正午────
流浪の獅子が指定した約束の時間。
エナジーウイングを広げ、朱禁城中央広場に舞い降りる一機の青きKMF=絶影。
それを待ち構えるように展開していたKMF──旧中華連邦製KMF=鋼髏だけでなくブリタニア製旧式KMFであるグラスゴーやサザーランド、旧日本解放グループが改修した無頼の姿もある──や対KMF自走砲、兵士達が一斉に銃口を絶影に向ける。
注がれる敵意を一身に浴びながら着地した絶影は、ゆっくりと石畳の大地に膝を着き、その掌上に乗せていた人物を地上へと降ろした。
その人物の姿を目にした瞬間、兵士達が興奮と僅かな驚愕にざわめき、放たれる敵意が殺意へと変わる。
黒と紫を基調にし、金の装飾が施された鋭角的な仮面。騎士服を思わせる貴族的なデザインの濃い紫の衣装に、闇色のマント。
その出で立ちが意味する者こそ、正義の象徴にして救世の英雄たるゼロに他ならない。
取り囲んだ兵士達の中から──送られてきた映像の中で声明を発した──代表者の男が前に歩み出て、堂々とゼロと対峙した。
映像で見たよりも若く精悍に見え、その肉体は鍛え上げられている事が判る。
男の素性についてある程度調べは付いていた。
旧中華連邦のデータベースに残されていた情報によれば、男の名は劉緋燕。
かつて戦場を渡り歩き、傭兵紛いの稼業で生計を立てていたらしく、その武勇が地方軍閥の目に留まり、登庸され、私設軍を率いる将軍の地位を与えられる。
経験に培われた戦闘技能だけでなく、KMFの操縦能力や統率能力にも優れ、故に高い報酬を得ていたことは想像難くない。
それらの事実から考えても今回の事件は、野心家である彼が本当に心から祖国の為を想い起こした行動ではなく、単に個人的な私怨もしくは地位の回復を望んでの事と推測された。
そんな彼に追従する者が多いことも、現状の世界の歪みなのかも知れない。
「中華連邦へようこそ、ゼロ。
我らの要求に応えて頂けたようで心から感謝する。我らは貴方を歓迎し、丁重にもてなすことを約束しよう。もっとも裁きの瞬間までではあるが」
劉緋燕は勝ち誇ったような余裕のある態度でゼロに声を掛けた。
ゼロがこの場に来た時点で勝負は着いたとさえ考えているのだろう。
現にゼロの生殺与奪権を彼等が握っているのは事実だ。復讐が目的であるなら、今この瞬間にゼロを葬れば目的は達成される。
ただ正当な手段を用い、法で裁くと公言している以上、今この場で銃殺するような事はないと思われる。
「残念だが世界はまだあなた方の祖国を、中華連邦の復権を認めてはいない」
対するゼロは、まるで挑発するかのように事実を告げる。
超合集国最高評議会が出した結論は中華連邦を国家として認める物ではなく、黒の騎士団による事態の収拾だ。
それには当然武力行使も含まれている。
超合集国の強硬派の中には朱禁城及び洛陽を見捨て空爆に踏み切り、その全ての責任を黒の騎士団に押し付けようとする動きがあったとの噂も囁かれていた。
「ほう、かつてエリア11の我が祖国の総領事館で、合衆国日本の建国を宣言した男の言葉とは思えんな」
劉緋燕は感情的になることなく、冷静に皮肉で対抗する。
事実としてゼロは一部屋を国家の領土として定めた過去がある。それに比べれば朱禁城全体を占拠し、中華連邦の名乗りを上げた自分達の方がマシだと言いたげだった。
また仮にもし感情のままに、この場でゼロを撃つような事があれば、流浪の獅子の理念・正義は疑われ、その正当性は大きく失われる。
そうなれば例え中華連邦の復権を成し遂げたとしても、世界からの支持や信用を得る事は出来ない。世界から孤立すれば、すぐに国家は立ち行かなくなるだろう。
さらに憎むべきゼロは、人質を救うためにテロリストの凶弾に倒れた悲劇の英雄として、再び英雄として立場を強固な物としてしまう。
この場で挑発に乗り、自分達から手を出すことにデメリットしかないことは理解している。
何より事を焦る必要はない。
人質とフレイヤ。二つの切り札が手中にある限り、決して負けはしないのだから。
「不毛な言い争いを続ける気はない。あなた方の要求に従い、私は今この場に居る。その意味を理解してもらえたなら、こちらも人質の解放を要求しよう」
今回の作戦の最優先目標は人質の早期解放、そして時間稼ぎにある。
仮に中華連邦が国際社会に認められ、中華連邦の法によってゼロが処刑させる事態になったとしても、その手続きにはある程度時間を要する事は明らかだ。
何よりゼロの処刑は自らの力を誇示するために、大々的なパフォーマンスとして行われるに違いない。
それこそ彼等、流浪の獅子が突き付けた制限時間とは比べものにならない。
その間に洛陽の住民を避難させ、作戦をフレイヤの無力化へと移行。
だがもし無力化が不可能な場合、その時は朱禁城に対して大規模空爆が行われる手筈となっている。
つまりゼロは体のよい囮であり、最高評議会も暗に認めていた。世界に二人も英雄は必要ない、正義の象徴は一人居れば十分だと。
これを機に二人のゼロの対立が引き起こした混乱が収束するなら、朱禁城または洛陽を失うことも安いモノだ、という本音も見え隠れする。
それはゼロ、いやスザク本人も承諾している。
その裏には、ルルーシュが居れば自分が居なくても良いのではないかという思いが、例え僅かでも心のどこかにあるだろう事実は否定できない。
「ゼロよ、これは異な事を」
ゼロの要求に対し、劉緋燕は歪んだ嘲笑の笑みを浮かべた。
「貴方は何か勘違いをしているようだ」
「どういう意味だ?」
「我らは確かに人質の身の安全を保証する旨は伝えた。しかし解放時期については言及しなかったはずだが? 勝手な思い込みは困るな。
だが安心してもらいたい、人質は適切な時を待って解放しよう、くくっ」
「っ!?」
ゼロは理解した。既に相手はこちらの策を読んでいる。
いや、それ以前に最初から人質を解放するつもりはないのだと。
『この毒虫がッ!!』
黎星刻が叫び、それに呼応するかのように絶影は左腕に搭載された大型ブレード、剛なる左剣=臥龍を起動させ、その切っ先を劉緋燕の眼前へと突き付ける。
「よせ、黎星刻!!」
張り詰める場の空気。
まさに一触即発的状況だった。
「星刻……? ああ、超合集国に媚びへつらうあの売国奴か」
劉緋燕は吐き捨てるように呟き、絶影を睨み上げた。
その瞳に脅えの色など一切無い。
むしろのその瞳が宿すのは嫌悪。
「我らが毒虫なら、力に酔い、自由と正義を振り翳すお前達は何だ?
下種か、外道か、クズか、カスか、ゴミか?
まあ、いい。そうだな、我々も鬼ではない。ゼロの英断に敬意を払い、人質の一人を解放しよう。あの男を連れてこい!」
「はっ!」
「一つ質問をしよう。我らがこうも容易く朱禁城を奪還できたのは何故だと思う?」
劉緋燕は部下に指示を出した後、再びゼロに視線を向けると問い掛けた。
「…………」
複数の要因を推測することは出来たが、ゼロがその問いに答えることはない。
「ふん、黙りか……。つまらんな、時間潰しにもならん」
「ほら、さっさと歩け!」
劉緋燕は些か不機嫌そうな表情を浮かべたが、背後から聞こえてきた部下の声を耳にして、すぐに表情を下卑た笑みに戻した。
「最大の要因はこの男から得た情報のおかげだ」
両脇を兵士に支えられ、引きずられるようにゼロの眼前に連れ出される大柄の男。
『洪古!』
星刻が男=洪古の名を呼ぶ。
しかし彼がその声に反応する事はない。拷問を受けたらしいその身体には多くの傷が見
て取れる。
だがそれ以上に深刻さを感じさせたのは──薬剤を投与された結果なのか──生気を失った虚ろな瞳であった。
洛陽及び朱禁城の防衛を指揮していた彼は、その全ての情報を保持している。
それこそ警備の配置やスケジュール、セキュリティー装置の設置場所や解除パスワード、そして緊急脱出用の地下通路まで。それら全ての情報を手にしたなら、如何に堅牢な要害であろうと、一度内部に入ってしまえば制圧は容易いだろう。
「中々口を割らない強情な男だった。まあ、目の前の妻子を殺してやったら、最後には壊れてしまったが」
止まることを知らない強者の悪意。
決して終わることのない悲劇。
罪のない者が、また理不尽に生命を奪われた。
その言葉にゼロは爪が食い込むほど強く拳を握り締め、今にも殴りかかりそうになる憤怒を押し殺す。
「優秀な武人であることは間違いないが、優秀な夫、また父親ではなかったようだな。
ただ出来ることならば、我らに賛同して欲しかったものだ」
劉緋燕は白々しい態度で残念がってみせる。
「さて、約束だ。解放してやろう────」
そう言って劉緋燕は歪んだ笑みを浮かべ、おもむろに腰に携えた軍刀の柄に手を掛ける。
「この絶望的な現実からな」
そして抜き放った軍刀を構え──ゼロ達が制止するよりも早く──何ら躊躇うことなく洪古へと凶刃を振り下ろす。
一閃。
直後、背後よりその身を斬り裂かれた洪古の身体は前のめりに傾き、そのまま石畳に倒れ伏す。
次第に広がっていく血溜まりが、傷の深さと出血の規模を示していた。
『なっ、洪古!?』
洪古がその声に反応する事は、もう二度とない。
『くっ……劉緋燕、貴様だけは許さん!!』
星刻は激昂する。
死亡の可能性を覚悟していたとは言え、目の前で殺害されたとなれば、受け捉え方も変わる。洪古は忠実な部下であったが、それ以上にプライベートではまるで兄のように頼りになり、親身に相談に乗ってくれる友人でもあった。
今の星刻があるのも、元を辿れば洪古との出会いがあったからだ。
星刻にとって大きな存在であった事は間違いない。
「だったらどうする? 激情に身を任せて私を殺すか?
こちらの手の内には、まだ天子が居る。 それを忘れたわけではないだろう? 彼女にも死んで欲しいのなら構わないが」
蒋麗華を盾にされ、途端星刻は動けなくなる。
仕えるべき主=最後の希望を失うわけにはいかない。こんな下劣な輩に奪われるわけには……。
これ以上親しい者を失いたくないと思うのは、人間として避けようのない弱さ。
星刻は血が出るほど唇を噛みしめて堪え忍ぶ。
「どうせ遅かれ早かれ死ぬ運命だった男だ。ゼロの粛清リストに名を連ねている人間なのだからな。
そして私も、お前達も。今さら熱くなる必要はないだろ? なあ、ゼロ? いや、貴方ではなくもう一人の方だったか」
劉緋燕は自身の考えを告げ、自嘲したように笑う。
ゼロ=スザクと星刻も理解している。
彼の言葉は間違いではない、自分達が漆黒の騎士率いるゼロ=ルルーシュが行っている断罪の対象である事は覆しようのない事実だと。
それもリストの上位に名を連ねている人間だ。本来なら最初に命を狙われてもおかしくなかったはず。
そして劉緋燕もまた、今回の事件を起こす以前から断罪の対象であったはず。
だからこそ自暴自棄になったか、それとも最後に自らの野望を実現して歴史に名を残そうとしたのか、その理由は定かではないが、逃れようのない死を受け入れ、その前に行動を起こしたのだろう。すでに相手の精神は正常とは言い難い。
つまり漆黒の騎士の断罪が犯罪の抑止ではなく、犯罪を誘発する結果となったとも言える。抵抗や反発が想定されていたとしても、その矛盾は何という皮肉だろうか。
多分それは今回の事件だけでは終わらない。
第二第三の劉緋燕、流浪の獅子は必ず現れる。長く続いた戦乱によって、それほどまでにこの世界は穢れてしまっている。
故にかつて二人は『新しい明日』の為に、人類の浄化が必要という結論へと辿り着いたのだから。
「さて、ゼロ。一つ良いかな?」
劉緋燕は血脂を払った軍刀を鞘へと戻しながら、ゼロに対して問い掛ける。
「……これ以上何を望む」
「早速その身を拘束したいところだが、その前に我らの要求を受け入れた証として、仮面を外してもらいたい」
「っ……何のために?」
劉緋燕の要求に対し、スザクは動揺を隠して応える。
「なに、単なる好奇心という奴だ。救世の英雄、その素顔を世界中の者が知りたがっているだろう。私もその内の一人だ」
世界中がゼロの素性を知りたがっている。
それは事実だ。今でこそ収束しているが、ゼロレクイエム直後、世界中のマスコミがゼロの正体を暴こうと動き、また世界中の人々がその正体について論じた。
様々な噂が流れ──ゼロによってエリア11で殺害された神聖ブリタニア帝国第三皇子=クロヴィス・ラ・ブリタニア説などが未だ根強いが──一部では大きな混乱が起きた為、超合集国最高評議会は公式見解を発表し、『ゼロは悪逆皇帝ルルーシュやシュナイゼルに匹敵する知略に優れた第三者の誰かである』と結論づけた。
それで世界が納得したとは到底思えない。今でもその正体を知りたがっている者は多いだろう。
だが、もしその第三者が、悪逆皇帝に仕えた裏切りの騎士=枢木スザクだとしたら?
ゼロがあげた功績、得た信頼は地に落ちる。
またその事実を知っていながら隠匿したと民衆が考えたなら、その不信感は超合集国を揺るがし、崩壊させるには十分なものだ。当然黒の騎士団は、すぐにも瓦解する。
結果、民衆の支持は漆黒の騎士に集まる。いや、漆黒の騎士ですら、この世界から追放される事になる可能性もあるだろう。
何れにしろ世界に大きな影響を、しかも悪影響を与える事は避けられない。
最悪の場合、その事実を流浪の獅子に利用される可能性もある。
例えこの場でゼロを撃ったとしても、その素性を公表したなら、彼等はテロリストではなく、『偽りの英雄』を討った新たな英雄と呼ばれる事になる。
そんな事態は避けなければならない。
しかし、劉緋燕が諦めることはないだろう。
「どうした、ゼロ。この状況で今さら素性を隠さねばならない理由があるのか? それともやはり我らを騙し討ちするために、この場に居ると考えるべきか?」
劉緋燕の言葉に兵士達が一斉に銃を構え直した。
「良いだろう」
こうなる事はある程度予想はしていた。
だが対策を考えている時間はなかった。
唯一出来たのは覚悟することだけ。
スザクはゆっくりと仮面に手を掛けると同時、星刻へと秘匿回線を繋ぎ、小声で告げる。
「星刻、場合によっては君が私を殺せ。判断と手段は任せる。ただし必ず顔だけは復元できないほど破壊しろ」
『本気か?』
星刻がスザクの真意を問う。
「ああ……そうだ」
そう応えたスザクの指先が、仮面の着脱スイッチに触れる。
そして────
銃声が響いた。