第16幕 【回帰 願望】
映し出された大広間は朱色を基調に金の装飾が施され、独特の吊し照明や唐草模様を連想させる飾り窓など、アジアンテイストに溢れていた。
それもそのはずだろう。
そこは合衆国中華首都=洛陽の中心に存在する国の中枢=朱禁城。その敷地内に建つ迎賓館のメインホール。
合衆国中華がまだ中華連邦と呼ばれていた時代、貧困と停滞に苦しむ民を蔑ろにし、一部の権力者達が毎夜のように盛大な宴を催していた富と権力の象徴。
民主化が進む合衆国中華においては、他国の代表との会談や会食の場としてのみ使用されている。
だが現在、迎賓館は合衆国中華の代表者でも、他国の代表者でもなく、その場に似つかわしくない者達によって支配されていた。
破かれた合衆国中華の国旗を背に立ち並ぶ──一様に黒い服装に身を包んだ──武装集団と、迎賓館を中心として朱禁城内に展開された複数のKMF。
世界は彼らをテロリストと呼ぶだろう。
超合集国参加国の中でも高い経済力と発言力を保有する合衆国中華だ。
本来ならば、その警備を突破して中枢に侵入することすら不可能に近かったはず。
彼らの保有する戦力が優れているのか、それとも内部からの手引きがあったのか。
それともその両方か。いずれにしろ、彼らが朱禁城の制圧を成し遂げた事実に変わりはない。
カメラがズームすると集団を統率するリーダー格の男が声明を発する。
「我ら『流浪の獅子』は、今この瞬間をもって祖国=中華連邦の再興を宣言する!
祖国を追われた我らは4年以上もの間、合衆国中華を名乗る独裁国家の追撃を逃れ、世界各国を流浪しながら、この瞬間の為に牙を研いできた!
超合集国制度など虚構に過ぎず、国の歴史、文化を蔑ろにした独善の押しつけに他ならない!
現に今、我らに犠牲を強いて誕生した超合集国は、怠慢と軋轢と停滞の結果、機能不全を起こし壊死寸前ではないか!
故に我らは同胞の死に報いるため、祖国=中華連邦をこの手に取り戻すべく立ち上がった。
我ら祖国は一部の反逆者に煽動されたクーデターにより国家基盤を失い、間違った力の行使の結果、超合集国という悪しきシステムに支配され、その手先である黒の騎士団によって蹂躙され、否応なく合衆国中華を認めさせられたのだ!
我らはそれを是としない。我らを愚かなテロリストと嘲笑うなら、それは何ら構わない。だが断言しよう、我らの覚悟が揺らぐ事は決してあり得ないと!
要求する!
まず一つ、世界各国は我らが祖国=中華連邦の再興を認め、如何なる武力の行使も行わない事を確約してもらいたい。
二つ、我らを祖国から排斥し、多くの同胞を殺害した犯罪者集団=黒の騎士団メンバーの罪の所在を明らかにすること。また、その全てに関与した総帥ゼロの身柄引き渡しを求める。祖国領内で行われた一連の犯罪行為に対して、正当な手段──中華連邦の法──を以て断罪する!」
男は力強く言い切った。
祖国=中華連邦の復権(自治権の確立)と、戦争犯罪者の引き渡し要求。
流浪の獅子の要求は現在の世界において到底認められるものではない。
中華連邦の復権。
その容認は、そのまま超合集国の主要参加国である合衆国中華の消滅を意味する。
もちろんすぐにではないだろう。領土の割譲により合衆国中華とは別の新国家として樹立させ、外交政策によって共存の可能性を探る手もあるが、彼等がそれを受け入れるとは思えない。
仮に受け入れたとして行われる外交は対話ではなく、戦争という名の暴力である事は容易に想像が付く。
そうなれば合衆国中華は事実上の内戦に突入する。国内情勢の混迷に伴い、合衆国中華は主要国としての立場を失い、超合集国連合内におけるパワーバランスは崩壊。
その混乱を旧EU諸国派が見逃すはずもなく、派閥抗争の表面化は必至。
弱体化しつつある超合集国を意図も容易く揺るがし、最悪瓦解させてしまうに十分な威力を持つ。
もし現実に揺らいだだけでも、社会情勢や経済に与える影響は深刻だ。
だが彼等流浪の獅子が超合集国を悪しきシステムと呼ぶ以上、中華連邦の復権は超合集国破壊への足掛かりに過ぎないのかも知れない。
そしてゼロの引き渡し要求。
確かにゼロが戦争犯罪者である事実は間違いない。
民衆を戦いへと駆り立て、故意にしろ過失にしろ罪のない人々の命も奪ってきた。
奇跡や正義を謳いながら、犠牲者を生み出した事実は否定できない。
しかし、ゼロの罪は悪逆皇帝ルルーシュを討ったゼロレクイエムと、その後の復興に従事など社会貢献の継続によって免責されていた。
けれどもし、その身柄が中華連邦──現時点では認められていないが──に引き渡された場合、死罪になる事は免れないと推測される。
ゼロの死はそれだけで大きな意味を持つ。
例え現状の世界に二人のゼロが存在し、その真偽が揺らいでいるとはいえ、救世の英雄の首を差し出すという動きにはならない。
それは彼らも理解しているはずだ。
「なお、我らの要求が受け入れられない場合、彼女を含む人質の身の安全は保証できない」
男がそう告げると、映像が切り替わる。
まるで倉庫のような無機質な部屋の中、一人の少女が後ろ手に縛られた状態で椅子に座らされ、周囲に立つ兵士達から銃口を向けられていた。
その──銀の髪が特徴的な小柄な──少女こそ、この合衆国中華の最高権力者。国家元首=
かつては私腹を肥やすために祖国を食い物にしていた大宦官によって、帝=天子と呼ばれながら、象徴(傀儡)として祭られていた少女だった。
だが合衆国中華の建国を機に国家の代表として発言力を高め、ゼロレクイエム後には神聖ブリタニア帝国へ留学し、ナナリー皇帝の下で政治や帝王学を学ぶ。
そして帰国後、激動の時代が鍛えたのか、それとも本来持っていた能力を開花させたのか、彼女は優れた統治能力を遺憾なく発揮し、民のための国作りを行う事で支持を集め、名実共に合衆国中華の国家元首となった。
彼女は突き付けられた銃口に脅えることなく、凛とした態度で無法者達を睨み返す。
未だ幼さを残しているが、彼女は統治者としての誇りと矜持を持っていた。
世界の為に己が命を厭わない覚悟を間近で目撃し、その真意を理解した。また権力を持つ強者の義務と美学を学んだ。
故に国民の未来を背負う自分が、不当な力を行使する者に屈する事は許されないと知っている。
例えその結果、自分の身が危険に晒されようとも、無益な血を流さないで済むのなら、喜んでこの命を捧げよう。
だが男は言葉を続ける。まるで蒋麗華の心情を見透かしているかのように……。
「忠告しておく、我らの切り札が人質だけだとは思わないで貰いたい。
もし万が一に事を見誤り、我らを武力によって排除しようとしたなら、その瞬間、これを使わせてもらおう」
再び映像が切り替わり、男がそれに触れる。
翼を持つ楕円形の物体。その先端は淡く、それでいて禍々しい紫の光を放っていた。
誰もが戦慄した事だろう。
その物体こそ、歴史に名を刻んだ最悪の重戦略級兵器フレイヤ弾頭だった。
もしそれが本物であり、実際に使用されたなら朱禁城は、いや首都洛陽までもが、この世界から消える事になる。
そうなれば例え今直ぐに避難を開始したとしても、全住民を安全に避難させる事は不可能だ。人々がフレイヤの存在を知って冷静でいられるとは考え難く、パニックが起こり、統制を失えば避難どころではなくなる。
しかしここで一つの疑問が浮かぶ。
彼らは如何にしてフレイヤ弾頭を入手したのだろうか?
浮遊要塞ダモクレスと共に太陽焼却処分され、以降の製造を禁止されたフレイヤだったが、漆黒の騎士率いるゼロによって使用された事実は記憶に新しい。
だとすれば、今回のテロ集団流浪の獅子と漆黒の騎士は何らかの繋がりを持っていると邪推してしまうのは当然の事だろう。
「これだけは忘れるな。我らには祖国再興の為には手段を選ばず、己が命を賭す覚悟がある。死を恐れはしない」
男は口元を歪める。
その瞳が宿すのは、紛う事なき狂気の色。
「最後になるが、漆黒の騎士を率いるゼロに対して告げる。黒の騎士団を見限った貴方を支持し、この世界に体現しようとする正義を否定するつもりは毛頭無い。
だがしかし、我らが起こした行動もまた、正義のためであると理解して頂きたい」
今回のテロは彼らにとって、疑う事なき絶対の正義。
「もちろん、祖国=中華連邦が再び安寧を取り戻した暁には、我らは咎人として、喜んで貴方にこの命を差し出そう。故に今この瞬間は賢明な判断を切に願う」
全世界が見つめる中での牽制。
理解を求めながらも、彼らはゼロに突き付ける。
正義を掲げるゼロが、自分達の正義を否定できるのか。
正義と独善、偽善の境界を誰が定められるというのか、と。
少なくとも彼らは公にゼロの正義を肯定した。
そんな彼らを一方的に悪として断罪すれば、ゼロの正義に少なからず違和感を覚える者が現れる。
万が一、断罪行動によってフレイヤ弾頭が爆発し、多大な被害を出すような事態になれば、罪なき人々を間接的に殺めた事に対して批難を浴びる事は必至だろう。
一方で、もし流浪の獅子の行為に対して傍観、あるいは肯定を選んだとすれば、断罪すべき立場の人間の主張を容認する事になる。
それだけでも正義の象徴としてイメージダウンし、信頼と支持の低下避けられない。また彼らとの関係を疑われ、ゼロの正当性が揺らぐ。
それどころか他のテロ集団や、外交攻勢を強めている国家が正義を大義名分として行動を起こし、結果この世界に正義が氾濫する。
そうなれば正義という言葉は意味を失い、ゼロの行いは独善へと成り下がる。
どちらを選んでも、ゼロが得るメリットは存在しない。
正義の正当性を守るためには流浪の獅子が悪である事を明確に立証し、人質及び民間人に被害を出すことなく、事態を沈静化させるしかない。
如何に漆黒の騎士を率いるゼロと云えど容易な事ではないだろう。
「我らの要求に対する返答の期限は明日の正午。猶予も交渉の余地もない。
超合集国は早急に議会を開き、結論を出すがいい。如何なる結論に辿り着こうとも、我らは祖国=中華連邦でその時を待つ。以上だ」
回線が一方的に切断され、画面から男達の姿が消える。
この映像は超合集国連合主要参加国及び黒の騎士団各支部に向けて配信され、黒の騎士団と漆黒の騎士、二人のゼロの対立によって混迷する世界に、更なる混乱を投じる事となる。
正義の氾濫=独善の横行。
崩れゆく正義の価値。
抱いた懸念は現実のモノとなりつつあった。
◇
狭いコクピット内部、女はスピーカーから聞こえてくる朝のニュースに耳を傾ける。
『今朝はゲストに、世界情勢に詳しい新東京大学国際学科教授=林アキラ教授にお越し頂いております。先生、今日はよろしくお願いします』
『こちらこそお願いします』
『早速ですが、先生は今回の朱禁城占拠事件について、どのような考えをお持ちですか?』
『そうですね。まず最初に流浪の獅子を名乗る彼らは、中華連邦の復権要求から推測して、旧大宦官派の人間と考えて間違いないでしょう。平定戦の混乱に乗じて他国へと逃れた者も少なくないはずです。
また、中華連邦の解体及び合衆国中華の建国に際して、抵抗した軍閥や大宦官と癒着関係にあった豪族や企業などが粛清を受けたとも言われています。その関係者が含まれていてもおかしくありませんね。
あと……ただこれは噂の域を出ていませんが、漆黒の騎士を支持し、超合集国体制下で起きた紛争によって被害を受けた人間も、今回の件に関与しているとの話もあります』
『なるほど、つまりは黒の騎士団を率いるゼロに対する恨みや不満が、今回の事件の背景に存在していると?』
『合衆国中華建国の立役者であるゼロに不満を抱いていた者も少なくなく、今回の件に関して、そのあまりの手際の良さから考えても、現政権内部に流浪の獅子と同様の思想を持つ者が居たと思われます。彼らは政権内部の協力者の手引きによって、朱禁城の制圧を成功させたのでしょう』
『しかし、何故彼らは今になって行動を起こしたのでしょうか? 行動の結果、漆黒の騎士による断罪の対象となる事は、彼らも理解しているはずですが。その点はどう思われますか?』
『入念な下準備に時間を要したというのが一般的な見解だと思いますが、状況を一変させる何かが起こった。例えば──それが何かは分かりませんが──切り札を手に入れた事により攻勢に転じたとも考えられます。
ただ、今になって行動を起こした最大の理由は、やはり昨今の情勢不安に触発され、今が好機だと考えたからではないでしょうか』
『つまり、二人のゼロの対立が影響したと?』
『一概にそうとは言えませんが、大きな要因──いえ、影響を与えた事は確かでしょう』
言葉を選びながらも、指摘された事実が肯定される。
そう、英雄に対する批判が公然と行われているのだ。
英雄神話の崩壊。
滑稽だった。
「ふふっ、ハッキリ言っちゃえば良いのに。原因はゼロのせいだって」
女は嘲笑を浮かべ、指を組みながら腕を大きく上げ、身体を伸ばす。
「う~ん、それにしても暇ね」
そう呟いて、女はディスプレイの端に表示されている時計に目を向けた。
約束の時間まで5時間を切っているが、全ての準備が昨日までに終わっている以上、その瞬間が訪れるまで何もする事がない。
さらには上から待機命令が出ている為、時間を潰しに買い物へ行く事も不可能。というか近くには小さな商店一つ存在しないのだが、機体から離れるなと厳命されている為、周囲を散策することさえ命令違反となってしまう。
そんな理由で殺されたくはない。
女は溜息を吐き、逸れた思考を元に戻す。
どのニュースでもフレイヤ弾頭については一切触れられてはいない。物が物だけに情報統制が行われていると考えてまず間違いない。
だが一方で水面下では慌ただしい動きをしているはずだ。
vただ今後どんな展開になるかは、数十パターンを超えるシミュレーション予測がなされている。
何にしろあと数時間後には、確実に自分の出番は訪れるだろう。
「ま、愚痴っても仕方がないわね。この件の結末がどうなろうと、ただ私が楽しめればそれで十分。さて、今回は誰がどんな風に啼いてくれるのかしら」
彼女が見つめる彼方、合衆国中華首都=洛陽。
その中心に存在する朱禁城は静かな朝を迎えていた。