時は過去へと遡る。
その場所は格納庫と呼ぶに相応しい空間だった。
聞こえてくるのは稼働する機械の駆動音と、小気味良い軽快なタイプ音だけ。
ふと後者の音が止まる。
「良かったんですか、これで?」
コンソールの上で手を止め、タイトなスーツとも軍服とも形容できる白い制服に身を包んだ女性=セシル・クルーミーは、自分以外に唯一この場にいる人物へと問い掛ける。
「ん? う~ん……君こそ良かったのかい? 内定していた科学技術博物館初代館長の座を蹴って」
色あせた白衣を身に纏い、眼鏡を掛けた長身痩躯の男は、読んでいたファイルから視線を外すことなく、逆にセシルに問い返した。
「私のことは良いんです、今はロイドさんの話をしているんですから。それに私と貴方では立場が違います!」
論点を変えようとする男に対して、セシルは語気を強める。
そう、現時点で二人の立場には大きな違いがある。
男=ロイド・アスプルンドには超合集国が設立し、管理・運営する次世代技術研究機関=バベルの代表という、既に世界に認められた肩書きがあった。
各国から集められた有能な研究者達の上に立ち、数々の一大プロジェクトに関与しているのだから。
ただし、例えそんな肩書きがなくとも、彼──いや、彼等の存在がこの世界に与える影響力は非常に大きい。
少なくともセシルはそれを理解しているはずだ。
二人がかつて所属していたのは、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア肝煎りの研究開発局=特別派遣嚮導技術部(通称特派)。
ブリタニア軍内部でも独自の命令系統と人事権を保有する極めて異質な組織形態であり、一部ではシュナイゼルの私設組織と揶揄される事も少なくなかった。もっともそれは何ら間違ってはいないのだが。
そこで彼等が作り出したのは、あのKMF界に革命を起こした第七世代KMF=ランスロット。
当時の主力KMFと一線を画す機体性能は、世界に彼等の名を次世代機械工学の第一人者として知らしめるには十分すぎるものだった。
さらに彼等はランスロットのみならず、ハドロン砲の基礎理論、フロートシステムやドルイドシステムの実用化、ブレイズ・ルミナスやエナジーウイングの開発など、次々に革新的な技術をこの世に生み出した。
彼等はKMFの歴史を語る上で外すことの出来ない存在と言えるだろう。
だが技術の革新に比例して兵器はより性能を高め、戦火を拡大させる要因となる。
故に彼等はゼロレクイエム以降、どこの国家にも属さない国際機関であるバベルに所属し、『未来』のための技術開発に尽力していた。
その命題は新たな生活環境の獲得。
つまりは宇宙開発分野の確立。
既に宇宙ステーション建設計画は動きだし、宇宙空間に対応したKMF及び、その技術を流用した船外活動装備の開発が進められ、軌道エレベーター構想も浮上している。
近い将来、人類は地上のしがらみから解き放たれ、広大な宇宙へと進出するだろう。
しかし彼等は、ゼロの黒の騎士団離叛に前後して、バベルから姿を消し、現在行方不明の身となっていた。
各国政府機関が捜索に当たっているが、現状では手掛かりさえ掴めてはいない。
一方で漆黒の騎士保有のKMFにエナジーウイング搭載機が含まれている事から、かねてより漆黒の騎士率いるゼロとの繋がりを持ち、彼の下へ合流したのではないかとの憶測を呼んでいる。
それが事実の場合、辛うじて保っていた軍事バランスは容易く崩壊し、それを齎した二人は機密性の高い技術漏洩という明確な国際法違反の罪により、国際社会から裁かれる立場となってしまう。
けれどその憶測以上に事態は深刻だという事実を、この時まだ世界は知らなかった。
だからこそ、冒頭のセシルの問い掛けへと繋がるのかも知れない。
「だってさぁ……僕たちは、いや少なくとも僕は
自分に嘘は吐けないから、君もここに居る。違うかい?」
ロイドはようやく視線を上げ、セシルを一瞥した後、前方を見据える。
「それは……」
セシルは言葉に詰まった。
彼の言いたい事は分かる。
所詮は同じ穴の狢。
本気でこの現状を打開したいと思っている──いや、思っていたなら、すぐにでも彼を殺し、自分も後を追っていたはずだ。
そうしなかったのは、自分もこちら側の人間だったからなのだろう。
どれだけ綺麗な言葉を吐き連ねても意味はない。
意味は行動の結果によって生まれるのだから。
そして既に目の前には結果がある。
多数のケーブルに繋がれ、ハンガーに固定されて並ぶのは、優美にして荘厳、力強くも気品に満ちた白銀のKMFが七騎。
かつて自分達が作り上げた最高傑作=ランスロット・アルビオンを基に計画され、外観こそ似ている部分は多いが、その内部構造や構成パーツ、運用理論に至るまで大きく異なっている。
もはや完全な別物。
故に数値やデータ上では、他のランスロットから派生したKMFや類似KMF、さらには基となったランスロット・アルビオンさえ容易く凌駕するスペックを保有していた。
その力は間もなく振るわれるだろう。
既に二人目のゼロが動いた以上、もう後戻りは出来ないところまで来ている。
現時点で白騎士達を破壊し、全てのデータを破棄し、自分達が死んだとしても、これからこの世界が直面するであろう混迷の訪れを回避することは不可能だ。
ならば力という毒を制するには、同じ毒を用いるしかないのかも知れない。
迷いの見えるセシルを気に留めず、ロイドは続ける。
「何かを成し遂げるためには、想いだけじゃ足りない。相応の力も必要だよ」
理想を高らかに叫んだとしても、如何なる力も伴わなければ、それではただの夢想家の戯言に過ぎず、何も変える事は出来ない。
逆に力だけを保持していても、それを振るうべき時、振るうべきモノ、振るうべき存在を違えれば、ただの暴力と罵られるだけ。
そのどちらにも世界は味方しないだろう。
「陛下の期待は裏切られ、可能性で人間は変われなかった。
それが現実。だから僕らが必要とされたんだ」
そう、よりよい未来を掴もうとする人間の可能性に懸けたゼロレクイエム。
けれど蓋を開ければ、そこに望んだ理想はない。
何ら変わる事のない現実が続いていただけだ。
だからと言って目の前の騎士達が正しいかと問われれば、セシルは答えられない。
セシルも現実を直視する。
各機体はそれぞれのパイロットに合わせて最適化、また専用武装の開発がなされた完全なワンオフ機となっている。
その力はあまりにも強大だった。
至高、最強、究極を目指し、その全てが戦闘に特化されている。
もちろん主観的な自惚れもあるだろうが、自分達の持てる全てを注ぎ込んだ白銀の騎士達は、間違いなく単騎で戦局を覆すことが可能だと考えられる。
かつて同門だったラクシャータ・チャウラーに言われたことがある。
認めないよ。プリン伯爵はその先にある人間を見ていないからさ、と。
彼女の言葉が正しかったことが証明された。
自分達は『明日』の為だと言いながら、結局は己の知的好奇心、探求心、知識欲、ただ純粋に欲望を満たすためだけに研究を続けてきたに過ぎない。
だが今更後悔しても遅かった。
既に世界は動いている。人知れず、それでも確実に……。
「それに面白いでしょ、こういうの」
ロイドは再び視線をファイルへと落とし、ページをめくる。
下から現れたのはパイロットリスト。
もちろん素性の全てが記載されている訳ではないが、各種データから彼らが優秀なパイロット=デヴァイサーである事が窺い知れた。
ロイドの頬が思わず弛む。
さらに興味深いのが、そこには過去からの刺客──遺物や亡霊と言い換えた方が正しいのかも知れない──が含まれている点だろう。
過去、それはブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが覇を唱え、仮面の英雄ゼロが世を席巻し、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが暴虐の限りを尽くし、人類の歴史の中で最も人間が命を落とした時代。
皮肉にもそれは彼等にとって輝かしい日々と言える。
自分達が生み出した技術、兵器によって数多の人間が命を落とした。軍人も民間人も関係なく老若男女。
それでもなお高見を目指し、研究開発に明け暮れた。己が心を偽ることなく、自分達が持つ能力を際限なく発揮できた時代。
過去と未来、そして現在。
今度は誰が勝者となるのか。
それとも後に残るのは破滅だけか。
「ゼロは……」
そう告げた直後、セシルは思い直して言い換えた。
「いえ、スザク君は大丈夫なんでしょうか?」
自分には彼を心配する資格がない。
彼に力を与えたのは自分達だ。
例えそれが運命の悪戯とも言える擦れ違いの連鎖が齎した結果だとしても、彼を現在の境遇へと押しやった最大の切っ掛けは、ランスロットとの出会いに他ならない。
その能力に目を付けた自分達が、ランスロットのパーツとして彼を特派へと引き抜いた。
もしその出会いが無ければ、彼は『ゼロ』という仮面を手にする事もなく、世界という重圧を背負い苦悩する事もなく、名も無き名誉ブリタニア人の一兵士として、戦場で命を落としていたに違いない。
名誉ブリタニア人であるが故に二階級特進もなく、慰霊碑に名が刻まれることのない死。
どちらが良かったと考えるか、それは人それぞれだろう。
だが『ゼロ』であり続ける限り、その業からは逃れられない。
安息など訪れない。
いやそれどころか、更なる困難が彼の身に降り懸かる。
その要因に深く自分も関わっていると自覚していながら、それでもセシルは彼の身を案じる。
「さあ? それは僕たちが言ってどうなるものでもないからね」
彼は自覚している。
自分がプレイヤーではなく駒でしかないことを。
何より最初からプレイヤーの立場などに何の興味も抱かないことを。
ならば、駒はただプレイヤーの意のままに動くだけだ。
幸いにもそれは自分が求めるモノと一致しているのだから。
「でも、だからこそ託したじゃないか、彼にも新たな剣を」
そう言ってロイドはどこか自信のある笑みを浮かべ、それを見たセシルは少しだけ気が楽になったように感じた。
そう、彼は既に手にしている。
彼の想いを体現する為の剣を。
けれどロイドの真意はセシルの考えているモノとは違う。
彼はただ、遠くない未来に訪れるであろう新時代KMF同士の狂宴に、心を踊らせたに過ぎなかった。
狂気が生みし過去の遺物。
狂気が生みし鋼の巨人。
二つの狂気は交ざり合い、より大きな混沌を生む。