コードギアス オルタネイティヴ   作:電源式

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溢れ出した白き闇
幕間 Ⅲ 【過去 の 幻影】


 

 

 合衆国日本、首都東京。

 その新興開発区画の一角に存在する飲食店=喫茶『一成』。

 あまり広くはないが、趣のある落ち着いた店内。昼間はカフェとして軽食を、夜はバーとして酒を振舞う。客の大半が休憩中、また仕事終わりの会社員となっている。常連客は居るものの、お世辞にも儲かっているとは言い難い経営状態だった。

 

 この店のマスター兼オーナーの名は玉城真一郎。かつて黒の騎士団の母体となったレジスタンスグループに所属し、黒の騎士団へと組織が変容した後も、前線で戦い活躍した優秀な戦士(本人談)。

 その功績が認められ、後にゼロから内務掃拭賛助官なる役職を与えられる。

 ゼロレクイエム後に黒の騎士団を退団し、戦場を離れ、こうして自分の店をオープンさせた。

 

 玉城を知る多くの者が、彼の事を性根は仲間想いである一方、思慮は浅く感情的、脳天気なお調子者、金遣いに難ありと評するだろう。

 だが今現在の彼はその評価と大きく異なり、全身を強張らせ、険しい表情を浮かべていた。

 

「くそッ、何で出ねぇんだよ!?」

 

 玉城は苛立ちを隠すことなく、乱暴な手付きで携帯電話の操作をリセットし、再びある番号へ掛け直す。

 しかしその行動に意味はなく、結果は変わらない。

 

『────です。お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、お繋ぎできません。こちらは────』

 

 繰り返されるのは無機質な音声ガイダンス。

 その機械音声を再度耳にして、玉城は堪らず携帯電話を投げ捨てる。携帯電話は壁に当たって跳ね返り、そのまま床の上を転がった。

 ひび割れたディスプレイに相手の名前が表示されている。

 

 扇要。

 

「落ち着け、玉城」

 

 興奮した様子の玉城に対して、冷静さを求めるスーツ姿の男の名は南佳高。

 彼もまた元黒の騎士団の最古参メンバーの一人であり、幹部として第一特務隊隊長を務めた後、旗艦斑鳩の艦長を務めた経歴を持つ。

 ゼロレクイエム後に黒の騎士団を退団。この店の共同出資者となる一方、小さいながらも自らの会社を興し、経営者となる。

 

「南の言うとおりだ」

 

 南の言葉に同調する男の名前は杉山賢人。

 南と同じく元黒の騎士団の最古参メンバーの一人で幹部を務めていた。ゼロレクイエムを機に黒の騎士団を退団した後、かねてからの夢だったミュージシャンを目指し、路上ライブに明け暮れている。

 その端整なルックスから女性ファンも多く、日の目を見る日もそう遠くはないのかも知れない。

 

「この状況で落ち着いてられるワケねぇだろッ!!」

 

 二人の言葉を無視し、玉城は店の壁に設置されたテレビ画面を指差し、興奮を抑えることなく叫んだ。

 画面の中では、ニュースキャスターが頻りに首相官邸の惨状について報道を行い、切り替えられた映像には、無惨にも骨組みだけを残して焼失した首相官邸の残骸が映し出される。

 その官邸の主=扇要と、この場にいる者達は親しい間柄だった。古くから共にブリタニアと戦った仲間であり、友人でもある。黒の騎士団を退団し、彼が一国の代表となった後も交友関係は続き、頻繁に連絡を取り合っていた。

 

「あいつが死んだなんて、信じられっか!?」

 

 玉城は二人に問う。

 

『…………』

 

 玉城の問い掛けに、南と杉山は沈黙する。

 

 確かにニュースでは秘書官の証言はあるものの、遺体が発見されたとは報じられていない。ならば万に一つ、生存の可能性を完全に否定する事は出来ない。

 けれど彼等は事実として知っている。遺体を見付ける事ができない状況下で死んでいった数多くの仲間達を……。

 現に官邸の焼け跡を見る限り、遺体さえ焼き尽くす劫火であった事は想像に難くない。

 

 そして玉城が必死で彼の死を否定しようとしている理由、その心情を彼等は理解している。だからこそ、少しでも不安を共有できる者を求めて、この店を訪れたのだろう。

 

「け、けどよ。もし……扇が殺されたって言うなら、次は俺達の番じゃねぇのか……?」

 

 玉城は自らの不安を吐露し、頭を抱えてカウンターへ突っ伏す。

 

『ッ』

 

 玉城の言葉に南と杉山の表情は、さらに深刻さを増した。

 

 ゼロの黒の騎士団離叛と声明から5日。現状の社会情勢を考えた時、もし扇の死がゼロの裁きによるものなら、その裁きの手は確実に自分達にも伸びてくる。

 彼と自分達は近しい立場である。レジスタンス(テロリスト)として、黒の騎士団メンバーとして、武力を行使し、自らの手を血に染めてきた。

 その過去を覆す事は出来ず、自分達はゼロが粛清の対象とする罪人となるのだろう。それが犯した罪に対する報いなのか……。

 

 改めて自らの罪と置かれている現実を突き付けられ、言い知れぬ恐怖と重圧に沈む3人。

 それに呼応するかのように、店内の空気も酷く暗澹なものへと変わっていた。

 だが直後────

 

 カランカラン。

 

 静寂を打ち破るように、店の入口のドアに取り付けられたベルが、店内の空気とは対照的に軽快な音色を奏でる。

 それと同時、店内へと流れ込む外気と共に足音が響く。

 

「今日はもう閉店だ。お前さ、クローズの札が見えねぇ……のか……よ………」

 

 その来訪者に対し、顔を上げた玉城は、おおよそ接客業に従事する者とは思えない粗暴な態度で応対する。間近に迫った死の影に不安と焦り、苛立ちを抱いている今の心理状態では、他者に八つ当たりしてしまうのも無理はない。

 ところが彼は途中で、まるで毒気を抜かれたかのように茫然となり動きを止める。

 彼にとってある意味で現状の問題を越える衝撃であった。

 

「どうした、玉城?」

 

「誰か知り合いか?」

 

 玉城の異変に気付いた南と杉山の二人も、店の入口へと視線を向け、そして彼等もまた玉城同様に驚愕の表情を浮かべて言葉を失う。

 

 彼等の視線の先には一人の男が立っていた。

 軍服を思わせる白いロングコートに身を包み、腕に白銀のガントレットを装備。足下は軍用ブーツ、腰には日本刀に似た長刀を携えている。

 明らかにこの場に、いや日常生活に不相応な格好と言える。否が応にも人目を惹くであろうその姿に、普段の玉城ならコスプレでもしているのかと、からかうように皮肉の一つでも口にしていただろう。

 けれど現状でそんな事は不可能だった。

 彼等を驚愕させている理由、それは銃刀法を無視したその出で立ちによるものではない。

 

「……何で……お前……」

 

「……まさか」

 

「嘘……だろ……どうして…」

 

 彼等は男の顔を知っていた、既に死亡しているはずのその顔を……。

 当然の疑問が思考を支配する三人をよそに、男は無表情のまま、腰に携えた長刀の柄にに手を掛け、一歩一歩ゆっくりと歩みを進める。

 

 そして刃は鞘から解放された。

 

「ッ、よせ!!」

 

 だが、男に制止の言葉は届かない。

 無意味だった。

 だから、男に対して望まれた結果に変更はない。

 

「止めろ、ナオ────」

 

 白刃が剣呑な輝きを放ち、迷いなく獲物へと襲いかかる。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」

 

 断末魔の叫びが店内に木霊した。

 

 

 

 

 

 ただ店内にはテレビから発せられる音だけが響いている。

 

 振るわれた力が齎したのは紛う事なき死という事実。

 床に広がる血溜まりの中、自らが創りあげた惨状に顔色一つ変えることなく、男は次のターゲットを探すかのように店内を見回した。

 

 与えられた任務は目標の殲滅と目撃者の排除。

 目標が元テロリストである事は事前に教えられていたが、抵抗らしい抵抗を受けることは無かった。

 また店内及び周囲に目撃者と成り得た生体反応は確認できない。

 結果、これ以上ないほどに簡単な任務だったと言っても良い。子供にお使いを頼む方が、よほど難度が高いだろう。

 ただ男がそんな皮肉を抱く事は不可能だったが……。

 

 ふと、一切の感情を読み取る事の出来ない虚無の瞳が、ある一点で留まる。

 

 天井近くの壁に掛けられていた写真の一つ。

 中央に写るのはウエディング衣装に身を包んだ──現在死亡が報じられている──扇要とヴィレッタ・ヌゥ(当時)。その二人を取り囲む仲間とその関係者達の姿。4年前、仲間内だけで行った結婚式の際に撮られた記念写真。

 

 男は二人の結婚を祝福する人々の中から、笑みを浮かべた彼女の姿を見付け出す。

 

 赤みを帯びた跳ねた癖毛が特徴的な活発そうな少女。

 

「……カレン」

 

 呟くように小さく告げられた名前。

 その瞬間、それまで無表情だった男の顔に初めて感情が浮かぶ。

 暗き深淵の底に灯った儚くも温かな光。

 

 懐かしさ、そして愛おしさ。

 

 しかしそれも一瞬のこと。

 それが何であるか、どのような感情であったのか男には理解できなかった。

 男は再び無表情で無感情となり、血脂を払うと長刀を鞘へと戻し、もはやこの場に留まる意味はないと言うかのように踵を返した。

 

 カランカラン。

 

 主を失った店内に虚しくベルが鳴る。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 時は過去へと遡る。

 

 そこは冷たく薄暗い空間だった。剥き出しのケーブルやパイプが張り巡らされ、空調の排気音と複数の機械の稼働音が低い唸りを上げている。

 その一角、液晶パネルと一体になった巨大なコンソールの前にドレス姿の女が立ち、映し出された映像、また複雑な数式やグラフ、各種データに見入っていた。

 

 艶のある長い黒髪、整った顔立ち、白い肌に凹凸のハッキリした抜群のボディライン。

 見る者全てに嫉妬と羨望、相反する二つの感情を強く意識させる。

 しかし彼女はただ美しいだけでも、高貴さを感じさせるだけでもない。

 彼女の瞳、そして彼女が纏う雰囲気は、他者を圧倒する明確な『強さ』が存在していた。相対する他者が、思わず畏れを抱いてしまうほどに。

 

「適合率35パーセント、か。う~ん、期待はずれ。思い通りにいかないものね」

 

 期待を下回る報告結果に対し、女は落胆したように溜息を吐く。

 

「……申し訳ございません」

 

 彼女の呟きに応えたのは──周囲の近代的な機器とは対照的な──宗教関係者を連想させる長衣に身を包んだ男。

 

「素体の資質は充分高く、理論上では貴女様の期待に応える事は可能だと思われます。

 ですが、これ以上同じ方法を繰り返したとしても、望まれる成果は期待できないかと……」

 

 男は躊躇いながらも、確かな事実を指摘する。

 

 刹那────

 

「私に意見するつもり?」

 

 女の視線が液晶画面から外れ、正面から男を捉えた。

 

「この計画にどれだけの費用が掛かっているのか、貴方が知らないはずないわよね? それに貴方の代わりはいくらでもいるわ。

 その場合、貴方の存在意義は無くなるんだけど、貴方は色々と知りすぎているから」

 

 女の視線が鋭さを増し、そこに殺気が籠められる。

 その視線に射抜かれただけで、男は全ての自由を封じられてしまう。指一本動かす事は出来ず、思考さえも奪われた。

 下手をすれば呼吸さえも止まってしまうだろう。

 故に謝罪の言葉を口にする事も出来ない。

 

「ふふっ、冗談よ。貴方を殺しても何のメリットもないもの」

 

 女は見る者を魅了する無邪気な微笑みを浮かべ、それだけで人を殺せそうな濃度に達しつつあった殺気を消すと、再び液晶画面へ視線を戻した。

 殺気から解放された男は、不足する酸素を得るために荒い呼吸を繰り返す。

 

「さてと、じゃあ次は出力を今の二倍に上げてみて」

 

 まるで新しいオモチャで遊ぶ子供のような嬉々とした女の声に、男は耳を疑った。

 

「し、しかしこれ以上は負荷に耐えられる保証が────」

 

 ない。

 断言できる。

 皆無と言ってさえ良い。

 現状で既に許容範囲ギリギリなのだ。もしこれ以上負荷を加えれば、その結果どうなるのか、彼女も十二分に理解しているはず。

 失敗は目に見えている。

 そう、奇跡が起こりでもしない限り。

 

「だから?」

 

 だが女は事実を気に留める素振りなど一切見せることなく、逆に男の考えの方が間違っていると言いたげだった。

 軽蔑すらしているのかも知れない。

 

「この程度で壊れるなら、所詮それまでだったというだけ。私が欲しいのはその先、この世界の常識を覆してくれる子だもの。

 今回がダメなら、また新しいのを造ればいいだけでしょ? 問題ないわ」

 

 男は改めて女の狂気に触れる。

 彼女には常識、倫理、道徳と言った物は通用しないのだろう。

 そしてどれだけ言葉を尽くしても、その事実は変わらない。

 

「ほら、早く早く」

 

 女は好奇に瞳を輝かせながら男を促す。

 

「……イエス、ユア・ハイネス」

 

 残念ながら男に逆らう力も選択肢もない。

 彼女に抗える人間は存在しないのではないか、とさえ思いながら、彼はコンソールに指を走らせた。

 

 実行されるプログラム。

 表示される数値やグラフがすぐに反応する。

 

「意識領域への再接続を開始。接続率上昇、適合率許容レベルを突破。バイタル、意識ともに限界数値です! 拒絶反応、抑制不能! やはりこれ以上は!?」

 

「まだよ」

 

 女が見つめる液晶画面の中、常人には到底理解できない機械の塊に繋がれた同じ顔の少年少女達は、刻印が齎す──気が狂いそうになるほどの絶望的な──苦痛に抗えず、断末魔の咆哮を上げる。

 ある者は血涙を流し、ある者は狂ったように笑い続け、ある者は泡を吹き、ある者は吐瀉物にまみれ、ある者は失禁し、身体を痙攣させ、やがて動かなくなっていく。

 

 画面を埋め尽くす赤いエラーメッセージ。

 それは結果が失敗である事を物語っていた。

 

「あ~あ、やっぱり今回もダメだったか」

 

 さも当然のように女は告げる。

 その顔に罪悪感や憐憫の情は微塵も存在しなかった。

 

「あの子レベルが量産できれば面白いんだけど……。いいえ、あの子が特別なのかも知れないわね。ま、終わった事をいつまでも言ってても仕方ないわ。

 いつも通り後の処理は頼んだわよ。次までに綺麗にしておいて」

 

 そう言いながら女は──既に目の前で起きた光景に興味を失ったかのように──コンソールを離れ、部屋の出口へと向かっていく。

 

「さて、愛しい我が子と今日は何して遊ぼうかしら」

 

 慈悲と母性に満ち溢れた『母親』の仮面が微笑(わら)う。

 

 

 

 帝国に巣くう深い闇は、未だ晴れる事を知らない。

 

 

 

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