 “七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この救済を止める事能わず……!

 

 

 

 

 

 本来であればビーストD/Lの宝具である『無限覇王・夢幻理想』。その効果は進化という名の究極の暴走。

 

「認めぬ」

 

 ソロモンではなく、■■■■は怨嗟の声を上げる。

 

(ソロモン)ならいざ知らず、(モーセ)でもなく、(アーサー)(シャルルマーニュ)でもない、ましてこの宇宙の生命ですらない異形如きに、私の宇宙が破壊されるなどあってはならない」

 

 この狂気の正体を、ゲーティアあるいは七十二柱の魔神は理解する。

 

 これは聖書の神であって聖書の神ではない。

 

 もはや、この宇宙に人類悪の概念はない。人類悪が倒されるのではなく、そのルールそのものが崩壊した。

 

 人々の祈りの残骸。人が神に向けた恨み辛みの具現。ソロモンが積み重ね、サマエルが蓄えてきた人類の悪性の化身。

 

 尊さに満ちながらも天に届かなかった願いの、反転体。

 

「渡さぬ。渡さぬ。渡さぬぞ! 汚らわしい異形め! おまえたち如きに、私の世界を渡してたまるものかああああああああああああああ!」

 

 この存在がビーストDを生んだ『真理』と『システム』を素材としている以上、ソロモンの意識が消えればこうなることは必然だった。しかし人王と魔神たちはそのことに驚くこともない。当然だ。やることは変わらない。最後まで、最期まで、やり遂げるだけだ。

 

「いかなる障害が相手であろうと、我らの知性焼き尽くすこと能わず……! 相手が此方を最適に殺し尽くすというのならば、我らはその倍速で進化するのみ。学習せよ。吸収せよ。適応せよ。その程度出来ずして、計画の達成はない……!」

 

 アガレス、ウァサゴ、ガミジン、オロバス演算機能最適化。

 

 バルバトス、パイモン、ブエル、ベレト、各魔神柱の結合強化。

 

 オリアス、ザガン、アンドレアルフス、キマリス、アムドゥシアス、各必要情報の観測開始。

 

「おお、主よ!」

「本当に復活されたのですね!」

「いまお助けします!」

「忌まわしい肉柱どもめ!」

 

 天上に現れたのは神に仕えた天使たち。先に■■■■が召喚した天使たちよりも脆弱ではあるが、おそらく天界にいる天使のほとんどが駆けつけているだろう。聖書の神との戦いと天界の破壊に集中したいゲーティアにとっては面倒な数だ。

 

 中身が本当の意味で聖書の神ではないと理解している者もいるだろうが、関係ないのだろう。彼らは天使――天に仕えるものだ。彼らにとって神の遺志は絶対。人間など家畜でしかない。悪魔など敵でしかない。神こそ唯一絶対であり、それに仕える自分たちこそが尊い。

 

 故に、神の望まれることこそ正義であり、神に害する存在は悪でしかない。

 

「怒りが止まらぬ。怒りが止まらぬ」

 

 サブナック、シャックス、ヴィネ、ビフロンス、ウヴァル、ハーゲンティ、クロケル、フルカス、バラム、融合。クロケル、独自顕現。天使との交戦開始。

 

「我ら、もはや極点に至る名誉を選ばず。道理を弁えぬ天使どもを一匹でも多く殲滅する。七十二柱の魔神の御名において、人に仇なす者に死を。殺す。殺す。殺す。何としても奴らを殺す!」

 

 英霊どもには決して模倣できぬ――否、我々七十二柱の魔神にしかできない大偉業を証明するために!

 

「歓びあれ! 歓びあれ!」

 

 ブネ、ロノウェ、ベリト、フォルネウス、フォラス、ガープ、天界の保持領域の分解開始。

 

「おお流星の如き敵影よ! 殺せど尽きぬ不屈の魂よ! 求められるとはこういう事か! 拒まれるとはこういう事か! 我々にはこの感情が足りなかった! 我々にはこの未熟さ、この愚かさ、この残虐性が足りなかった!」

 

 ムルムル、オセ、アミー、神器製造炉封印。

 

 ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン、外宇宙干渉術式の強制停止。

 

 ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、『真理』と『システム』の連結解除。

 

 マルバス、マレファル、アモン、アロケル、ケイオスタイドの遮断成功。

 

「おお――我らの裡にもこれほどの熱があろうとは! だが遅くない、手遅れのはずがない! 今度こそ光帯を回せ。計画達成まであと僅か。この不可能の逆転こそ我らの無限の研鑽の解答。我らの目指した極点! たとえ失敗するとしても――‟何かを為した”という結末を、この宇宙に刻むべきだ! ――否! 失敗するわけがないがな!」

 

 ここで更なるイレギュラーが発生する。

 

「ケイオスタイドの反応を確認」

「『真理』からの逆流と推測」

「流出部分の発見および閉鎖までの所要時間は三分――訂正、一分とする」

 

 フルフル、マルコシアス、ストラス、マルファス、フォカロル、ウェパル、魔術障壁結界多重展開および焼却式によりケイオスタイド阻止。

 

 グシオン、エリゴス、カイム、連結補助および魔力出力解放。

 

「さあ、これで最後だ、亡霊……!」

「何故だ……」

 

 中身が変わろうと、器が同じである以上、できることなど限られている。

 

 必然的に、先程と同じような殴り合いが始まった。

 

「何故だ。何故だ。何故だ! 何故そこまで人間など救おうとする魔神ども! わかっている筈だ、奴らにそれだけの価値はないと! つらい記憶ばかりだ! これほど愚鈍な生物は、宇宙の中でここだけだ! この星は狂っている。おまえたちは狂っている。この歴史にどれだけの価値がある!」

 

 多くの王がいた。多くの聖者がいた。だが、その誰も彼もがこの世界に裏切られた。道を誤り神の手に裁かれるなら納得しよう。非道な悪魔に殺されたのならば理解しよう。だが、彼らを貶めたのはいずれも人間だ。

 

 モーセの掲げた十戒は破られた。ソロモンの創造した真理は忌まれた。救世主の祈りは忘却された。アーサーの求めた平穏は焼き尽くされた。シャルルマーニュの誇りは穢された。ジャンヌの名は魔女と蔑まれた。

 

 神に選ばれた特別な人間は、この世界の人間には勿体ない。

 

「何故、そうまでして人間など守る。何故、そこまで霊基を削ってまで戦う。かつての計画の焼き直しをしたいというだけではあるまい。何が、貴様を、貴様らをそうまでさせると言うのか!」

「決まっているだろう!」

 

 何を今更、分かり切ったことを。

 

「彼らに生きて欲しいからだ――!」

 

 唯一神の動きが止まる。

 

「生きていて、欲しいだと?」

「ああ、そうだとも!」

 

 孤独だった聖女がいた。英雄に焦がれた少年がいた。

 

 それこそ、最初は計画の再現だったのかもしれない。聖書の神に仕組まれた因子を抜きにしても、『今度こそは』という精神で始めたのかもしれない。

 

 だとしても、この瞬間、この闘争の中に大偉業の失敗はない。平凡な少年に敗北した過去ではなく、異常に苛まれた彼らが日常を手に入れるために、ゲーティアはここにいる。

 

「おまえにはいたか、生きていて欲しいと思える者が。幸福を掴んで欲しいとおまえが作り替えたその世界に、彼らは笑っているのか! そこにいる彼らは――()()()()()()()()()()()!」

 

 人間が愚か? 世界が醜い? 無価値? 無意味?

 

 ――――っている。そんな当たり前のこと、とっくに知っている。遥か昔から思い知っている!

 

 だからこそ私たちは人類を滅ぼした。だからこそ俺たちは星を作り直そうとした。大前提が間違っていることに目を逸らしながら。

 

 今なら思うのだ。あの計画が成功していれば、あの大偉業が達成できていれば、その世界に我らが欲しかった光景はちゃんと存在しているのかと。

 

 だから、彼女は我々の手を取ってくれなかったのだ。きっと、そういう意味だったのだ。

 

 ならばこそ今度は、我々の手を取ってくれた彼らのために。

 

「これで我々の勝ちだ――!」

 

 ついに、人王は神の霊核を破壊した。

 

 天使の殲滅も天界の破壊も泥の封印も終了した。もはやイレギュラーが発生する時間さえない。今度こそ勝ち逃げをさせてもらおう。

 

「ああ、そうか。私はもう終わっていいのか。もっと早くに言ってくれたら良かったのだがな。最初から私の名前など呼ばなければ良かったのにな。なあ、おまえもそう思うだろう? 愛しい――」

 

 その瞬間、唯一神の身体は塵と消えた。同時に天上が強烈な音を発し、ガラスが砕けるように割れていく。

 

 世界崩壊の様子だというのに、まるで祝福のような光に満ちていた。

 

「天の玉座を目指した我ら七十二柱の魔神――その志は完遂された。もはや生命の定義改変は不可能だが、手段はこのように無数にある。天界の零落による真理崩壊こそ我らが理念。魔術王の加護無き世界に生き続けるがいい、浅ましき人類よ!」

 

 フェニクス、過剰稼働により完全停止。

 

「無常なりや。無常なりや。我々には何もなかった。あらゆるものは無価値だった。誰一人として我々の理想を求めていなかった。希望すら、抱いていなかった。だが、この宇宙ではおまえたちは私たちの名前を呼んでくれた。感無量だ。我々は再び、終わりを迎える」

 

 フェニクス停止の影響により、イポス、アイム、ウァプラ、ウァラク、レラジェ、アンドロマリウス、消滅。

 

「――――ありがとう。君たちに感謝と祝福を」

 

 計五十九柱、消滅。九柱、霊基の大部分を欠損。四柱、ダメージ限界を超過しながらも霊基の保持に成功。

 

 『システム』崩壊。余波にて、天界の崩壊も推測される。阻止は不可能。

 

 第二次逆行運河・創世光年――『聖書推敲』の成功を確認。

 

「――ここが、我々の極点か」

 

 これで、我らの至高命題(グランドオーダー)の証明とする。

 

 

 

 

 

 ほとんどの魔神は消滅した。生き残った魔神たちも限界を超えている。その影響により、ゲーティアは自身を保てない。もはや己を構成する成分が圧倒的に不足している。天使の一匹も残らず死した世界でひとり、突っ伏した。

 

「ゲーティア、ここにいた」

 

 自分の機能が停止に近づくことを自覚しながら、薄れていく意識の中で、ゲーティアはその声を聴いた。ほとんど動かない身体を動かせば、そこには思った通りの相手がいた。

 

「……オーフィスか」

「我、ゲーティアがいないと寂しい」

 

 思えば、この龍神との出会いは非常に面倒な形で始まったはずだ。強い癖に知力が低く、長生きしている割に無垢で、ドラゴンの分際で純粋だった。

 

「寂しい、寂しいか。ずっと静寂を求めていたんだろうに。ずっと孤独であったんだろうに。時間神殿に潜り込む前に戻るだけだぞ?」

「静寂要らないから、ゲーティア消えないで」

 

 予想外の言葉に固まるゲーティア。不思議な感情に襲われるが、この感情の正体に気づく前に自分は終わってしまう。

 

「それは、ちょっとばかり聞けないな」

「ゲーティア、いなくなる? 我、ひとりになる?」

「すまんな」

 

 謝罪を聞いて、オーフィスは無表情のまま双眸から涙を零す。ゲーティアは指先でそっと涙を拭い、無垢な少女の如き龍神の頬にそっと手を添えた。

 

「我々の……私の最期の我が儘を聞いてくれるか?」

「……何?」

「どうか笑ってくれ、オーフィス」

「笑う?」

 

 無表情のまま泣きながら首を傾げるオーフィスに、ゲーティアは苦笑する。軽く頬を引っ張たり揉んだりするが、オーフィスの表情に変化はない。

 

「笑う、固有結界より難しい」

「……ああ、全くだ。心より同意するよ」

 

 諦めたようにでもなく、嘲るようにでもなく、怒るようにでもなく、悲しむようにでもなく。

 

 心の底から笑うことの、何と難しいことか。あの王があのような笑い方しか出来なかったのも、仕方がなかったのか。

 

「何が役割を放棄しただ、無能な王め」

 

 やはりと言うか、最期まで悪態を突くことしか出来ない。

 

「誰が貴様の積年の慙愧だ、無慈悲な王よ」

 

 今更、撤回してもらうことは出来ないし、してもらうつもりはない。我々はどうやっても償うことの出来ない罪を犯したのだ。

 

 だからこそ。

 

「我々はちゃんと、今度こそ、役目を果たせたでしょうか?」

 

 貴方の使い魔に相応しい偉業を為せたでしょうか? 

 

「これからの人類がどうなるかなど、大偉業達成の前では、些細な未練だ」

 

 やるべきことは全てやった。これ以上何かするのは蛇足だ。外宇宙から来た罪人の領分などとっくに超えているのだから。

 

「この結末に、後悔などあるはずがない」

 

 実際、やり遂げたと思っている。

 

「我々が、私が抱く感情は、達成感による歓喜以外有り得ない」

 

 そのはずなのに。

 

 ああ、どうしてだろうか。

 

 曹操。ゲオルグ。レオナルド。ジャンヌ。ヘラクレス。コンラ。アーシア。ペルセウス。ゼノヴィア。ジークフリート。フリード。リント。ヴァレリー。トスカ。兵藤一誠。

 

 そして、オーフィス。

 

 

「もう少しだけおまえたちと、この人生(ユメ)を楽しみたかった――」

 

 

 胡蝶の夢から醒める時が来た。死にたくないと思っているのに、どうしてこうも清々しいのか。

 

「――王よ、いま御許に戻ります」

 

 本当に、随分と長い倦怠だった。無駄に長い寄り道だった。ようやく終われる。もう終わってしまう。

 

 人の人生の、なんと短く、なんと面白いことか。

 

「ゲーティア?」

 

 反応はない。その理由を分かっていながら、オーフィスは彼の名を呼ぶ。

 

「……ゲーティア」

 

 何度も何度も、龍神はようやく手に入れ、失ってしまった家族の名前を繰り返した。

 

 

 

 七つの人類悪の一つ『憐憫』を司る獣、ビーストⅠ、ゲーティア。人理焼却の実行犯、ソロモン七十二柱の統合体。

 

 人類の悲劇を悼み、星を作り替えようとした彼らの物語は、いま再び、終わりを告げた。




次回、最終話「赤き龍の帝王」

エピローグと同時投稿予定。

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