憐憫の獣、再び   作:逆真

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ゴミのような死と……永久に続く憎しみと……癒えない痛み……
それが……戦争だ……
『NARUTO』より


エクスカリバー

 千五百年ほど前だったような気がする。

 

 不愉快な混血が、私の前に訪れた。

 

 あの混血に関して覚えていることは、ひどく不愉快な存在であったことだけだ。

 

 男だったのか女だったのか、幼児だったのか老人だったのか、賢者だったのか愚者だったのか、聖人だったのか罪人だったのか、端麗だったのか醜悪だったのか、全く思い出せない。否、当時でさえ正しく認識できていたかどうか。

 

「はは、すげえすげえ! 思ったより大きいですね」

 

 本当に、ひたすらに、不愉快な存在だった。

 

「まさか本当に、黙示録の獣が見つかるとはな。ウーサーが見たら何と言っただろうか? 千五百年程度でこれ……と言っても、完成度で言えば半分程度なんすか? 未来にはどうなっているんでしょうね」

 

 鬱陶しい。私の記憶には不愉快なものしかないが、その混血はひと際不愉快な存在だった。ここまで私を苛立たせたのは、あの救世主以来だ。

 

 私が苛立ちを混ぜた唸り声を上げると、混血は不思議そうな声を出した。

 

「あれれ? まさか理性があるとは思いませんでした。人間の悪意が生物の形をしただけの、獣性の権化だとばかり考えていたサ。失敬失敬」

 

 誰だ、と聞けばわざとらしく肩を竦めた。

 

「おっと、儂の名を尋ねるんでっか? 正体を隠しているわけでもない相手にそんな態度を取られるなんて、いつ以来でございましょうか」

「仕方がないさ、マーリン。彼にとって、知識とは悲劇なのだから」

 

 混血の隣に、これまた不愉快な存在がいた。悪魔だ。人間の次くらいにくだらない生物だ。個体としての知識はない。忌まわしい人間ならばともかく、それ以外の生物については一一覚えていられない。

 

「私が、僕が、俺が、儂が、拙が、我が、この星を代表する偉大なる大魔術師マーリン・アンブロジウスである。こっちは共犯者のメフィスト・フェレスなのさ。短い付き合いになるが、よろしくしてください、黙示録の獣。否、我が先達ソロモンの落胤トライヘキサくん」

 

 どうにも落ち着かない。話しかけられるだけで苛立ってくる。話し方が落ち着かないからだろうか?

 

「口調を統一しろ? それは無理な相談でありますよ。何故なら、私にはもう僕という人間がどういう俺なのか分からない」

 

 自分が分からない?

 

「生来の混ざりものではあるが、実験がてら色々混ぜ合わせていたら、自分が誰なのか分からなくなってしまった。汝の目ならわかるだろう? この姿かたちがどれだけ歪なのか。いずれ、この認識と記憶さえも曖昧になる。自分が分からなくなったという認識と自分と自分以外を混ぜ合わせたという記憶さえ、あやふやになる。そういう呪いを受けているんや。因果応報なんですがね」

 

 ……それで、何のためにここに来た? あの救世主のように、私に絵空事でも語りに来たのか?

 

「これから――千年二千年という時間をかけて――人類は悪魔と絶縁しなければならないんだが」

 

 混血は自らの頭をぽりぽりとかきむしる。

 

「そのために、君の力を少しだけ拝借するよ、トライヘキサ。少しだけ申し訳なく思いますが、まあ、必要なアレですんでね」

 

 そうか。私を――『真理』を利用しようと? 悪魔なんぞと絶縁するためだけに? ああ、全くおまえたち人間らしい所業だ。吐き気がする。

 

 私を生み出した、愚かな王のことを思い出す。

 

「代わりと言っては何だが、祈らせてくれ。君と人類に幸あれ、と」

 

 この言葉はもう聞いた。三回聞いた。一人からは直接、もう二人からは間接的に。

 

 ああ、何だ。何なんだ、貴様らは!

 

 俺をそんなに苦しめて、何が楽しい!

 

 そんなに苦しいだけの生を駆け抜けて、一体、何が嬉しいんだ?

 

 

 

 

 

 

 エクスカリバー。

 

 ブリテンに語られる『アーサー王伝説』の中心人物、騎士王アーサー・ペンドラゴンの剣。湖の精霊が鍛えたとも、星が生み出したとも言われる。パラディン・ローランのデュランダルと並んで聖剣の代名詞でもあり、最強の聖剣の一振りと数えられる伝説の武器。

 

 この世界において、かつての大戦でエクスカリバーは破壊された。復元の際、七つに分けられ、カトリック、プロテスタント、正教会が二本ずつ所有し、残りの一本は行方不明である。

 

 この聖剣を扱うには才能――因子が必要だ。エクスカリバーに適合する、とでも言えばいいのか。アーサー王の末裔にしか使えないというわけではないが、使用できるものは限られた。しかし、聖剣はそれ自体が悪魔を滅ぼす力だ。遊ばせておく理由などない。三大勢力が冷戦状態の今だからこそ、その力を引き出す必要があった。

 

 そこで立ち上げられたのが聖剣計画。エクスカリバーの適合者を人工的に作り出すという、ある意味で、あらゆる意味で神を冒涜するような人体実験。被験体は剣やそれに類する神器を所有する身寄りのない子どもたち。

 

 計画の成否は――被験体の子どもたちが『処分』されたという結末から察するしかない。……この聖剣計画で得られた研究データが教会内のエクスカリバー使いを増やしたため、あながち失敗とも言えないのだが。

 

 否、やはり被験体の処分も含めて成功だったと言うべきか。

 

 そんなエクスカリバーが盗まれた。三つの派閥から二本の内一本ずつが奪われた。失態どころの騒ぎではない。表社会には出ないだろうが、歴史に残る大事件である。下手人の黒幕は聖書に名を記された堕天使、『神の子を見張る者』幹部コカビエル。堕天使勢力において戦闘狂――戦争狂として有名な男だ。

 

 コカビエルは聖剣を堕天使領に持ち帰るのではなく、人間界のある場所に潜伏する形で持ち込んだ。その場所とは、駒王町。魔王サーゼクス・ルシファーの妹リアス・グレモリーが管理している領域である。魔王セラフォルー・レヴィアタンの妹ソーナ・シトリーもこの町に暮らしているという。

 

 まさか堕天使の大物がそんなことも知らずに来たわけでもないだろう。聖剣を同時多発的に盗んでおきながら、その帰りに人間界の観光をしようという腹でもないはずだ。語るまでもなく目的は明白だった。

 

 戦争だ。様々な勢力が巻き添えを受け、二天龍の乱入で強制的に終了し、三大勢力を弱体化させ、今なおその傷が癒えないあの大戦争。その続きを、コカビエルは実現するつもりなのだ。

 

 勝ったところで意味はない。神も魔王も死んでいるのだから。勝てる道筋ですら確かではない。むしろ神の死が他の勢力にも漏洩することを考えればデメリットしかない。他勢力の介入があれば、もはや悪魔や天使との決着どころではなくなる。そうなれば待っているのは、聖書という神話の破滅だけだ。幹部以外の大半を失った堕天使勢力の幹部として、それが分かっていないわけでもないだろうに。

 

 かつての大戦の続き? あの戦争は意味も価値もなくなったからこそ終わったのだ。

 

 続きなど始めたところで、誰も何も得ることはできない。無論コカビエル自身も。

 

 

 

 

 

 

 僕――木場裕斗は思い出す。自分が何のために生きているのかを。悪魔として生きているうちにどこかで忘れようとしていた生きる目的を再確認する。

 

 聖剣を、エクスカリバーを滅ぼすことだ。

 

 僕はかつてイザイヤという名前で、聖剣計画という人体実験の被験体だった。僕以外にも同志と言える被験体たちがいた。苦しいこともつらいこといっぱいあった。でも、いつか主が祝福をくださると、いつか聖剣を手にして戦えるようになると、この苦しみが報われる日が来ると信じていた。

 

 だけど、そうはならなかった。研究者たちは、成果が出せなかった僕たちを『失敗作』として処分することを選んだ。死ぬはずだった。皆、死んでいった。僕だけが生き残ってしまった。僕以上に生きたかったものがいた。僕以上に真剣に祈りを捧げるものがいた。だけど、僕が生き残ってしまった。

 

 厳密には一度死にながら、リアス・グレモリー様の『騎士』、悪魔として生を得た。リアス様――部長を始めとして、グレモリーの方々は僕を家族のように扱ってくれた。

 

 そんなぬるま湯の中にいたせいか、忘れていたのだ。聖剣への復讐を。エクスカリバーを破壊しなければならないという使命を。

 

 あの日死んでいった同胞たちのために、僕はエクスカリバーを越えなければならない。

 

 そんな矢先だった。この町に、教会からエクスカリバー使いがやってきたのは。

 

「――先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に、保管管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

 リアス部長を滅ぼしに来たというわけではなかった。

 

 相手の目的は戦闘ではなく交渉。事前に教えられていたとはいえ、僕には我慢しがたい状況だった。憎むべき聖剣が二つもこの場にあるのだから。

 

 二人のエクスカリバー使い――紫藤イリナとゼノヴィア曰く、教会の三つの派閥が二本ずつ保管していたエクスカリバーが各所から一本ずつ奪われたらしい。

 

 黒幕は、聖書に名前を記された堕天使コカビエル。しかもこの町に潜伏中だと判明したらしい。

 

 そして教会側の要求とは共闘――ではなく、手出し無用の警告だった。エクスカリバーはあくまでも教会側の問題。たとえ魔王の妹が管理する町であっても、悪魔が関わるなど言語道断だというのが相手側の主張だ。まあ、聖剣は悪魔の弱点である以上、コカビエルと悪魔が繋がっている可能性も捨てられないからね。その考えは分からないでもない。

 

「上は悪魔と堕天使を信用していない。神側から聖剣を奪えれば、悪魔も万々歳だろう? 堕天使どもと同じで利益がある。それ故、手を組んでもおかしくない。だから、牽制球を放つ。――堕天使コカビエルと組めば、我々は貴方達を完全に消滅させる。たとえ、そちらが魔王の妹でもだよ。――と、私たちの上司より」

「……私が魔王の妹と知っているということは、貴方達も相当上に通じている者たちのようね。ならば、言わせてもらうわ。私は堕天使などとは組まない。絶対によ。グレモリーの名に懸けて。魔王の顔に泥を塗るような真似はしない!」

 

 部長はそう断言する。プライドの高いこの方らしい発言だ。

 

 部長の言葉に納得したのか、足早に立ち去ろうとする聖剣使いたちだったが、ふとゼノヴィアが何かを思い出したように口を開いた。

 

「私の上司からついでに一つ確認しておけと言われたのだが、リアス・グレモリー。剣豪英霊を名乗る謎の集団について何か知っているか?」

「けんごうえいれい?」

 

 イッセーくんが復唱する。

 

 記憶を巡ってみるが聞き覚えのない単語だ。

 

「その様子だと知らないのかな? 教会側はその集団によって無視できないレベルの被害を受けていてね。其方は知らなかったようだから、警戒はしておくことをオススメするよ。何せ頭目は――ルチフェロなりしサタンらしいからね」

「ルチフェロなりしサタン? ダンテという人間の『神曲』に記された呼称のはずだけど……。まさか、それだけで私たちと関係があるだなんて思っていないわよね?」

 

 先程の交渉の後だからか、部長の声にも鋭いものが宿る。

 

「まさか。私も私の上司もそこまでは思っていないよ。しかし探りを入れておけと言われてね。付け加えるならこう名乗った者がいるらしい。『セイバー・無間地獄』あるいは『宮本武蔵』」

 

 

 

 

 

 

「我、オーフィス。おまえ……おまえたち? 強い。一緒にグレートレッド倒す」

「サブナックより報告。京都にいたキングゥとの交渉。結果として、京都に一切の手出し無用という条件で不干渉という密約を結んだ。これを全ての同胞に承知して欲しい」

「我、静寂が欲しい」

「エリゴスより了解。各魔神柱に通達しておこう」

「でも、グレートレッド、邪魔」

「ウェパルより報告。組織に所属していない神器所有者の勧誘中、魔法使いの組織『魔女の夜』からの接触を受けた」

「シャルバや曹操、我を手伝うと言った」

「マルコシアスより補足。偽装した組織への接触であるため、我らの正体が看破された可能性は低い。しかし一定以上の警戒は必要と思われる」

「でも、シャルバも曹操も弱い」

「マルバスより想起。『魔女の夜』の幹部には神滅具所有者がいたはずだ。『紫炎祭主による磔台』の所有者ヴァルブルガ」

「グラシャ=ラボラスより提案。神滅具――それも聖遺物だ。聖書の神の正体を知る重要な手がかりになると思われる。これを機会に我らの手元に置いておくべきではないだろうか?」

「おまえたち? おまえ? 強い。我とおまえならグレートレッドを倒せる」

「オロバスより同意。我らの手元にある神滅具は未だに一つ。それも万全な状態ではない。……フェニクス、『獅子王の戦斧』はどうなっている?」

「フェニクスより回答。一命は取り留めたが昏睡状態だ。もうしばらく目が覚めることはないだろう。なお、神滅具の方は自律しているため、作戦への参加は可能だ」

「一緒にグレートレッド倒す」

「あのー、皆さん?」

「どうした、同志アーシア。またアサシンがうるさいのか」

「すまない。文句はバアルに言ってくれ」

「いえ、アサシン先生のことはいいんですけど、そちらの方はどなたなんでしょうか?」

「…………」

「………………」

「……………………」

「え?」

「アンドラスより報告。『幽世の聖杯』を探索中、我らの世界――『F』からの漂流者と遭遇した」

「新免武蔵守藤原玄信……!? ごめん、やり直し! 新免武蔵ここに推参! とりあえず、腹ごなしに何か戴けるかしら? お腹減っちゃって」


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