憐憫の獣、再び   作:逆真

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戦争なんて始めた瞬間どっちも悪だよ
『BLEACH』より


蠢く影

 欧州某所、深夜。

 

「はあああ!」

「アーメン!」

 

 七本に分けられた星の聖剣エクスカリバー、その内の二本がふたりの少女の手で振るわれていた。教会の戦士ゼノヴィアと紫藤イリナである。

 

 敬虔なるクリスチャンであり同じエクスカリバーの使い手であり年齢も同じ。カトリックとプロテスタントという所属こそ違えど、同じ任務をこなすうちに親しくなった仲だ。

 

 彼女たちの前には、如何にも『悪魔』という容貌の怪物が一体。取り巻きの骸骨が六体ほどいたがすでに倒されている。悪魔もこの二人の状態ならば何の問題もなく倒せるというところまできている。

 

 そんな二人を遠方から監視する三つの影があった。人型に化けた魔神柱のアンドラス、キマリス、ザガンである。

 

 謎の復活を遂げた異世界のソロモン七十二柱のやるべきことは多いが、各勢力の戦力分析は急務であった。この三柱は教会サイドの戦力調査を担当している。

 

「確認するがアンドラス……あれがエクスカリバーだと?」

「その模様だが?」

 

 ザガンからの問いに、アンドラスは素っ気なく答える。

 

「……有り得ん。あの程度のなまくらが神造兵器など……。名称が同じだけか? 否、七つに分けられたのだったか。キマリス、そのあたりはどうなっている?」

「破壊重視、透明化、変形、幻影、速度強化、祝福、生物等の支配……。どれも子供騙しのような能力を逸脱しない。所有者も英霊どころか影法師にも及ばん。あれでは遊星やその尖兵どころか、シャドウサーヴァントと互角程度だな」

「アスモダイらの調査によれば、この惑星には一万四千年前の遊星襲来の痕跡がなかったとのことだ」

 

 魔神柱たちの世界では、一万四千年前、地球外の存在、遊星ヴェルバーからの侵攻があった。その尖兵、白き巨人セファールを撃退した力の正体こそが後にエクスカリバーと呼ばれるそれであった。

 

 地球外からの攻撃がなかったのなら、エクスカリバーやそれに代わる力は必要ない。しかし、妙な引っ掛かりがある。

 

「だが、アーサー王と円卓の騎士の歴史は存在する。それどころか、ペンドラゴン王家が存続しているのだ。神秘も何もない、この時代に。……補足するなら、跡取りは出奔しているらしい」

「『選定の剣』はその際に持ち出されているのだったか? 『勝利の剣』は分割されたうえで教会が所持。最も問題視すべき『鞘』は行方不明か」

「即ち、これらの危険度は極めて低い」

「この世界に『座』はない。故に英霊はいない。代わりに、転生を否定する宗教や神話の英雄の魂を受け継ぐ者が誕生する」

「されど、魂を受け継いだ人間が前世の素質や記憶、経験をそのまま継承しているわけではない模様。神滅具所有者と組み合わされば厄介だが……」

 

 この世界には、『神器』と呼ばれるものがある。そこに実在する物体ではなく、人間が生まれ持つ異能。聖書の神が人間にのみ与えた祝福の力にして呪い。神器の中でも特に強力な十三の神器を――神さえ滅ぼす具現、ロンギヌスと呼ぶ。

 

 神滅具の詳細なデータは確保されていない。神滅具の大半は所在不明だ。所有者が覚醒していないのか、どこかの勢力が秘密裏に囲っているのか、誰かが世界を欺いているのか。四大神滅具も、『神殺しの槍』も『国さえ覆う霧』も『魔獣を生み出す器』もどこにあるか分からない。そして、判明しているひとつの所有者こそが教会の所属だ。

 

「教会最強のエクソシスト、デュリオ・ジェズアルド。彼はその来歴と人格を考慮すれば、此方に引き込めるかもしれん。統括局に打診してみるべきか?」

「その価値はあるか。……私としては聖杯の探索に力を入れたいところだ。教会ならば何かしらの手がかりがあれば良いのだが」

 

 神滅具『幽世の聖杯』。万能の願望器とも無限の魔力装置とも違う、生命を弄ぶという一点に特化した聖遺物。聖杯と言いながらも、救世主の血を受けたそれとは違うものである。神器である以上、作成者は神なのだから『偽物』というわけでもない。

 

「重要な議題には違いないが、本題からは離れている。アンドラス、少々私情を込めすぎではないか?」

「仕方がないではないか。死にたくないんだよ私は! 二度も死にたくないのだ。折角生き返ったのだから、こうして得た『我』を永遠に噛み締めたい」

「結局、何が我々を蘇らせたのだろうな?」

「そんなことはどうでもいいだろう。教会の機密事項と聖剣といえば、聖剣計画なる人体実験があったそうだな。計画の責任者は追放されて行方不明らしいが、被験体の生き残りがいるようだ。サンプルとして興味深い意見が聞けるかもしれんぞ」

「……それ、フラウロスには伝えるなよ?」

「あいつなら魔王の親族が支配しているという町の調査中だ。バアルがアサシンの試運転を兼ねていると言っていたな」

 

 

 

 

 

 

 極東の日本、某地方都市に駒王町という町がある。

 

 元七十二柱であるバアル家とグレモリー家が管理してきた土地でもあり、現在は次期グレモリー家当主たるリアス・グレモリーが縄張りとしている。

 

 リアス・グレモリー。魔王サーゼクス・ルシファーの妹であり、世代を代表する才女。悪魔として成人としていないにも関わらず『紅髪の殲滅姫』という異名があるほどである。普段は駒王学園高等部三年生・オカルト研究部部長として振る舞い、貴族でも悪魔でもない人間としての生活を満喫している。『二大お姉さま』と言われる彼女の生活が一般的な女子高生のそれとかけ離れていることはこの場合無視する。

 

 実は、リアスが駒王町を管理することになった経緯には裏がある。

 

 リアスの前に駒王町を管理していた悪魔、クレーリア・ベリアル。レーティングゲームの絶対王者、『皇帝』ディハウザー・ベリアルの従妹。彼女は、こともあろうに教会の戦士、八重垣正臣と恋に落ちた。使徒を堕落させるのならば悪魔の本懐として許されただろうが、クレーリアと正臣は本気でお互いのことを愛し合った。それは悪魔も教会も赦すわけにはいかない愛だった。決定的な契機に何があったのかは第三者にはわかりようのないことだが、二人は処理されることが決定された。

 

 禁断の恋も同胞殺しも、直接の関係者と一部の上層部だけが知ることになった。関係者には口止めがされ、不都合な真実は伏せられた。誰も彼もがこの秘密を隠し、忘れることを選んだ。

 

 教会側はともかく悪魔側にはクレーリアを殺す理由が他にもあったのだが、今回は関係ないため割愛する。

 

 問題なのは、同胞殺しがあったことではなく、クレーリアの死からリアスに管理が移行するまでに随分と時間がかかってしまったことだ。教会関係者が逃げるように町を去ったこともあり、堕天使の勢力に属するものが駒王町に根を張ってしまったのだ。

 

 現在の駒王町に根付いた堕天使勢力の実質的なリーダーは、堕天使レイナーレ。配下として、ドーナシーク、カラワーナ、ミッテルトという三名の堕天使がいる。他にも教会から捨てられたり裏切ったりした元エクソシストの人間がいる。

 

 今日まで、彼女たちは駒王町の廃棄された教会を根城にしてきた。

 

 そう、今日までの話だった。

 

「……何だ、これは」

 

 そんな風に、人型になっている魔神バアルは呟いた。その声音には苛立ちが滲んでいる。

 

「血筋ではなく実力でのし上がった魔王の親族が二人もいる領地。その領地を根城にしている堕天使側の戦力がこの程度だと?」

 

 彼の目の前には、死屍累々となった堕天使たちとその信者たちがいた。

 

「単純に堕天使が弱いと判断するのは簡単だが……堕天使にはこの町に戦力を預けられない事情があった? まさか魔王の血族を甘く見ていた? この町の過去には何か裏があるのかもしれん。アサシン、貴様はどう思う?」

 

 バアルに話を振られた人物は、この場においてバアル以外で唯一立っている人物であった。アサシンと呼ばれた彼は、奇妙な恰好をしていた。漆黒のマントを着て、不気味な仮面で顔を隠している。バアルとは違った意味で「怪人」のようだった。

 

「マスター。私には興味がない。ここには、我が歌姫がいなかった。それだけが、この場における私の全てだ」

「そうだろうな。その偏執さ故に、私はおまえをサーヴァントとして選定したのだ。報われなかった愛を歌い続けるおまえにこそ、我が憎悪を成就すべき手がかりがある。……この町の件については、後でフラウロスが回収した資料を確認しておくとしよう」

 

「有り得ない……」

 

 ふと、バアルでもアサシンでもない誰かが声を上げた。床に倒れた黒髪の堕天使レイナーレだった。

 

「私は至高の堕天使よ! お、おまえたちのような訳の分からない輩に、こんな――!」

 

 こんなはずではなかった、とレイナーレは絶叫する。

 

 本来ならば、自分はもっと上に行くはずだ。偉大なるアザゼルとシェムハザに仕え、至高の堕天使となるのだ。そのための手段の一つとして、堕天使も回復できる神器『聖母の微笑』所有者であるアーシア・アルジェントをこの教会を拾った。彼女から神器を抜き取り、自らのものとし、堕天使を癒せる堕天使となるはずだったのに――!

 

 ちなみに、そのアーシアについては同時刻にフラウロスによって回収されている。時間神殿に導かれたことが彼女にとって幸か不幸かは、半年ほど後に明らかになるだろう。それをレイナーレが知ることはないが。

 

「さて、どうする、マスター。この女は我が歌姫ではない。決断はクライアントである君にお任せしよう」

「調査の手段などいくらでもある。その女から有意義な情報が期待できるようには見えん。そこの寝た振りをしている人間の小僧の方がまだ賢そうだ」

「…………おおっと、バレちゃいましたか! 死んだ振りは自信あったんですがね!」

「ふ、フリード! 私を守りなさい! おまえたちは私に尽くすために」

「いやいや。この状況でそれは無理でしょ。自分の身ですら危ないのに。前々から思っていたけど、アンタって美人だけど頭はゆるいよねー」

「拷問も面倒だ。――殺せ」

「承知」

 

 アサシンは、芝居がかった動きで両手を広げた。

 

「宝具断片展開。ご試聴あれ、地獄より送る我が歌を」

 

 突如として出現したのは、ある意味では教会に相応しい巨大なパイプオルガン。……否、否、否。それは教会にはふさわしくなどない。廃棄され、堕天した者に使われているような教会であろうと、『これ』は似合わない。あまりにもおぞましき演奏装置。よく見れば、そのパイプオルガンには人間の死骸が使われていた。人間の死体こそが、この巨大な楽器の材料なのだ。

 

「おまえは歌わない、もう二度と」

 

 

 

 

 

 

オッス! 俺、兵藤一誠! 皆からはイッセーって呼ばれているぜ!

 

 ハーレムを作りたい一心で女子率の高い駒王学園を受験して、見事入学したんだけど、一切モテず。女子が多ければ彼女には困らないと思っていたんだけど、実際はイケメンに集まるだけだった! ハーレムどころか彼女さえできない始末だ! それどころか、『変態三人組』の一人として女子には蛇蝎の如く嫌われている。こんなの俺の計画になかった! おっぱい触りまくりな、エロエロ高校生活を目指していたというのに!

 

 ようやく天野夕麻って彼女ができたかと思えば、初デートの終わりに殺された。なんと彼女は堕天使で、俺の身体に眠っていた神器(セイクリッド・ギア)ってのが目的だったらしい。堕天使は俺みたいな神器(セイクリッド・ギア)持ちの人間が力をつける前に殺すようにしているんだって。

 

 俺は一度殺されたけど、部長――リアス・グレモリーの力によって悪魔として復活した。悪魔ってのは文字通りの意味だ。魔力があって、コウモリみたいな羽が生えて、光に弱い。物語で悪者として登場する存在。

 

 悪魔や堕天使って本当にいるんだって驚いた。ちなみに、神器(セイクリッド・ギア)は聖書に記された神様が作ったらしい。これのせいで殺されたと思うと、傍迷惑なものを作ってくれたもんだぜ。

 

 現在の悪魔には『悪魔の駒』って制度がある。他の種族を悪魔に転生させて、下僕にするアイテムだ。俺はこの力で悪魔になった。いきなり下僕にされたり人間じゃなくなったりしたけど、そのままだと俺死んでいたから文句の言い様がない。ちなみに、駒は人間のチェスに倣っていて、俺は一番下っ端の『兵士』だ。

 

 でも、頑張って爵位をもらえれば、俺も自分の眷属が持てるようになるらしい! しかも、自分の眷属には何をやってもいいんだって! つまり、夢の俺だけのハーレムが作れるってことだ! び、美少女ばかりのハーレムを作って、お、おっぱいを! ハーレム王に、俺はなる!

 

 ……まあ、現実はそんなに甘くないんだけどね。悪魔としての仕事――契約した人間の願望を叶えて対価として何かもらう――を頑張っているんだけど、中々成果が出ない。契約相手からの評判はいいんだけど、ちゃんと契約を成立させたケースは少ない。しかも、俺と契約してくれる人は変態や変人ばっかりだ。同じ眷属にいるイケメン王子の木場は、綺麗なお姉さん率が高いというのに。ちくしょう、イケメンめえええええええ! 

 

 今日も今日とて、変人な依頼人さんのお願いを叶えるために出勤中だ。俺はいつになったら自転車から卒業できるんだろう……。

 

 ドラグ・ソボールで意気投合した森沢さんはともかく、魔法少女を目指す漢の娘ミルたんや日本文化が大好きだけど方向性が明後日に向かっているスーザン、やたら『ンン!』と特徴的な喋り方をするリンボさんなど変人ばっかりだ。

 

 ……少し前、アーシアって女の子に出会った。悪魔である俺とは宿敵の、教会のシスターさん。だけど、彼女が派遣されたはずの教会は何者かによって襲撃された。部長や朱乃さんも調査したけど、襲撃犯が誰か分からなかったらしい。おかげで部長はだいぶ不機嫌だ。プライドが高いから、コケにされたように感じているのだろう。まあ、縄張りでこんなことがあったんじゃ不安もあるしね。ここでアーシアがどうなったのか心配している俺は悪魔としては失格なんだろうなぁ。

 

 おっと、お仕事お仕事。所詮、俺と彼女は敵同士なんだ。そして、彼女はそれに気づかなかった。良かったじゃないか、それで。うん、切り替えよう。

 

「ちはー、ご依頼で来た悪魔ですけど」

「いらっしゃい、悪魔くん」

 

 今夜の依頼人はお得意様の中でもまともな部類だ。ミルたんの紹介だったから初対面の時は不安だったんだけどね。

 

 パッとしない感じの三十路のおっさん手前の男性。この如何にもモテない雰囲気に親近感が沸く。

 

「それで本日のご依頼は?」

「代り映えしないで申し訳ないんだけど、またミルキーを見よう。ふと誰かと一緒に初回を見たくなったんだけど、ミルたんは今日来れないらしくてさ」

 

 依頼人は首の後ろに手をやる。癖なのか、このポーズはよく見る。

 

「……他に友達いないんですか?」

「魔法少女のアニメを一緒に見ようって呼び出せる友達がミルたんしかいないだけだよ。彼……いや、彼でいいのかな……? まあ、ミルたんの友達も呼べないことはないんだけど、そっちもちょっとね」

 

 言い訳っぽいな。まったく、いい歳したおっさんが……あれ?

 

「そういえば今更なんですけど、名前なんでしたっけ?」

「ひどいな! ……あー、そういえば名乗ってなかったかもしれない。ロマ……いや。前の職場でよく呼ばれていたあだ名があってね。良ければそれで呼んでくれないかい?」

「へー。どんな名前なんすか?」

「ドクター・ロマンティック」

 

 かっこつけて、だけどどこか遠くを見つけて、そう名乗る。

 

「親しみを込めて、ロマンと呼んで欲しい」




√1と同じように原作一巻分のイベントは一話で終了。
今回、『彼』と『奴』が出ているのはベディと獅子王の代わりだと思ってもらえたら。

アサシンの真名はFGOプレイヤーならすぐわかるとは思いますが、劇中ではしばらく伏せます。
処刑人と迷ったんですけど、√1で婦長出したから若干被るんですよね。医者的な意味で。明確な差別化がしたかったのでこっちにしました。

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