クローゼットを開け、取り出した騎士服に袖を通す。
何年ぶりの事だろう。
仕えるべき主君を失って以来という事は、あの日=ゼロレクイエムからもう4年の月日が経つのか。
いや、まだ4年と言った方が正しいのかも知れない。
あの栄光の日々を忘れた事など刹那とてない。そもそも忘れる事など不可能なほどに満ち足りていた。
だからこそ未だ喪失感が胸に巣くうのだろう。
受け入れたはずだった。あの結末は我が主が望んだことだと、騎士が主君の命に従うのは当然の義務だと、強く強く自分に言い聞かせて納得しようとした。
しかし、陛下が自らのお命を懸けてまで変革を成し遂げようとした世界は、その尊い犠牲に応えてはくれなかった。
無くなる事を望んだ悲劇。
断ち切る事を願った負の連鎖。
だが現実はその想いを嘲笑い、踏みにじり続けている。
それなのに自分は何もできない。騎士という地位を退き、戦場を離れ、フルーツパークの経営者に成り下がる。
当然、陛下の期待を裏切ったこの世界に思う所はある。本来ならば到底看過できる事ではない。
だがしかし────
“もう戦わなくていい”
それが最後に陛下が私に下した命だ。
自分の死に囚われず、己が道を歩め、と。
「だが……」
決意と共に騎士服を纏い、クローゼットを閉じる。
部屋を出る前に、一度だけ部屋の中を見渡す。
一通りの片付け、事務処理は終わっている。跡を引き継いだ経営者は、その日から問題なく業務を行えるだろう。
一度踏み出してしまえば、どんな結果になろうとも、もう二度と自分はこの場所に戻って来る事はない。
心苦しくも平穏な生活を手放す事に、まったく未練が無いと言えば嘘になる。
「それでも、我が主のために」
改めて信念を心に深く刻み込む。
電気を消し、部屋の扉を開ける。
その瞬間、まるで私を待ち構えていたかのように佇む──薄桃色の髪をアップに纏めた──少女の姿が視界に映り込む。
「……アーニャ」
かつて神聖ブリタニア帝国が誇った最強の騎士=ナイトオブラウンズに、最年少で名を列ねた少女。元ナイトオブシックス=アーニャ・アールストレイム。
それが少女の名前だ。
ダモクレス戦役で一戦を交えた際、彼女に掛けられていた記憶改変のギアスを解除した事を機に懐かれ、身寄りもないことからゼロレクイエム以降行動を共にしている。
ギアスの影響なのか、出会った当初は表情の変化に乏しかったが、最近では愛らしい笑顔を見せてくれる事もあった。
けれど今、その顔に浮かんだ表情は険しく、向けられた視線は鋭い。
「その格好……、行くの?」
アーニャが問い掛けてくる。
どうやら私の意志は既に伝わっているようだ。
ならば隠す必要も誤魔化す必要もない。
「ああ……私には成すべき事がある」
「あのゼロの正体が、ルルーシュ陛下だとは限らない」
端的に告げられたアーニャの指摘は正しい。
「分かっている、だからこそ確かめねばならぬのだ」
自らが率いた黒の騎士団を離叛し、再び世界の強者に対して宣戦布告。大量破壊兵器フレイヤを以てそれを実行に移した救世の英雄=ゼロ。
その一連の行動に対して、仮面の下の素顔を知る私が違和感を感じないはずがない。
もちろん陛下が、私に全てを包み隠さず明かしていたとは残念ながら考えにくい。
それでもゼロレクイエムによって誕生した二人目のゼロが、この様な強行手段を執ることは断じてないと思われる。
もし仮に執ることができたとしても、今この時期に行動を起こしはしないだろう。
もっと早い時期に、新たな争いが広がる前に手を打っていたはずだ。
だとすれば考え得る可能性は二つ。
一つは何者かがゼロの名を騙っている可能性。
そしてもう一つが、我が主の帰還。
もちろん常識的に考えれば後者は有り得ないと理解している。
だがその常識もこの世界の一般常識に過ぎない。例外は存在する。私の左目に宿る力もその内の一つだろう。
故に私の執るべき選択も二つ。
前者ならゼロの名を騙った不埒な輩に対し、死を以て断罪を下す。
ゼロの名を汚すという事は、すなわち陛下の名を汚すと同義だ。
そしてもし、後者なら────
「……行かせない」
「そこを退け、アーニャ」
立ち塞がるなら、誰であろうと切り伏せる。例えそれが──娘や妹に対する愛情と同じ想いを抱く──目の前の少女でも容赦なく。
必要とあらば、今すぐにでも腕部内蔵ブレイドを起動させよう。
私の求めにアーニャは首を数度横に振り、真剣な眼差しを私に向けて告げる。
「貴方一人では、行かせない。私も行く」
「ッ!?」
予想とは異なる応えに、私は驚きを隠せなかった。
本気なのか、とは問わない。その強い決意が籠められた瞳を見れば、彼女の意志は理解できる。
「あの方の為にも」
「あの方……、ナナリー様の為か?」
私の問いにアーニャは頷く。
ナナリー・ヴィ・ブリタニア様は、我が主=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア陛下の妹君。現在は神聖ブリタニア帝国の皇帝と成られているが、まだナナリー様が一人の皇女であった4年前、アーニャはナイトオブシックスとして一時ナナリー様の警護を担当していた。その時から今現在に至るまでの親好があったと聞いている。
「あのゼロは……彼女の望んだ世界に……反している。だから、止める」
「そうか」
騎士として、いやそれとも友人としてか。
どちらにしろ私が彼女を拒み、その歩みの邪魔をする理由はない。
もし結果的に再び対峙する事になろうとも、それは互いに譲る事のできない信念ゆえ。
私はただ忠義を貫くだけだ。
彼女もまた己が信念と覚悟を貫くだけ。
「ならば私はもう、何も言うまい。行くぞ、アーニャ」
「うん」
私は歩みを進める。
今一度ゼロへと向かっていく事になるとは、何という皮肉か。
だが、我が忠義は揺るがない。
このジェレミア・ゴットバルトの名に懸けて。
◇
そこは薄暗い部屋だった。光源となっているのは大型モニターが放つ青白い光だけ。当然と言えば当然なのかも知れない。
部屋の主は玉座に座する王の如く悠然と構え、モニターへと視線を向ける。
アメシスト色の澄んだ瞳が見つめる先、映し出された世界情勢や戦況報告、各種データは計画が予定通りに進んでいる事を示していた。
順調?
いや順調すぎる。
何のイレギュラーも起こらない。
それではこちらにとって逆に都合が悪い。
「ルルーシュ様」
背後から名を呼ばれた青年は自らが座る椅子を回転させ、背後へと振り返る。
漆黒の騎士を統べる『王』=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
その視界に映り込むメイド服姿の女性。
「何だい、咲世子さん?」
ルルーシュは微笑みを浮かべて問う。
「まもなく、ソロモンは予定の作戦領域上空へ到達します。ご指示を」
対するメイド=篠崎咲世子は淡々と報告を告げる。
「そうか、もうそんな時間か……。ナイトメアの準備は?」
「ファントムならびにレギオン全機、補給及び整備は完了しております。いつでも出撃可能です」
「ならば今回は私も出よう」
そう言ってルルーシュは立ち上がり、手にしていた闇色の仮面を身に付ける。
『分かっているな、対象者は────殲滅だ』
『イエス、ユア・マジェスティ!!』
ルルーシュが、いやゼロが告げた命令に対し、それに応じる声がどこからともなく室内に響いた。
「いってらっしゃいませ、ゼロ様」
咲世子は漆黒のマントを手渡し、深々と頭を下げ、彼の出陣を見送った。
ある都市の上空。何の前触れもなく、突然空が割れ、それは現われる。
巨大な浮遊物体=黒き天空城。
舞い降りる無数の黒きKMF。
そして始まる『罪人』の狩り取り。
それは虐殺と呼ぶ事すら生温い、おぞましき殺戮の宴。
『くっ、ふははははははッ!!』