憐憫の獣、再び   作:逆真

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エピローグ

 旧時間神殿。空間を構成する魔神の大半が消滅したが故にかろうじて異空間として存在しているその場所に、二柱の魔神が向かい合っていた。

 

「五十九柱は先の天界での戦闘により消滅した」

 

 七十二柱中五十九柱。過半数どころではない。それだけの数の魔神が、人理補正式の名の下に殉職した。

 

 死にたかったわけではない。極点に辿り着いた先に為したいことがなかったわけでもない。それでも、五十九柱は極点への道を拓いてみせた。魔術王の御使いの生き様をこの世界に刻み付けた。

 

 フェニクスのような例外もいるが。

 

 彼らが復活するようなことはもう有り得ない。戦いの後に残った僅かな残滓さえ、あるドラゴンが『蛇』を使って回収したのだから。

 

「四柱――バアル、グラシャ=ラボラス、アスモダイ、フラウロスは異世界に跳躍した」

 

 ある者は平凡な少年への復讐のため、ある者は一度仕えた魔法少女との再会のため。ある者は、あのふたりの現実を見届けるために。

 

 英雄派とはひと悶着あった。最後の戦いに同行されなかったこともそうだが、別れの言葉さえ向けられなかった。異世界跳躍に関しても、参加の意を示すものが多かった。意外なことに曹操は最初からこの世界に残ることを選択していたが。

 

 また、あのリゼヴィム・リヴァン・ルシファーが同盟者となっている。形ばかりの同盟関係だろうが、背中を刺されないようにしてもらいたいものだ。

 

 すでに異世界への跳躍に成功した彼らだが、目的地である『F』に跳躍できたかは不明だ。それこそ、『F』に辿り着くまで様々な世界を回るかもしれない。

 

「七柱――アンドラス、シトリー、アスタロス、グレモリー、ハルファス、ナベリウス、クロケルはこの星への永住を選んだ」

 

 天界での戦いで、多くの魔神が消滅した。同時に生き残った魔神は霊基の破損が著しいものがほとんどだった。それこそ、異世界への跳躍になど耐えられぬほどに。元々この世界に居座る予定だった魔神もいるが。

 

 当初の予定どおり、アンドラスはヴァレリーを宿主にすることで存在を保っている。他の魔神もそれに倣い、ある者は天使の死体に寄生し、ある者は魔獣と融合し、ある者は人間の内部で傷を癒やしている。それでも、かつてのように不死の魔術式として存在することは不可能だろう。

 

 その限りある命をどう消費するかは、各々の選択による。ハルファスは神魔と協力関係を結んだが、対照的にナベリウスはこれからも英雄派と行動する予定のようだ。

 

「私――ゼパルは『赤い龍』の結末を見届けた後、この時間神殿跡にて槍の監視を続ける」

 

 ゼパルは、消滅を免れた。尚且つ、他の生命との融合も死体利用も寄生も選択しなかった。そして、あの宇宙への帰還も望まなかった。

 

 あの少年をあのような結末に導いた最初にして最大の要因こそが、ゼパルだ。故に、ゼパルには彼の結末を見届ける義務がある。赤き龍の最期を看取る責任がある。

 

 彼の行く末を確かめた後は、この忌々しい神殺しの槍を見張る。聖書の神はソロモンごと滅ぼしたはずだが、この槍の中にはその遺志の残滓が残っている模様だ。まして、神殺しの力は誰もが欲するもの。だからこそ、せめて次の担い手に渡るまでは魔神が見届ける義務がある。

 

「おまえはどうする、ラウム。その崩れかけの霊基で、どのような終わりを目指す?」

 

 魔神ラウム。ゼパル以外では唯一、自らの霊基のみでかろうじて自己を保ち、この星に残ることを選択した魔神である。

 

「そうだな。私は新たな生命を創り出そうと思う」

「何?」

「君も理解している頃だろう。『真理』が消滅しただけでは、聖書が消え失せただけでは、人間は救われないと」

 

 別に、人間に有害な神魔が聖書だけなわけがない。彼らが顕著に被害を与えていただけで、北欧にしろギリシャにしろインドにしろ日本にしろ中国にしろ、異形は人間に害する存在だ。無論そういう側面だけではないが、人間と自分たちを対等と考える異形はごくわずかだろう。まして、真理が消滅した今となっては。

 

 三千年の間に身の程を弁えた神魔もある程度はいるだろうが、ほとんどの神魔は三千年前の昨日を求めて暴走する可能性さえある。

 

「しかし、我らはそれを承知で聖書推敲を実行したはずだ。これより先は彼らの旅路。我らはソロモン七十二柱。その御名に誓って、異世界だとしても、ソロモンと聖書の神を止める義務がある。そして、その目的は達成された。多くの同胞が満足と納得を胸中に抱き散っていった。これ以上何を求める?」

「黙れ」

 

 ラウムはゼパルの言葉を、他の魔神の選択を絶対零度の声で否定する。

 

「黙るがいい。この程度の救済で満足した同胞(ゼパなんとか)め……!」

「続ける? そのノリ、まだ続ける?」

「あ、すまない。素で間違えた」

「出来れば故意であって欲しかったぞ」

「訂正だ。……黙りやがれ、このゼぺっなんとかが! かーっ、ぺっ!」

「ふむ、泣いていいな?」

 

 戯言を宣うゼパルを無視して、ラウムは自らの結論を吐露する。

 

「私の命題は譫妄、啓蒙、虚構を用いて、真実を終わらせること。特に、禁忌の中の禁忌、ひとりの夢を見る男が吐き出した創作神話、妄想と一致した外宇宙の高次生命体たちを利用することを考えていた」

「だが、その力の危険性は並行宇宙によって立証されている。おまえの技術が役立ったようだがな」

「如何にも。しかし、その技術は一時的に撃退しただけで終わった模様だ。聖書の神に対する逆襲に利用できなかった時点で、私が求める理想とは程遠い」

「ならばどうする? 『E』の乳神でも呼び出すか?」

「論外だ。それよりも余程参考になるものがある」

 

 我々では不可能だった。『F』でも『C』でも『E』でも、神々に人間を救うことは不可能だった。そして、この宇宙『D』でもそれは同じだった。しかし。

 

「人間。人間だよ、ゼパなんとか」

「真面目にやるのかふざけるのか明確にしよう、な?」

「すべては人間の行う事だ。神話が現実として存在する世界で、聖書や『真理』という下地こそあれど人々は偽りの神群を生み出した。どこの宇宙にも存在しない本当の意味での架空神話、グノーシス主義を」

 

 グノーシス主義。知識こそ正義であると掲げた思想。聖書から派生しながら聖書を否定した異端の宗派。

 

「アイオーンのソフィア、デミウルゴスのヤルダバオト。そのような神はどこにもいない。少なくとも我々が観測できた異世界にはいなかった。この世界の人々が外宇宙の神を見つけられるとしたら、それはむしろ『E』の下品な精霊の王と機械仕掛けの邪神のはずだ」

「…………」

「ウロボロス――無限を司る龍神であると同時に、グノーシス主義の象徴たる蛇が世界最強である理由がそこにある。人間の感情の塊であるトライヘキサが、三千年程度でグレートレッドに並んだ道理がそこにある」

 

 サマエルとソロモンはトライヘキサを生み落とした。グレートレッドはオーフィスを切り離した。どちらも、創造主の思惑など受け継がなかったが、だからこそラウムには十分なサンプルとなった。

 

「すでに神崎光也と協定は結んだ。『X×X』のメンバー、神滅具『蒼き革新の箱庭』と『究極の磨羯』の力、神秘と人理が混濁している星の現状、そして聖書との戦いの戦利品。これらがあれば神の創造さえ可能だ」

 

 いまならば出来る。この時代を逃せば次の機会はない。ソロモンによる全人類への神秘漏洩の件もあり、聖書崩壊を利用して勢力拡大の準備を進めている神群は多い。冷戦状態だからこその隙がある。『システム』が解体された以上、神滅具はこの世代で終わりだ。新しい神滅具が幾つか確認されたそうだが、それらは現在の所有者が最初で最後の所有者となる。

 

 グレートレッド、オーフィス、トライヘキサ。これらに次ぐ、新たな超次元生命体を生み出せるのはこの時代でなければ不可能なのだ。

 

「……我々はもっと早くに気がつくべきだった。我々では不可能なのだ。既存の修羅神仏では不可能なのだ。どのように愚かな神でも、どのように優しい魔王でも為せぬのだ。であれば――」

 

 我々の手にはなく、どの宇宙にもないのならば、創ってしまえばいい。

 

「私は此処に誓おう。人の為にある神を、人と共に歩ける魔王を。人と同じ景色が見える魔神ミシャンドラを生み出してみせると――」

 

 時間神殿跡からラウムの気配が消失すると、ゼパルは落胆の独白を吐き出す。人間ならば溜め息を伴うような響きを込めて。

 

「愚かな。聖書との戦いは、我らの中から脱落者を生み出した」

 

 七十二柱の中にはラウムと同じような考え方をしていたものもいるだろう。だが、その思考を持って生き残ってしまったのはラウムだけだったようだ。成功し、勝利した。故に、更に先を求めてしまった。

 

「魔神ラウム。今は無き統括局に代わって、否、ひとりの魔神としておまえに決を下す」

 

 

 ――――その妄想に滅びあれ。汝の解答は、三千年前に失敗した、と。

 

 

 何故ならば、ラウムの語った妄想は、この世界におけるソロモンの半生そのものだ。過去の人間がソロモンに願い、ソロモンが未来の人類に押し付けた原罪。それが間違いであると、『期待』がどれほど罪深いかを、この戦いで理解しているはずなのに、ラウムはその道を選んでしまった。まるで、何度も過ちの歴史を繰り返す人間のように。

 

 これが聖書との戦いの勝利の結果だというのなら。これが大偉業達成の成果だというのなら。

 

 なんと、素晴らしい(おろかしい)

 

「おまえもそう思うだろう? 我らの愛し子(オーフィス)よ」

 

 かつて人王ゲーティアが座っていた時間神殿の玉座には、人間の少女の姿を真似た龍神が座している。

 

 精神が成長したためか、以前よりも年齢を重ねた姿をしている。そして、その顔には人王が見ることが叶わなかった、年相応の少女のような柔らかい微笑みがあった。

 

「もしもミシャンドラが生まれるとしたら」

 

 もはや機能を失った指輪を眺めながら、オーフィスは興味深い可能性を提示する。

 

「その子は、(わたし)の弟妹になるのかな? ゼパなんとか」

「えー、嘘でしょ。おまえまでそのノリ? そのノリやるの?」

 

 そんなところまで受け継がなくてもよいではないか、とゼパルはちょっと凹んだ。

 

 

 

 

 

 

「……待たせたな」

「そうでもない。勝った方が、アルビオンと最後の決着ということでいいのか?」

「ああ、そういう話になった。最初に戦った場所で待つ、なんて伝言を受け取ったよ。……なあ、結局おまえの目的って何だったんだ? ドライグとしても、アーサーとしても」

「私、そして俺は、未来が見たかった」

「未来?」

「私は、ペンドラゴン家の。俺は、赤龍帝の――おまえの未来が知りたかった」

「赤龍帝? 違うよ。俺は――兵藤一誠だ」

「――――そうか」

「行くぞ、ドライグ!」

「来い、イッセー!」

 

 

 

 

 

 

「――――と、まあ、一段落だね」

「これで、魔神たちを利用した計画は終了か、メフィスト・フェレス」

「人聞きの悪いことを言わないでくれよ、グレートレッド。僕は黒幕でも元凶でもない。魔神やら人類悪やらをどうこうして何かをしたのは、あくまでもサマエルと聖書の神とソロモンだ。僕や君――抑止力に与するものはそのおこぼれをもらっただけの話じゃないか」

「救世主が生まれなくなった。悪魔が滅び、唯一神が終わった。人間の未来が、抑止力(わたし)に都合の良く動かせるようになった」

「その通り。手始めにギリシャをアステカあたりにでも焚きつけるか……。インドと中国と日本にアジア連盟を結ばせる方が先かな? どっちも、禍の団や聖書の残党をどの勢力が吸収できるかを見極めてからか。まあ、これで君の仕事は終わりだ、グレートレッド。星の未来が終わる最期の瞬間まで、次元の狭間で泳いでいてくれたまえ」

「この宇宙の真龍(わたし)はそうなのだろう。だが、別の並行宇宙の真龍(わたし)にはまだまだ仕事が残っている。……また貴様に仕事を増やされると思うと非情に不愉快だ」

「ん? 例の救世主くんが生まれた宇宙の話かい?」

「そうだ。貴様が、最新の救世主を誑かしたせいで、真龍(わたし)の仕事が増えた。下等な転生悪魔なぞの復活に、真龍(わたし)の身体を使うことになった。そして、聖書を憎悪すべき救世主に『ソロモンと同類になりたくないなら悪魔や天使を許せ』など、無茶を言うものだ」

「だけど、彼は許したんだろう? いや、許そうとしたのか」

「是である。そして、その愛をおまえは踏みにじらせた。救世主が悪魔を滅ぼそうとしているなどと、紅髪の姫を唆したことで、悪魔は徹底抗戦の泥沼にはまった」

「成程。並行宇宙と言えど、我ながら上手くやったものだ」

「シバの女王の時と同じだな。『蝙蝠』とはよく言ったものだ。ビーストX顕現の間、人類を守護しながらも、戦後に悪魔に信用されるとは。……人間から悪魔に切り替えるべきだったのではないか? 手間だろう」

「悪魔なんてどうせ何もしなくても、百年先には完全に『停止』するからね。星の未来を想うなら、絶滅危惧種なんて庇ってられないよ。さっさと滅んでくれないと邪魔でしょうがない。ならば人間の方が扱いやすくて都合がいいのさ」

「その絶滅の日ギリギリまで生存した宇宙もあったのだがな」

「赤龍帝がサマエルの毒で死に、君とオーフィスのクローンとして復活した世界線の話だね」

「ひとりの転生悪魔とその周囲の者のみが悪魔の進化の可能性を独占したが故に、悪魔全体は決して進歩しなかった。故に、滅んだ。マクロ単位で悪魔は悪魔という枠組みから出ることに失敗した。いずれ訪れる絶滅に適応できなかった」

「愚かな種族だ。人間以上に愚かだ。悪魔はもう千年ほど冥界から出るべきじゃなかった。なまじ力と知恵があった分、冥界や己を知り尽くす前に別の種族に干渉してしまった。その結果が、この冥界焼却だ」

「ところで貴様、天界崩壊から何を得た?」

「出来れば神器関係の機関を回収したかったんだけど、ゲーティアたちはそのあたりは徹底的に壊したからね。手に入ったのは、異世界への干渉装置だけだ。これで『切り捨てられた可能性』でも呼び出そうと思う。異聞帯とか言うらしい。そこの生命でも使って、神話間を上手くコントロールするさ。ゲーティアが聖書を滅ぼしたおかげで、修羅神仏が外宇宙の危険性を分かり易く理解してくれたからね」

「廃品利用が過ぎるな。不要な怒りを買うなよ」

「はあ? おいおい、どうせ廃棄品なんだ。好きに使って、勝手に使い潰して、誰が怒るって言うんだい? 誰にもそんな権利はないよ。特に、切り捨てた連中にはね」




ご愛読ありがとうございました。

拙作の反省と今後の予定については活動報告に投稿します。
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