黒の騎士団EU支部が所属不明KMFの襲撃を受けた同時刻。
黒の騎士団ブリタニア支部を無事に飛び立った航空艦隊が合衆国日本へ向け、太平洋上空を航行していた。
ゼロの要請を受けたブリタニア支部もまた、EU支部同様に一部の駐留部隊を残し、精鋭及び主力部隊の派遣を決定する。
艦隊の哨戒任務に当たるのは、ブリタニア支部が独自に開発した新型KMF実験機=ゼフュロス中隊。空中戦に特化したその姿は既存のKMFとは大きく異なり、人型ではなく戦闘機に近い形状をしていた。
軽量化の為にマニピュレーターを廃した武装腕部は、腕としてよりも翼としての役割に比重を置いている。
後の世では新たな派生型として、KMFではなく別のカテゴリーで呼ばれるようになるのかも知れない。
電気産業革命を経て、電気機関や高い変換効率を誇る太陽電池を発明し、クリーンかつ安定的なエネルギー資源を手にしたブリタニア。
それに伴い電磁モーター、電熱タービン、電熱ジェット推進装置、そしてフロートシステムなど、電力を主とする動力機関が大半を占めている。KMFのユグドラシルドライブも、その核となるコアルミナスに特殊鉱石サクラダイトが使用されているが、生み出されるのはやはり電気エネルギーに他ならない。
そんな中でゼフュロスをさらに異端としているのが、化石燃料を使用したジェットエンジンを補助動力源に搭載している事だろう。
化石燃料による内燃機関は、それこそ過去の遺物として扱われている。その為、多くの技術者達は前時代的だと揶揄し、軽蔑の眼差しを向けるに違いない。
しかし、アフターバーナー機能を有したゼフュロスは、爆発的な加速性能を誇り、短時間ではあるが亜音速での航行及び戦闘を可能する。
空爆や陽動、奇襲や対艦戦闘など用途を限定する事で、高い制空権を誇示する事が可能と推測されている。仮に実戦の機会があったなら、否定的な意見を覆す勇姿を見せる事だろう。
閑話休題────
ゼフュロス中隊の陣頭で指揮を執るのは、
戦闘機に近いKMFの操縦に関して言えば、彼以上の空中戦闘能力保持者は居ないだろう。ゼフュロスのパイロットの育成と、その指揮を任せられるのは必然の事。
元ナイトオブラウンズメンバー=ナイトオブスリーであった彼もまた、ゼロレクイエムを機に一度は戦場を離れた身のはずだった。
彼を縛っていたナイトオブスリーという肩書きと重圧は薄れ、ブリタニアの名門貴族だったヴァインベルグ家は帝都ペンドラゴンに投下されたフレイヤによって潰えた。
思えば騎士となった切っ掛けは、籠の鳥を嫌っての事だった。
もう彼はナイトオブスリーでも、ヴァインベルグ家の家督相続候補でもない。ただ一人の人間であるジノ・ヴァインベルグとなる。
その事に気付けたのはダモクレス戦役でのことだ。
戦場を離れたジノは世界中を旅して、様々な人々と出会い、様々なモノに触れ、ブリタニアの貴族であった頃、ラウンズであった頃には知り得なかった多くの事を学んだ。
人の想い、自然の偉大さ、政治、宗教、異なる価値観、自分が立った戦場の傷痕。
だからこそ彼は強く思う。
二度と過ちを繰り返してはならない、と。
その想いを胸に黒の騎士団へ参加した彼は、ゼロと共に現皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアを支え、祖国ブリタニアの再建活動に尽力した。
経歴が示す高いKMF操縦能力を発揮し、未だブリタニアを憎悪する反ブリタニア勢力の武力行使を鎮圧。またその力を誇示する事で牽制とする。
彼等の活躍や現皇帝の政治手腕によって、ブリタニアは思いのほか早く再建の道を辿り、かつての国力を取り戻しつつあった。
その結果、先々代皇帝時代に行われた武力侵攻で植民地とされ、エリアと呼ばれた国家に対する補償や賠償協議、国交正常化交渉などが進み、ブリタニアを取り巻く社会情勢は改善の方向へと向かっていた。
もちろんその裏には、故ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが遺した再建プランが存在していたのだが、その事実を知る者は数少ない。
しかし世界はその努力を、その想いを否定する。
再び燃え上がる戦火。
その炎さえ容易く呑み込む業火、突如始まったゼロによる断罪という名の粛清。
そして断罪者ゼロに宣戦布告を行った二人目のゼロ。
広がっていく混乱は、やがて世界を分断し、再び世界を大きな戦いの渦へと導いていくのだろう。間違っていると気付いたとしても、もう誰にもその流れを止めることは出来ない。
それが魔王を討ち果たした英雄が手にしてしまった強大な魔力。
スザク、お前は一体何を考えているんだ?
ジノはトリスタンのコクピットの中で、ギリッと奥歯を噛みしめる。
彼はゼロの正体が、かつての同僚であり友人=枢木スザクだと気付いている者の一人だ。
どちらのゼロがスザクで、もう一人のゼロの正体が誰なのかは知らない。
けれど、どちらであれ、この世界に混乱を齎している存在である事には変わりないのだから。
果たして彼──いや、彼等は本当に世界の行く末が見えているのだろうか?
『ジノ隊長。このような任務は我々に任せ、休息を取っては如何ですか? 出航準備の時から、あまり休まれていないようですが……。これでは隊長のお身体が────』
険しい表情で沈黙するジノを気遣うように、部下の一人が声を掛ける。
その声にジノはハッとしたように思考から抜け出した。
「ありがと、ルドルフ」
ルドルフ・ヒューラー。
黒の騎士団ブリタニア支部のエースパイロットであり、ゼフュロス部隊本来の隊長である。ジノの指揮下に入った後、彼の副官を務め、年も近いことからプライベートでは友人関係を構築していた。
「けど私なら大丈夫だ。東京には会いたい人が待っているからな、少しでも早くと気ばかりが焦ってしまう。それならこうして哨戒に出ている方が気が紛れるというものだ」
自分の身を気遣ってくれる心優しい副官に対し、ジノは明るい口調で応えた。
東京に着いたなら、まずは黒の騎士団を率いるゼロの素性を確かめる事が先決だ。
その上でスザクだと確認できたなら、拳の一つでも叩き込んで目を覚まさせなければならない。
今ならまだこの世界を止める事が出来る知れない。
全てが手遅れになる前に、正義に対して正義で抗う事が無意味であると気付かせる必要がある。
『もしかして、その人は隊長の彼女さんですか?』
「不謹慎だぞ」
言葉とは裏腹に相手を咎めるような口調でない。
ただ、ルドルフの言葉を聞き、ジノの脳裏に紅髪の女性の姿が過ぎり、彼は僅かに苦笑する。
残念ながら彼女には既に二度ほど振られていた。
日本には三度目の正直と、二度あることは三度あるという諺があるらしい。
なら、もう一度だけ想いを告げてみるのも良いかも知れない。多分結果は後者であると薄々感じているが。
『そんな……、隊長から振ってきた話じゃないですか』
「はははっ、悪い悪い」
不満げな表情を浮かべるルドルフを、軽く宥めながらジノは苦笑する。
もちろん本来ならそんな軽口を叩ける状況でないことは彼も理解している。
自分達が戦おうとしている相手は、圧倒的な戦力=軍事力を有する英雄。
その人物が本物か、あるいは偽物か、それを判断するのは個人の価値観であり、己が胸の内に抱く正義感だ。
ある者はこの世界を導く真の救世主と呼び、またある者は偽りの英雄を騙る詐欺師と呼ぶ。
現に信頼していた部下の中にも、漆黒の騎士を率いるゼロこそ真の英雄とし、黒の騎士団を離れていった者達が居る。
相手は現在、静観の構えを取っているが、こちらが明確な対決姿勢を取っている以上、敵の再編行動を黙って見逃すとも思えない。戦力が分散している現状、相手の戦力を考えれば各個撃破は容易だろう。
いつ相手が攻めてきてもおかしくない現状では、常に緊張の糸が張詰め、気を抜く事が出来ない。ただそれを表に出す事は許されない。部隊を指揮する立場として、自分の言動は部下の心理状態に影響を与えてしまうのだから。
しかしその直後、不安は現実のものとなってしまう。
前方に突如放たれた光をファクトスフィアが捉え、注視していたレーダー画面から先行する味方機の反応が消え、別の反応が出現する。
「っ!?」
ジノがそれに気付くと同時に通信が入る。
『こちら一番艦ブリッジ、先行哨戒機との通信途絶!』
輸送艦のオペレーターが焦りと脅えを含んだ声で報告する。
「分かっている。こちらでも確認した」
『隊長ッ!』
「落ち着け。ルドルフ、お前までそんな様子でどうする!」
『……すみません』
襲撃の可能性は全員が理解していたはず。ただ、やはりそれが現実の物となった時、幾ら精鋭部隊と言えど、浮き足だってしまうのは仕方のない事なのかも知れない。
だが、不測の事態にこそ求められるのは冷静さであり、決断力と状況把握能力だ。
「全艦及び全部隊、迎撃戦闘体勢へ移行! 各自守りを固めろ! 私が前に出る、ゼフュロス部隊は輸送艦の護衛に当たれ!」
『イエス、マイ・ロード!!』
ジノの命を受け、各輸送艦は停止して艦砲を起動。搭載中の各KMF部隊は射撃武装を手に出撃。また上部甲板に上がり、迎撃の構えを取る。
その動きを横目で一瞥し、ジノはトリスタンをフォートレスモードからKMFモードへ
と移行させ、両手に一対の長剣を装備させた。
エクスカリバー。
かつてのナイトオブワン専用機=ギャラハッドの専用武装であったが、悪逆皇帝ルルーシュに対する反乱時、裏切りの騎士=枢木スザクが駆るランスロット・アルビオンとの戦闘で破損。回収後に双剣として修復され、トリスタン・ディバイダーへと搭載される。
しかしダモクレス戦役において再びランスロット・アルビオンによって破壊されてしまう。ただ元々双剣としてあまりに長い剣身であり、相応に重量もあった。それ故に取り回しが悪く、トリスタン・ディバイダーがその性能を充分に発揮できていたとは言いづらい。
ゼロレクイエム後、ルルーシュに如何なる思惑があったのかは不明だが、ダモクレスより運び出され、保管されていたエクスカリバーを黒の騎士団が接収。破損した剣身を加工し、改めて双剣として修復する。当然剣身は本来の姿よりも短くなったが、それでも通常型MVSと同程度であり、実体剣でありながらMVSに勝るとも劣らない切れ味を損なうことはなかった。
一時の静寂が訪れ、緊張と重圧が場の空気を支配する中、前方から迫る艦影がディスプレイに映し出される。
「っ、まさか────」
映し出された艦影を見て、ジノは驚愕の表情を浮かべた。いや、彼だけではない。全兵士が同じ思いだったに違いない。
向かってくるのは高速航行を目的に、特別に設計されたアヴァロン級航空艦。
その優美なフォルムの艦体に描かれているのは、神聖ブリタニア帝国を象徴する獅子と蛇の紋章。それが意味するのは、ブリタニアが建造した──グレートブリタニアに代わる──皇帝専用艦=ブリュンヒルデ。
つまりは現皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニア陛下の御乗艦であった。
どうしてブリュンヒルデが、ブリタニアと同盟関係にある自分達を攻撃してくるのか?
外見を模した偽物というなら構わない。破壊すれば良いだけの事だ。
だがもし本物だとすれば──既に撃墜されたのか──護衛艦の姿がない事から、黒の騎士団に敵対する何者かに奪取された可能性も考えられる。
現にIFFは正常に機能している。そもそもインペリアルコードを複製する事は不可能に近い。
その場合、ナナリー皇帝陛下の安否は?
蓬萊島で行われた超合集国連合主要国参加の非公式協議に出席。黒の騎士団を離反したとされたゼロの襲撃を受けたが、どうにか難を逃れ、昨日合衆国日本を経由してブリタニアに帰国するとの報告は受けていた。予定の航行ルートから逆算すれば、確かに時間は合う……。
最悪のケースがジノの脳裏を過ぎる。
彼女を失えば、ようやく安定したブリタニア国内情勢は揺らぎ、己が立場だけを考える旧貴族派帝国議会議員の政争に巻き込まれ混迷するだろう。
しかし直後、事態は一変した。
『ブリュンヒルデより信号を受信! これは……ッ、急難信号です!!』
オペレーターの報告と同時、それはブリュンヒルデの後方より出現する。
蒼いエナジーウイングを大きく広げた白銀の騎士。
その姿は優美にして荘厳、力強くも気品を感じる一方で、シャープなフォルムとは対称的に大型の盾を連想させる装甲を纏った両腕が異様さを放っている。
他に機影はなく、そのKMFこそが本当の敵と考えて間違いない。
ブリュンヒルデを、延いては大国の代表を単騎で襲撃する。それを可能とするだけの力と覚悟を相手は保持している。
果たして相手は何者なのか?
機体に所属を示すようなエンブレムは描かれていない。
機体色から考えても、敵対する漆黒の騎士に属する者と、すぐに断定することはあまりにも時期尚早だ。
現時点では所属不明機とする他ない。
『隊長、ここは我々が!』
相手は単騎。数的優位に立つが故に、部下達の気が逸るのは仕方がないことだ。
そんな彼等の想いとは裏腹にジノは告げた。
「全部隊に告げる。ブリュンヒルデを護衛しつつ転進、速やかに現空域より離脱しろ。ルドルフ、後の指揮はお前に任せる」
『ッ!? しかし────』
ルドルフは理解できないと言いたげに、食い下がるように反論しようとした。
もちろんその理由、彼の心情はジノも理解している。
自分は優れた戦闘能力を有する精鋭部隊に、たった一騎の敵を前にして、戦わずに逃げろと命令しているのだ。
ブリュンヒルデの護衛がどれ程重要か、理解はしているだろう。
それでも、彼等にも精鋭部隊に所属しているというプライドがあり、到底すぐには受け入れられない命令に違いない。
ルドルフに関しては、ただ純粋に友人として自分のことを心配する気持ちがあるだろう。もしかしたら他の部下も、一人残る上司を心配する気持ちを抱いてくれているのかもしれない。
もしそうなら嬉しいが、だからと言って命令を撤回するつもりはない。
「いいか、これは命令だ。反論は許さない。判ったな?」
だからこそジノは責任ある立場として、強く言い聞かせるように命令を下す。
『……イエス、マイ・ロード。隊長、御武運を』
ルドルフは渋々了承すると言った声音で答えた。
それで良い。
ジノはレーダー画面を一瞥し、背後の様子を確認した後、ディスプレイに映る白銀の騎士に鋭い視線を向け、操縦桿を握る手に力を込める。
相手はこちらの動きを待っていたのか、対峙するかのように動きを止めていた。
言い知れぬ異様な重圧を放つ白銀の騎士。
自分は苦い過去の実体験として知っている。たった一人、たった一騎のKMFに、帝国最強と謳われたラウンズ四人が、直属部隊と共に敗北を帰した事実を。
その光景を鮮明に思い出してしまうのは、相手の機体がその相手=ランスロット・アルビオンに似ているからか。
それとも………。
『相手の力に気付いて部下を下がらせる。
状況判断能力が高い、なかなか優秀な指揮官じゃないかな? さすがは元ナイトオブスリー=ジノ・ヴァインベルグ卿だよー』
白銀の騎士から放たれた、幼い少女のものと思われる愛らしい声。
「……子供?」
不測の事態にジノは思わず驚きの声を上げる。
もちろん、僅か14歳という若さでラウンズの座に就いた元同僚=アーニャ・アールストレイムの例もある。
しかしゼロレクイエム以降、子供が戦場に立つケースは減少傾向にある。残念ながら皆無とは言えず、先進国に限る、もしくは紛争地域を除くと注釈が付くのが実状だが……。
『それは年齢? それとも精神という意味かな?
残念だけどカルネージさんは、もう大人だよー。コーヒーだって飲めるし、男女の営みだって理解しているよー。子供扱いすると怒っちゃうよー。
それでも良いのかな? 問答無用で殺っちゃっても良いのかな?』
子供っぽく不満を口にする──自称大人の──カルネージ。
「君は何者だ?」
気を引き締め直し、ジノは相手に素性を問い質す。
例え子供でも、未確認のKMFを駆り、単騎で大国の代表を襲撃するような相手だ。
『さっき言ったじゃないかな? ジノぴょん、もしかして記憶力ないのかな? カルネージさんはカルネージさんだよー』
カルネージ=Carnage? 意味は殺戮か? 本名とは到底考えられない。つまりは異名、コードネームの類と考えるべきだろう。
「目的は何だ? 何故、皇帝専用艦を襲った?」
もちろんその理由は一つしかないはずだ。
ナナリー皇帝の身柄、もしくは生命そのもの。
だが彼女の答えはジノの考えとは違っていた。
『さあ? カルネージさんは理由なんて知らないよー。わたし達はあの方が望むがままに命令を遂行するだけ、ってルインが言ってたんじゃないかな?
だからカルネージさん達は命令通りに要人を拉致したり、恐喝したり、暗殺したり、邪魔者を排除したり、処分したり、殺したり、殺したり、殺したりするんだよー』
明るく自らの行いを暴露するカルネージとの会話からジノは幾つかの情報を得る。
まず彼女は複数人から成る組織──機関や部隊を含む──に属していること。
彼女達には意志を決定し、命令を下す上位者が存在していること。
ルイン=Ruin、滅びや破滅を意味するコードネームを持つ仲間がいること。
彼女達は非合法活動に従事し、この世界の影で暗躍していること。
彼女がそれを何とも思わないほどの狂気に囚われていること。
そしてその情報から、ある考えに辿り着く。
「まさか、扇首相の死も……?」
先日、合衆国日本で起きたテロ行為と思われる爆破事件。日本国首相=扇要と、その家族が犠牲となった。現状が現状だけに、彼の経歴と死が黒の騎士団団員に与えた影響は少なくない。
ブリタニアとの国交正常化に抵抗する反ブリタニア主義者の犯行との見方もあるが、今のところ明確な犯行声明は発表されていない。
『大せいか~い♪ そうだよー。日本の首相さんを殺ったのはカルネージさん達なのですよー。えっへん!』
カルネージは誇らしげに暗殺の事実を肯定する。