ターニャとレルゲンがらぶらぶちゅっちゅする話   作:佐藤9999

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お忘れかもしれませんが、これはターニャとレルゲンがちゅっちゅする話なんです。
 
 



ターニャとレルゲンの温かいお風呂⑤ キスと煩悶

 

 

 旧約聖書曰く、「神」は6日間の内に天地を創造し、その後7日目に休息をとったという。人々もそれに習い、7日間をひとつの区切りとし、その最後に休息日をもうけるようになったとか。

 ターニャは「神」などというものは信じていないが、この休日という制度は良くできていると評価している。ちなみに、自称神であるところの「存在X」は悪魔か何かだと考えている。

 さておき、休日だが、パフォーマンス向上につながる休息を義務とすることの利点は当然として、特定の曜日に様々な業務を一斉に停止しようというのは実に効率的な発想で、ターニャの好むところである。

 おおよそ殆どの仕事というものは単体で完結することは殆ど無く、多くの場合何かの仕事にはその前段階の仕事が存在するわけで、セクションごとに好き勝手に休息をとっていては至る所で組織の血流がストップすることになる。ならばいっそ、皆で休んでしまえばいいのだ。

 合理的なことが大好きな帝国では世界に先駆けいち早く労働時間を管理する法律が生まれ、しかもそれが確かな実行力を持って存在している。

 

 しかし、何事にも例外は存在する。

 休日にこそ必要となる業務や、休日でも関係なく停止できない業務はその恩恵に預かることはできなかった。畜産業などは後者の好例である。休みだからといって家畜達の世話をやめるわけにはいかない。

 軍隊も同じだ。「協商連合の豚共」だとかいう台詞は前線ではよく聞いたものだが、軍隊もまた、いつ世話が必要になるとも知れない家畜共を相手にしなければならない仕事なのだ。

 

 

 ある日の夕食後、コーヒーを片手に雑談を交わす時間の中でレルゲンが言った。

 

「明日は安息日だが、久しぶりに終日休暇がとれた」

 

 それを聞いた時、ターニャは思わず彼を労っていた。

 ターニャの知る限り、ターニャがレルゲンの家に居候するようになってからひと月近くの間、休みらしい休みというものは存在しなかった。少し帰りが早い日が何度かあったくらいで、レルゲンが丸一日を休暇として使用できた日は一度も無い。労働法も何もあったものではない。

 最近のレルゲンは顔色が悪いことも多い。前線では休みどころか朝と夜の区別も無く出動させられていたターニャとしては、実に身につまされる思いだった。

 

「参謀の戦いの場は前線ではありませんが、体力勝負なのは同じです。ゆっくり休まれて下さい」

「…ああ。そうさせてもらおうかな」

 

 数瞬、レルゲンはターニャの言葉に何か含むような間を置いてから同意した。

 何か失言をしたかと一抹の不安をターニャは覚えたが、特に不審な点も見つからず、その場はそれだけで終わった。

 

 

 翌朝、ターニャは定刻通りに目覚めた。

 世の中には安息日には少したりとも仕事をしてはいけないとまで突き詰める過激な発想も存在するらしいが、家事に安息日は存在しないのだ。

 ターニャはいつもの通りの時間に起きて、身支度を終え、新聞をとってきて、朝の用意をし、しかる後にレルゲンの寝室に侵入する。朝、レルゲンを目覚めさせるのもターニャの仕事の一つだ。

 

 軍人にとって時間通りの行動は当然のことであり、寝坊などという失態は万死に値する。この時代、このような寝坊の許されない者のために「目覚まし屋」と「目覚まし時計」という二通りの手段が用意されているが、どうやらレルゲンはどちらも好まないらしい。

 目覚まし屋とは、依頼を受けた家の窓を定刻に叩くことで起床を促す商売のことである。

 そして目覚まし時計とは、まさしく前世では老若男女問わず大勢がお世話になっていたであろう、あの目覚まし時計である。高価なためにあまり普及してはいないが、この時代、既に目覚まし時計は存在していた。

 

 レルゲン曰く、目覚まし屋を雇うのはどうにも落ち着かないため、目覚まし時計を購入して設置していたという。しかし、目覚まし時計で乱暴に起こされるのもまた不愉快なものだとか。

 それを聞いたターニャは共感を覚えた。そして当時、ターニャは居候として家主に貢献できる仕事を探している真っ最中だった。

 朝の準備をしようと思えばどうせレルゲンよりも早く起きなければならないのだから、ついでにレルゲンを起こす程度のことは全く手間ではない。

 ターニャが手ずからレルゲンを起こす事を提案したのは、二人の共同生活が始まってすぐの頃のある朝のことだった。

 

 ターニャの価値観から言えば、毎朝自分の寝室に他人が侵入してきて起床するという事態は考えられない。それに則ればレルゲンにそれと同じことをしようなどという提案は生まれない筈だったのだが、当時のターニャは比較的、そう、比較的必死だった。庇護してくれたレルゲンに穀潰しだと思われるわけにはいかないと、真剣に悩んでいた。

 そんなターニャの思いを知ってか知らずか、レルゲンは遠慮する素振りを見せつつも結局それを許可した。以来、ターニャは毎朝欠かさずにレルゲンを起こしている。

 

 

 

 ターニャはレルゲンの寝室の扉をノックし返事がないことを確かめると、扉をあけて部屋を覗き込む。レルゲンはノックの音や寝室の扉を開ける気配だけで起きることもままあるが、今日はその様子は無かった。

 いくら起こすと約束したとはいえ、ターニャを全面的に信頼して何のてらいもなく眠りこけるほどレルゲンは不用心な男ではない。しかし、今日に限っては起きる必要がないのだ。深い眠りに落ちているのかもしれないとターニャは思った。

 

「ふむ…」

 

 ターニャは部屋の中に入ってベッドを覗き込む。それでもレルゲンが起きる気配は無かった。

 男の寝顔など見ても面白いものではないし、失礼にあたるから今まで注視してみたことはなかったが、その寝顔は普段よりもどこか油断しているように見えた。

 その肩に手を置き、揺り起こすために腕に力を込めようとして…

 

 

「………」

 

 

 ふとターニャは動きを止めた。

 

 果たして、今レルゲンを起こすのは正しい選択なのか?

 今の彼は明らかに過労の状態だ。めったに無い休日、その朝くらい寝坊をしてもいいのではないか?

 

 休日を身体の静養にあてるのと、なにかしらの有意義な活動に使うのと、レルゲンは果たしてどちらを望んでいるのか。

 判断に窮したターニャは、レルゲンの肩に手を置いて寝顔を覗き込んだまま、しばしその静かな寝息を聞いた。

 

(……まるで『休みの日のお父さん』だな)

 

 結局、ターニャはレルゲンを起こすのをやめた。

 

 

 レルゲンの寝室を辞したターニャは、一先ず朝食を完成させるのは後に回し、新聞を読んだりして時間を潰すことにした。

 レルゲンのことだから、放っておいてもその内起きてくるだろう。もし大幅に寝過ごすことがあったとしても、それはレルゲンがそれだけ疲労を溜めていたという証拠になる。やはり休ませてやるべきだったということだ。

 

 しかし、昨日のうちに今日の予定を聞いておくべきだった。

 新聞を広げながら、ターニャはぼんやりと考える。

 

 普段の休日、レルゲンはいつ起きるのか。そして何をして過ごすのだろうか。休日にはゆっくり起きて趣味をして過ごすものと相場は決まっているが…

 そういえば、レルゲンは何を趣味としているのだろう。家の中には特に趣味の品は見当たらない。料理の好みや、コーヒーと煙草を嗜むことは知っているが、それは趣味とは言い難い。

 立派な書斎を持っているのだし、やはり読書家なのだろうか。

 

 つらつらと思考する内にターニャは、自分が「休日のレルゲン」との付き合い方を知らないことに気づいた。それどころか、彼の趣味さえ知らない。同じ屋根の下に暮らし、毎朝レルゲンを起こしているというのに。

 

「………」

 

 相応に距離をおいて極力邪魔にならないように、という他人行儀な考えは改めたつもりだった。

 だから彼の名前を呼び始めたし、朝と夜にキスだってする。自分の貯金を使って物を買うのも控えている。日々の会話も互いに力を抜いて臨めていると思う。

 しかし、それだけでは足りなかったということか。

 

(思えば、彼も私の事をどれだけ知ってくれているというのか。…………?)

 

 

 

「……あっ…」

 

 

 

 朝の音…街の生活音や鳥の鳴き声に半ばかき消されるような小さな声が、意図せずターニャの喉から漏れた。

 

 ターニャは思わず新聞から手を離し、右手で己の顔を覆った。

 その瞬間ターニャは、とある事実に思い至った。

 ターニャは、ある事象について己がずっと非常に主観的な態度をとっていたことに気づいてしまった。

 それはすなわち…

 

 ターニャは殆ど毎日2回レルゲンにキスをしている。しかし、しかしだ。レルゲンの方からターニャにキスをしたことはというと、一度も無かった。

 今までそのことに疑問を抱いた事は無かった。ターニャも無意識の内に「してくれなくていい」と思っていたが、果たして本当にそうだったのか?

 

 それは恐らく些細な事なのだろう。これまでそれが問題になったことは全くなかったのだから。

 彼がターニャにキスをするほど親しみを感じていないというならば、それもまたそれでいい。いや、あまり良くはないが。

 しかし、もしや何か含むところがあるのではないかと思うと、喉に刺さった魚の小骨のように気にせずにはいられない。

 

 そして何より。

 

(『どうしてエーリッヒさんは私にキスをしてくれないのか』…だと……!!!??)

 

 その言葉の字面そのものがターニャにとってはあまりにショッキングだった。

 

(お、お、おのれ…存在X……っ…!! 私が、女でさえなければ…このようなこと…!!!)

 

 まるで自分がそれを望んでいるかのようではないか!

 ターニャは顔を覆って悶えながら、久しぶりに「存在X」に対して恨み節をぶつけた。

 

 …その姿はまるでターニャが左目の眼痛に耐える姿とそっくりであり、そしてターニャはその姿を人に見られていたということに気づいていなかった。

 

「…ターニャ、どうした!」

「…っ!」

 

 ふいに浴びせられた声に対して、ターニャは弾かれたように顔をあげた。

 ダイニングの入り口を見ると、先程まで自室で就寝していた筈のレルゲンがそこに立っていた。

 レルゲンは真面目な表情を浮かべてターニャのもとへと大股に歩み寄ってくる。

 

「エ、エーリッヒさん…! いえ、なんでもありません!」

「…何でもないということはないだろう。傷が痛むんじゃないのか?」

 

 訝しげな表情で顔を覗き込んまれるが、悶えていた理由など説明できるわけがない。

 当の本人にその様を見られるとは、何たる失態か。きびきびと答えながらも、ターニャは己の頬が熱くなるのを自覚した。

 

「いえ、痛むわけではないですし、全く問題ありません」

「…ならば、重ねては問わないが…」

 

 幸いレルゲンはすぐに引き下がってくれた。心中でほっと胸をなでおろしながら、ターニャは開いていた新聞を畳んで立ち上がった。

 早いところ話題を変えるべきだった。

 

「おはようございます。折角の休日にいつもと同じ時間でよいものか判断しかねたので起こして差し上げなかったのですが、大丈夫だったでしょうか」

「ああ、構わない。気を使わせたようで済まないな。朝食もまだなのだろう?」

「いえ、いつもと殆ど変わらない時間です。すぐに作りましょう」

 

 ターニャはごく自然にダイニングを去ることに成功した。

 ただ、その背中をレルゲンが難しい表情で眺めていることには気づかなかった。

 

 

 一悶着あったものの、それから何事もなく二人は朝食を終えた。

 調子を取り戻したターニャは、食器を片付けつつレルゲンに今日の予定を尋ねた。レルゲンの動向によってはターニャの予定も変わってくる。

 レルゲンは「私もそのことを話そうと思っていた」と言って答えた。

 

「昼は書斎で本でも読んでゆっくりする予定だが、夜に少し出かけようと思っている」

「夜ということは、夕食はどうされますか」

「ふむ…外で食べるとしようか」

 

 レルゲンの言葉を聞いて、ターニャは家の中にある食材を思い浮かべた。

 

(ならば夜は一人か。適当に質素なもので済ませよう。こういう時、カップ麺でもあれば楽なんだが…)

 

 身体は小さいし、軍務を退いてから食べる量も減った。なんとなれば夕食を抜いてしまってもいいくらいだ。

 しかし、レルゲンはそんなターニャの考えを否定する。

 

「夜は君も一緒に来て欲しい」

「私も、ですか?」

「君の体調が良ければなんだが…」

 

 そう前置きして、レルゲンは言った。

 

「今日は風呂屋に行こうと思っている」

 

 

 




 
ターニャはレルゲンさんがちゅーしてくれないから不安になってしまったようです。
これは男の見せ所ですよ。


次回、お風呂!!!!!!!!!!!!!!

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