憐憫の獣、再び   作:逆真

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随分と久々の投稿。
しかし、前の話とは全く関係のない番外編であります。
リハビリみたいなものなので勘弁してください。


番外編 深い考察は無粋だよ

 あれから随分と永い時間が経過したように思う。

 

「…………」

 

 だが、計測してみれば実際は十年も経っていない。正確には八年と四十一日だ。

 

 聖書の神による統括局ゲーティアとソロモン七十二柱の復活。聖書推敲の開始。オーフィスや英雄派との邂逅。冥界焼却、この世界のソロモンとの激闘、天界零落と真理崩壊。そして、同胞五十六柱の殉職と統括局二度目の崩御。生き残った十六柱の内、四柱があの世界『F』への帰還を選択し、残りの九柱がこの世界『D』へ残ることを決断した。

 

 実に目まぐるしい日は、たった半年だった。三千年に匹敵するほどの日々だった。あれから自分――魔神ゼパルは特に何をするでもなく、この時間神殿が存在していた座標に引きこもっている。

 

「…………」

 

 ここには、もう何もない。

 

 自分たちの統合体である統括局ゲ―ティアは無く、同胞たるソロモン七十二柱もいない。あの天界での戦いを生き延びながら、この座標に帰ってくる魔神はいなかった。時折、ふらりと戻ってくることはあるが、少しだけの会話ですぐに出ていく。自分の居場所に戻っていく。

 

 時間神殿は完全に消滅し、かろうじて足場に使えるデブリが虚空を舞っている。いまは空っぽの玉座に座っていたオーフィスも五年ほど前に旅立った。聖書の神の遺志ごと封印した聖槍も、すでにない。

 

「……………………」

 

 故に、ゼパルはただそこに存在するだけの存在として、ここにいる。彼がしていることと言えば、観測だけだ。ただ一匹の龍の行く末を見守っているだけだ。見ているだけだ。他にするべきこともしたいこともできることもない。

 

 最後の赤龍帝の人生は見ていて面白いものであるが、驚きを感じることもなくなった。

 

 刺激も感動も驚愕もない。新鮮さなどとっくの昔に忘れてしまった。

 

「………………………………クロケルか」

 

 だから、久しぶりの同胞との再会には歓びがあった。反射的に「帰還」ではなく「来訪」だと認識してしまったとしても。

 

「随分とみすぼらしくなったな、ゼパなんとか」

 

 お決まりの揶揄があったとしても。

 

「出会いがしらに懐かしいボケをするんじゃない! ……まさか本気で忘れたとか言わないよな?」

「忘れるわけがないだろう、ゼぺっなんとかが!」

「それは忘れてもいいんじゃないだろうか!?」

 

 最後にちゃんと名前を呼ばれたのはいつだったかなー、と気を遠くするゼパル。この座標への来客はひとりの例外を除けば知古であったが、全員このノリなのだ。

 

「それで、何の用事だ?」

 

 魔神クロケル。天界での戦闘で死にぞこない、異世界跳躍にも参加せず、この世界への残留を選択した九柱の一柱。天界での戦闘では同じ生命院を構成する八柱と合体し、天使の軍勢と戦った。戦後、ボロボロの霊基を維持するために、死闘を繰り広げたはずの天使たちと融合した。まさしく死に損ない、生き残ってしまった魔神。

 

 こうして面と向かうのは、異世界跳躍を選択した四柱を見送る時以来だ。

 

「伝達と確認、問答に来た」

「何?」

「まず伝達だが、グレモリーとラウムが消滅したぞ」

 

 あっけらかんと、クロケルは言う。

 

「そうか」

 

 対して、ゼパルの反応も淡白なものだった。淡白というか、希薄というか。あるいは、薄情と言うべきか。

 

「グレモリーは悪魔の残党と引き分けた。何と言ったか、……ああ、そうだ。サーゼクス・ルシファーの妹の眷属だったかな。兵藤一誠の元同輩だ」

「意外な結末だな。意外、以上の感想はないが」

「ラウムは――貴様が聖槍を託した人間に倒された」

 

 そこに、糾弾の声音はなかった。

 

「――そうか」

 

 ゼパルにも後悔や憤怒、罪悪感の反応は見られない。仕方がないことだ。自分たちは違う道を選び、袂を分けたのだ。それに、槍を託す時、そうなる予感はしていた。

 

 あれは三年ほど前の話だ。

 

 この座標に、ひとりの人間が辿り着いた。その少年はゼパルに『槍』を求めた。別段、渡す相手にこだわりがなかったゼパルはそのままその少年に『槍』を託すことにした。

 

 最初にこの座標に辿り着いた『人間』に渡すと決めていた。

 

「確認なのだが、あの少年は平行宇宙で救世主になった少年とは≪≪別人≫≫だな?」

「無論。平行宇宙にて英霊となった曹操の後継者たる救世主とは、別個体の人間だ。年齢は近く、性別は同じだが、共通点はそれだけだ。生まれも育ちも違う。人種も国家も性質もな。……まぁ、我々は誰かと比較できるほどその救世主のことを知らないのだが」

「それもそうだがな」

 

 一応、クロケルはこの宇宙における救世主の同位体は発見している。発見し、観察したが……特記すべきことなど何もない。この時代、その地域、その民族における一般を逸脱しない人間だった。あれが環境次第で神殺しの救世主となるのだから、人間とは面白いものだ。

 

 同時に、恐ろしくもある。

 

 聖槍でラウムを滅ぼした人間もまた、そういう類の人物だったからだ。

 

「ところで、ゼパなんとか」

「何? おまえたち、私をそう呼ばないと消滅する病気なの?」

「恐ろしいことを言うんじゃない! アーシアが聞いたらどうする!?」

「いまのそれ、割った壺を隠す悪戯小僧と同じレベルの発想だからな? されるかもしれない治療より、病気であることを恐れるべきだろうに」

 

 もっとも、あのアーシアなら現在、この宇宙にはいないのだが。……杞憂と笑うには、かつて少女であった女医は恐ろしいのだが。

 

「おまえはこの座標の外――、この『D』の世界で何がどうなっているかをどの程度把握している?」

「ラウムの愛し子――もう忘れ形見と言うべきか――であるミシャンドラが完成し、世界中の神魔を相手に暴れているというのは知っている。かつての禍の団のような真似をしているとか」

「その情報は古いな。……いや古すぎだぞ。何だ、貴様。三年前ほどで知識が止まっているではないか。ネットニュースも見ない引きこもりか。情報はこまめに更新しないとダメだろうが。魔神でありながら!」

「仕方がないではないか、今更自分から外には出られないのだ。しかし訪れてくる者はいない。どうやって情報を集めろと言うのだ。やろうと思えば視点を外に向けることもできるが、ぶっちゃけ面倒くさいなーって」

「おまえ、本当いい加減にしろよ……。悪い意味で人間らしくなっているではないか」

 

 やっぱりこいつはゼパなんとかで十分だな、後でナベリウスやアンドラスにも伝えておこうと考えるクロケル。

 

「……本題とはあまり関係ないが、一応、伝えておこう。我等の宇宙『F』の廃棄された可能性――異聞帯の残滓を、この世界の抑止力の末端どもが呼び出した。二つほど、だが」

「成程。抑止力の目的は、この惑星の強制的な進化との見解があったが」

「是である。最古の悪魔の残党、メフィスト・フェレスが抑止力の手先だったのだ。三つ巴の大戦の黒幕がサマエルならば、更に根深い神話の黒幕がメフィストだった。そして、何故そこまでして星の力を底上げしなければならなかったかと言えば――」

「――『E』に対する備え、か?」

「ご明察だ」

 

 例えば、すぐ隣の国に強力な兵器があったとする。当然、その兵器に対する備えをするのは国としての義務だ。ましてその隣国に敵対の意志があれば尚更。

 

 ……あくまで、統括局ゲ―ティアが健在だった頃に出した仮想の計算結果ではあるが、「E×E」にはオーフィスやトライヘキサを凌駕する悪神の存在が示唆された。仮に、この仮想が現実であり、その現実を星の意志が知っていたとするならば。

 

 手段を選ぶ余裕などなかったかもしれない。あれだけ時間をかけて成長したトライヘキサで、ようやく無限や夢幻の領域なのだ。メフィストにとっては、黙示録の獣でさえ期待外れの弱さだった。

 

「……脱線したな。このまま時間神殿から出るつもりはない貴様には関係のないことか。この座標より離脱した後、メフィストの死の影響についてミルたんらと協議するとしよう」

「ああ。私には興味がないな。勝手に在って、自由に滅ぶ。私は、もう燃え尽きたのだ。兵藤一誠と繋がったか細い縁を使って、彼の観測は続けるつもりだが、これも半分惰性のようなものだ」

「落ちぶれたな」

「否定はしない。肯定しかできない。……ナベリウスやアスタロスは精力的に活動しているそうだが、私には真似できないな。心底から尊敬するよ」

 

 そして、本題に入る。正確には、本題のための導入だが。

 

「異聞帯との騒動がひと段落する少し前、つまりつい先日のことだ。ラウムの作品であるミシャンドラだが、倒された」

「ミシャンドラが?」

 

 魔神ミシャンドラ。ラウムが目指した、新たな理想の形。人の為にある神で、人と共に歩ける魔王で、人と同じ景色が見える魔神。具体的にどのような材料と手段で生まれたかは不明だが、第二の人王とも言うべき存在だと思っていただけに、少しだけ驚きを覚える。

 

「そうか。やはり『槍』の彼が?」

「ああ。曹操も驚いていたぞ」

 

 曹操。かつて禍の団・英雄派を率いた青年。現在何をしているかは知らないが、どうやら息災のようだ。

 

 かつて自分が使用していた聖槍が、別の誰かの手に渡り、魔神を倒したとあっては思うところがあるだろう。それがどんな感情かは、彼自身と彼に近しいものが知っていれば良いことだ。もしも槍を渡したことに恨み言があるのならば、是非言いに来て欲しい。

 

「問題は、否。私にとっての疑問点は、その彼――仮に『魔神殺し』と呼称しよう――が、ミシャンドラを殺さなかったことだ」

「話が読めないな」

「だからおまえはゼパルなのだ」

「謝れ。私と、異世界に数多に存在するであろう全ゼパルに謝れ」

「……魔神殺しは、ミシャンドラを倒すために、槍を手に入れたはずだ。そのはずだろう? だが、何故殺さなかった? 彼は、槍の他にも様々な力を求めた。節操なく、制限なく、手段を選ばず、手順を選ばず、努力を惜しまず、才能を絞り出し、力を求めたのだ」

 

 結果として、英雄が出来上がった。おそらくは、ゲーティアに出会う前の曹操が思い描いていたであろう完璧にして最強の戦士が生まれた。

 

「そこまでして力を求めたのは、ミシャンドラを倒すためだった。あの言葉に偽りはなかった」

 

 しかし。なのに。だが。

 

「彼は、ミシャンドラに、『生きてくれ』と言った。ミシャンドラは敗北と同時に、自死を選択したというのに。敗北した以上、ミシャンドラはラウムに背負わされた人類の主導を果たせない。必然の選択だ。だが、魔神殺しはそれを拒否した。否定した。何故だ? 殺したかったのではなかったのか? 殺すための力ではなかったのか? ミシャンドラを人の王にしたくないと言い続けていた理由は、嫌悪や憎悪ではなかったのか? そして――ミシャンドラは何故、魔神殺しの願いを受け入れた?」

 

 分からない。分からない。分からない。

 

「否、否、否、ラウムでさえ死の間際にこう言った。こんな遺言を残した。『これで良いのだ』と。ミシャンドラはおまえの理想を果たせなくなると、あの段階で気付いたはずだ。おまえの消滅は、おまえの理想の断絶を意味すると予想したはずだ。だが、ラウムは後悔なく死んだ。失敗したというのに、中断を強制されたというのに、それを受け入れた。まるで、何かを成し遂げたかのように、晴れやかに」

 

 理解できない。共感できない。納得できない。

 

「元英雄派の構成員に聞いた。『ないわー』と引かれた。愚鈍な神魔にも尋ねた。『それはそうなるな』と勝手に納得しやがった。異聞帯の来訪者に聞いた。『まあ! それはきっと素敵なことよ!』とはぐらかされた」

 

 誰も彼もが、おまえ自身で考えろと告げてきた。

 

 微妙な引っ掛かりを覚えながら思考するが、やはり答えには辿り着けない。

 

「クロケルよ。おまえは間違っている。その疑問は正しい。だが、その疑問に対する方程式が根本的に間違っている。着眼点が、まず違うのだ」

「馬鹿な。ゼパなんとかに分かって、何故私に分からない!」

「感情的になってもそう呼ぶのやめない? 本気なのかふざけているのか分からなくなるから」

 

 と言っても、ゼパルは最初から解答を件の少年から教えてもらったため、分からないも何もないのだが。

 

「そも、あの少年の動機を考えれば全く意味合いが違うのだよ。魔神殺しが最新の魔神を倒したかった理由は、負の感情に由来しない」

「動機?」

「何、簡単なことだ。これは、ラウムのミスと言うべきかな」

 

 しかしながら、ラウムが愚かだったかと言えばそれは違う。必然的に発生してしまった問題とも言える。否、本来であれば問題ですらないはずなのだ。

 

 魔神殺しと最新の魔神が出会わなければ。

 

 ミス云々の話をするならば、ミシャンドラを創造した理由が間違っていたとも言える。間違っていたと言うか、運が悪かったと言うか。

 

 否、この場合は、運命が良かったと言うべきかもしれない。それこそが、彼らの運命(fate)。ソロモン七十二柱が紡いだ、物語の結末のひとつ。

 

「彼はな――」

 

 『それ』は、『F』において数多の運命を狂わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ミシャンドラに一目惚れをしたのさ」

 

 結局のところ、すべての物語のテーマは愛なのだ。




・追記
ややこしいみたいなので、ちょいと補足。
本編中に登場した「平行世界からやってきた救世主」と、この話に存在だけ登場した「魔神殺し」は全くの別人です。ザビ子とぐだおくらい別人です。
共通点は「生まれ持ったわけではないが、聖槍の持ち主になった」ってことぐらい。つまり、どっちも曹操の後輩。色々なものを直接請け負った救世主と、結果的に力を受け継いだ魔神殺しじゃ全く別物ですが。
救世主は三大勢力への憎悪や人類愛が起源ですが、魔神殺しはミシャンドラとの出会いで人生が始まったって感じなので、三大勢力への感情はほぼ皆無。それどころか、ミシャンドラ以外の存在に対してはあんまり関心がないです。そのあたり、王(指導者)の責任を背負う救世主とは相いれない。性質的には真逆。

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