憐憫の獣、再び   作:逆真

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絶霧による撤退後
××「実は俺は異世界人で、この世界は俺が生まれ育った世界なんだよ!」
立香「へー」
××「反応薄っ。まあ、今更これくらいじゃ驚かないか。今回のことは任せてもらっていいか? 詐欺師ムーブするけど引かないでね」
一同「いいよー」


番外編 夢の果てに死すとも・中の中

「貴様らは先程の……よくものこのことこの裏京都に姿を見せられたものよ! 皆の者、かかれ――」

「お待ちを、九重姫。そして妖怪勢力の皆様方。どうやら八坂の御大将の身に何かあったようですが、我々の与り知らぬことです」

「ほう? わざわざ裏京都に侵入しておいて、そうほざくか。おぬしらが関わっていないという証拠でもあるのか?」

「ありません。が、三大勢力――悪魔、天使、堕天使が此度の黒幕と関わっている可能性なら提示できます」

「――いま、なんと?」

「先に確認しておきますが、『魔神柱』『聖杯』『キングゥ』。これらの名称に覚えはありますか?」

「知らぬ。……聖杯というのは聖遺物じゃったか? 西洋の救世主の血を受けたとかいう」

「ああ、結構。おおよそ把握できました。では、改めて。此度の件、三大勢力の茶番であるという可能性は考えましたか?」

「馬鹿な……。京都妖怪と悪魔は間もなく同盟を結ぶ。そんな相手がどうしてこのような狼藉をしようというのか!」

「ですが、同盟に反対する意見もそれなり以上に多いのではないですか? 内部だけではなく、ぬらりひょん殿や山ン本五郎左衛門殿といった同格の妖怪勢力だけではなく、日本神話の対応も渋いはずです。京都妖怪の中には悪魔を見れば顔をしかめる妖怪も多いのでは?」

「む、むぅ。しかし、あの時の増援は悪魔ではなかったか!」

「あれは増援などではない。むしろ敵だ。マスターがいなければあの場で燃えるゴミにしていた」

「ひぃ」

「××、声が怖い。代表と言っても、相手は子どもだからね。スマイルを忘れずに」

「ああ、すまない、マスター。非礼を詫びます、九重姫」

「か、構わぬ。おぬしが悪魔に良い感情を抱いていないことは分かった。母上が同盟を望んでいると言っても、京都にもそういう輩が多いことは知っておる。じゃが、それと母上が攫われたことに何の関係があるのじゃ?」

「例えば、そう――御大将が三大勢力によって救出されたとしたらどうでしょうか? これ以上ないほど大きな借りです。反対意見が大きくとも、京都は悪魔と同盟を結ばざるを得なくなる。適当な犯人をでっち上げて、三大勢力が単独で救出したように見せかけたとして、それを見抜く手段などない」

「それは、そうじゃが……」

「禍の団の旧魔王派がどうなっているかご存知ですか?」

「少し前に暴れた件のテロリスト集団じゃな。その派閥なら魔王の血筋が全滅したとかで派閥としては瓦解したと聞いておるが」

「ええ、()()()()()()()()()()()()()()。その通りです。しかし、禍の団に所属する悪魔全員がいまの魔王たちと事を構えたいわけではありません。むしろ旧魔王たちがやられたことで、手土産を持って新魔王に媚びようとする者も多いでしょう。そういったものが働いて、禍の団の仕業に誤魔化すことは可能です」

「手土産、じゃと?」

「具体的には、進展次第では東アジアを巻き込む京都との同盟を決定的にすること、とか」

「ど、同盟はきょ、京都だけの問題ではないと?」

「前例、というものは大きいのです。『誰かがやったこと』と『誰もやっていないこと』では天地ほどの差がある。京都という日本の中でも大きな勢力が三大勢力と和平を結んだとなれば、他の妖怪勢力の和平派の声は一気に大きくなります。このうねりは日本神話を飲み込むでしょう。国単位で事が進んだとなれば、仏教関連の神仏が中心となり、中国やインドも動かないわけにはいかない」

「机上の空論ではないか!」

「ええ。机上の空論ですとも。今の段階ではね。何故なら、京都以外の妖怪勢力は比較的和平に否定的なのですから」

「それは――」

「おっしゃる通りだ。むしろ八坂様がどうして悪魔との同盟に肯定的なのか我々の中でも懐疑的な意見が出ている」

「天狗の!」

「九重様! この者達は怪しいですが、言っていることに矛盾はありません。無論、不確定要素が多いことは私にもわかります。しかし、都合が良すぎるのです。いま京都には同盟の為に四大魔王のひとり、セラフォルー・レヴィアタンが来ています。更には、堕天使の総督アザゼルも来ているのですぞ。このタイミングで八坂様が何者かに攫われた。偶然とは思えませぬ」

「もしもこの話を聞く前に助勢を申しだされたら、渡りに舟と考えることもなく受けていたでしょう」

「むしろ定石ならばこの時期だけは外すやも知れませぬ。アザゼルは、彼奴が人間の高校教員を扮しており、数日すれば京都から出ていきます。彼奴が滞在中に騒動が起これば長期間滞在する可能性もあるというのに。下手人が余程の阿呆でない限り、騒動は大きくしたくないはず」

「下手人が聖書や禍の団に関係していない可能性もなくはないですが……。もうすぐ同盟が結ばれる時期、となれば間違いなく要因の一つではありましょう」

「逆に、堕天使の総督や魔王に対する挑戦として八坂様が攫われたと誰が否定できるでしょう」

「お、おぬしら、そこまで三大勢力に反感を抱いておったのか」

「当然ではないですか!」

「奴らに家族を奪われた同類がどれほどいると」

「何が『悪魔の駒』か! あんなもの、ただの奴隷化の道具ではないか」

「出入りの許可証だけは発行しておりますが、いずれは控えたいとも考えておりました」

「まして幕末にルシファーを騙る魔王がしでかした問題は、未だに根深いのですぞ!」

「にも拘わらず最近は、駅の近くに品のないホテルを建てる始末。人間側の権利を買収していたため、手回しが間に合わなかったのは痛いですな。恥知らずどもめ」

「八坂様もそれが分かっていながらどうして……」

「お分かりですか? 第三者がこの実状を知れば、土壇場で同盟が撤回されるなんて展開も予想されるのです。――とても大きな禍根を残したまま」

「そ、そこまで大事なのか!?」

「無論です。京都には、貴女たちにはそれだけの価値がある。それをちゃんと自覚して頂きたい。聖書のことは信じてはいけない。奴らは、貴方たちから奪っていくだけだ。これまでと同じように」

「…………」

「その上で、我々カルデアは貴方たちに提案がある」

 

 

 

 

 

 

 九重との対談が終わった後、カルデア一行は屋敷の客室に案内された。茨木童子はすでに部屋にあったお茶請けの饅頭を頬張っている。

 

 突然出現した正体不明、身元不明の不審者集団に対しては破格の扱いだろう。

 

「××さん、これで良かったのでしょうか?」

 

 大きな意味での嘘は言っていないが、ほとんど詐欺だ。バレたり齟齬が出たりしたら非常にまずいと思うのだが。

 

「ああ、妖怪たちが俺たちの味方になるとは限らんが、聖書の連中に不信感を持ってくれたらそれでいい。……というか、具体的にいま、どういう関係なのかさっぱりだよ。やはり、異形の世界情勢を知りたいところだ。……この宇宙には『彼』が呼ばれなかったみたいだからな。過去の俺を頼るのは不確定すぎる」

 

 ××が言う『彼』。人理を取り戻す旅で、××は何度も奇妙な発言をしていた。まるで魔神柱と生前に出会ったことがあるような物言いだった。それも一柱だけではなく、七十二柱全員と。今考えると魔神王の存在も知っていたのだろう。問う度にはぐらかされたが、この世界が答えと考えて間違いない。

 

 そして、××が辿った歴史と違って、『彼』はこの世界に来ていないようだ。人理焼却の実行犯として消滅しながら、人類救済の人王として戦った記憶が、この世界――正しくはこの世界線にはない。

 

 京都妖怪に××の身分を明かさなかったのも、そのあたりが関係しているのだろうか。

 

『それにしても面白い世界ね。まさか現代において神秘が残っているなんて……。こっちの魔術師が知ったら移住希望者続出ね。でも科学は発展しているのよね? しかも神秘は秘匿されている。ちぐはぐを通り越して歪ね』

『同感だ。サーヴァントユニバースと比較したらまともかもしれないね。神秘の構造が全く違うようだし、そのあたりを説明してもらうことは可能かい? 実は異世界人だった××くん』

「それは無理だ」

 

 ダ・ヴィンチからの要請に、××は不可と即答する。

 

『無理? そりゃまたどうして?』

「例えば、この世界にはペルセウスの転生体がいる」

『え? ペルセウス? あのペルセウスがいるのですか?』

『やはり復讐か。いつレイシフトする? 私も同行する』

『優しく殺すなんてしませんから』

『見計らったようにメドゥーサたちが来た!?』

『なんて間の悪い!』 

『あー、もう、落ち着いて!』

 

 通信越しにドタバタと騒動が聞こえてくる。メドゥーサたち(同一人物)が暴れているのだろう。

 

「そういうわけだ。生憎、この世界の事情は其方の地雷を踏んでいることが多い。おいそれと話すわけにはいかないのさ」

『な、成程。そうよね。名前と歴史の一部だけが一致しているという感じなのかしら?』

「ああ。どういう偶然かな」

 

 その謎だけは解けなかった。自分の事後に多少はヒントでも見つかっているだろうか。と考えていると、摩耗した記憶の中から少々まずい情報を思い出す。

 

「おっと。今更で悪いのだが、ランスロット殿、沖田殿。二人には偽名を使って欲しい」

 

 名前を呼ばれたふたりは怪訝な顔をした。

 

「ん? 先程の名前被りのことと関係しているんですか?」

「まあな。お二人とも有名人だからな。ちょっとその名前は悪目立ちする」

 

 その言葉に、総司もランスロットも満更でもなさそうにする。

 

「ほほう、新撰組は世界を超えて有名ですか。仕方ありませんねえ。ええ、沖田さんは有名人ですから」

「私はこの通り最強なので、異世界の私も最強だったということですか」

「ランスロット卿、調子に乗らないように」

「まあまあ、マシュ」

「葬儀屋。京都ならば吾の名も知れ渡っているだろう? 吾は名を偽らなくて良いのか?」

「茨木は、うん、逆に必要ないんじゃないかな?」

 

 この世界の『茨木童子』のことを考えれば、名前を借りているだけの鬼だと思われるはずだ。どちらかといえば、邪気眼のような中二病設定だと認識されるかもしれないが。オタク文化の本場である日本ならば異形であってもそれは通じるはずだ。

 

 何故か胃の痛くなる××を他所に、総司とランスロットは己の偽名を考える。

 

「偽名ですか。そうですね。あ、沖田さんのことは『琥珀』と呼んでください」

「では、私は『カリヤーン』と名乗りましょう」

「……どういうチョイス?」

 

 やがて、御伴を連れた九重が部屋にやって来た。警戒心は依然として残っているが、先程と比較すればかなり薄まっている。今はどう倒そうか、ではなく、どう利用しようかという打算的な色が強い。

 

 重々しい空気が流れる中、九重が口を開く。

 

「結論から言えば、身元を証明できぬお主らを信用するわけにはいかぬ」

 

 そう言われたが、別にカルデアの面々にも不服の色はない。むしろあの話だけで信用してもらうことは不可能だろう。こうして拘束もされずに対談が許されているのは、××の話術が可能としたようなものだ。

 

「じゃが、三大勢力を無条件に信頼するのが危険であることも理解できた。そこでじゃ、お主らが母上の誘拐犯の一味ではないというなら、私たちに力を貸してくれまいか」

「力を貸す、ですか」

「うむ。お主らが只者でないことは理解している。まず、おぬしらの目的は『聖杯』で良いのじゃな?」

「ええ。聖杯と言っても、救世主の血を受けた本物でもなければ神滅具に数えられる偽物でもない。そう呼ばれているだけの、魔力の塊ですよ。それを回収するのが我々カルデアの役目です。御大将の件と関係があるかは不明ですが」

「うむ。母上を無事に救出してくれたら、聖杯とやらはおぬしらにやる。じゃが全員を自由にするわけにもいかん。半分はこちらの屋敷に残り、残りの半分は私の部下たちと母上を攫った連中を探してもらう。無論、どちらも監視をつけるぞ」

「問題ありません。誰が行くかは此方で決めても?」

「すまぬが、これには人質という意味もある。振る舞いを見ればわかるぞ。そこの橙色の髪の小娘。おまえがこの者たちの主人なのだろう? おまえにだけは残ってもらうぞ」

「では、俺と此方の琥珀殿とカリヤーン殿が大将八坂殿の探索に力を貸しましょう。我が主、藤丸立香を含めた三名はこの屋敷にいるということで」

「うむ、それで頼む」

「マスター、悪いが偶には留守番をしてくれ。マシュ、マスターを頼む」

「分かったよ」

「はい、先輩のことはお任せください」

「そういえば」

 

 話はこれで終わりの予定だったが、九重はふと気になっていた思い出す。

 

「先程お主が言っていた『土人形』とは何のことなのじゃ? 京都にも人形に憑く妖怪は多いが、土偶に憑くものなどおらぬのだが」

「……ああ、それは忘れてください。別の誰かと勘違いしていました。貴女ではない誰かにとって大切な者だった、と思ってくれたらいいです」

「うむ……。私ではない誰か、か。その者と土人形とやらはどのような関係だったのだ?」

 

 不思議とその話に食いつく九重に、××は感慨を抱きながら話す。

 

「何というか、強い姫君でしたよ。俺はとある王に出会うことで、人生を分岐したと自覚しています。あの姫様があのようになったのもあの土人形の影響なんでしょうね」

「姫君とな。私と同じか」

「ええ、クソみたいな連中のせいで、人形が守ったはずの故郷を追われましたがね。だが、あの姫様は折れませんでしたよ。憎悪を噛み締め、苦渋を飲み込んだ。いっそ泣いてしまえば楽だったのに」

 

 ――辛くないのか、だと?

 ――辛いとも。悔しいとも。悲しいとも。憎たらしいとも!

 ――だが、私は泣かぬ。

 ――彼や皆の骸を取り戻すその日まで、決して泣かぬ!

 ――もう一度、皆で京都に戻る日まで、泣いてたまるものか!

 

「俺には戻るべき故郷などありません。だから、あの生き方には一種の憧れもありました」

 

 本当のところ、××が憧れを抱いていたのは、土人形の方だった。故郷と家族を守り抜き、人王を最大限に手助けし、大切なもののために殉じた彼。そんな彼の死体が魔王の手によって辱められたと知ったのは、邪神撃退の後だった。

 

 奴らが起こした似たような事例は山のようにあった。人も魔も関係ない。神の意思こそが大義だと、奴らは暴虐の限りを尽くしたのだ。その時の不快感に思わず歯が軋む。

 

 自分は途中で終わってしまったが、彼女はあの世界で、自分の後継者たる救世主が守り抜いた世界で、ちゃんと泣けているだろうか。

 

「まあ、そんな生き方をした姫もいたのだと頭のどこかで覚えていてください」

「そうか。話してくれて感謝するぞ」

 

 退出する九重の背中を見送りながら、××は誰にも見えないように拳をぐっと握る。

 

(よし、計画通り。これで後は沖田総司とエクスカリバーの件についてふたりが耳にしないようにしつつ、特異点化の調査。マスターには人質という名の休養を取ってもらう。あとはこっちの俺が英雄ごっこを卒業していることを祈るだけだ。……昔なあ、グレートレッドを召喚する候補地のひとつに京都があったんだよなあ。ゲーティアと逢ったからやらなかったけど。大丈夫だよな? うん、昔の自分を信じよう)

 

 だが、世の中そんなに甘くない。

 

 

 

 

 

 

 京都での修学旅行初日、俺――兵藤一誠が伏見稲荷で謎の集団の戦闘を見た。丸一日何もないまま修学旅行も三日目を迎えた。

 

 アザゼル先生によれば、俺が見た片方の集団は京都妖怪らしい。どうも京都妖怪の総大将である九尾の狐が何者かに誘拐されて行方不明らしい。禍の団の一派が関わっている可能性が高いんだってさ。そうなると、俺が見たあの集団がその一派に間違いない。

 

 ちょうど三大勢力と京都妖怪は同盟を結ぶ前だったらしい。魔王少女ことセラフォルー・レヴィアタンも来ていた。先生やセラフォルー様は京都側と共同で禍の団の調査をしたいらしいが、どうも妖怪たちとの連携が上手くいかないようだ。自分たちの大将が攫われたってのに呑気なもんだぜ。アザゼル先生曰く、京都側は禍の団を俺が駆けつけるより前に戦っていたってことは、自分たちだけで解決できるって考えているらしいけど。それでも、禍の団に詳しい三大勢力と連携できた方がいいだろうに。

 

 そんなことを考えながら京都観光を楽しんでいる最中、渡月橋の近くの茶屋にそいつらはいた。

 

「おっ! 可愛い子発見!」

「どれどれ……はぁ、はぁ。ちっちゃくてかわいいなぁ」

「やめなさい、変態。まあ、目の保養になるわね」

 

 同じ班の松田、元浜、桐生がそんなことを言っていたので三人の見ていた方に目をやった俺は、そこにいる集団を見て固まってしまった。

 

 四人の少女がお茶と団子を楽しんでいる。幼い子は巫女服だが、残りの三人は袴の和装だった。

 

「九重よ、見るがいい。汝も化生ならば菓子は豪快に食らってこそよ」

「茨木殿、私は鬼ではないのじゃ。狐は神格の使いという面もあるからの。母上にも礼儀作法にはうるさく言われておる」

「むぅ、母の言いつけならば聞かねばならぬな」

「茨木さんと九重さん、すっかり仲良くなりましたね」

「うん。良かった」

「先輩の知る京都もここと同じなんでしょうか?」

「そうだね。修学旅行で一回行っただけだけど、違う世界って実感があんまりないかな。異世界っていえば、この頃の××っていまは何やってるのかな?」

「この時代の生まれには間違いないようでしたからね。若かりし日の××さんもどこかにいるはずです」

「××の若い頃か。テロリストだかレジスタントだかとして戦っていたって言うし、ビリーみたいな感じなのかな」

「人を率いていたと聞いたことがあります。案外、アレキサンダーさんのようだったのかもしれませんよ」

「逢ってみたいけどね」

「メディアさんやカーミラさんの例に漏れず、××さんも過去の自分が恥ずかしいタイプなのでしょうか?」

 

 服装は前と違うけど間違いない。あいつら、先日見た禍の団の奴らだ……! 前は制服を見ていた娘と盾を持っていた娘は京都に映える袴姿だった。角は変化か何かで隠しているんだろうけど、あの小柄な娘は鬼娘で間違いないだろう。霧使いらしき包帯男や新撰組の恰好をした娘はいない。向こうはこっちに気づいていないみたいだしチャンスか?

 

「どうしたんですか? イッセーさん」

 

 怪訝そうなアーシアに俺はそっと小さな声で教える。

 

「あそこにいる女の子たち、俺が伏見稲荷で見た禍の団の奴らだ。ちっちゃい巫女服の娘はいなかったけど」

「えっ! じゃあアザゼル先生たちに連絡をして――」

 

 と話していると、見覚えのある霧が出てきた。

 

 四つの上位神滅具の一つ、絶霧(ディメンション・ロスト)。アザゼル先生から聞かされていた結界系神器最強の力だ。

 

 見れば周囲にいた松田、元浜、桐生の三人は消えていて、俺、アーシア、イリナ、ゼノヴィアだけだった。いや、見れば例の四人もいた。慌てているようだが、霧の発動に合図とかなかったんだろうか?

 

「おまえら無事か!」

「先生っ!」

 

 黒い翼を出して飛んできたのはアザゼルだ。来てくれたのは嬉しいけど、嵐山の方で酔っ払ったロスヴァイセさんに付き合っていたはずだ。大丈夫かな?

 

「先生! あいつらが俺が伏見稲荷で見た連中です! 霧使いはいませんけど!」

「って、あれは狐の姫? 何故ここに?」

 

 アザゼル先生が四人組のちっちゃい巫女姿を見て怪訝そうな顔をする。鬼娘と盾の娘は前に見た格好になって臨戦態勢だ。巫女姿だった娘もどうやら人間じゃなかったみたいで、狐耳と尻尾が露わになっていた。……ああ、よく見ればあの時いた。確か襲っていた側の方だったはずだけど、何でこいつらと一緒に?

 

「立香殿、あれは堕天使の総督じゃ。それから、母上が攫われた時、このような霧が出たと聞いておる。となれば、あの葬儀屋殿の言っておったことは……!」

「いえ、茨木さん以下数名がそう呼んでいるだけで、××さんは本当に葬儀屋というわけでは……。それはともかく、先輩、私、この霧に非常に見覚えがあるんですけど」

「奇遇だね、マシュ。私もだよ。いつもお世話になっているやつだね」

 

 光とともにそいつは出現した。

 

「はじめまして、堕天使の総督。そして赤龍帝」

 

 制服の上から漢服を羽織った青年。その手には輝く槍があった。男の後ろには同じデザインの制服の集団が続く。状況から見て、こいつらは禍の団に違いない。

 

 おそらくは旧魔王派が力をなくした影響で行動を活発化させてきた派閥。神器所有者の人間で構成されるという英雄派! 先日、俺たちの住む駒王町にも刺客を送ってきた連中だ。

 

「曹操を名乗っている。三国志で有名な曹操の子孫、一応ね」

 

 槍を持った男――曹操は不適な笑みを浮かべてそう名乗った。

 

「この京都には実験のために来たんだが、何の偶然かアザゼル総督と噂の赤龍帝が来ているという。せっかくだからこうしてお手合わせを願いたい」

「ほう? 実験ね。だとすると、九尾の御大将を攫ったのはおまえらか?」

「ええ。彼女には我々の実験にお付き合い頂くつもりです」

「なんじゃと! 母上をどうするつもりじゃ!」

 

 ん? 母上? あの娘は九尾の大将の娘なのか。いや、だとするとどうして英雄派の連中と一緒に? 騙されて一緒にいたって様子でもないみたいだけど。

 

「ふふ、我々の実験の内容についてはお楽しみということで」

 

 そう言うと、その聖槍の男は自らの得物の切っ先を例の四人組に向けた。うん? やっぱり何か仲間にする対応ではないような気がするけど。

 

「京都妖怪の狐の姫と一緒にいたことを考えると、其方のお嬢さんたちはどこからか呼んだ援軍かな? 見覚えはないが、目つきを見ればわかる。そこそこの修羅場を潜ったエージェントだな。俺としては教会か日本神話の虎の子だと推測しているが」

「確認なんだけど、あの娘たちはおまえらの仲間じゃないのか?」

「は? 全く覚えがないが?」

「え?」

「え?」

 

 この娘たちは禍の団のメンバーじゃないのか?

 

「……おい、どういうことだ、イッセー。あの様子からすると罠でもないみたいだぞ。この霧は、おまえが見たっていう棺桶を持った包帯男が出しているんじゃないのか?」

「何の話をしているんですかな、総督殿? 棺桶に包帯?うちのゲオルグにはそんな珍妙な特徴なんてありませんが」

 

 本当に英雄派、どころか禍の団のメンバーじゃないのか? だったら――こいつらは誰なんだ?

 

「あの! 一つ質問いいですか?」

 

 オレンジ色の髪の少女が挙手していた。確か、前は制服を着ていた娘だ。

 

「その槍は、自前ですか?」

 

 質問の仕方に変な違和感があったものの、曹操は得意げな顔で応じる。

 

「ああ、よく気が付いた。これこそは最強の神滅具、最高位の聖遺物! 黄昏の聖槍! 俺が生まれ持った神殺しの力だよ」

 

 やっぱりね、と何かを考え込むように腕を組む少女。

 

「先輩、あの方の槍がどうか――――あ」

「汝ら、何に気づいて――――ん?」

 

 残りのふたりの少女も何かに気づいたような声を上げた後、変な表情を浮かべる。

 

「本当の得物は槍だって聞いたことがあるんだよね……」

「神滅具というのは一点物で、同じ時代に二つはないんでしたね……」

「世界線とやらは違うようだが、あの葬儀屋は、この時代の人間だったな……」

 

 うわあ、と三人の少女は遠い目をした。

 

「見ちゃ悪いものを見たかもしれないね」

「忘れた方がよろしいかと」

「鬼の目にも涙だ。このことは黙っておこう」

 

 何かを擦り合わせるように内輪で話し合う少女たち。何があったんだろうか。曹操も英雄派も話の内容が理解できていないようだ。本当、この娘たちは何者なんだろう?

 

「どうやら悪魔や堕天使の関係者じゃなさそうだが、君たちは一体誰だ?」

「えーと」

「問われたからには鬼としては名乗らねばなるまい。吾こそは大江山の鬼の首魁、茨木童子よ!」

 

 他のふたりが名乗ろうか迷っている間に、小柄な鬼娘が盛大に名乗る。

 

 鬼娘――茨木童子が名を出したことで、ふたりの方も観念したように自分の名前を口にした。

 

「カルデアの藤丸立香です」

「同じくマシュ・キリエライトと言います」

 

 カルデア? 何かの組織の名前か? 英雄派の頭にもハテナマークが浮かんでいるところから、禍の団の派閥とかじゃないのか? 誰かがその質問を口にする前に、何もない場所から光が裂けたように広がっていく。

 

 この現象は前に見たことがある。聖王剣コールブランドで次元を引き裂いた時の光景だ。

 

 って、ことはヴァーリチームのアーサー――

 

「無事か、マスター!」

 

 ――じゃなくて、これまた先日の包帯男だった。左手で繋がった鎖を引っ張ることで棺桶を背負うようにし、右手には一本の剣が握られていた。間違いない。あれは先日見た最強の聖剣。

 

 英雄派もそれに気づいて動揺が広がっていた。

 

「馬鹿な、あれはコールブランド!」

「聖王剣だって?」

「まさかアーサーがやられたのか!」

「あのアーサーがジーク以外の剣士に敗れるなんて考えづらい」

「貴様、何者だ!」

「――最悪だ。ぺっ!」

 

 だが、包帯男は取り合わない。一瞬だけ英雄派を見た後、地面に唾棄した。少女たちに駆け寄ってちょっと怖い声で問い詰める。

 

「マスター、何故ここにいる? 貴女は妖怪たちの屋敷で大人しくしているはずだろう!」

「いやー、九重がせっかくだから京都を案内してくれるって」

「九重姫、俺たちの身分はまだ怪しいはずでしょう。外に連れ出すのは遠慮してもらいたい」

「でも、立香殿もマシュ殿も茨木殿も退屈そうじゃったから。話してみて分かったが、皆、良い奴じゃし」

「そっかー。マスターの人たらしっぷりを甘く見ていたかー」

「……私も屋敷で何もせずいるなんて嫌じゃった。母上が捕まっておるのに」

「マシュ、おまえがいながら」

「す、すみません。その、私も先輩と京都をゆっくり回ってみたくて……」

「まあ、平穏とは無縁の旅だったからな……。バビロニアの便利屋は例外として、のんびり観光なんてしたこともなかったんだろうが――」

「おい此方を見ろ!」

 

 その声に包帯男はようやく英雄派たちを見る。何だか物凄く嫌そうだった。包帯で表情が見えないのに、その億劫さが動作で伝わってくる。

 

「……確認の質問を考えていたんだけどな。『王といえば誰だ』とか『曹操とは誰の名前だ?』とか。無駄な時間だった。本当に無駄だった。一目でわかった。分かりたくなかったけど分かった」

「何をぶつぶつ言っている? 名を名乗れ、聖王剣を持つ男。俺は神殺しの聖槍の担い手、英雄派を率いる者、曹操だ!」

「黙れ、この傍迷惑ピーターパンシンドロームが! 英雄ごっこをやる暇があったらアジトで仲間とスマ〇ラでもやっていろ。何千倍も楽しいごぼっ!」

「吐血!?」

「それもかなり盛大に!」

 

 敵味方関係なく呆然としてしまった。え? あの包帯男、本当に何で血なんて吐いたんだ? 曹操たちが何かした様子もないし。

 

「し、心配するな。ただのストレスだ、こふっ」

「どうした、葬儀屋。変なものでも食べたか?」

「未熟だった頃の俺はああだったのかとを思い出してな。あ、いや、何でも――」

「やっぱり、あれは若気の至りなの?」

 

 よく意味が分からないその言葉に、包帯男は固まった。やがて動き出したかと思えば、聖王剣を棺桶の中に仕舞い、小さく息を吐き出して棺桶を持ち上げる。

 

「ふう。――――マシュ、マスターを守れ。茨木、九重姫を頼む」

「え?」

「む?」

「聖槍起動。宝具多重展開」

 

 機械音を立てて棺桶が変形した。底の部分が開いたかと思えば、そこから大砲の砲身みたいなものが出てきた。

 

 すっごい面白いギミックだな。アザゼル先生が好きそう――

 

「貴様らを殺して俺も死ぬ! 偽・焼却式ⅩⅢ(カタストロフ・ロンギヌス)!」




一方、その頃のカルデア
所長「え、何? 何が起こったの?」←混乱中
ダ・ヴィンチちゃん「棺桶の槍がどうこうって、ああ」←察した
エミヤ「(曖昧な表情で沈黙している)」←詐欺師ムーブの後くらいに気付いた
エルメロイⅡ世「今度、酒に誘おう」←詐欺師ムーブの前から気付いていた
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