やめて、石を投げないで! 一年以上放置してごめんなさい!
この話の続きを投稿するのが久々すぎて設定とかにミスがあるかもしれないけど許して!
「……俺の出番はないみたいだな」
と、絶霧の結界空間において、最大のイレギュラーである男は独白した。
どこか、くたびれた雰囲気の男だ。まるで、死人のような龍だ。
「ここが、ゼパルに教えてもらった世界線ってことだよな? 魔神が登場したってことは、これから乖離が始まるってことなんだろうけど」
本来あるべきだった歴史。あるいは、もしかしたら有り得ただろう歴史。
ここは似ているようで、自分の歴史ではなく、魔神のいない歴史であり、あそこにいる彼らの世界だ。自分の居場所はない。
いや、きっとどんな世界のどんな歴史にも、自分の居場所はないのだ。
主人である紅髪の悪魔を殺してから、こうして死ぬこともできずに、永遠を彷徨っている。……こんな自分を、あの女性はいつまで追いかけるつもりなのか。そこに意味はなく、どこにも価値はないというのに。
「これで『縁』はできた。次はそっちに逃げさせてもらうぜ、藤丸立香。……案外、俺を知らなくて俺の知らないゼパルやゲーティアにも会えるかもしれないな」
ともすれば、抑止力の呼びかけを受ける可能性もある。
天龍を騙りながらも堕ちることも至ることもできない自分は、果たしてどこに行くのか。少なくとも、ここが終わりではないことだけは確かだが。
「流石に、あっちまではついてこれないよな? アーシア」
そう言って、『兵藤一誠』は次のどこかに飛んだ。
そこもまた予想だにしていないような場所だったのだが、さて、彼はどこに着いたでしょう?
■
「ま、ぶっちゃけな、ヨーロッパ圏は絶対に無しだった。それらの植民地だったアメリカやアフリカもなしだ。だってどうやったって曹操の名前より聖槍の方が有名だからな。むしろ聖槍に知名度で勝てる武器なんてほとんど存在しないだろう。世界最大の宗教の最も重要な武器の一つだぞ。そんな槍を持って曹操の子孫ですなんて言っても、印象としては『聖槍を持っているなんとかって東洋人』で終わってしまう」
「それは悲惨だね」
「かと言って、中国圏も無しだ。さっきも言ったが、中国圏って意外と曹操の知名度低いんだよ。いや、そりゃ地元なら有名だろうさ。だけどな、曹操の知名度が高いってことは他の三国志の武将の知名度も高いってことなんだよな」
「そうなると何か困ったことでもあるのかな?」
「大ありだ。相手側が期待しちゃうだろ、劉備や関羽が出てくるのを」
「そうでしょうか?」
「いいや、期待する。俺なら絶対期待する。例えば、第四特異点でもモードレッドと黒い槍の騎士王殿の戦い、胸熱展開だっただろう? 特異点には時代も地域も関係ない英霊だって召喚されたが、やっぱり本場の英霊がいた方が『これだ!』感がある。……まあ、俺だってね、探したよ? 呂布や華佗の子孫か転生体がいないものか。でも見つからなかった。西洋圏の英雄ばっかり集まって、尚更ヨーロッパデビューを敬遠するようになった」
「吾、ちょっと分かるぞ。鬼救阿が猿、犬、雉を従えていたら少し……いや、やはり鬼救阿はどのようにあっても良いものだな」
「そもそもな、何で中国の英雄の末裔の俺に聖書最高位の槍を与えるかな。誰にどんな神器が行くかはランダムだと言ってもな、だったら中国神話由来の神器をくれよ! まあ、中国由来の神滅具ってないんだけどな!」
「ないんだ」
「絶霧が桃源郷や蜃気楼っぽいと言えばそれっぽいけど、霧や靄の先に別世界が広がっていたなんて御伽噺は世界各地にあるからな。個人的にはピンキリにも程があると思うぞ。獅子王の戦斧とかまあまあ意味不明だからな。あれはネメアの獅子の魂が利用されているんだが、初代ヘラクレスが倒した個体じゃないらしいんだよな」
「? ?? ??? はい?」
「マシュ、そんな宇宙猫みたいな顔をしないでくれ」
「すみません。いえ、この世界においてヒュドラやケルベロス、ミノタウロスが個体ではなく種族の名前であることは理解しているんです。だからネメアの獅子が複数体いることに違和感はないんです。ですが、その、『初代ヘラクレスに倒されたネメアの獅子』はいるのですよね? どうして聖書の神は、わざわざ別個体を神器に封印したんでしょうか?」
「知らん」
「ちなみに日本由来の神滅具はないんですか? この世界の新選組も私たちと同じような結末だったようですから所持者はいなかったでしょうが、ノッブたちの方――戦国武将ならいそうな気がします」
「確か、『黒刃の狗神』に封印されているのが天之尾羽張だったはずだ。原初の狼男リュカオンと共に封印しているせいで神性がなくなっているらしいが」
「はい?」
「だからそんな顔しないでくれ」
と、そんな風に会話する××であったが現在、彼は宙づりだった。しめ縄で縛られてマンガみたいに吊るされていた。縄の先は巨人のようなドラゴン、『大罪の暴龍』グレンデルが握っている。無論、この世界線のグレンデルではなく××の棺桶から召喚されたグレンデルである。
何故こんな状態になっているかと言えば、恐怖に打ち震える××の隙をついてアジ・ダハーカが棺桶に魔力を流し込み、聖杯を強制発動させた。そして、道連れまたは囮用の餌としてグレンデルを召喚。だが、相手はアーシア。「おや、グレンデルさん、お久しぶりですね。患者を確保してください」の言葉によりそれに従った。自分だけ逃げるつもりだったアジ・ダハーカもその言葉に従った。
そんな様子を、曹操以外の英雄派は死んだ魚のような目で眺めていた。肝心の曹操は背中を向けていた。つまり、物理的にも精神的にも目を逸らしていた。
「なあ、曹操」
「言うな」
「ねえ、リーダー」
「だから言うな」
「……じゃあ、今回はもう帰ろうか」
「そうしよう」
そして、××のことを一瞥することもなくその場から足早に立ち去る。結界空間であるため、ゲオルグが脱出用の魔法を使えばいいだけなので曹操が歩く必要性は全くないのだが、あの男から少しでも遠く離れておきたいのだろう。
そして、それを察した××は曹操に向けて叫ぶ。
「おい、この未熟者にも失敗作にもさえなれなかった大バカ者! 悪いことは言わないから、おまえの禁手は色々と改良しておけ。恥をかくことになる!」
「特異点でも使う度に……」
「やめてマスター、忘れてくれ!」
割と本気の忠告だったのだが、曹操は無視した。オリジナルの禁手、『極夜なる天輪聖王の輝廻槍』が恥ずかしいわけがないからだ。
なお、『極夜なる天輪聖王の輝廻槍』と言えば、とある世界線ではこんな会話があった。
『――さて、曹操。聖書の神の遺志が封印されている槍を取り出した気分はどうだ? 槍と一緒に自信もなくなったなら神殿に引きこもることを許すぞ』
『思ったよりすっきりしているよ、ゲーティア。心配無用だ』
『それは何より。
『当然だ。何なら貴方たちより活躍してやるさ、と言いたいところだが、流石に無手じゃな。代わりの槍を用意してくれると助かるんだが?』
『構わん。どのような槍が……いや、聖槍に近い性能にした方が馴染むのも早いか。……ところで、おまえの聖槍は禁手に至っていたそうだが、どのような能力なんだ?』
『え? 聖槍、聖杯や聖十字架と改造してたんだよな? 何で知らないんだよ』
『これまで
『そうか。だったら説明するからよく聞いてくれ。我が禁手の名は『極夜なる天輪聖王の輝廻槍』。発動と同時に出てくる七個の球体に違う異能が込められている。まず
『…………』
『…………』
『…………』
『何だ、その沈黙は。皆して黙らないでくれ』
『曹操の担当はバアルだったな。何だ、貴様! この体たらくは!』
『体たらく!?』
『すまない。全ては私のミスだ。どのような処分も甘んじて受けよう』
『な、何だよ。俺の極夜なる天輪聖王の輝廻槍に何か問題でもあるのか?』
『曹操。それは本気で言っているのか?』
『何だ? この微妙な能力のオンパレードは。これが切り札とかふざけているのか?』
『そこまで言うか!?』
『これより魔神七十二柱がおまえの禁手の問題点を指摘していく。有り難く聞くように』
『まず
『もしや防がれた時の言い訳か? この技を防ぐとはおまえ相当な手練れだな、とでも言うつもりだったのか? 定規にでもなる気か』
『自分でもわかっているなら能力を被らせるな。おまえの脳みそには攻撃しか選択肢が詰まっていないのか? さては脳筋だな』
『球体なんて安定感のないものを足場に宙に浮くな。足を滑らせるぞ』
『人型の分身? どうせおまえの技量が反映されないならスライムのような自由度の高い形にしろ』
『七つも能力があって属性攻撃がないのは得意分野がないと言っているも同然だぞ』
『強力には違いないが能力一つ一つで完結している。連携性がない。今風に言えばコンボが組めない』
『加えて言うなら、仲間との連携を頭に入れていないな。惑わすために見た目は統一しているのだろうが、それは仲間からも分からないわけだからな。集団戦では邪魔だな』
『分かるか? おまえの無駄に名前の長い禁手には、おまえが英雄になれなかった理由全てが詰まっている!』
『ぐふッ!』
『メーデー! アーシアやナイチンゲール先生を呼んでくれ!』
『え、おい、やめろ! 大丈夫だから呼ぶな』
『ゲーティア、もうちょっと手加減してやってくれ。理解してくれているとは思うけど、うちのリーダー面倒くさい奴なんだ』
『ああ。だが、問題点を理解させないと頓珍漢な性能の槍を要求してきそうでな。
『最後に
『黙れゼパル!』
『おまえには人の心がわからないのか!』
『トラウマを刺激してやるな!』
『は? トラウマ?』
『案ずるな、曹操。そこのゼパル以外は全員わかっている』
『おまえには女性に重度のトラウマがあるのだろう?』
『そうでなければ女人の能力を封印する能力など考えないだろう』
『
『何があったかは敢えて聞かないし調べない。だからおまえも早く忘れるといい』
『まさか女にトラウマがないのにこんな能力にしたわけじゃあるまい』
『もしそうならただのやばい奴じゃないか』
『……何だよ。そこまでぼろくそに言わなくてもいいじゃないか。謝れ、謝れよ!』
『どうして
『いいから謝れよ!』
『すまん』
『本当に謝らないでくれ! 惨めになるだろう!』
『おまえ、
『やはり、人間は難しい……』
もっとも、××もこの世界線の曹操も知ることのない話である。知ったところで価値はないだろう。何らかの意味は生じるかもしれないが。
「おい、駄龍。そろそろ俺を開放しろ」
『はあ? 何で俺たちが姫さんの言いつけを破らないといけないんですかー?』
煽るような物言いのグレンデル。龍の表情の変化は人間と違うはずだが、彼の目に愚弄の色が濃く出現しているのはこの場にいる誰もに理解できた。滅茶苦茶いい顔でおちょくっていた。
「あれは俺たちの世界線のアーシアじゃないんですけど!」
それを聞いてグレンデルの態度が一転する。
『知ってるわ! 聞き返すようだけど、おまえだって知ってんだろ! 俺たちがああなった姫さんには逆らえないってことをよ!』
「知っている! だからこそ今こそその呪縛を破る時だって言っているんだ! 注射器にビビる幼児じゃあるまいし、おまえたちもその恐怖に勝ってみせろ! 恥ずかしくないのかドラゴンのくせに!」
『できるなら生前にやってるわ! いや、一度滅んで復活させられて棺桶に封印されて宝具の一部になった俺たちにとって生前っていつなのか微妙なところなんだけどな』
「まあ、それは分かる」
『あと、何だ。分かっちゃいたけど、成長したら姫さんは美人になるんだな』
「それも分かる」
『けど怖い。なんか、婦長の姐さんにより近くなってねえか、あれ』
「同意しかない。というわけで、マスター。早く逃げないか?」
「あれを置いて帰るのはちょっと……」
困り顔の藤丸立香の視線の先には、針治療のようにメスを刺され続けているアンドロマリウスの姿があった。
「――これで両患者の治療が終了しました。お疲れ様です」
アンドロマリウスから感じられる暴力的なまでの魔力が急激に薄れていく。
「ああ、我はここまでだ。我
まさか、異世界に逃げ延びたというのに出くわすとは思わなかったが。それだけ強い縁が結ばれてしまったということだろう。
「ギャハハ、ハハハ、は……」
魔神の哄笑は止まり、歪な龍王の姿は元の少年へと戻る。
魔神アンドロマリウスはここに消えた。彼の身体に刺さっていたメスは急激な変化によって抜け落ちている。
「匙!」
兵藤一誠は地面に倒れた匙元士郎に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ、匙!」
「お静かに」
意識のない元士郎に触れようとした一誠を、女医アーシアは左手のひらを前に出す形で制する。そして、空いている右手で元士郎の身体の状態を確認する。
「……脈、呼吸ともに問題なし。しかし意識が回復するまでは安心はできませんね。どこか安静にできる場所は近くにないでしょうか?」
「そ、それよりも、教えてくれよ。あんた誰なんだ!」
「アーシア・アルジェントと申します。先ほども言いましたが、女医です」
「……はい?」
その名前を聞いて、一誠は呆けた。
そして、その会話が聞こえた全員が「え?」という顔をした。そして、ある少女へと視線が集まる。
「……え? あの、××さん? もしかして……」
マシュから微妙な表情を向けられ、××は引きつった表情を返す。
「お察しの通り、あそこの少女の平行世界の同位体があの女医だ。ふっ、冗談みたいな話だろう? チワワがケルベロスになったんだぞ。と言っても、俺は先生に出会った後のアーシアしか知らないんだが。こっちのアーシアを見て、『あー、生来の性格はこんな感じなんだー』って感心したくらいだ」
何とも形容しがたい表情を浮かべる××。だが、立香は自分も同じような顔をしているのだと理解できた。何故なら隣のマシュや他のサーヴァントたちも似たような顔をしているからだ。
「婦長がすごいのか、素質があったのか……」
「どっちもじゃないかなー……」
どこか捨て鉢な態度のカルデアを置いて、悪魔と女医の会話は進む。
「えっと、同姓同名――?」
「では、次は貴方たちの番ですね。大丈夫。すぐにその病気を治します」
「びょ、病気って何のことだよ。さっきも言っていたけど、俺たちは別に悪いとこなんて……」
「悪魔に転生したでしょう? それは立派な病気です」
構えられたメスを見て後ずさる一誠。悪魔に転生し最強のドラゴンの力を持つ自分が、あんな小さな刃物の何に恐怖しているのか一誠自身にも分からなかった。まして相手は女性で、純粋な人間のようだ。自分を騙し殺したレイナーレでもないのに、どうしてこんなに恐怖してしまうのか。
「便宜的に光アレルギーと呼んでいます。人間だった頃には問題なかったものがダメになる、というのは立派な病気だと思われますが?」
「あ、悪魔になることは悪いことばかりじゃない!」
「悪いものは悪いのです。価値観の押し付けは悪と言いますが、正義とは価値観の押し付けに他なりません。正しいことは、力ずくで主張するしかないのです」
だから治します、と、“この”アーシア・アルジェントは繰り返す。
「ま、待ってください、イッセーさんは――」
「麻酔!」
「ひう! きゅう……」
言葉にするべきではないほどひどいことが起きた。
「アーシアァああああ!」
「麻酔その二!」
「ぐはっ!」
人は何故、過ちを繰り返すのだろうか。もっとも、彼らは人間ではなく悪魔なのだが。
「では治療を開始します――ちっ!」
気絶……もとい昏睡状態になった一誠たちの治療を開始しようと新しいメスを取り出したが、その場から飛びのく。
何事かと思えば、次の瞬間には鮮血が舞った。
しかし血は女医のものではない。先程まで女医がいた場所に、複数の動物が混ざったような魔獣が血を流して転がっていた。
「え? いま、何があったの?」
「マスター。おそらくですが、あの魔獣があちらの女性を攻撃するために魔術的な転移をしたのかと思われます。しかし女性は転移を察知、回避と同時にメスで切りつけたのではないかと」
「立香殿、マシュ殿。あれは鵺じゃ。しかし京都のものではないようじゃが……」
「あの人間、やるではないか。一瞬で避けて一撃で仕留めるとは」
周囲を見れば鵺は一体だけではない。いつからか、鵺だけではなく様々な妖怪がいた。まるで、百鬼夜行。その百鬼夜行の中心に、浅葱の羽織を着た剣士がいた。
その剣士を見て、特にセイバー沖田総司の顔が強張る。それは浅葱の羽織を見たからか。異形の気配を察したからか。それとも、羽織など関係なく、その剣士の正体を本能的に看破したからか。
「どなたでしょう?」
女医の問いに、剣士は抜刀して答える。
「サーゼクス・ルシファーの『騎士』、沖田総司」
「理解しました。新しい患者ですね?」