ターニャとレルゲンがらぶらぶちゅっちゅする話   作:佐藤9999

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今回は少々長いです。
レルゲンさんの長い独白です。

前回の長かった説明の分、たっぷりのレルゲンさんの思い込みの激しさと、互いの複雑な勘違いをお楽しみください。

 


ターニャとレルゲンの温かいお風呂④ 贖罪と我儘

 

 

 病床のターニャを見舞った日、レルゲンがターニャという少女の内面に踏み込むことを決意したのは無意識下でのことだった。つまり、レルゲンとしてはあまり認めたくないことだが、有り体に言えば「その場の雰囲気と勢いにまかせて」だ。

 あの日、震え、涙を流す小さな少女を前にして、レルゲンは目の前の少女を守るべき存在であると直感的に認識してしまった。ターニャの見せた激情と数滴の涙には、すべての過程や背景を排除してレルゲンにそう思わせるだけの悲壮な感情が込められているように見えたのだ。

 

 

 物事を深く考えずに決断すると後悔する。その決断が重大であればあるほど後悔は大きくなる可能性がある。

 その翌日、レルゲンは既に後悔していた。

 

 

 まず、レルゲンは己の見たものが何かの間違いだったのではないかと真剣に自分の記憶を疑った。「あのデグレチャフ少佐」が涙を見せた。それは本当にあった出来事なのか?

 もし、もし仮に、レルゲンが見たものが事実であったとしても、彼女が誰かの庇護を必要とするほど弱ることなどあり得るだろうか?

 

 かつて、レルゲンにとってターニャ・デグレチャフ少佐とは実に恐るべき人物だった。

 不思議なほど隙が無く、強靭な人格。そしてどこまでも冷徹に人を「管理」することができる精神。それを10歳ちょっとという幼さで備えているのだから、あまりに常軌を逸している。かつて彼女が士官学校の1号生だった頃、2号生に対して刃を振り上げた時の酷薄な笑みは今をもって忘れられないほどだ。

 しかも、その少女は帝国軍内部において頭角を現し、それなりの発言力を持ち始めていたというのだから、レルゲンの恐怖はもはや本能的なものだった。

 その当時、ターニャ・デグレチャフという人間の見せる異常性は、彼女が狂気の世界の住人であるがゆえのものだとレルゲンは解釈していた。理解を超えた存在を前に、「理解する余地の無いものだから理解できないのだ」と己に言い聞かせていたのだ。

 今にして思えばそれは愚かしい程に安易な結論である。しかし、そうでもなければレルゲンはターニャの存在に納得できなかった。

 

 レルゲンは状況を慎重に解きほぐしていくことにした。

 何度もターニャの病室を見舞い、1つずつ丁寧に問いかけることによってターニャ・デグレチャフという人間の正体を探った。

 病床という状況が二人の対話を後押ししたのは確かだ。何しろ邪魔する者がおらず、逃げる場所もない。

 最初、ターニャは己の心中を問うような質問には判で押したような答えしか返さなかったが、レルゲンは彼女の見せた感情の片鱗を確かに覚えていた。

 繰り返し問う内に、ターニャは苦悩を飲み干すかの如き表情を浮かべ、そして、ついに観念したように己の胸の内を語り始めた。

 彼女の口にした内容は、どれもレルゲンにとっては衝撃的なものだった。

 

 

 徴兵のために、仕方なく軍人になった。

 どうせ孤児の身でろくな仕事が与えられることは無かっただろうから、そのこと自体に不満は無かったが、やはり一刻も早く偉くなって命の危険のない後方で勤務したいと切に願っていた。

 これまでの一挙手一投足は全てそのための布石のつもりだった。

 

 

 殆ど感情を交えず、淡々と語られたターニャの言葉。その全てを咀嚼し終えた時、レルゲンは己の足元が欠片も残さず崩れ落ちるような心地を覚えた。

 これまで彼女の見せてきた狂気と好戦的な態度の数々、それらが彼女の本心ではなかったなどということがあり得るのか。感情ではそう思いつつも、頭の片隅では、彼女の話は「筋が通っている」ことを認めてしまっていた。

 レルゲンはわけの分からない焦燥に突き動かされるままに、自分がターニャに対して不信を抱いた最大の原因たる出来事の真意を問いただしていた。即ち、士官学校にて2号生を処刑せんとしたあの凶行のことを。

 

 

「処刑…?」

 

 

 不思議そうに首を傾げ、ターニャは言い放った。

 

「あの時、自分は2号生を殺害するつもりも、拷問するつもりもありませんでしたが」

 

 その言葉はあまりに自然で、ひと欠片ほどの嘘や誤魔化しも含まれているようには見えなかった。

 

 仮にも上官にあたる1号生に対しての度を超えた暴言。しかも現行犯。

注意などという段階は飛び越えており、いかに処分を下すかを判断しなければならない状況。あの場面は、以後自分が2号生を取りまとめる事が可能か否かのターニングポイントと考え、一歩たりとも引かない心構えで臨んだ。それ故に、多少過激に見えたかもしれない、と彼女は語った。

 そして、かかる状況にあって、彼女の選んだ選択肢は…

 

「軍規に則れば銃殺は免れないと考えましたが、それではあまりに忍びない。彼に精神疾患ないし、何らかの異常があることを証明できれば彼を殺さずに済みますし、皆の面目が保たれるはずだと思い、あのように処置しようとしました」

 

 それはつまり…

 

「まさか…威圧することで2号生を錯乱させ、免責しようとしたと……?」

 

 レルゲンはつい口にしていたが、それは彼女には答えようのない質問だった。

 軍規を恣意的に解釈し、利用しようとしたなどと軽々に口にするほど彼女は迂闊ではない。

 

「…いいえ、飽くまで彼の異常の原因を検証するため、です」

 

 彼女は当時と同じ事を言ったが、その意図はもはや明白だった。

 あの時彼女に見た狂気もまた、演じられたものだったのだ。そう解釈するのが「筋が通っている」ことをレルゲンは理解せざるを得なかった。

 

 この時レルゲンには既に殆ど結論が見えていた。

 しかし、それはあまりに救いが無く、呪わしいまでに苦渋に満ちた結論だった。

 

 レルゲンは何かにすがるようにして最後の問を投げかけた。

 己の思いとは裏腹に戦いに行かされることが辛い、と誰かに訴えようと思った事はなかったのか。

 その問に対する答えが、今度こそレルゲンにとどめを刺した。

 

 

「…軍人に、それが許されるのでしょうか?」

 

 

 きょとんとした表情で言う彼女の言葉に、反論の余地は一寸たりとも無かった。

 

 嫌がっても誰かの心象を悪くするだけ。ならば、せいぜい喜んでみせるまで。そう言って付け加えられた言葉まで含めて、彼女は全くもって正しいと、レルゲンの理性が理解し、納得してしまった。

 彼女は、飽くまで原則に沿って、理想的な軍人として行動していただけ。弱音を吐かなかったのも、軍はそれが許される場所でなかったから。

 航空魔導師は、数ある兵科の中でも最も「銃弾から離れられない」職だ。一刻も早く前線から逃れたかった彼女が神経質なまでに己の有能さをアピールしようとしていたとして、一体誰が責めることができるだろう。

 少佐にまで上り詰めた彼女が、それでも尚戦場では先陣を切って銃弾の中に飛び込んでいかなければならない立場にあったのだ。早く、もっと偉くならねば己の命が危ないと彼女が考えたのは当たり前のことだ。

 

 だとすれば、自分は一体何に対して恐怖を覚えていたというのか?

 答えは明白である。レルゲンの抱いていた恐怖の根拠は「なんとなく」以外の何ものでもない。

 

 こうしてレルゲンの罪は明らかになった。

 

 つまり、わずか10歳程の少女が生き延びるために必死に足掻いている様を見て、あろうことか、レルゲンは「なんとなく気味が悪い」と感じてそれを化物と呼び、あまつさえ恐れていたという事だ。

 己の所業に気づいた時、レルゲンは視界が閉ざされたような錯覚さえ覚えた。

 

 もし、自分がターニャという少女の本質にもっと早く気づいていたとしたら、彼女が過酷な戦いに身を投じ、身体に取り返しのつかない傷を負うことも無かったのだろうか。

 

 その瞬間からレルゲンの贖罪は始まった。

 

 

 

 

 

 夜の帳はすっかり下りて、時刻は既に夜中。ガス灯に照らされて朝とは表情を変えた帝都の町並みを横目に、レルゲンはワーゲンに揺られて家路を急いでいた。

 朝、ターニャに告げた帰りの時間を既にだいぶ過ぎていた。

 彼女に限って一人を寂しいだとか思うようなことはあるまいが、あまり待たせるようなことはしたくない。今日は「外で夕食をとる」とは告げておらず、あの律儀な少女は夕食を食べずにレルゲンの帰宅を待っているに違いないのだ。

 程なくしてワーゲンは自宅の前に到着し、レルゲンは運転手に礼を告げて車を下りる。

 家の扉を開けると、家の前でのエンジンの駆動音を聞きつけたのか、既にそこにはターニャが待っていた。

 

「おかえりなさい。エーリッヒさん」

「ああ、ただいま」

 

 微笑みを浮かべたターニャに対して、レルゲンも思わず微笑みを返す。

 帰りを迎えてくれる人がいるという事は喜ばしい事なのだと、ここしばらくの生活でレルゲンは教えられた。

 

 レルゲンが家につくやいなや、ターニャは手早く料理を温めて二人分の夕食を用意してくれた。やはりターニャは夕食をとらずに待っていたらしい。

 帰宅が遅れたことを詫びつつ、先に食事をしていてくれても構わないと伝えるが、ターニャは頑として譲らなかった。この類の問答は今までにも何度かあったが、ターニャは最後には真面目な表情で「気を使っているのではなく、私がそうしたいのです」と言う。そうなると、レルゲンは何も言い返せなくなる。

 ターニャはレルゲンの家に来て以来、献身的なまでに家事に精を出していた。

 それは彼女なりのレルゲンへの感謝の表し方であるのと同時に、まるで新たに見つけた己の居場所を懸命に守ろうとしているかのようで、折に触れては胸を締め付けられるような気分をレルゲンは覚える。

 己は感謝されるに値するような人間ではないのだ。ターニャを己の家に招き入れたのも、善意などという崇高な動機ではなくただの罪滅ぼしなのだから。

 しかし、己の浅はかさを彼女に打ち明けても自分の罪悪感が満足するだけだ。このあたりのことには既に折り合いはついていた。レルゲンは己のプライドのためではなく、ターニャのために、「一人の大人として責任を感じたためにターニャを保護した」という耳当たりの良い建前を押し通すと決めていた。

 複雑な思いを飲み込み、レルゲンはターニャの料理に舌鼓を打った。己の感情に目をつぶれば、自宅で温かい料理を食べられることは素直にありがたいことだった。なにより、ターニャの作る料理は美味い。

 自立した生活を送る内に身に着けたのだろうか、ターニャはその年齢と経歴には不釣り合いなほど料理ができた。もちろん本職たる主婦や料理人とは比べるべくもないが、少なくともレルゲンが日々の食事に不満を抱いたことが無い程度には達者に料理をこなした。

 

 夕食後、ターニャがコーヒーを淹れると、ダイニングルームはにわかに芳しい香りに包まれた。

 

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

 ターニャが差し出したカップを受け取り、レルゲンはその香りを楽しんだ。

 ターニャのコーヒーを淹れる腕前は並のものではない。カップからは、プロが淹れたものとも遜色ない芳醇な香りが漂っていた。

 レルゲンとターニャはコーヒーカップを片手にテーブルを囲む。夕食後のひと時、こうして語り合うのが二人の習慣だった。幼いターニャが夜分にコーヒーを嗜むのはどうかとは思うが、コーヒーは彼女にとって前線にまで持ち込んだ数少ない趣味だということはレルゲンも知っているから、あまりあれこれ言う気にはなれない。

 

 いつもはコーヒーだけなのだが、今日は珍しく、ターニャはキッチンから皿をひとつ持ってきてテーブルの真ん中に置いた。その皿の上には、指先につまめる程度の大きさのブロック状の包みがいくつか載せられていた。

 その包みからは、ほのかに特徴的な甘い香りが感じられた。

 

「エーリッヒさんも、よろしければどうぞ」

「これは、チョコレートか?」

「はい。今日、買い物に行った時にたまたま目に入って」

「ふむ。頂こう」

 

 レルゲンは少し意外に感じた。

 日々の生活費は「大人として」全てレルゲンの懐から支払われており、ターニャはそれに遠慮して、あまり余計なものを買うことはなかったのだ。今どき、チョコレートのような菓子は高級品であり、ターニャが買わないはずの余計なものの一つだった。

 レルゲンが包みを開いてチョコレートを口に放り込むと、ターニャも一つ口にした。

 

「…久しぶりに口にしたが、美味いな」

「疲労には甘いものが良いと言います。お体が糖分を求めていたのかもしれませんね」

 

 レルゲンはその言葉を聞いて、ターニャは軍務に疲れた自分のためにチョコレートを用意してくれたのだろうかと感じた。もしそうだとしたら、嬉しいが、同時に寂しく、残念だとレルゲンは思った。

 たまに嗜好品を買うことがあったかと思えば、それは彼女自身のためではなく飽くまでレルゲンのためなのか。

 どうして? レルゲンがそう思うほどに、彼女は頑ななまでにレルゲンに遠慮しながら日々を過ごしている。

 彼女は代用品でない本物のコーヒーを常備している。これも高級品であり、嗜好品だが、もしレルゲンが特段それを好まない人間だったとしたら、彼女は果たしてそれを買っただろうか。

 

 

 今朝、今と同じ場所でターニャと交わした問答をレルゲンは鮮明に覚えている。

「あまり甘やかさないでください。一人で立てなくなってしまう」

 その言葉と共にターニャが浮かべた自然な微笑み。それを見てレルゲンは、彼女は未だにいつでも「一人で立てる」つもりで居るのだということを直感した。

 いずれ、いつでもこの生活が終わってもいいように。ターニャはそう考えているのだ。だから、レルゲンは「君が立てるようになるまで面倒を見る」と答えた。

 私はいつまででも君を見捨てない。だからもっと頼っていいんだ。レルゲンの言葉にはそんな思いが込められていた。

 しかし、彼女が見せた表情は戸惑いだった。

 

 

「エーリッヒさんは、軍用チョコレートを食されたことはありますか?」

「軍用チョコレートか。私は食べたことは無いが…あれは確か、わざと味を落として作っていたはずだな」

「ええ。私も後から知ったのですが、確かに、美味しいものが前線にあっては無駄に消費されてしまうと危惧するのは当然です」

 

 ターニャの表情は屈託が無く、空いた包み紙を指先で弄る仕草は、かつて彼女が軍服を纏っていた頃からすれば想像できないほどにリラックスしていた。

 しかし、それでも彼女は一人で立っている。

 未だ孤独に、その傷ついた身体で一人、立っているのだ。

 

「それにしても、私自身、航空魔導師用の高カロリーチョコレートを食べたことがありますが、あれは酷い代物です」

「魔導師は大量のエネルギーを要するらしいからな。普通の軍用チョコレートに輪をかけて味は二の次になっているのかもしれないぞ。災難だったな」

「ええ。まあ理屈は理解できます。しかし、私自ら骨を折って手に入れた物資が部下に喜ばれてないと知った時は流石にむっとしたものです」

「ふ、それはさぞかし君の部下たちも肝を冷やしたことだろう」

 

 レルゲンにとって、ターニャを一人養う程度の金銭や手間は少しの負担でもない。多忙な独り身でどうせ金は余らせているし、ターニャは全く手がかからず、逆にレルゲンがその恩恵を享受する始末だった。

 レルゲンは真摯に思う。彼女が心を預けてくれたのならまだしも、それさえ無いのだとしたら、自分は彼女に一体何をしてやれているというのだろうか。

 困らせてくれてもいい。くだらない我儘を言って欲しかった。それがレルゲンの贖罪なのだから。

 そう。「気を使っているのではなく、私がそうしたいのです」というターニャの言葉を、レルゲンもまた胸に秘めていたのだ。

 

 

 だから、会話が一段落した後、レルゲンは今一度改まってターニャに問いかけていた。

 

「最近何か不都合に感じたことはないだろうか」

「何か、とは…」

 

 ターニャは思いがけないことを言われたというような表情だった。

 

「服が欲しいだとか、何かやりたいことがあるという事でもいい。君は少々手がかからなすぎる」

 

 いつもの調子であれば、ターニャは「こうして家に置いて頂いているだけで十分です」というような事を言って、結局何も自己主張することなく終えていた筈だった。

 レルゲンも半ばそれを覚悟してターニャに問いかけていた。しかし、ターニャの反応は、それとは異なっていた。

 

「………」

 

 数瞬の間を置いて、すぐにターニャは「しまった」という顔をした。

 何も欲しいものが無いのであれば、すぐに「無い」と口にしていた筈だ。彼女はそういう人間だ。しかし、そうではなかったということは、即ち彼女が何かを欲しているということの証拠だった。

 

「何かあるのか?」

「いえ……」

 

 始め、ターニャはなんとか誤魔化せないかとばかりに口ごもっていたが、それをじっと見据えるレルゲンを見て抵抗の無駄を悟ったのか、とうとう口にした。

 

 

「…風呂に入ってみたいと、最近、少し思うことがありました」

 

 

 それは恐らく彼女がレルゲンの家に居候してから初めての我儘で、なんとも子供らしく、可愛らしい我儘だった。

 

 




 
ちなみにターニャは
「よぉし挑発したら2号生が絡んでくれたぜボコボコにして見せしめにしてやる」
とか考えていただけです。

でもこのレルゲンさんは「ターニャが何をしても否定的に捉える」という原作とは逆で
「ターニャが何をしても肯定的に捉える」ようになってしまっているので安心です(台無し)

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