コードギアス オルタネイティヴ   作:電源式

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第8幕 【死 を 導く モノ】

 

 

 合衆国日本、首都東京。

 かつてトウキョウ租界と呼ばれていたその中心──4年前の第二次東京決戦の際に使用されたフレイヤによって消失した──旧政庁跡地に再建された中央行政区画には、復権した日本の政府中枢機関が集約されている。

 その内の一つに首相官邸が含まれる。

 官邸の地下駐車場へと入ってきた数台の車列が停車。車両から降りたSP達が周囲を警戒し、車列中央のハイヤーを取り囲むように警護に当たる。

 車内には二人の男の姿があった。

 官邸の主と、その主席秘書官。

 

「あまりお時間がありません。30分後にお迎えに上がります、それまでにご用意を」

 

「……分かった」

 

 憮然とした態度の秘書官の言葉に、彼は若干表情を強張らせながら応えた。

 

 日本という名を取り戻した国家の新しい代表、内閣総理大臣=扇要。

 小規模レジスタンス(テロリスト)グループメンバーから、国際的地位を確立した黒の騎士団の副司令、事務総長を経て一国の代表へと上り詰めた男。

 そう表現すると剛腕を振るう野心家をイメージするかも知れないが、彼の気性はそれとは真逆だった。

 人が良く、親しみやすい。その反面、気弱で優柔不断、言ってしまえば限りなく凡庸な人間という評価に至るだろう。

 就任当初こそゼロと共に戦った事実、黒の騎士団幹部としての実績が認められ、人気と人望を集めたが、現時点ではその事実が彼を窮地に立たせていた。

 

「本当はこの状況下で持ち場を離れられない方がよろしいかと思うのですが……」

 

 秘書官は愚痴とも取られかねない指摘を呟く。

 

「すまない」

 

 扇も自分の立場が如何に危ういか理解している。

 

 あの救世の英雄=ゼロに見限られた黒の騎士団の出身者。

 それだけで周囲の視線は酷く厳しいものへと変わっている。

 特に日本人にとって彼の人気は他国より高く、日本解放を掲げて超大国ブリタニアに挑んだ一連の行動は英雄譚として語り継がれ、その影響力は計り知れない。

 また総選挙が間近に迫っている事もあり、今回の出来事=ゼロの離叛と粛清について、与野党共に利用しようとしている節がある。

 さらに言えば、連日続く危機管理対策会議の合間を縫った今回の帰宅が周囲に知られれば、国家の代表として無責任だとの批判は免れず、野党に付け入る隙を与えてしまうことだろう。

 只でさえ与党重鎮の傀儡と揶揄され、国民の支持率も低水準を推移している。

 それらを踏まえた結果、即日不信任決議案が可決され、総理の座を追われてもおかしくない状況だった。

 

「何れにしろ、奥様にはよろしくお伝え下さい」

 

「ああ、ありがとう」

 

 扇は謝意を伝え、車を降りた。

 黒の騎士団時代の機密データを取りに戻る、というのが帰宅の大義名分となっている。

 しかし本来の目的が別にある事は秘書官も気付いている。

 良くも悪くも愛妻家である事は周知の事実だ。

 エレベーターへと向かう扇の周囲をSP達が囲む。

 

 ゼロによる粛清の対象者は間違った力を行使した者。

 つまり何らかの『罪』を犯した者。

 自らが清廉潔白な存在でないことは彼自身が一番理解している。

 過去にレジタンスを率い、テロ行為に手を染め、罪もない犠牲者を生み出した。

 また黒の騎士団の幹部としても、結果的に多くの生命を奪ってきた。

 粛清の対象であることは覆しようのない事実。

 そしてその対象は自分だけではない事を。

 

「ありがとう、ここまででいい」

 

 そう言ってエレベーターに乗り込んだ扇は、扉が閉まったのを確認して大きく息を吐いた。

 

 蓬萊島の惨状を目にした時、黒の騎士団時代の仲間の安否が気掛かりだった。

 時の流れて共に黒の騎士団を離れた今現在でも交友のある者も多い。

 しかしその直後に行われたゼロによる宣言、間違いを犯した強者に対する宣戦布告を聴き、耳を疑った。

 その宣言はオリジナルのゼロによって行われたものと酷似していた。

 それはゼロレクイエムの真相に気付き、それを事実として受け入れた者だけが気付けるのかも知れない。

 かつてブリタニアに挑んだゼロの再来を予感させ、それはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの再臨を意味していた。

 

 仮に彼が生存していたとして、その目的は何なのか?

 

 世界から紛争をなくし、世界平和のために罪人を裁く。

 多くの人々はその行為を歓迎するだろう。まるで英雄であるゼロには、人を裁く権利があるとでも言うように……。

 言葉巧みに真実を覆い隠し、ギアスによって奇跡を演出し、人心の掌握を得意とした最初のゼロ。自分もまた、かつてそんな彼の姿に魅せられた一人である。

 だからこそ同じ轍は踏まない。

 その行動の裏に隠された真の目的は、変わらなかった世界に対する復讐か、それとも神を騙った愚かな野望か。

 いや理由なんてどうでもいい。問題はこれからどうするかだ。

 それを話し合う為にこの5日間、昼夜を問わず危機管理対策会議が開かれている。

 けれど議場は紛糾し、一向に話がまとまる様子はない。

 ただゼロを心酔する議員からは、拘留中また服役中の犯罪者や元軍人を生贄として進んで差し出す、という過激な案まで飛び出した。

 

 それが決め手というわけではないが、愛する妻の顔が見たくなった。電話やメールで会話を交わしたが、もうすぐ二人目の子供が臨月を迎える事もあり、過保護になっているのだろう。そう自分でも分かっているのだが……。

 

「……千草」

 

 込み上げる不安と共に、妻の名前が口から零れる。

 

 扇千草、かつてヴィレッタ・ヌゥと呼ばれていたブリタニア人。

 ゼロレクイエム後に日本に帰化し、扇要と結婚。彼との間に男児を儲ける。

 人種を越えたその愛を、一時は日本とブリタニアの和平への象徴と見る動きもあった。

 

 だが彼女の真の経歴を知る者は少ない。

 扇要と結婚する=日本国内閣総理大臣の妻となりにあたり、彼女の経歴、特に軍歴は秘匿隠蔽された。

 元軍人であった彼女は当然軍事行動に従事し、一例としてシンジュクゲットー壊滅作戦に参加。日本人(イレヴン)虐殺にも関与した過去を考慮すれば当然の処置だろう。

 もしそれを国民が知れば、国家の運営に支障をきたす事態になる事は容易に想像できる。

 そしてその過去故に彼女もまた、ゼロの断罪=粛清の対象となっている事は間違いない。

 

 エレベーターが停止し、扉が開く。

 

「ただいま」

 

 リビングダイニングへと続く廊下に声を掛けるが返事はない。

 ただそれだけの事なのに強い不安を抱き、同時に言い表す事のできない嫌な感覚に襲われる。

 一国の代表の居邸である以上、セキュリティは万全であり、異常を感知すればすぐに自分の下にも連絡が来ているはずだ。

 ただ単に自分の声が聞こえなかっただけ、仮眠をとっている最中という可能性もあるだろう。

 気を落ち着かせるために理由を考え、自分を納得させようと試みる。

 それでも何かがおかしいと本能が囁き、それが何なのか理解できない事が不安を増長させる。

 脈打つ鼓動が速くなり、息苦しさを覚えた。

 

「千草!」

 

 夕闇が迫り薄暗い廊下を、妻の名を呼びながらリビングダイニングへ向かって歩む。

 その速度も通常より速く感じる。

 いつもならこの時間、彼女は夕食の準備をしているはずだ。夕食の買い出しに出掛けている可能性が無いわけではないが、お腹が大きくなった彼女が出掛ける事は少なくなった。

 そもそも仮に出掛けたなら、付き添いの家政婦やSPが連絡してきている。

 

 明かりの灯っていないリビングダイニングの扉を開けた。

 

「ッ!?」

 

 刹那、部屋の中に充満していた噎せ返るような血臭が強く鼻腔を突く。

 口元を押さえ、込み上げてくる胃の内容物を無理矢理嚥下する。

 どうにか正気を保ちながら、電灯のスイッチに手を伸ばし、蛍光灯が光を灯したその瞬間────

 

 視界が赤く、

 朱く、

 紅く、

 赤黒く染まる。

 

 目の前に広がっているその凄惨な光景に、もはや理性を保つことなど不可能だった。

 

「うわああああああああああアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAA────」

 

 扇は絶望の咆哮を上げる。

 

「あ…あぁ……」

 

 到底受け入れられるはずのない悪夢が目の前に存在していた。

 惨殺され、さらに死者を冒涜するかのように破壊された三つの死体。

 鮮血に染まる愛する妻と息子。

 そして、もうすぐ産まれてくるはずだった娘──だったモノ。

 

 白い壁に血液で書かれたと思われる悪意ある文字。

 

“Unhappy Birthday”

 

「嘘……だ……。なぁ……千草? 武? 嘘だって…言ってくれ! ……頼むから」

 

 現実を受け入れる事のできない扇は、おぼつかない足取りで妻の亡骸の下へ辿り着き、震える手でその身体に触れる。

 

 刹那、胎児に代わり彼女の体内に埋め込まれたセンサー爆弾が起動する。

 溢れ出す激しい閃光が室内を照らし出し、全てを包み込んだ。

 

「────」

 

 そして彼の意識もまた、白き光の中で永遠に閉ざされた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 夜の帳に抗うかのように、舞い上がる紅蓮の炎が蹂躙し、全てを焼き尽くす。

 炎の勢いから考えて、首相官邸と呼ばれた建物が完全に焼失するのに、そう時間は掛からないだろう。

 そんな首相官邸に程近い──各省庁関連のオフィスがフロアを構える──高層ビルの屋

上に、その光景を見下ろす複数の人影が存在していた。

 彼等の姿は異質だった。

 皆が一様に白の仮面を身に着け、白銀の鎧──といってもその形状は統一されていないが──を纏い、刀剣を携帯する。

 敢えて形容するなら、彼等は異形の騎士とでも呼べるだろう。

 

「嗚呼、実に甘美だわ」

 

 露出度の高い軽鎧にローブという出で立ちの女は恍惚の表情を浮かべ、その身を悶えさせながら、燃え盛る首相官邸を見つめていた。

 

「身を引き裂かれるような絶望の中で放たれる魂の叫び。怒りも嘆きも、悲しみも憎しみも全てが籠められている絶望こそ、至極の感情。そうは思わない?」

 

 女の問い掛けに賛同の声はなく、騎士の一人が一瞥の後に吐き捨てる。

 

「くだらない」

 

 それだけを呟き、まるで興味がないと言わんばかりに踵を返した。その動きに別の騎士二人も追従する。

 

「もう、『デストレス』達はつれないわね。ねぇ、『ペイン』なら……って何でもないわ」

 

 別の騎士に同意を求めようとした女は、視線を目的の騎士へと向けるが、すぐに諦めた。

 彼女の視線の先、戦闘(バトル)ドレスに身を包んだ少女が宙を舞う蝶を追っていた。

 

「うふふ、蝶々さん。きれーです♪」

 

 幼さを残す喜声を上げ、無雑作に蝶へと手を伸ばし、触れたその手で躊躇なく握り潰す。

 

「あははは、蝶々さん死んじゃいましたー♪ うふ、うふふふ」

 

 そして楽しげに満面の笑みを浮かべた。

 少女が抱くのは狂気ゆえの純真さだろう。

 

「でも、どうしてこんなまどろっこしい手段を取るのかな? メリッサ…じゃなかった、この『カルネージ』様のラングリッサで、まとめて殺っちゃえば良いんじゃないのかな?

 こんなんじゃ全然楽しくないよー、つまんないよー。こんな島国まで付いてくるんじゃなかったよー」

 

 屋上の端に腰を下ろし、脚をぶらつかせる小柄な少女=カルネージは、不機嫌な表情を浮かべて不満を口にする。

 何もかもが物足りない。

 それが彼女の現在の心境だった。

 

「だったら貴方はお留守番してたら良かったのに。ちゃんとできたらお菓子が貰えたかもしれないわよ」

 

「わたしを子供扱いしてるのかな? わたしが子供ならディスペアは年増のオバサンだよー。自分の肌年齢に絶望すれば良いんじゃないかな? にゃはは♪」

 

 女=ディスペアの皮肉に、カルネージもまた皮肉で応える。

 

「ッ、このクソ餓鬼が!!」

 

「黙れ、ディスペア」

 

 感情のままに叫び、今にも抜剣しそうな程の殺気を放っていたディスペアに対し、ただ一人静かに眼下の炎を見下ろしていた騎士が、背後に視線を向けることなく一蹴する。

 フルフェイスの兜に異形の全身甲冑(フルプレート)を身に纏ったその姿は、彼等の中でも群を抜いて異質だと言えた。

 

「そう言われても、私にも女としてのプライドが……」

 

 反論するディスペアだったが、そのトーンは先程までと比べて明らかに下がっていた。

 彼女は、いや彼女達は強く認識し理解している。

 その騎士こそ自分達を統べる存在であり、それだけの力を有している事を。

 

「ディスペア、カルネージ」

 

『……はい』

 

 自身のコードネームを呼ばれた二人は身体を強張らせる。

 静かな口調であったが、その言葉には他者を圧倒する重圧と、畏怖を強制する力を持っていた。

 

「我らが任務はお前達を悦ばせるための行為でも、楽しませるための行為でもない。

 お前達は自身の存在意義を忘れたのか?」 

 

 彼女達に背を向けたまま騎士は問う。

 

「い、いえ、そんな事は……」

 

「だ、大丈夫だよー」

 

 だがその背から放たれる重圧が彼女達を束縛する。

 嫌な汗が噴き出し、背筋が凍り付いた。

 

「我らはあの方の駒。全てはあの方が命じるままに、望むがままに、求めるがままに、その御心のままにのみ剣を振るう。その為だけに存在している。

 それに異を唱える者は必要ない、邪魔だ。今ここで私が処分しよう。

 今一度問う、何か異論はあるか?」

 

 その言葉に籠められたのは研ぎ澄まされた明確な殺意。

 圧縮された高濃度の殺意は彼女達に刃貫かれる錯覚を見せ、防衛本能は生命の危機だと警鐘をならす結果となる。

 彼女達は事実として知っている、その言葉が冗談などでは無い事を。

 一度剣が抜かれれば容赦も躊躇いも後悔もなく、無慈悲に死という事実のみを刻む。

 眼前に突き付けられた死に抗えるはずがない。

 訪れる静寂。

 

「異論はないようだな。任務は完了した。これより撤収する」

 

『イエス、マイ・ロード!』

 

 まるで逃げるかのように彼女達は未だ戯れるペインを引き連れて姿を消した。

 

 再び訪れる静寂。

 

「そう、全ては御心のままに……」

 

 白き異形の騎士は改めて決意を呟き、拳を握り締める。

 既に退路はなく、立ち止まる事は許されない。

 いや、元よりそのつもりはない。

 ただ望むままに前へと進むだけ。

 強いビル風が吹き抜け、その言葉は世界に溶け込み消えていく。

 そして騎士もまた、闇の中へと姿を消した。

 

 その騎士の名は『破滅を喚ぶ騎士(ナイトオブルイン)』。

 己が全てを主人に捧げ、やがて世界を滅ぼす者。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 扇要、その名前は世界中の多くの者が知っている。

 新たな日本=合衆国日本の初代首相であり、元黒の騎士団最高幹部の一人。

 救世の英雄ゼロの副官として、彼と共に不当な力を行使する強者に挑んだ男。

 世間は彼の事をそう評価していた。

 

 もちろん元黒の騎士団媒体情報管理長=ディートハルト・リートが撮影し、持ち出した第四倉庫の映像──第二次東京決戦におけるゼロ死亡報道の真相=黒の騎士団日本人幹部の独断的ゼロ暗殺(未遂)──が、もし仮に公開でもされればそんな評価は簡単に覆ってしまうのかも知れないが……。

 

 一方、本来の彼をよく知る黒の騎士団メンバーの中でも、特に紅月カレンは付き合いが長く、親しい間柄だったと言える。

 出会いは黒の騎士団の前身となった小規模レジスタンス組織だった時代よりさらに前、日本が神聖ブリタニア帝国の侵略を受ける以前に遡る。

 彼は亡き兄=紅月ナオトの古くからの親友だった。故に物心付いた時には、彼が身近に居る事はある意味当然として認識していたのかも知れない。

 ブリタニアの侵略、そして占領統治に対して、兄達は日本解放を夢見て抗いを決意する。レジスタンス……いや、実際はそんな生易しいモノではない。テロ集団を組織し、暴力を暴力によってねじ伏せようとした。

 あの頃はまだ、テロ行為によって何かを変えられると信じ、それしか方法がないと思っていたが故に。あの頃の自分達は幼く、そして愚かだったとカレンは後悔する。

 

 結果、兄は死んだ。遺体さえ回収できなかった事から考えても、綺麗な死でなかったことは容易に想像が付く。

 一時はそれを理由に、兄は行方不明であり、まだ生きているという希望に縋ったこともある。

 だが日に日に悪化していく現実に、否応なく死を受け入れざるを得なかった。

 兄の死に絶望した自分を支えてくれたのが彼だった。兄の夢を引き継いでくれた、言うなれば自分にとってもう一人の兄のような存在。

 

 そんな彼が死んだ?

 

 首相官邸の爆発と焼失。

 その時間、彼がその場所に居た事は秘書官の証言から確認が取れている。

 爆発の原因は不明、調査中とのこと。

 しかし、事故ではなく外的要因の可能性が高いとされた。

 

 だとすれば誰が?

 

 いや、分かっているはずだ。

 

「────ルルーシュ、まさか貴方が……」

 

 カレンは思い浮んだ名を呟く。

 

 ゼロによる裁き? 

 

 その可能性はある。

 事実、彼もまた罪を背負う者の一人だ。レジスタンスとして、黒の騎士団メンバーとして、人を殺めてきた過去を決して覆すことは出来ない。

 罪人である以上、ゼロによる断罪の対象となっていたのは間違いない。

 だが一方で理解できない事がある。

 

 何故今回、彼──とその家族──だけに裁きを下したのか?

 

 首相官邸への襲撃──と思われる──の前後に、漆黒の騎士が日本領内に出現したという報告はない。つまり意図的に彼だけを狙った事になる。

 断罪という名の粛清を行うゼロだが、今日までそんな非効率な行動を起こしたことはない。

 けれどゼロ=ルルーシュであるなら、その理由に仮説が立てられる。

 私怨。

 4年前の第二次東京決戦直後、黒の騎士団幹部がギアスの存在を知った際、進んでルルーシュを糾弾したのが扇要だった。

 例え利害が一致し、互いを利用していたとしても、それは裏切りと呼べる行為だったのかもしれない。

 

 果たしてそれはどちらに対しての裏切りか?

 

 無論両者に言い分はあるだろう。

 もしルルーシュがあの出来事を根に持っていたとすれば動機となり得る。

 でも……違う。

 仮にルルーシュがそれを根に持っていたとすれば、悪逆皇帝となった時点で黒の騎士団幹部を処刑する事も可能だったはずだ。

 だけど彼はそうしなかった。それは自分亡き世界に、まだ黒の騎士団は必要だと、冷静に判断した結果なのだろう。彼は私情を棄て、ただ最愛の妹の事だけを考え、自らの命を明日に捧げた。そのはずだった……。

 再びゼロを名乗った彼が目指しているのは、新世界=穢れ無き世界の構築。世界の行く末を見据えている彼が、今さら私情を優先させるとも思えない。

 ルルーシュではないとすれば一体────

 

「やはり……お兄様……なのでしょうか?」

 

 ナナリーもまた兄による行為だという仮説に辿り着き、心を痛めた様子だった。

 

 自分の知る人間がまた一人消えていく。

 扇首相とはブリタニア皇帝の立場として、関係改善や国交正常化の為に何度も会談を行い、共に数々の問題を乗り越えようと努力してきた。

 その過程で彼の人となりを知り、信頼関係を築くことが出来たと思っている。

 出来る事なら今後も両国の為に手を携えていければと考えていた。

 けれどそれはもう実現不可能となってしまった。

 

「ごめん、ナナリー。そういうつもりじゃなかったの」

 

 自分の呟きがナナリーを苦しめた事に気付き、カレンは彼女の考えを否定する。

 

「そうだよ、ナナリー。性急に結論を出さない方が良い」

 

 スザクもまた、カレン同様に今回の件に関しては疑問を抱いていた。

 

 自分達の計画=新世界構想ゼロレクイエムにおいて、黒の騎士団の大多数のメンバーが粛清の対象であったことは事実だ。当然その中には彼=扇要も含まれていた。

 しかし、彼の立場は4年前とは大きく異なっている。

 現在の彼は黒の騎士団幹部ではなく国家の代表だ。取り分け合衆国日本は超合集国連合の中でも大きな影響力を保持し、粛清に伴う混乱は社会情勢に影響を及ぼす可能性が高い。

 それを考慮すれば、現時点で彼を殺害するメリットは低い。

 

 そもそもゼロの行為を人々が認め、また総選挙が近付く国内情勢を考えたとき、彼が総理の座を追われるのも時間の問題だったはず。

 それが分からないルルーシュではない。

 だとすれば今回の事件はルルーシュの手によるものではなく、ゼロを崇拝する者、または現政府の方針に異を唱える反ブリタニア勢力によるテロ行為と考えたほうが良いのかも知れない。

 だが、何故か胸の奥がざわつく。言い表すことの出来ない嫌な感じがする。既に何か大きな流れが動き始めているのに、自分にはそれが何なのか知る術がないというようなもどかしさ。現状の不安が齎す錯覚、気のせいなら良いが……。

 

「それに……」

 

 スザクはもう一度手にした仮面を一瞥した後、真っ直ぐに前を向いて言葉を続けた。

 

「ルルーシュにこれ以上、罪を背負わせたりはしない」

 

 スザクは自らの決意を口にする。自らの言葉で、自身を戒めるかのように。

 

「僕は、僕の信じる正義を貫こうと思う」

 

 自分が英雄であり続けることを望んだのは、他ならぬルルーシュだ。

 その想いに応える為に、例え再び彼の前に立ち塞がる事になったとしても。

 その結果、またナナリーを傷付けてしまう事になったとしても、もう立ち止まらない。

 

 今この瞬間、枢木スザクは再び死を迎える。

 

「……ありがとう、スザク。いえ、ゼロ」

 

「スザクさん、ありがとうございます」

 

 カレンとナナリーもスザクの決意を受け止める。

 それにスザクは頷きをもって応えた。

 

「だから────」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 その夜、世界に衝撃が走った。

 誰もがその光景に目を疑い、その言葉に耳を疑った事だろう。

 

『我が名はゼロ!! 力ある者に対する、断罪者である!!』

 

 突如として世界に向けて発信された、ゼロによる二度目の声明。

 その内容は驚愕すべきモノだった。

 

『ゼロを支持する全ての人々よ。

 私は今ここに宣言しよう、私こそが真のゼロであると!

 聞け、我が名を騙る愚かな者よ!! 正義による断罪という幻想で人々を騙し、虐殺という蛮行で己の独善を押し付ける。貴様こそ、英雄の体裁を取り繕った人殺しだ!!

 よってその大罪、我ら黒の騎士団が裁く!!』

 

 ゼロが行った自分自身に対する宣戦布告。

 それは二人のゼロが率いる黒の騎士団と漆黒の騎士による、新たなる騒乱の幕開けだった。

 そして世界はより一層の混迷を極める事となる。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 某国の砂漠地帯、そこに公には存在しない事になっている軍事施設は存在しているはずだった。

 そう、過去形だ。既にその施設の存在は、本当にこの世界から消滅する事が確定している。上空より舞い降りた、たった一機のKMFの手によって。

 抵抗虚しく残骸と化したKMFが堆く積み上げられ、その頂点に死神と化した黒きKMFが立っていた。

 ファントム、漆黒の騎士を率いるゼロ専用機。

 そのコクピット内部、ゼロ──いや、ルルーシュはモニターに映し出されたもう一人のゼロの姿、そして彼が騙る言葉に笑みを浮かべて呟いた。

 

「ようやくその気になったか、スザク」

 

 その声はまるで彼の台頭を待ちかねていたかのような声だった。

 

「挑んでくるが良い。歓迎してやるさ。俺達は、友達だからな」

 

 ルルーシュは手袋を填め直し、操縦桿を握り締める。

 同時にファントムの背に広がる4枚のエナジーウイングによって、その機体は空へと舞い上がる。

 

「だから────」

 

 口元に歪んだ笑みを浮かべ、トリガーを引く。

 その瞬間、胸部装甲、また肩部と腰部の装甲が展開され、放たれた無数の紅き線条が周囲の全てを貫いていく。

 また一つ、世界平和への生贄が捧げられた。

 そしてファントムはその名が示す幻影のように、噴き上がる炎の中へ消えていった。

 

 

 

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