スザクは目の前で起こっている光景に、少なからず違和感を感じていた。
発端となった流浪の獅子による朱禁城占拠。
予期せぬ戦闘行為の発生と続く劉緋燕の暗殺。
暴走としか思えない不可解な七星の離叛。
それぞれに思い浮かんだ疑問には、ある程度想像から答えを導き出すことは出来る。
ただ、それでも何かがおかしいと感じる。
特に七星の離叛は、実際に目の前で起きている光景を見ても未だに信じられない。
確かに黒の騎士団内部にも、流浪の獅子の主義主張に賛同する者が居たのかも知れない。
けれど彼等七星は厳格な審査──もちろん経歴や思想も当然含まれる──を経て選び抜かれた精鋭部隊であり、正義に対する想いは人一倍強かった。
そして今回の事件に関しても、強い憤りを抱いていたはずだ。
しかし彼等はここに来て、人質とフレイヤという許し難い手段によって中華連邦の復権、つまりは現国家の転覆を企てた
その理由をゼロによる劉緋燕の暗殺、正義への冒涜とするが、状況証拠から考えても劉緋燕の死は第三者の狙撃によるものであり、狙撃者また狙撃場所の特定さえ出来ていない現状では何ら根拠のない暴論。支離滅裂としか言いようがない。
存在する大きな矛盾。
まるで何者かに意志を無理矢理ねじ曲げられたかのような変貌だった。
そしてスザクはそれを可能とする超常の力、矛盾を矛盾としない力を知っている。
そう、超常の力=ギアスの存在を。
◇
四方から繰り出される斬撃に対して、絶影はゼロを抱えながらエナジーウイングを羽ばたかせ、上空への退避を試みる。
殲武の攻撃速度を上回る絶影の回避速度により、初撃の回避には成功した。
だがその動きは当然の如く読まれており、飛翔と同時に地上の殲武から放たれた縄鐔型ハーケンが、絶影の両脚に絡み付き、機体を宙に固定する。
そして足止めを受けた絶影に対し、追撃を仕掛ける殲武──他の六機とは頭部と肩部の形状が異なっている事から考えて隊長機だと思われる──が襲いかかる。
振り下ろされるMVSの刃を、絶影は右腕大型ブレード=伏龍を展開して受け止めた。
甲高い金属音と共に火花が散る。
『ゼロは置いていって貰いましょうか、総司令』
殲武から放たれる七星を束ねる男=楊匙清の声。
『っ、貴様達は自分が何をしているのか分かっているのか!?』
『ええ、もちろん。だからこそ我らにはゼロが必要なのです』
楊匙清は星刻の問い掛けの意味を理解し、肯定した上でゼロの身柄を要求する。
救世の英雄ゼロは現状の世界に対して最高のカードと成り得る。
つまりその存在を手にすれば、多分の注目と共に、大なり小なり確実にこの世界に対しての影響力や発言力を保有する事ができる。できてしまう。
現にゼロレクイエムから程なくして、南アフリカの独裁国家や中東のテロ組織が、ゼロの拉致及び洗脳を計画していたことは黒の騎士団も把握し、超合集国最高評議会による制裁決議も可決された過去がある。
故に今回の朱禁城占拠事件において流浪の獅子もまた、戦争犯罪の裁きを理由にゼロをの身柄を手中に収めようとしたのだろう。
ただ彼等が考えている以上に、その仮面が内包する真実が世界を揺るがすモノである事は知る由もなかった。
絶影を襲う斬撃が激しさを増す。
いくらスペック上では圧倒していたとしても、両脚を束縛され、左手掌上のゼロを守り庇いながらでは、その性能を活かすことは出来ず、防戦を余儀なくされてしまう。
いや、それ以前の問題なのかも知れない。
「ゴホッゴホッ……くっ、こんな時に」
星刻は忌々しげに呻くように呟き、咳と共に込み上げ、口角から伝い流れる鮮血を手の甲で拭う。
今回彼に与えられていた任務は、あくまでも交渉に赴くゼロの護衛である。
本来なら戦闘の許可は下りていない。
それは彼の体調と同時に、冷静さを失うほど感情的になっていた精神状態を考慮した結果であり、作戦参加の上で最大の譲歩と言えた。
また偵察班からの報告では流浪の獅子が保有する戦力の多くが──超合集国憲章の批准
に伴い各国正規軍からブラックマーケットへ流出したと思われる──旧世代兵器で構成さ
れていた。
その為、例え不測の事態が起きたとしても、フレイヤと人質の存在を別にして考えれば、黒の騎士団との戦力差は歴然。
それこそ流浪の獅子保有のKMFが、絶影をロックオンサイトに捉える事すら難しく、ゼロの退避・逃走は容易だったはず。
しかし事態は想定外の展開を見せる。
七星の離叛と流浪の獅子への合流によって、『敵』は最新鋭の高性能量産機=殲武を手にする事となった。
数的優位を利用した連携戦術と、それを実行できる有能なパイロットが揃えば、第九世代KMFとも渡り合える可能性を秘めている。
そしてそれを現実の物とする為に組織されたのが七星であった。
体調の悪化によって星刻の視界が霞み、延いては絶影の動きを鈍らせる。
その隙を楊匙清が見逃すはずがない。
さらに地上から加わった二機の殲武と陣形を組み、ゼロの奪取を実現するために牙を剥く。
『これで終わりです、総司令。今日までありがとうございました』
楊匙清は嘲笑うように告げる。
必要なのはあくまで『ゼロ』という存在であり、黎星刻の生命に価値はない。
いや、むしろ彼が持つ知略と武勇を知っているからこそ、後の障害となり得る存在は今ここで討つ必要があると考える。
『ふざけるなッ!!』
星刻は絶影の左腕大型ブレード=臥龍を
固定近接武装を投擲武器とする奇を衒う一撃を受け、絶影に迫る殲武の内一機が爆散する。
残るは二機+地上で縄鐔を射出する四機。
けれど絶影が次の行動に移るよりも早く、その機体は凶刃に貫かれる事だろう。
最後の悪足掻きでしかないと、楊匙清は勝利を確信する。
刹那、彼が騎乗する殲武のレーダー画面上で新たな機影が点滅した。
故障かと考える間もなく、隣に居たはずの僚機の姿が消える。
同時に絶影の脚部に絡み付いていた縄鐔が切断され、束縛を解かれて自由を取り戻す。
『…………』
何が起きたのか、そう問う必要は無かった。
既に答えは眼前に呈示されている。
巨大で凶悪な爪が僚機の頭部を掴み、握り潰すと同時に紅き閃光が放たれた。
その瞬間、僚機は異常な膨張を見せ、内側から爆ぜるように飛散した。
風が爆煙を押し流し、その機体は現れる。
巨大な爪を持つ異質の武装右腕部が特徴的な左右非対称の鋭角的なフォルム、その背にエナジーウイングを展開した紅いKMF。黒の騎士団の力の象徴たる紅き鬼神=紅蓮聖天八極式。
その姿を目にして楊匙清は戦慄する。
黒の騎士団に反旗を翻した時点で対峙する事になる相手であると理解はしていた。
それでも現実のモノとなった時、戦意を揺るがすだけの重圧を受ける。相手はダモクレス攻防戦において、あの白き死神=ランスロット(・アルビオン)に勝利し、名実共に最強となったKMF。それは現在でも変わっていない。
『何がどうなっているのか分からないけど、ここからは私、第零特務隊隊長=紅月カレンが相手をするわ!』
カレンは楊匙清に宣戦を布告した。
絶影と戦闘状態にあった機体が七星専用機である事は理解しているが、何故そんな状況になっている事までは理解出来ない。
ただ、味方である絶影に攻撃を仕掛けていた以上、理由は何であれ敵となったと考えて対処する。
『紅月……礼を言う』
紅蓮のコクピット、サブディスプレイに絶影から通信回線が開かれ、星刻の姿が映し出された。
「お礼なら香凛さんに言ってあげて下さい。それより大丈夫ですか?」
『ああ、問題ない』
「そうですか……」
星刻の言葉が嘘、虚勢であることは誰の目にも明らかだった。
特に同じKMFパイロットであり、訓練だけでなく実戦でも相対したことのあるカレンだからこそ、彼が深刻な状態である事を悟る。
本来の彼の能力なら、例え護衛対象者を抱えていたとしても、今回のような防戦一方にはならなかったはずだ。
それほどまでに今の彼は精神的にも肉体的にも追い込まれているのだろう。
だがカレンは敢えて追求するような事はしない。
「ここは私に任せて、総司令はゼロを迦楼羅までお願いします」
『いや、ゼロの事は君に頼む』
「その命令は聞けません」
『何を言っている? 私にはまだやるべき事がある。朱禁城にはまだ人質が、天子様が捕らえられたまま────』
「だからこそよ」
感情的になる星刻をカレンは制止するようにハッキリと告げる。
「今の貴方では足手まといなの」
『っ!?』
「貴方をフォローする余裕はない。分かりますよね?」
速やかにフレイヤ弾頭の確保、また人質の救出を行う必要に迫れている現状では無駄な人員を割くことは出来ない。また小さなミスが取り返しのつかない事態を生む可能性もある。
それは星刻も理解しているはずだ。
『援護など必要ない。例えこの場で果てようとも、天子様がご無事ならそれで十分だ!』
「それで彼女が喜ぶとでも本気で思っているんですか!?
もし思ってるって言ったら、無理矢理にでも連れて帰って医務室のベッドに縛り付けますよ? それが嫌なら一度迦楼羅に戻って応急措置ぐらい受けて下さい。上部甲板に医療班を待機させていますから」
『…………分かった』
カレンの言葉に星刻は幾分か冷静さを取り戻し、置かれている現状を再認識する。
彼女の言葉は何も間違っていない。
『すぐに戻る。すまないがそれまでこの場は君に預けた』
「はい、了解しました」
後方へと下がる絶影をレーダー画面で確認して、カレンは大きく息を吐くと、気持ちを切り替えてメインディスプレイに映る敵を見据える。
『さあ、始めましょうか?』
相手は地上から合流した殲武を併せて六機。
ここで彼等七星を討てば、この戦いは大きく黒の騎士団へと傾くことは容易に想像がついた。
そうなれば朱禁城の制圧も時間の問題だ。
『ええ、ですが勝つのは私たちです』
その言葉は虚勢を伴う自己暗示でもあった。
しかし現状、既に退路はなく、例え相手が紅蓮聖天八極式でも勝つしかない。
そしてゼロを手中に収め、勝者として新たな『正義』を体現する。
心配する事はない。
こちらには強力な協力者が居るのだから。
そう、恐れる事はない。
『七星が第一星=楊匙清、参ります!』
楊匙清は名乗りを上げ、フットペダルを踏み込んだ。
直後、赤きKMFは朱禁城の上空で激突し、黒の騎士団と流浪の獅子の戦いが本格的に始まる。
戦闘開始から程なくして大勢は決した。
流浪の獅子の敗北。
新たに七星が加わったとしても、残る戦力は旧世代兵器。
カレン率いる黒の騎士団精鋭部隊=第零特務隊の前では、例え地の利を活かした所で、その程度のアドバンテージは無に等しく、戦力差を覆すことは不可能。
そもそも唯一の対抗策であったフレイヤの起爆コードを知り、なおかつ人質を利用した交渉計画を取り仕切っていた劉緋燕を失った流浪の獅子に、散発的な抵抗を伴う敗走以外の道は残されていなかった。
宙を舞う輻射推進型自在可動有線式右腕部が、再び紅蓮聖天八極式にドッキングした直後、その背後で五機目の殲武が爆散した。
これで残るは楊匙清が駆る隊長機のみ。
「っ、……化物ですか」
まさに鬼神の如き圧倒的な戦闘能力を見せる付ける紅蓮聖天八極式に楊匙清は呻く。
当然離叛の画策と同時に、紅蓮聖天八極式の対策も練り上げたはずだった。
出来る限りの資料を掻き集め、スペックや戦闘記録を解析し、幾度となくシミュレーションを繰り返して今日を迎えた。
しかし現実に対峙した相手は、こちらの策の全てを悉く打ち破り、黒の騎士団中華支部最精鋭部隊という自負を意図も容易く打ち砕く。
『これで終わり?』
カレンの軽蔑の念を含んだ問い掛けに、楊匙清は歯がみする。
どうして自分がこうも容易く追い詰められているのか?
予測よりも早い紅蓮聖天八極式の出現、認識の甘さ、KMFの性能差……。要因は幾つか思い浮かぶ。
その全てが要因であると言われても仕方のない結果だ。
だが最大の要因は明確。
「まさかあの女、裏切ったのか……?」
いや、最初から騙されていたのかも知れない。
今回の離叛劇の鍵を握っていたのは一人の女。
離叛と同時に協力者である彼女がフレイヤ弾を確保する手筈であり、また彼女が保有する戦力の支援を受ける予定だった。
けれど現状、未だフレイヤ弾の起爆コードや起爆スイッチは疎か、その所在さえ教えられてはいない。
どうしてあんな得体が知れない女を信用してしまったのか?
自分でも分からない。
何故かあの瞬間=彼女の言葉を聞いた瞬間に──何か大きな力に突き動かされたとでも言えば良いのか──我を失い、あてもない夢想が思考を支配した。
いや、それは言い訳に過ぎないのだろう。
そんな都合の良い事はあり得ない。あてもない夢想=欲望に取り憑かれた自分を弁護しているだけだ。
ただ、疑問は募る。
あの女の目的は何だ?
何の為に自分達に近付き、何を得るというのか?
残念ながらその疑問の答えを有してはいない。
思考を現実へと戻す。
散っていた仲間。
自分に死を齎すであろう紅蓮聖天八極式。
それが逃れることの出来ない現実。
「本当にどうしてこんな事になったのだろう……」
もう引き返すことは出来ない。ここで投降したところで、反逆者として処刑されるだけ。それでは先に逝った仲間達に申し訳が立たない。
後悔と絶望。
『まだだ、まだ終わらせません!!』
楊匙清は絶望を振り払うかのように叫び、専用トリガーを引いた。
刹那、彼が騎乗する殲武の胸部装甲が展開し、天愕覇王荷電粒子砲の砲身が露わになり、その内部に光が灯る。
『この、まだやるつもり!? だったら、あんたも吹き飛びな!』
その言葉と共に翳される紅蓮聖天八極式の輻射波動機構。
放たれる二つの光、天愕覇王荷電粒子砲と輻射波動弾。
二つの光が宙でぶつかり合い、極光が弾けた。
拮抗し互角と思われた破壊力だが、殲武の天愕覇王荷電粒子砲は次第に紅蓮聖天八極式の輻射波動弾に押され始める。
殲武最大の攻撃性能を誇る天愕覇王荷電粒子砲。
だが神虎また絶影に搭載されている天愕覇王荷電粒子重砲とは異なり、エネルギー効率や反動の軽減を重視した再設計が成されていた。短いインターバルでの連射を可能とし、汎用性は極めて高い。単騎突破、一騎当千を掲げるオリジナルと、最初から集団戦闘を想定して製造された量産機。当然の仕様変更だろう。ただ、その代わり最大出力は低下している。
結果、紅蓮聖天八極式の輻射波動弾に対抗するには、残念ながら出力不足だった。
ついには楊匙清が駆る殲武が輻射波動弾に呑み込まれる。
「ふふっ…あはははは……」
……嗚呼、終わった。
火花を散らすディスプレイを埋め尽くした警告メッセージを前に、楊匙清は死を悟る。
そして最後の殲武が爆散する。
その瞬間、黒の騎士団中華支部が誇った精鋭部隊七星は、紅蓮聖天八極式の前に壊滅し、反逆者として歴史に名を刻む事となった。