何にショックを受けたって、「神喰狼」の読み方が「かみくいおおかみ」だったことである。
本当に私がアポプスか、だと?
無論だ。無論、無論、無論、私こそがアポプスだ。エジプト神話の恐るべき怪物、原始の水より生まれた日食の大蛇、『原初なる晦冥龍』アポプスに他ならないとも。
……ああ、変わったな。自覚はある。死んでも馬鹿は治らないというが、私の場合は生き返って矯正されたのさ。いや、あれは治療と言うべきだな。
何があったか教えてやろう、ドラゴンの面汚し、性欲に塗れた赤き龍の帝王。おっぱいドラゴンと呼んだ方が正確だったか、恥知らずめ!
狂った女がいた。
我ら邪龍にとって苦痛でしかない生き方を強制した女がいた。
不愉快な女だった。理解できない女だった。あの女の一挙一動に苛立った。あの女の発言すべてが受け付けなかった。あの女を殺せぬ己を嘆いた。必ずや、その屍を食らってやると誓ったほどだ。
同時に、痛ましい女であった。憧憬を抱く人物に近づこうと強くあろうとしても、心の奥底には弱さが残った。誰もいないところで声を殺して涙を流すような女だった。
その女に、貴様は非常によく似ている。魂は比較するまでもないが、顔だけがやたら似ている。目の色が全く違うのに、別人だと一目瞭然だというのに、どうして同じ顔をしている?
醜い。醜い。醜い。醜い。醜い!
あの女と同じ顔をしながら、何故そんなに弱そうなのだ? 何故そんなに脆そうなのだ? 何故そんなに薄っぺらく、壊しやすそうなのだ? あの女とは違って食べやすいのだろう。しかし、まずそうだ。おまえのようにまずそうな生物は見たことがない!
どんな生き方をしたら、そんなに気持ち悪くなれる? 醜い、気色悪い、小汚い、みっともない。その歳になるまで、誰かに身体の洗い方を教わらなかったのか? 土臭い、汗臭い、垢臭い。消毒液臭いあの女の方がまだ心地良かったというもの。まさか手の洗い方も知らぬなどほざくまいな?
なあ、失敗作。おまえは何を望んでこの意味不明な状況に私を呼び出した? ん? 私のこの反応は意外だったか?
ああ、おまえの判断は正しいぞ、失敗作。私だからこそこの愚物どもを前にして落ち着いていられる。グレンデルなら、ニーズヘッグなら、ラードゥンなら、八岐大蛇なら、アジ・ダハーカなら、この気持ちの悪い小娘を視界に入れた途端暴れただろうさ。
あの女に似ているとはそういうことだ。
……八つ当たり? ああ、八つ当たりだとも、何故か悪魔や天使になっている聖剣使いども! ああ、おまえたちもそうだな、何だ? 人間としての誇りはどこにやった? 人間以上の存在に成り下がって、どんな気分なんだ? どうして好き好んでそんな劣等種に転じた? 人間と違って悪魔や天使の長所はひとつしかないというのに。
それは何かって? 決まっているだろう。
壊れやすいところだ。
■
哀われな男の夢を見た。
男は幽鬼のような足取りで崩壊した都市を歩いていた。周囲には男の仲間以外に生命がいない。あるのは人間の死体、瓦礫の山、そして停止した蜘蛛のような異形ども。
異形によって破壊された都市には死の匂いが充満していた。
誰でもいい、ひとりでいい、頼むから誰か生きていてくれ、と妄言を吐きながら男は瓦礫の山を進む。己の手が傷つくのも構わず瓦礫をどかし、その下に潰された死体を見て、吐き気を堪えながら泣いて、また別の瓦礫をどかす。死体を見つけて泣く。その繰り返しだった。
諦めろ、と霧使いが諭した。
もうやめて、と聖女が引き止めた。
生き残りなんていない、と魔剣士が現実を突きつけた。
おまえには誰も救えない、と三つ首の邪龍が嗤った。
それでも男は止まらない。呪いでもかけられたように、破壊し尽くされた街で生きている人間を探す。認めるわけにはいかなかった。諦めたくなどなかった。
男が絶望のままに瓦礫の中に突っ込んだ手に、僅かに触れる温度があった。
男は必死に掘り起こし、死にかけの少年を見つけ出す。それはかろうじて生きているという状態だった。血は止まらず、呼吸は微かで、目は虚ろで、体温は低い。死神に手を引かれている。
男は懐から薬を取り出す。今後手に入る保証のない不死鳥の涙を。客観的に見れば男自身が使うべきものだ。だが、男は何の躊躇いもなく涙を少年に使う。周囲のものも涙の価値を理解しながらそれを止めることはなかった。
やがて少年は息を吹き返す。この時、この少年は死んでおくべきだった。生き残るべきではなかった。その方が楽だったのに。その方が救いはあったのに。
男は自分が少年にどんな呪いをかけたか想像もせず、少年の生に感謝を捧げた。神でも天使でもなく、少年自身に。
――良かった。本当に良かった。
――ひとりでも、助けられて。
助けられて良かった? おいおい、なんて笑えない冗談だ。まるで見当違いだ。馬鹿馬鹿しい。ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
誰がどう見ても、
助けられたのは、
おまえ自身だろう?
「――聞いているのか、曹操」
「当然だ。聞いているとも」
「で、ヴァーリたちに連絡を取った結果、アーサーは死んでいないんだな?」
「ああ。当然聖王剣が奪われたなんて話もないようだ。嘘を言っている様子はなかった」
「それじゃあ、あの男の持っていた剣は一体」
「聖王剣のレプリカなんじゃないの? 確か教会の方でエクスカリバーや聖魔剣のレプリカを作ろうとしている動きがあるんでしょう?」
「それは有り得ない。あれは次元を裂いた。あんな芸当がレプリカに出来るとは限らない」
「じゃあ何だってんだよ。だいたい、その男がどこの誰か分からない内に引き上げちまったんだろう?」
「何だっていいさ。俺たちが真の英雄であると証明するための試練の一つだと思えばいい。じゃあ行くぞ。今日という日のために生きてきた」
くだらない。くだらない。くだらない。
俺は人助けなんてちっぽけなことをしたいわけじゃない。この槍に相応しい大業を為したいんだ。この名に釣り合うだけの称賛が欲しいんだ。
「――さあ、英雄になりに行こう」
でも何の為に?
■
「――は!」
俺――兵藤一誠は目が覚めた。
「いつつ、ここは……?」
ここはどこか見渡してみれば、京都で滞在中のホテルの部屋だった。緊急事態に備えて俺だけ貧相な和室にされたんだよな……。松田や元浜でさえ豪華な洋室なのに。
なんだか身体が痛いなと思って記憶を辿ってみる。
――何だ、この気持ちの悪い小娘は。こんな醜い生物は見たことがない
そうだ。あの変な包帯野郎の棺桶から出てきたドラゴンがアーシアに変なことを言うから、殴りかかってやったんだ! えーと、そこからの記憶がないんだけど。
『……あの時、おまえはアポプスに返り討ちにされたんだ』
え、マジかよ、ドライグ!
『ああ、大真面目だとも、相棒。というか、何でアポプスまであの不名誉な仇名を知っているんだ! 奴の口ぶりからして他の邪龍もあの棺桶の中にいるのだろうし……。よ、よりにもよって邪龍に、ドラゴンの面汚しだの、恥知らずだの……』
じゃ、邪龍? 何だよ、それ。普通のドラゴンとか二天龍とかとは違うのか?
『説明が長くなるからそのあたりはアザゼルに聞け。簡単に言えば、頭の螺子がはまってすらない凶暴なドラゴンの総称さ。滅ぼされるに相応しい理由があった』
そりゃ怖いな。
しばらくすると、皆が部屋にやって来た。俺は開口一番にアーシアに謝った。
「ごめんな、アーシア。俺がいながら、アーシアにあんなひどいことを聞かせるなんて」
それを聞いて、アーシアは俯いた。
「だ、大丈夫です。それよりイッセーさん、一応聞くんですけど、私って臭いですか?」
「え? 何言ってんだよ! アーシアはいつでもとっても良い匂いがするぜ!」
「そうですか。良かったです」
あからさまに安心した様子のアーシア。俺が気を失っている間にまた何か言われたのか? ちくしょう! 俺の可愛いアーシアをいじめるなんて絶対に許さねえ。邪龍だろうが英雄だろうがぶっ飛ばしてやる!
話題は当然、英雄派と『カルデア』って奴らの話だ。
「殴りかかったイッセーを一撃で気絶させた後、アポプスは言いたいことだけ言って棺桶の中に戻りやがった。結局、あの包帯野郎や嬢ちゃんたちの正体は不明だ。京都側も話しちゃくれねえ。要約すると、御大将のことは自分たちでどうにかするから勝手に観光を楽しんでいろだとさ。禍の団が関わっている以上、京都だけの問題じゃねえだろうに」
俺が気を失っている間のことを説明してくれて、アザゼル先生がこう続ける。
「だからこそ、こっちも援軍を呼ぶことにした。京都に顔が効く悪魔にな」
「京都に顔が効く悪魔……もしかして師匠ですか?」
「そういうことだ。グレモリー領でのトラブルも解決したみたいだからな。サーゼクスに無理を言ってこっちに来てもらうことになった」
木場の師匠? 確かサーゼクス様の『騎士』なんだっけ? 夏休みの合宿中に稽古をつけてもらったこと以外は知らないけど……。
「あいつもホテル建てるくらい京都のことは気に入ってんだ。下手なことされるのは嫌なんだろうな」
部長のお母さんも京都の漬物が気に入っていたし、グレモリー家は本当に親日家だな。部長の大好きな京都を俺が守らないとな。なのに、あの包帯男も京都妖怪もあんな態度なんだもんな。ちょっとは仲良くしてくれよ。
「軽く調べたがあいつらの言う『カルデア』って組織はなかった。いや、近い名前の組織はそれなりの数があったんだが、あいつらの正体ってなると違うっぽいんだよなぁ」
「偽名を使ったってことですか?」
「分からん。調査が足らんだけかもしれんし、できたばかりの組織で名が知られてないだけの可能性もあるからな。……イッセー、確認しておくがあの包帯男が霧を使うところをおまえは本当に見たんだな? 見間違いとかじゃなくて?」
「当たり前じゃないですか! 先生は俺を疑うんですか?」
「そうじゃねえよ。ただ、そうなると英雄派の霧使いとは別に絶霧があることになる。まあ、あの包帯男の方がレプリカって可能性もあるが……」
「あ! そうだ、思い出した。先生、あの包帯男はあの棺桶から霧を出してたんですよ。あのアポプスって奴も棺桶から出たし、あの棺桶には何か細工があるんじゃないですか?」
「だが、あの棺桶は聖杯の禁手っぽいしな……。いや、待てよ。仮に禁手だとしてもあれだけ長時間常時展開している理由は何だ? コールブランドも棺桶の中にしまっていたし、イッセーのアスカロンみたいに合体させているのか? うーん」
首を捻る先生。それを見て、イリナが悪戯っぽく言う。
「案外、あの包帯男さんの棺桶は聖杯と絶霧が入っているだけの入れ物だったりして」
「しかし神滅具はひとつしかない。聖杯はともかく絶霧は英雄派に所有者がいる。英雄派から奪った、わけでもなさそうだ。英雄派が所持しているようだからな」
「冗談よ、ゼノヴィア。有り触れた神器ならともかく神滅具の所有者が同じ時代に何人もいるなんてありえないんだから」
「――同じ時代?」
アザゼル先生はその言葉が引っかかったのか、何度か繰り返す。
「同じ時代、同じ神滅具、違う時代? 神滅具は同じものはひとつしかない……。しかし、過去あるいは未来のものを持ってきたとしたら……? いや、そんな馬鹿な……。だが、だとしたら、英雄派の計画を知っていた辻褄も……」
「あ、アザゼル先生?」
「そうか! あいつらの正体は――未来からの来訪者か!」
一瞬、アザゼル先生が何を言っているのか分からなかった。
「み、未来ですか?」
「ああ。俺自身、突拍子もない考えだとは思う。だが、そうなると色々と辻褄が合うんだよ。あの包帯男は英雄派が何らかの龍殺しをグレートレッドに使うことを知っていて、更にそれがグレートレッドには通じないと言っていた。真龍がドラゴンじゃない云々は哲学を気取った戯言のように聞こえたが、あの男にとっては実証された真実だとしたら? この後、グレートレッドに英雄派の龍殺しが使われた結果を知っていたとしたら?」
「ええ!? じゃあグレートレッドはドラゴンじゃないんですか?」
「英雄派の用意したっていう龍殺しが効かなかったらいいんだけどな。反対に、本当にグレートレッドが倒されたとも考えられる。当然、グレートレッドが倒された場合、オーフィスの望みが叶うだろうが、次元の狭間は均衡を崩し、世界は滅茶苦茶になる。あいつらの目的がそれを阻止することだとしたら?」
た、確かに。グレートレッドはドラゴンじゃない、なんて俺は変な考え方をする奴がいる程度にしか思わなかった。だけど、俺のこの考え方が古いものだとしたら。
「ですが、アザゼル先生。あの人たちは……いえ、あの包帯の人は明らかに三大勢力を敵視していました。先生や私たちに怖い目をしていました。ひどいことも言われました。未来から来て、世界の均衡を守ろうとしている人がどうしてあんなことを」
「そ、そうですよ! アーシアの言う通りです! 先生の言うような奴らなら、どうしてアーシアみたいな可愛い女の子を怖がらせるような真似をするんですか?」
「決まってんだろう。あいつらが聖書の敵だからだよ。おそらく英雄派の計画を阻止するついでに、京都と俺たちとの同盟を妨害しようって腹なんだろう。何より、邪龍を使うような奴らだ。真っ当じゃねえだろう」
ドライグの言っていた『頭の螺子がはまってすらいないドラゴン』か。確かに、そんなのを使っているなんて怪しい。
「でも、どうしてですか? 三大勢力との和平は禍の団対策としても重大なはずでしょう! オーフィスって脅威と戦うためには変な拘りは捨てて手を取り合わないといけないって、馬鹿な俺でもわかりますよ」
「重大だから、ですね」
木場からの指摘に、アザゼル先生は首肯する。
「ああ。京都との同盟が上手くいけば、これを皮切りに日本中の妖怪勢力との和平が良好な方向に進む。反対にここでご破算になれば、あちこちとの同盟が滞る。ちっ。面倒なもんだぜ」
そ、そんな。前に戦ったロキみたいなもんか。旧魔王や英雄派みたいな禍の団だけが皆の平和を壊してくるわけじゃないのか。ヴァーリ・ルシファーが、俺にとっての平和が誰かにとっては苦痛になるって言っていたけど、そういうことなんだろうか。
「いや、そもそもあの包帯男が未来の禍の団の一員なのかもしれん。英雄派の連中が見覚えがなさそうだったのは、いまはまだ構成員ではないか、変わり果てているかのどっちかって可能性も……うん、ちょっと待て」
アザゼル先生は魔法陣を展開する。どこからか連絡だろうか? しばらく連絡を取り合うと気合いの入った表情で俺たちを見渡した。
「巨大な結界空間の出現も確認されたみたいだ。本来ないはずの気の流れが二条城に集中していると来てやがる。動きからして禍の団だと見て間違いないみたいだな。行くぞ、おまえら! 俺たちをコケにするってことがどういうことか教えてやる!」
よっしゃ! あの包帯野郎と邪龍ってやつに目にもの見せてやるぜ! 俺はおっぱいドラゴン! 冥界のヒーローだからな。あんな奴らに負けたままだなんて知られたら部長に恥をかかせちゃうぜ。
あ、そうだ。機会があったらあの娘たちに『洋服破壊』をして、その裸体を拝ませてもらう! 女子の風呂を覗けなかった分、消化不良だったんだよな。ついでに巨乳だっていう九尾の大将を救出して、エロエロなご褒美をいただくぜ!
■
その場には、カルデア一行の姿があった。英雄派を退け、××がどうにかアザゼルたちを退かせた後、沖田やランスロットと合流した。
「それでは先輩、作戦を確認しましょう」
マスターである立香、サーヴァントのマシュ、××、沖田、ランスロット、茨木童子の他に巨大なドラゴンの姿があった。
邪龍アジ・ダハーカ。通常であれば邪龍はサーヴァントとの折り合いの問題もあって出せない状況が多々あるのだが、今回レイシフトした面々には特に問題がなかったため、こうして出現させてある。この三つ首の邪龍こそ今回の作戦の要だ。
「絶霧によって作られた結界空間にアジ・ダハーカの魔術で侵入。これは私とマシュと沖田さんとランスロットで行く。大将である八坂さんに何らかの術式が施されていた場合、アジ・ダハーカに解呪してもらうという手筈ってことで」
「結界外にいる英雄派の戦力は俺と京都妖怪たちが担当する。おそらく魔獣創造で出てくる魔獣どもがメインになるだろう。何、敗北はない。何せこっちにも同じ神滅具があるんだから」
すでに英雄派と××の関係性は、あの場にいなかったランスロットや沖田総司にも伝わっている。それ故に、ランスロットは気まずそうに問う。
「しかし、良いのか、××殿。これから私たちは過去の貴殿やその仲間と戦うことになる。最悪の場合――」
「いいんだよ。それで」
その声音は重々しい。
「俺だと余計な手心を加えそうだからな。あの馬鹿どもはここで全員終わるか、誰かを失って変化しないといけないのさ。見るべき夢が違うのだと、もっと早くに、気づくべきだった。誰かに教わる前に、知るべきだった。こうしてひとつの勢力に洒落にできない迷惑をかけているんだ。運が悪かったじゃ済まされない」
馬鹿は死んでも治らないのさ。と××は吐き出した。
ランスロット自身、過去の己に出会ったとして何をしてやれるかなど未知数だ。アグラヴェインは無理でも、ガレスやガヘリスを斬らずにギネヴィアを助ける方法はなかったのかと足掻くかもしれない。だが、己と××を比べるのは酷というものだ。
この世界線の××は、言うならばアーサー王に出会わなかった湖の騎士のようなもの。葛藤や後悔を抱くなど、根本から間違っているのだ。
「我々がアジトを発見していればこうなる前に事件解決となったのですが……。くっ! こうしている間も御大将の身に危険が迫っていると思うと騎士として憤りを感じずにはいられません」
「やたらやる気があったかと思えば、やはり九重さんのお母さんが未亡人だからですか? 御姿を描いた絵を見せてもらいましたが、実にランスロット卿の好みでしたよね」
「ご、誤解だ、マシュ。外見や身分は関係ない。私は純粋に騎士としてだね――」
「沖田さんたち側の成果と言えば、痴漢を撃退したことくらいですね。あ、ちなみになんですけど、どうもこの数日で連続して発生していた痴漢事件の真相は、奇妙な玉が原因だったんですよ」
「奇妙な玉?」
「ええ。何故か微妙に我が王と似たオーラを感じて腹が立ちましたので、アロンダイトで念入りに破壊しておきました。龍の属性があったようで斬り易かったです」
それを聞いた立香は本当に神秘の残っている世界なんだと感心していた。同時に、その変な玉が新素材だったらどうしようとも不安になった。
「それにしても、アジ・ダハーカさんの魔術はすごいですね。剣を振るう以外は女性を口説くしか能のない自称最強の騎士とは大違いです」
ランスロットが抗議の反論を口にする前に、邪龍が大笑する。
『この程度の結界、突破したところで自慢にならねえよ』
『でもマシュちゃんの声援は有り難くもらっておきます☆』
『サンキュー、サンキュー』
「マシュ、あまり調子に乗らせるな。ほとんどの特異点で、この駄龍の魔法は『便利』の域を出なかったじゃないか」
『誰が駄龍だ、失敗作が!』
『この役立たず!』
『あーほ、あーほ!』
中心の首だけではなくコミカルに振る舞っていた両サイドの首まで全力の嫌悪感を剥き出しにして××を罵倒する。××も慣れたもので鼻で笑い返すだけだ。
「あははは」
「相変わらず仲が悪いですね。そこまで仲が悪いのにどうして邪龍の皆さんは××さんに従ってくれるのでしょう?」
『そりゃ違うな、マシュ嬢。俺はこの失敗作に仕えてんじゃねえ。ある女の遺言を守っているだけだ。この失敗作がてめえの罰を俺たちに肩代わりさせたり、あの女のことを忘れたりしたら、その場でオサラバできんだけどよ。いい加減、この腐れ縁も終わってくんねえかな』
心底不愉快そうに言う三つ首の邪龍。照れ隠しでも建前でもない。正真正銘の本音だった。この男がさっさと諦めてしまえば、英霊の使いなどという似合わない役割も御免できるというのに。
『じゃ、マスター殿たちを送ってくるぜ、精々死んどけ、失敗作』
転移しようとしたその時だった。
「立香殿!」
突然立香の背中におぶさるように飛びついた小さな影があった。相手の声でその正体を察した立香は驚きのままその名を口にする。
「九重!」
「九重さん、危ないので裏京都にいるようにと――」
「母上は私が救いたいのじゃ! 頼む! 連れてってくれ! お願いじゃ!」
立香はマシュや××に視線で問う。返答はいつものように「貴女のお好きなように」だった。
「安心せよ、九重。汝の母は吾が助けてやろう。あ、謝礼はマカロンで頼むぞ。マシュマロやチョコレートでも良い」
「麗しい女性が悪漢に攫われたのだ。騎士の誇りにかけて救い出してみせよう」
「余計な口を挟まないでください、この穀潰し!」
「××殿、なんだかマシュのあたりがいつもよりきつい気がするのだが……」
「おそらくマスターたちと楽しく京都散策されたのをあの馬鹿どもに邪魔されたからだな。……こればっかりは本当に申し訳ない」
「よし、分かった。九重、一緒に行こう!」
『これで面子は揃ったな?』
『カルデア様御一行ご案内☆』
『レッツゴー! レッツゴー!』
立香たちが結界空間に転移するのを見送って、××は「さて」と棺桶を担ぎ直す。
「未熟だった頃のレオナルドに、本物の『怪物』を見せてやろう。――いずれおまえが辿り着けるかもしれない境地を見せてやるよ」
■
人間は弱い。
故に何か強大な力に縋らねばならぬ。故に理解できぬ存在に頼らねばならぬ。
この都市は信仰で満ちている。神社仏閣や霊山、俗に言うパワースポット。神仏とは無関係の橋や門、石像にさえ信仰が宿る。御神籤や御守り。それらに願い――欲望が向けられる。
己の金運や恋愛から始まり、願いの形は多岐に渡る。交通安全や健康、仕事の出世、商売繁盛。学業の上達、試験合格や安産の祈願。世界の平和を願うものもいるだろう。
だが、その欲望の多くは打ち棄てられる。
願った者の器が小さかったのか。願いへの想いが足りなかったのか。御布施が少なかったのか。信仰対象が力不足だったのか。欲望そのものが価値のないものだったのか、逆に身の程を弁えぬ欲望だったのか。
ともあれ、それら叶えられることのなかった欲望は、この都市に充満している。年月とともに消滅や減少はするだろうが、根本的に廃棄される量が尋常ではない。この都市に信仰対象が多いというよりは、この京都という都市そのものが信仰対象となっているからだ。
この都市は千年続いた王朝を内包してきた。この国の歴史はこの都市とともにあった。その分、この都市には決して消滅することのない欲望もまた渦巻いている。ならば、あの願いもまた廃棄されているはず。
我が命題こそは人間の欲望を知ること。かつて不要と断じたものを理解すること。全ては我ら七十二柱の敗因を理解するため。
この魔神アンドロマリウスに、おまえたちの「生きたい」という願いを捧げよ!
アンドラス「私と一緒に喫煙室を作らないか?」
フェニクス「禁煙したいので煙草メーカーをスキャンダルで潰す!」
アンドロマリウス「煙草の良しあしがよくわからんからとりあえず色々吸ってみよう」