断続的に続く銃声。
爆発音と共に朱禁城の一角から黒煙が上がり、同時に大気が震え、地面をも揺るがした。
その場に居た誰もが感じ取る、それが戦闘によって生じたものだと。
「落ち着け、持ち場を離れるな!」
張り詰めた空気の中、不安と混乱によって動揺する部下を制する劉緋燕だったが、彼自身もこの不測の事態に平静ではいられなかった。
「くそっ、一体何が起こっている……。第六守備隊、状況を報告しろ!!」
劉緋燕は無線機を砕かんとする勢いで掴み、黒煙が上がった地点の近くに居るであろう部下に報告を求めた。
◇
ディスプレイに映し出されたに鋼髏へとライフルの銃口が向けられ、ロックオンの表示と共にトリガーが引かれた。
至近距離から放たれた銃弾を避けることが出来ず、銃撃を受けた鋼髏が爆散する。
直後、乗機が衝撃に襲われ、体勢を崩してく。
ディスプレイを埋め尽くす警告表示。
計器が火花を上げ、程なくしてコクピットは爆炎に包まれた。
最後にディスプレイに映り込んだのは、味方であったはずのサザーランドが、こちらに向けて銃口を構えている姿だった。
どうしてこうなった?
周囲には仲間が騎乗していたKMFの残骸、そして肉片と化した歩兵の死体が転がっている。
最初は何が起こったのか理解できなかった。
突如として自分達の前に出現した白きKMFが、360度に展開される特殊な円型エナジーウイングを広げた瞬間、同士討ちが始まった。
攻撃する相手が味方なら、破壊されていくのも味方だった。
すぐに武装をロックし、ユグドラシルドライブを停止させようとしたが受け付けず、ならばと起動キーを強引に抜き、強制停止を試みるが意味はなかった。
ハッキングによるシステムの掌握。
それを同時に、しかも複数の対象に対して行ったのは、状況から考えて間違いなく白きKMFだろう。電子戦闘に対応した高性能なコンピュータが搭載されていると考えられる。
ただ、それを理解できたところで意味はない。
コクピットの開閉さえ相手の意のままである以上、密室に閉じ込められているのと変わらない。
怒りや憎しみ、恐怖を抱いたところで、諦めがそれを上回る。
『第六守備隊、状況を報告しろ!!』
リーダーである劉緋燕の声が無線機から聞こえてくる。
ああ、出来る事がまだ残されていた。
「敵性KMFにより部隊は壊滅! 敵数1、ですが相手は────」
相手の能力を伝えなければ、『流浪の獅子』全滅も時間の問題だ。
敵は一騎でありながら、味方の数だけ増えていくのだから。
だが次の瞬間、ディスプレイに映る光景に理性を失った。
「っ、止めろ! 頼むから止め────」
懇願が通じる相手ではないと理解していても、死の恐怖に抗えず、無様に命乞いをしてしまう。
ただ結果は、やはりというべきか変わらなかった。
騎乗するサザーランドが手にしたアサルトライフルを逆手に持ち替え、その銃口を己が胸部へ押し当てる。
意思を持たないKMFの自殺。
端から見れば、とてもシュールな光景に違いないのだろうが、そんな事を考えている余裕はなく、ただ絶望に支配されるしかなかった。
◇
『敵性KMFにより部隊は壊滅! 敵数1、ですが相手は────っ、止めろ! 頼むから止め────』
通信が途絶えた直後、新たな爆発音が響き、無線機からはノイズだけが虚しく流れる。
言葉を失う劉緋燕、その表情に浮かんだ焦りの色が濃くなった。
朱禁城のレーダー監視網は生きている。なおかつそれは首都防衛の為の高性能設備だ。それを易々と突破できる程のステルス性能を有するKMFは限られている。
例えば黒の騎士団が保持する紅き鬼神=紅蓮聖天八極式や、漆黒の騎士が保持するゼロ専用機がまさにそれに該当するだろう。
ただ一つ気になる事がある。報告で使用された敵性という言葉に対して抱いた違和感。
もし仮に相手が紅蓮聖天八極式だとしたなら、敢えて敵性とは表現しない。
紅蓮聖天八極式は紛う事なき敵だ。同様に漆黒の騎士所属機やゼロ専用機を見間違うことはない。蓬莱島襲撃や断罪行動時に残された映像は出来る限り部下に見せている。
また漆黒の騎士出現は最優先報告義務を徹底させていた。
その事から考えても報告を受けた敵性KMFは前述二機と別物だと考えられる。
所属不明機。
新型か?
それとも黒の騎士団、漆黒の騎士とも異なる別の組織?
当然報告者の精神状態を考えれば、間違った情報を口にすることもあり得るが……。
別の仮説としては味方から裏切り者が出た、もしくは味方のKMFが鹵獲され使用されている可能もある。
しかし、こちらの手の内には人質にフレイヤ、更にはゼロまでもが存在している。
そんな状況下で強行な手段を執ることは、得策ではないと誰の目にも明らかなはずだ。
ならば頭のおかしな奴が暴れているだけか?
「自らを囮とし、我らを油断させて奇襲を掛ける。これは貴様の計画か、ゼロ?」
劉緋燕は再び抜き放った軍刀をゼロに向け、殺意と共に問い掛ける。
ゼロによる策略。
それが彼の中で最も可能性の高い結論だった。
「私が本気でフレイヤを使えるほど度胸がないとでも考えているのか?」
手に入れたフレイヤ弾頭は本物であり、ブラフのために用意した物ではない。
それは武力行使に対抗するための抑止力=盾であると同時に、絶対的な破壊力を持つ矛だ。臨界に達するまで多少時間が掛かるが、いつでも起爆させる準備は調っている。
躊躇いなどない。
だと言うのに、馬鹿にしているか?
「違う! 私ではない、そんな命令を下してはいない!!」
スザクは動揺を隠すことが出来ず、劉緋燕の疑念を声を荒げて強く否定した。
自身が時間稼ぎの為の囮であった事は紛れもない事実だが、人質の解放がない以上、無謀な奇襲命令を下せるはずがない。ここで不用意な刺激を与え、フレイヤを起爆させられたなら、望まぬ結末で全ては終わる。
それはゼロと同等の指揮権限を持つ、総司令官である星刻も理解していることだ。
その困惑と焦りに満ちた声音は、彼の言葉が真実であることを如実に表していた。
「ならば何故、我らは攻撃を受けている!?」
「……それは」
劉緋燕の望む答えを今のスザクは持ち合わせていない。
部下の暴走。
流浪の獅子内部の内輪揉め。
漆黒の騎士の介入。
漆黒の騎士以外の勢力の介入 。
いくつか推論は浮かぶが、その全てが想像の域を出ない。
刹那、ある可能性が脳裏を過ぎり、彼等は戦慄する。
『っ、まさか……』
奇しくもゼロと劉緋燕の呟きが重なる。
考えたくもない最悪のケース=超合集国強行派による独断作戦の決行。
もし世界が洛陽──とその住人──を、そしてゼロを見捨てたなら?
蒋麗華を含む人質にも、大量破壊兵器フレイヤにも、救世の英雄ゼロですら価値は無くなる。
洛陽の住民全てを犠牲にすることも厭わないと考えたとしたら?
正義のための犠牲。
秩序を守るための犠牲。
現状の社会制度=超合集国を維持するための犠牲。
その全ては保身と己が立場のために。
「……そんな事、あってたまるか」
呻くように劉緋燕は呟く。
今日までに費やした苦労が、入念に準備した全ての計画が意味を成さなくなる。
ようやく苦汁を嘗め続けた日々から解放され、歴史に名を刻む瞬間が訪れたというのに。
劉緋燕は砕かんばかりの勢いで奥歯を噛みしめる。
「もはや出し惜しみをしている場合ではない。全戦力を投入、城内の敵を一掃しろ!!」
『了解!!』
劉緋燕の命令を受け、朱禁城外縁に伏せていた増援が朱禁城内部へと突入を開始。
間もなく朱禁城は交渉の舞台から、一転して戦場へと様相を変える。
「ゼロ、余興は終わりだ。速やかにその身を拘束させてもらう。
すぐに2度目の声明を発表する。準備を急が────」
瞬刻、パシュッという、まるで水風船が破裂するような音がした。
それと同時に劉緋燕が立っていた場所の後方で石畳が大きく抉られたように陥没する。
周囲に飛び散る鮮血と肉片、漂い始める血臭。
頭部を失った劉緋燕の身体は前のめりに倒れ、自らが作り出した血溜まりに沈んでいく。
事実だけを端的に言い表せば、突如として劉緋燕の頭部が消滅した。
誰もが目の前で起きたその光景をすぐには理解できず言葉を失う。
ただ唯一スザクだけが、何かが飛来した事実を知覚していた。
咄嗟に背後を振り返るが、飛来物の軌道線上に狙撃兵の姿はない。
そもそも城塞である朱禁城の周囲には、狙撃を可能とする場所が存在しない。
空中のKMFからの狙撃も考えられるが、朱禁城は疎か洛陽全土が監視下に置かれている現状ではそれも不可能。
監視外となれば、それこそ射程外となってしまう。
一体誰が?
何のために?
どうやって?
今回の作戦に暗殺は含まれていない。それこそ人質の生命を第一に考え、全部隊に徹底させていた。
だとすれば第三者の介入?
やはり断罪=粛清を行う漆黒の騎士か?
それとも超合集国強行派の手によるものか?
不測の事態に、混乱から最初に我に返ったのは星刻だった。
絶影をゼロを守る盾とし、輻射障壁を展開する。
状況から考えて狙撃を受けたことは間違いないが、その標的が劉緋燕ではなくゼロ=スザクであった可能性も否定できない。
一方、スザク達を取り囲んでいた流浪の獅子兵士達は、目の前で統率者を失ったことにより烏合の衆と化していた。
ただ暴発の可能が高く、危険度は格段に上がっている。
その事からも劉緋燕がカリスマを持った優れた統率者であった事が証明される皮肉な結果となった。
だが次の瞬間、当事者達を置き去りにして、事態は更なる混迷を迎える事になる。
上空より──絶影延いてはゼロを取り囲むように──降下してくる七騎のKMF。
その手に握られた刃=青龍刀型MVSの先端が一斉に絶影へと向けられる。
鮮やかな朱色の機体カラーと肩部装甲に描かれた鳳凰のエンブレムが特徴的なKMFを、スザクも星刻もよく知っている。
今回の事件を受けて黒の騎士団中華支部より合流した精鋭部隊『七星』。
彼等の為に製造された量産型神虎=殲武。
つまり本来ならその刃は合衆国中華に仇成す流浪の獅子へと向けられるべきものだった。
『どういう事だ、誰の命で動いている!?』
星刻はその真意を問うが、応える声はない。
『聴け、祖国を憂える流浪の獅子の兵よ!
お前達の同志にして指導者=劉緋燕は交渉の最中、卑劣にもゼロの魔弾によって倒れた! これは明らかに正義に反する蛮行である!』
戦場となった朱禁城に『七星』によって齎された新たな声明。
その声はハッキングされた通信回線を介し、全ての流浪の獅子兵士の元に届く。
『何を言っている、正気か!?』
歪曲される事実。
星刻の驚愕と戸惑いによる叫びとも言える言葉は再び黙殺される。
『故に我ら『七星』は今この瞬間より黒の騎士団と決別し、偽善者=ゼロに正義の鉄槌を下す!! 志ある者よ、我らと共に勝利をこの手に掴め!!』
その声明に流浪の獅子の兵士達が地鳴りのような雄叫びを上げた。
心強い味方を得たことにより、劉緋燕を失って低下した士気を取り戻し、混乱は収束する。流れが自分達に傾いていると確信したのかも知れない。
例えそれが一時の幻想だったとしても……。
◇
「一体何が起きてるの……」
紅月カレンは不安げに戸惑いの声を上げる。
現在彼女が居るのは洛陽にほど近い上空に浮かぶ旗艦迦楼羅、その上部甲板に今すぐにでも発艦可能な状態で待機する紅蓮聖天八極式のコクピット内部だった。
彼女が率いる第零特務隊に与えられた任務、それは不測の事態が起きた際に朱禁城を強襲し、フレイヤ弾頭を奪取すること。故に臨戦態勢を維持し、パイロットにはコクピット内での待機命令が下されていた。
カレンが見つめる先、メインディスプレイに映し出された朱禁城の内部から、爆発と共に黒煙が立ち上る。
今あの場所には自らを囮とし、朱禁城を占拠する流浪の獅子との交渉に向かったゼロが居る。
張り詰めた空気が一層重圧を増した。
この場からでは何が起こっているのかまでは把握できないが、不測の事態が起きたと考えて間違いないだろう。
カレンは胸騒ぎを感じ、操縦桿を握る手に力を込めた。
「ゼロからの連絡は?」
『いや、依然こちらにも入っていない。偵察班も事態を掴めていないようだ』
カレンの問い掛けに──参謀兼艦長として迦楼羅のブリッジで指揮に当たる──周香凛が焦りを押し殺しながら答える。
『だが責任は私が執る。紅月、行けるな?』
現場指揮官として、第零特務隊の出撃判断を任されているとは言え、情報がない現状では時期尚早であり、また独断と言われても仕方がないだろう。
それでも周香凛はカレンに出撃命令を下す。
「はい!」
カレンもまた周香凛と同意見だった。
歴戦を潜り抜けてきた経験から考えても、これがまだ始まりに過ぎないことは明らかだ。
そして本能的に悟る、今動かなければ取り返しの付かない事態になると。
『紅月……星刻様の事も頼む』
「任せて下さい。紅蓮聖天八極式、発艦します!」
電磁カタパルトによって加速し、迦楼羅を飛び立った紅蓮聖天八極式は空中でエナジーウイングを展開。紅き線条と化して朱禁城へと空を駆ける。