「なぜ彼を?」
『それもカルネージさんは知らないよー。そもそも、そんなに理由とか目的とかって必要なのかな?』
「君は理由もなく、人を殺すのかッ!?」
悪びれた様子のないカルネージの態度に、ジノは声を荒げた。
『ダメかな? いけない事かな?
ブリタニアの先々代の皇帝も言ってたよー、原初の真理は弱肉強食だって。カルネージさんはホント激強だよー。だから弱者を喰らうんだよー。がおぉーっ♪』
そう言ってカルネージは楽しげに、無邪気に笑う。
「ッ!」
聞こえてくる笑い声に、ジノは激しい怒りを覚えた。
確かに神聖ブリタニア帝国第98代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニアは、兵士達を前にそう提唱した事がある。
だがそれは兵士を鼓舞するための言葉に過ぎない。皇帝としての権利を行使し、義務を果たした彼だからこそ、その言葉には重みがあり、強い理念や思想が籠められていた。
けれど彼女の言葉には、まるでそれを感じない。理念も矜持もなく、理由や目的すらない。ただ、享楽を求めて戯れているだけだ。
その為にかつてラウンズとして、仕えるべき主と認めた王の言葉を利用し、汚すことは許せなかった。
「君の考えは間違っている」
『ふんっ、だったら何だって言うのかな?』
ジノの否定にカルネージは面白くなさそうに鼻を鳴らして応える。
「私が君を止めよう。これ以上、過ちを繰り返さないために」
エクスカリバーを構えるトリスタン。
『止める? つまりこのカルネージさんを殺すってことかな?
はぁ……、ジノぴょんは全く理解してないんじゃないかな? 死ぬのは弱者のジノぴょんの方だよー』
嘲笑を通り越し、呆れた様子でカルネージは告げた。
それは自身に、また騎乗機に対する絶対の自信を窺わせる。
ジノも理解していた。目の前の敵が生半可な相手でない事は、その機体が放つ異様な重圧からも感じ取る事が出来る。
だが、それでも────
「では、試してみようか!!」
言うが早いか、トリスタンは白銀の騎士へと斬り掛かった。
半瞬、ディスプレイに映し出されていた白銀の騎士の姿が消え、エクスカリバーは虚空を斬り裂く。
『むだむだ♪ 時代遅れのKMFじゃ、このカルネージさんの愛機=ラングリッサは止められぬよー。にゃはははは♪』
エナジーウイングの羽ばたき一つで遙か上空へと舞い上がった白銀の騎士──ラングリッサから、カルネージの嘲笑が降ってくる。
突如として視界から消えるその機動性は──当時最強の騎士であったナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタインのギャラハッドを屠った──ランスロット・アルビオンと同等。いや、それをも上回っているように思えた。
KMFにおいて世代の差が機体性能に圧倒的な差を生む事は、ランスロット=第七世代とそれ以前の機体。またギャラハッド=第八世代相当とランスロット・アルビオン=第九世代相当の一件から考えても否定しようのない事実。
そして相手の機体もまた、第九世代以降である事は間違いない。トリスタン=第八世代相当との機体性能の差は歴然。
しかしこの時はまだ、ジノの表情に諦めの色は皆無だった。
「まだまだ、これから!」
そう、彼が今騎乗する機体はトリスタンでもトリスタン・ディバイダーでもない。第九世代以降のKMFに対抗するために、更なる進化を遂げていた。
トリスタン・アクティブ、それが彼の新たな剣の名前だった。
可変機であるが故にエナジーウイングとの相性が悪く、その搭載は見送られたが、代わりにゼフュロスの運用データを基に開発された小型内燃機関=補助ジェットエンジンを搭載。さらに機体各部にスラスターを追加している。
またサクラダイトの使用量を増加。出力強化に伴い、ブレイズ・ルミナスの展開を可能とした。
故にその名が示すとおり、機動性能・最大出力はまさしく第九世代KMFに相当する。
ジノはトリスタンをフォートレスモードに移行させると同時、補助エンジンに点火し、ラングリッサを追う。
「ぐあっ」
加速時に発生したGがその身に襲い掛かり、ジノは思わず苦悶の声を漏らす。
実戦機動は今回が初めてだった。シミュレーターで体感した以上の負荷に、喉の奥から鉄の味が込み上げる。
それでも彼は耐え抜き、速度を落とすことなくラングリッサへ最接近すると、可変翼の前面に仕込んだMVSを起動させる。
その瞬間、翼は機体制御を司る本来の役割から──トリスタン(・ディバイダー)が持ち得なかったフォートレスモードに於ける近接武装──敵を斬り裂く刃へと姿を変えた。
擦れ違いざまに剣翼をラングリッサへと叩き込む。
MVS加工に加え、爆発的な加速で得た運動エネルギーは敵機の装甲を、そして例えブレイズ・ルミナスを展開されたとしても、それすら容易く両断する。
対物質エネルギー装甲として高い性能と信頼を誇る電磁シールドではあるが、単純に出力で上回る一撃を以てすれば、実体剣でも対抗できる。
実際ジノの記憶にはダモクレス戦役終盤、ダモクレス内部で行われた蜃気楼との戦闘において、蜃気楼が誇る絶対守護領域と呼ばれた電磁シールドを斬り裂いた事実が残されている。
だが────
『おおっ、やるね』
驚嘆の声を上げ、ラングリッサを僅かに半歩下がらせるカルネージ。
それだけでトリスタン・アクティブの剣翼は擦ることもなく、彼女の眼前を通り過ぎていく。
どれだけの威力を秘めた一撃も、当たらなければ意味がない。
「ならば!」
ジノはトリスタンを上空で急転回させ、さらに両腕のメギドハーケンを射出。撃ち出された左右のメギドハーケンは結合し、ラングリッサへ向け──電磁シールド対策として集束率と出力を高めた強化型──ハドロンスピアーを放つ。
『いいよいいよー♪ その調子だよー。もっとカルネージさんを楽しませてくれるかな?
ね、ジノぴょん?』
直撃コースで自機に迫る高威力ビームを前にしても、カルネージは動揺することなく、むしろジノの抵抗を心から喜び、楽しんでいる様子だった。
そして今度は回避行動を取ることなく、ラングリッサはハドロンスピアーが迫る前方へと両腕を突き出す。
刹那、空に閃光が弾けた。
膨大な光量が視覚を奪い、共に生まれた衝撃波が大気を震わせる。
「ッ!?」
予期せぬ閃光と衝撃波の発生にバランスを崩したトリスタン。
ジノは咄嗟に愛機を再びKMFモードへ移行させる事で態勢を立て直す。
閃光が消え、視覚がその機能を取り戻した時、彼が見たディスプレイの中に白銀の騎士の姿はなかった。
そう、美しく気品さえ感じさせた白銀の騎士は存在しない。
代わりにそこに存在して居たのは、もはや到底騎士とは呼べないであろう、長い腕と巨大な爪を持つ異形の獣だった。
両腕に纏い、大型の盾を連想させていた装甲が可変し、巨大で鋭利な爪と化している。
「……まさか」
ジノは息を呑んだ。
彼の表情は驚きを隠せない。
直立する異形の獣。
その姿はかつて黒の騎士団と神聖ブリタニア帝国の戦いにおいて、ブリタニア軍兵士達を恐怖と絶望の淵に叩き込んだKMF=紅蓮弐式(及び可翔式、聖天八極式)を彷彿させる姿であった。
もし自分の考えが確かなら、あの巨大な爪を持つ両腕には輻射波動機構が内蔵されている。ハドロンスピアーを相殺したのは、そこから放たれた輻射波動弾によっての事だろう。
つまり4年前に太平洋上で戦った事のある紅蓮可翔式よりも、攻撃性能だけで考えれば
単純計算で2倍。
エナジーウイングの搭載やOSの進化を加味すれば、その戦闘能力は──あのランスロット・アルビオンを討った──紅蓮聖天八極式をも凌駕している可能性が高い。
『どうかな? この──え~と確か可変式……いいや──なんかすごい腕を展開したラングリッサの真の姿は! こうなったラングリッサは、もう誰にも止められないよー。ジノぴょん、終わっちゃったんじゃないかな?』
その言葉は決して過信などではないのだろう。
現存するKMFの中でも、未だ最強と名高い紅蓮聖天八極式の突破力を、KMF乗りで知らない者など居ない。
その紅蓮聖天八極式を超える可能性を持つKMFを、もし相手が乗りこなせると言うなら、例え元ラウンズの自分でも対等に戦う事は……。
絶望にも似た思いを抱くジノの脳裏に、これから訪れるであろう敗北の未来が過ぎる。
『さてさて、じゃあ今度はこっちからいっくよー』
身を強張らせるジノとは対称的に、明るく溌剌とした様子でカルネージは宣言した。
彼女の言葉に合わせ、ラングリッサはエナジーウイングを大きく広げ、羽ばたきと共にトリスタンへ向けて猛然と突進する。
「くっ……」
眼前に急接近すのは、獲物を前に牙を剥く凶獣の姿。
それでもジノは絶望に抗おうとした。
「まだだ! こんな所では終われない、私にはまだやるべき事がある!!」
向かってくるラングリッサに対し、トリスタンは鋭くエクスカリバーを突き出す。電磁シールドをも貫く神速の一撃。
だがラングリッサは軽やかに身をひねり、トリスタンの一撃を躱すと、その凶悪な爪でエクスカリバーの剣身を掴み、握り締めるように力を込めた。
次の瞬間、エクスカリバーは無惨にも砕け散る。
「そんな────がっ!?」
『つっかま~えた♪』
トリスタンの両肩を力任せに掴んだ──MVS加工が施された──ラングリッサの爪が装甲深くに食い込み、内部の電気系統を切断。トリスタンの両腕はその機能を失い、哀れにも力なく垂れ下がった。
『もう終わりかな? 最初から結果は分かっていた事だけど、カルネージさんはまだ全然楽しめていないんじゃないかな? でもそろそろ時間だから終わりかな? 本当に残念だよー』
ラングリッサの禍々しい爪の内側に紅い光が灯る。
『弾けろ、だよー』
展開された膨大なエネルギーの力場から放射される輻射波動を受け、トリスタンの装甲は苦もなく熔解し、両腕は内側から膨張していく。
「くそっ!」
ジノは直ぐさま肩部から両腕を
しかし時既に遅く、システムは彼の行動を受け付けず、分離する事が出来なかった。
直後、限界を迎えた両腕は付け根から爆散する。
ディスプレイを埋め尽くす警告メッセージの中には、強制的な脱出装置の起動を告げるものも含まれてはいた。けれど無情にも、脱出装置は起動しない。駆動系やOSにまで深刻なダメージを受けている。
「……くそっ……こんな所で……」
機体を侵蝕するダメージを前に、ジノは諦めたように操縦桿から手を離した。
味方部隊及びブリュンヒルデが戦闘空域より離脱する時間を稼げた事が、せめてもの救いだろう。
本当に、そうなのか?
「いや……違うな。ここで諦めるなんて私らしくもない!」
ジノは機体調整用コンソールを展開させ、目まぐるしく指を走らせる。
プログラムの修復、破損部の隔離、新たなバイパスの構築。
フロートシステムの維持には成功するが、圧倒的に時間が足りない。
彼の抵抗を嘲笑うかのように、機体ダメージは侵蝕の手を弛めることなく、やがて耐久限界へと近付く。
『どう足掻いても無駄じゃないかな? これで終わだよー♪』
カルネージは笑みを浮かべながら、まるで獲物をいたぶるようにラングリッサが放射する輻射波動の出力をゆっくりと上げ────
『何をしている、『カルネージ』?』
突如として響いた第三者の──凍り付くような冷たい──声。
それと同時、ラングリッサの肩の上に、忽然とその姿を現わした声の主=異形の鎧を身に纏った白き騎士は、フルフェイスの兜の下に隠した鋭い視線で、コクピット内のカルネージを射貫いた。
『ひゃっ!? ル、ルイン!? あわわ、何でここにいるのかな?』
畏れるルインの予期せぬ出現にカルネージは驚きを隠せず動揺する。
『私はお前に忠実な任務の遂行を求めたはずだ。あの方の命を忘れたのか?』
『そ、そんなことないよー。全然ないよー』
異形の騎士より放たれる明確な殺意に、カルネージは恐怖に支配された。
『カ、カルネージさんの記憶能力を嘗めないで欲しいかな?』
逆らえば死ぬ。
対応を間違えれば死ぬ。
例えKMFに騎乗していたとしても、死ぬのは自分の方だ。
その結果に疑いを抱けないほどに、目の前の騎士は恐るるべき存在だった。
カルネージは慌てて輻射波動の放射を停止させた。
それによってトリスタンを包んでいた輻射波動の光が消える。
辛うじて爆死を免れたジノは大きく息を吐いた。
二人の会話から情報を補足すると、ルインと呼ばれる騎士とカルネージは対等な関係ではないようだ。力関係はハッキリとしている。
そしてルインの言葉とカルネージの行動結果から考えて、少なくともルインは現段階で自分を殺すつもりはないらしい。
助かったのか?
いや、それは楽観的過ぎる。
ここは一時的に延命されたと考えるのが妥当か……。
ただ現状、何も問題は解決していない。
それどころか、新たな問題が増えたと言っても良い。
ジノはディスプレイに映る異形の白き騎士に視線を向ける。
果たしてその騎士はいつからそこに居たのか?
パラシュートといった降下用装備を身に着けているようには見えず、そもそも戦闘中のKMF──さらに言えばその肩──に狙いを定めて正確に降下する事は不可能に近い。というか、そんな事をする人間は聞いた事がない。
だとすれば本当に忽然とそこに出現した事になるのだが……。
有り得ないことだ、と一蹴する事ができない雰囲気を相手は放っていた。
「……違うな。今、私が考えるべき事は────」
ジノは思考を切り替える。
分からない事をいつまで考えても仕方がない。命ある内に現状を打破する方法を探す必要がある。
それにはまず敵を知ることが先決だ。
「ようやく話せる奴が出てきたようだな」
残念ながらカルネージでは対話にならない。
もちろん子供だからという理由ではなく、こちらの神経を逆撫でられるからだ。
それを意図してやっているなら相当陰険な性格だが、狂った子供以上には思えない。
「結局、君達は何者だ? 何を目的として行動している?」
『ジノ・ヴァインベルグ、貴様は自分が置かれている状況を理解しているのか?』
相変わらず冷たい、それでいて微かに苛立ちが含まれた声音でルインは指摘する。
「君達は私の命を奪いに来たんだ。冥土の土産ぐらい貰っても構わないだろ? いや、殺せないんだったかな?」
ジノは苦笑しながら皮肉混じりに応えた。
『虚勢か、それとも開き直っただけか……。
まあ、良い。残念だが、我らは今この場で貴様を殺す事が出来ない。それは我らが主が貴様の生を望んだからだ。
私個人としては、貴様のような古き歯車が今さら役に立つとは思えないが』
「私を求めるという君達の主とは一体何者だ? 私に何の用がある?」
ジノは冷静に思考する。
何を目的に自分に接触したのか?
ブリュンヒルデ襲撃を妨害した邪魔者なら有無を言わさず殺せばいい。
だけど自分は生きている。
それどころから相手は最初から自分のことを名指ししていたはずだ。
ブリュンヒルデ襲撃の真の目的が、自分に接触するためだとでも言うのか?
まさか……。
だがもしそうなら、果たして自分に現ブリタニア皇帝以上の利用価値があるのだろうか?
確かに黒の騎士団ブリタニア支部内において、ある程度の発言権と指揮権は持っている。
しかし組織全体で見れば一構成員に過ぎず、幹部でもなく運営権も持ち合わせていない。独断で動かせる戦力なんて高が知れている。
第九世代以降のKMFを保持し、それを乗りこなせるパイロットを既に確保している以上、もはや戦力を求めてはいないはず。元ラウンズである自分の力も必要ないだろう。
仮に自分を人質としてゼロに何らかの交渉を持ちかけるにしても、残念ながら到底切り札には成り得ない。
考えれば考えるほど理解できない。
『答えると思っているのか?』
「いいや」
最初から期待はしていない。そもそも、それを語る権利をルイン達が有しているとも思えない。
相手の仕える主人が自分を望んでいるのなら、いずれ接触できる可能性が高い。
その時、直接訊けば良いだけだ。
「だったら質問を変えよう。古き歯車っていうのはどういう意味なんだ?」
『そうだな、その程度の情報は与えてやろう。どうせ、いずれ世界が知る事になるのだから。我らは悪夢より生み出されし、新しい時代の歯車=ナイトメアラウンズ。
この世界を……過ちを正す者だ。例えどんなに犠牲を払おうとも、全てはあの方が望むがままに』
そして不満が含まれた口調でルインは改めて告げる。
『だから、共に来てもらおうか。元ナイトオブラウンズ=ジノ・ヴァインベルグ』
動き始めた悪夢の歯車。
歪み、歪ませ回り出す。