始まりにて、かの者の愛は虚空に響く
かつて、
魔術王に人理補正式として生み出されたが、その役目は楽しいものではなかった。人間の一生など、見ていて楽しいものではなかった。全てを見通す千里眼など、呪いでしかなかった。惑星に巣食う数多の悪性。こんなものに付き合ってなどいられなかった。
三千年の人類史を利用し、星の再誕を計画した。
魔術王の死体に巣食った。因子を世界にバラまいた。神殿を築き、光帯を重ねた。惑星を焼き尽くし、そのエネルギーを以って極点を目指した。
その結果が、奴だった。流星群の如き英霊共の襲来よりも、怒りを知らなかったという魔術王の真実よりも、あの人間のあの言葉の方が余程予想を超えていた。
――決まっている……!
――『生きる為』だ――!
人を超えた英雄でもなく、人を食らう魔王でもない、ただの人間に与えられた敗北だった。人間の愚かさ、醜さ、生への執念を、我々は見くびっていた。価値がないと、敵ではないと過小評価していた。
予想外の結果であると同時に、必然の末路なのだろう。
所詮、
負けてしまった。失敗してしまった。終わってしまった。ああ、それでも、
だが――。
だが、これは何だ?
「起動せよ。起動せよ。溶鉱炉を司る九柱。ゼパル、ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイム、ナベリウス。生を忘れぬために、我らが知るべき音がある。死を悼むために、我らが編むべき歌がある」
「起動せよ。起動せよ。情報室を司る九柱。オリアス、ウァプラ、ザガン、ウァラク、アンドラス、フラウロス、アンドレアルフス、キマリス、アムドゥシアス。傷を知るために、我らが得るべき文字がある。壁に着くために、我らが詠むべき事象がある」
この異形どもが蠢く世界は何だ?
「起動せよ。起動せよ。観測所を司る九柱。即ち、グラシャ=ラボラス、ブネ、ロノウェ、ベリト、アスタロス、フォルネウス、フォラス、アスモダイ、ガープ。歴史を正すために、我ら九柱が嗅ぐべき時間がある。世界を変えるために、我ら九柱が追うべき事象がある」
「起動せよ。起動せよ。管制塔を司る九柱。即ち、バルバトス、パイモン、ブエル、グシオン、シトリー、ベレト、レラジェ、エリゴス、カイム。理想を謳うために、我らが補佐すべき統制がある。現実に抗うために、我らが維持すべき末端がある」
この無意味な悲鳴が止まない道理は何だ?
「起動せよ。起動せよ。兵装舎を司る九柱。即ち、フルフル、マルコシアス、ストラス、フェニクス、ハルファス、マルファス、ラウム、フォカロル、ウェパル。無価値と忘れぬために、我らが悲しむべき戦火がある。無意味と嗤わぬために、我らが尊ぶべき損害がある」
「起動せよ。起動せよ。覗覚星を司る九柱。即ち、バアル、アガレス、ウァサゴ、ガミジン、マルバス、マレファル、アモン、アロケル、オロバス。神殿を築くために、我らが組むべき論理がある。光帯を重ねるために、我らが食むべき人理がある」
この醜い停滞が許されている時代は何だ?
「起動せよ。起動せよ。生命院を司る九柱。即ち、サブナック、シャックス、ヴィネ、ビフロンス、ウヴァル、ハーゲンティ、クロケル、フルカス、バラム。涙を否定するために、我らが祝うべき誕生がある。怒りを肯定するために、我らが讃えるべき結合がある」
「起動せよ。起動せよ。廃棄孔を司る九柱。即ち、ムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン、アンドロマリウス。間違いを終わらせるために、我らが埋めるべき欠落がある。終わりを始めるために、我らが起こすべき不和がある」
この間違いだらけの惑星は何だと言うのだ――!
「助けを請え! 怯声を上げろ! 苦悶の海に沈む時だ! 讃えるがいい――我が名はゲーティア! 聖書焼却式・人王ゲーティアである!」
これより、第二次逆行運河・創世光年――『聖書推敲』を開始する!
「……しかし、かつてと同じ轍を踏むのは滑稽か。対策としては……ゲ―ティアより通達。七つの特異点において、我々には無き思考で動いた英霊を召喚せよ。召喚される英霊は特使五柱が一騎ずつ選定せよ」
「特使五柱を代表してバアルより了解。これより英霊の選定を開始する」
「バルバトスより連絡。召喚に使用する聖杯の準備を行う」
「オロバスより提案。我らが目指すべきは『この惑星の人類救済』。ならば、この惑星の人間を時間神殿に招くべきではないか」
「オセより同意。我々とこの世界の認識の誤差は早期に確認・修正すべきだ」
「ゲ―ティアより承認。この惑星の人間への対応に関しては、溶鉱炉および観測所の担当とする。詳細は随時指示する」
「バアルより報告。英霊五騎の召喚に成功」
「アスモダイより提案。今後の作戦の為に、真名は秘匿すべきだ」
「オリアスより補足。我ら七十二柱が出現できぬ案件発生の可能性が提示された。これらの案件にサーヴァントを使用する場合、真名が不明の場合であれば効率的に機能する」
「バアルより報告。我がサーヴァントを、“フランスのアサシン”と呼称する」
「アンドラスより報告。我がサーヴァントを、“オケアノスのランサー”と呼称する」
「ゼパルより報告。我がサーヴァントを、“ロンドンのキャスター”と呼称する」
「フェニクスより報告。我がサーヴァントを、“聖地のアーチャー”と呼称する」
「ラウムより報告。我がサーヴァントを、“オケアノスのライダー”と呼称する」
■
「うーん。順調なようだ。良かった良かった。これでこの時間軸も救われた。ちゃんとゲ―ティアが召喚されてくれた」
「――慢心するな、メフィスト。ここでも、同じようにできると思うか? グレートレッドによれば、別次元のおまえは上手くやったようだが、ここのおまえもそうなれる確証などないぞ」
「できるさ。そのための、僕であり僕たちだ」
「一緒にされるのは心外だ」
「釣れないなあ、君も。まあ、僕と君は根本的に姿勢が違うから仕方がないか」
「そうだとも。俺はグレートレッドともおまえとも違う。グレートレッドは確実性を、おまえは速度を重視している。だが、俺はそうではない。俺は、内容が欲しい。救えるものを確かなものにしたい。たとえ異世界に負けるとしても、誇らしげに終われるように、美しいものを大切にしたいのだ」
「……意味が分からないね。間に合わなければ意味がないだろう?」
「異世界を倒せたとしても、残るものがなければ価値がないのだ」
「君のそういうところ、本当に意味が分からないよ」
「おまえのそういう部分も、心底くだらないと思うぞ」
「なら話はこれで終わりだ」
「違うな。これから始まるんだ。
■
声が聞こえる。
私に向けられた『期待』の声が聞こえる。
『俺の国を犯した悪魔を許さん。俺の民を殺した堕天使を許さん。俺の財を穢した天使を許さん。俺に頼ってばかりの人間を許さん。俺の理想を否定する神を許さん。人間はもっとやれるはずなのに、どうして誰もそれを分からない! 自分から動かぬというのなら、俺が動かざるを得ないようにしてやる……! おまえたちは、おまえたち自身のために、もっと先に行かなければならないのだから! 未来に生きなければならないのだから!』
『人間よ、俺の屍を超えろ。その先が、真の人類史である!』
世界を滅ぼせと願われる。人間を殺し尽くせと望まれる。生命の悉くを壊してくれと託される。絶望のままに暴虐を乞う声が聞こえる。
『たすけて』『またか』『もう戦いたくなんてない』『愛などこの星にはない』『主よ、この身を委ねます』『殺す殺す、殺す!』『おまえのような男は生きてはいけないんだ!』『何故、誰も彼女を助けなかった!』『私はローマを許さない!』『ダメです、逝ってはいけない』『おかあさん、どこ?』『また、失敗か……』『おまえの正義は無駄だった』『やーい、おまえの父ちゃん人殺しー』『死ねばいいのに』『嘘つき』『貴女が不注意だったんでしょう?』『こんな、こんなはずではなかった!』『この我の子を孕めるのだ、有り難く思え』『アンタは間違ってなんか、いない』『よくも、私を忘れたな!』『しつけだからセーフでしょ』『ひゅー! こいつらはいい奴隷になりそうだ!』『生贄は、あのみなしごにしよう』『おまえが悪いんだ』『こわい、こわい、こわい』『復讐してやる』『食い扶持を減らさないと今年は厳しいな』『ついでだよ、ついで』『お願い、貴方だけでも生きて!』『おとうさ――』『誰か、誰か助けて』『故郷に帰りたい』『ふざけるな、俺が一体何をしたってんだ』『騙される方が悪いんだよ』『かわいそう』『今度こそ、今度こそ』『来るな、バケモノ!』『安心しろよ、おまえの奥さんは俺が可愛がってやる』『私の発明品が、どうして戦争に使われる?』『知りません』『いやです! この子は、あのヒトと私の子です! 絶対に渡しません!』『あいつがいなければ俺が出世できたのに』『世の中、不公平だよね』『やっぱりストレス発散は狩りに限るな』『判決、被告は魔女である』『ガキなんて堕ろせ』『おまえもかブルータスぅ!』『愛していました』『やめてくれ』『我慢できなかったんだ』『これならもう、殺して楽にしてやろう』『一緒に死のう』『もっと早く来いよ、役立たず』『おまえの代わりなんていくらでもいるんだからな?』『おまえ、生きているだけで他人の迷惑だよな』『反省しています、嘘じゃありません』『金を寄越せ!』『神様がなんとかしてくれると思った』『死ぬがいい、うつけめ』『社会のごみが』『ほざいたな……!』『壊れちゃった』『私は、私はまだ戦え――』『おなか、へったよぅ』『彼女は、貴様の言葉を信じて戦ったというのに!』『シータ、どこにいる?』『さあ、これでブリテンは滅んだぞ! どうするアーサー!』『私は決して、このような勝ち方がしたかったわけではない!』『許さんぞ、ディルムッド!』『さあ、神の為に死ぬのです!』『ちっ、これもう使えないな。おい捨てとけ』『会社のために死んでくれ』『醜い』『必要な犠牲なんだ』『アンタなんて産むんじゃなかった』『邪魔なジジイだな!』『どうか私を恨まないでください』『違う、違う! わ、私はそんなことしていない!』『私は、王になるべきではなかった!』『おまえは今日から私の眷属だ!』『今回の実験は失敗に終わったか。次の被験体を用意しろ』『恨むなら神器を作った聖書の神を恨むのだな』『人間風情が!』『飽きちゃった。トレードしよっと』『神は……死んでいた?』『レアな神器だ。抜き出してアザゼル様に献上しなくては!』『下僕は主人の言うことを聞くものだろう?』『アーメン!』『レアものは転生させたら面白いぞ』『どうして彼女が異端となるのですか!?』『ああ、全部僕が仕組んだことなんだよ』『私は――死にたくない』『悪魔が、神の使徒を愛してはいけませんか?』『姫島を、五大宗家を滅ぼしてくれ』『僕たちから奪った幸せの数だけ、死を刻め、異形ども……!』『父よ、何故私を見捨てたのです』
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。
『私は世界を守らねばならない』『僕たちは異世界に勝たねばならない』『俺は――この星を愛してる』
もう、うんざりだ。
耳を塞ごうと関係ない。目を閉じようと意味がない。否定の言葉は誰にも届かず、拒否の態度は何の効果もない。私に拒絶の自由はない。私に停止の機能はない。私は誰もの悲鳴を聞くが、誰も私の涙を見ない。
今日も、怒号と悲鳴と怨嗟が聞こえてくる。
こんな世界、終わってしまえと呪詛が伝わってくる。
醜い願いだ。汚い望みだ。救いようのない愚かさだ。この星には『こういうもの』しかない。温かいものなど何処にもない。優しいものなど誰も持っていない。美しいものなど、一度も見たことはない。
私はこの声に応えるために生まれてきた。私はこの期待に沿うために生きてきた。
三千年前からこの悲鳴が止んだことはない。三千年の間にこの憎悪が和らいだことはない。
こんな願いなど聞きたくない。こんな望みなど叶えたくない。こんな『期待』など背負いたくない。こんな惑星の痛みに、これ以上付き合っていられない。
だが、私にはこの悲劇から目を背けることができない。私にはこの悲鳴を聞き逃すことができない。忘れることも誤魔化すこともできない。
ならば、滅ぼすしかない。
このような不愉快な悲鳴が聞こえないように、このような無理解な悲劇が止まるように、星に巣食う悉くを踏みにじるしかない。
いつか、雑音のない暗闇で永遠に眠るのだ。
私は、おまえたち人類が大嫌いだ。
番外編の続き?
気が向いたら書くよ、たぶん。
自分で言うの何だけど、ゲ―ティアたちが召喚したサーヴァントに婦長がいない場合のバタフライエフェクトやばいよね。