最後の殲武の消滅を確認した後、カレンは手の甲で額の汗を拭う。
流浪の獅子は最大戦力となった七星を失った。これで黒の騎士団の勝利は揺るがない。
流浪の獅子の抵抗は続いているが、焦点は人質の救出とフレイヤ弾頭の確保へと移る。
だがそれらの問題も間もなく解決するだろう。
『敵KMF撃破率78%を突破、これより残存勢力の掃討へ移行』
『東館を制圧。拘束中の人質数名を発見。しかし天子様の姿を確認することは出来ず』
『地下ブロックへの進入路を確保。これより捜索を開始する』
上がってくる報告に耳を傾けながら、カレンはそう考える。
後は未だ安否不明の天子=蒋麗華の無事を祈るばかりだった。
機体のコンディションをチェックする。
損傷は軽微だったが、やはり戦闘でエナジーを消費している。最強のKMFと称される紅蓮聖天八極式だが、その圧倒的な戦闘能力に比例するようにエナジーの消費は激しい。
いくら優れた機体性能を有していても、エナジーウイングを常に展開した空中戦で、輻射波動や輻射障壁を多用すれば当然のこと。
捜索に加わる前に一度迦楼羅に戻り、エナジーフィラーを交換した方が賢明だ。
そう、まだ全てが終わったわけではないだろう。
劉緋燕暗殺に絡む第三者の影。
不可解な七星の離叛。
その事実が存在する以上、更なる予期せぬ事態が続いても何らおかしくない状況であり、寧ろ何も起こらないと考える方が難しい。ならば最低限いつ次の戦闘が始まっても、即座に対応できるようにしておかなければ────
「え、何?」
瞬刻、突如として太陽光が遮られたかのように影が落ち、周囲が暗くなる。
カレンは頭上に何か善からぬモノが出現したことを本能的に理解した。
彼女が抱いた杞憂は、最悪の形で現実のモノとなる。
◇
洛陽上空、黒の騎士団旗艦=迦楼羅。
そのブリッジからはハッキリと全体像を見ることが出来た。
突然の事だった。何の前触れもなく空の一部が歪み、割れていく。
雪のように舞う光の粒子の中、朱禁城の上空に姿を現した巨大な建造物。
それは全高3キロを超える、チェスの駒にも似た黒き天空城。黒の騎士団を襲撃したゼロ=ルルーシュが率いる漆黒の騎士の軍事拠点であるダモクレス級浮遊要塞ソロモン。
つまりは衛星軌道から地上のあらゆる場所にフレイヤを打ち込むことを目的とした超戦略兵器と同等の兵器。
その外観はシュナイゼル指揮の下に開発された天空要塞ダモクレスに酷似していたが、明らかに異なる部分も存在する。当然漆黒の騎士の名に合わせ、黒色のカラーリングへ。また、丸みのあったフロートユニットは鋭角的な物に変更されている。そして最も異なる点は、オリジナルダモクレスには見られなかった巨大なリング状のパーツの存在だろう。
大勢が決した現状で介入行動を取った漆黒の騎士。漁夫の利を狙っていたとしても、その介入タイミングは遅きに失したと言っても過言ではない。
収束しつつある戦火を再び広げようとするなら、多くの民衆から批判を受け、反感を買う。ここで事を荒げて得られる物はない。
誰もがそう思った。
困惑の中でソロモン、そしてルルーシュは何ら語ることなく次の行動に移る。
ソロモンの周囲に張り巡らされていた電磁シールド=ブレイズ・ルミナスが、まるで蕾が花開くように上部から展開していく。同時にリング状のパーツがゆっくりと回転を始めた。
「っ、まさか!?」
その光景をただ一人──絶影の実動データの解析を行っていた──ラクシャータだけが正確に理解し、焦りを覚えた。
「部隊を下がらせなさい、早く!」
手にしていた愛用のキセルが床に落ちたことを気にも留めず、立ち上がったラクシャータが叫ぶ。
「どういう事だ? まさか────」
星刻が駆る絶影によって迦楼羅に送り届けられ、周香凛に代わり指揮を執っていたスザクが問う。と同時、彼の脳裏に最悪の事態が過ぎる。
フラッシュバックする4年前のトウキョウ租界、帝都ペンドラゴン、ダモクレス戦役。そしてつい最近消された紛争地帯。
「フレイヤを!?」
ダモクレスの象徴。ダモクレスを超戦略兵器たらしめるフレイヤ射出機構の存在、また敵浮遊要塞の出現位置を考えれば、自ずと導き出された当然の思考結果。
例え流浪の獅子に対する断罪であったとしても、人質が捕らわれ、救出作戦が行われている超合集国主要大国の首都に救世の英雄がフレイヤ攻撃を敢行する。
あり得ない。
そもそも浮遊要塞ソロモンの現在の高度でフレイヤを地上に向けて撃てば、自身も発生したセスルームニル球体に呑まれてしまう。その対策としてブレイズ・ルミナスを地上に向けて展開したとしても防ぎきることは不可能だ。
自滅など更にあり得ない。
「説明はあと、早く言うとおりにおし!」
「っ、展開中の全部隊に告げる! 最優先命令だ、即座に作戦領域外まで後退しろ! 迦楼羅も最大戦速で後退、衝撃に備えろ!」
ラクシャータの声に思考を脱したスザクが直ぐさま命令を下し、それに操艦オペレーターが了承の意を返す。
「……間に合ってくれ」
自分が下した命令が、人質を含む多くの人々の生命を見捨てるものである事は、スザクも理解している。それでも今ここで第零特務隊を、紅蓮聖天八極式とそのパイロットであるカレンを失うワケにはいかない。仮に失った状況で漆黒の騎士の襲撃を受けるような事になれば、自ら出撃したとしても黒の騎士団は本拠地に継いで旗艦までも失うことになるだろう。
世界は黒の騎士団の敗北を知り、漆黒の騎士の力の前にひれ伏すことになる。その後、否応なく粛清を受け容れさせられる。
もし彼が自分の知るルルーシュなら、例えどんな抵抗を受けたとしても、あらゆる手段を駆使し、ねじ伏せ、踏みしだき、人類の浄化を成し遂げる。
いや、果たして本当にそうなのか?
七星の離叛がギアスによって引き起こされた物だとしたら?
無意味な混乱の拡大。
それをルルーシュが引き起こし、利用しようとしたとするなら、介入タイミングの遅れはあり得ないことだ。
だとするなら第三者、新たなギアス能力者の影がちらつく。もしそれが仮定ではなく現実なら、その人物は劉緋燕に対する狙撃にも深く関わっていると思われる。
二人のゼロによる争乱。
黒の騎士団と漆黒の騎士の対立の陰で、暗躍する何者かが存在してるのか?
一体誰が、何の為に?
新たな疑念、混迷する事態はスザクの言い知れぬ不安を増大させる。
ただ今は目の前の事態収拾に尽力しなければ────
次の瞬間、発生した眩い光が迦楼羅のブリッジを包んだ。
迦楼羅=上部甲板。
簡易ベッドに横になった星刻は、待機していた医療班から点滴による投薬治療を受けていた。もちろん応急処置程度に過ぎないが、一時的に症状を緩和させる事は可能だった。
この事件が解決し、人質=蒋麗華の無事を確認出来れば、それまで保てば十分だと星刻は考える。
戦況報告を聞く限り、朱禁城の制圧は時間の問題だ。やはり紅蓮聖天八極式を含む黒の騎士団精鋭部隊=第零特務隊と、中華支部精鋭部隊=七星では格が違う。
だがしかし、星刻の予想は大きく裏切られる。
突如として朱禁城上空に出現したダモクレス級浮遊要塞。
下される全部隊への撤退命令と、後退を始めた迦楼羅。
それらの事実から起こるべく未来を想像できない者など、この艦には居ないだろう。
甲板上の整備士や補給部隊、星刻に付き添う医療班。先程までの楽観的な考えは吹き飛び、全ての人間が慌ただしく動き出す。誰の脳裏にもダモクレス戦役で繰り広げられた光景──フレイヤによって蹂躙される死と不条理に満ちた戦場──は焼き付いている。一瞬にして意図も容易く奪われていく幾千幾万の生命を忘れられるほど、時は経っていないのだから。
「くっ!?」
星刻は休息を求める身体に鞭を打ち、無理矢理ベッドから起き上がると、乱暴に点滴の針を抜き捨てる。
「お待ち下さい、総司令!」
看護師が制止するが、星刻は聞く耳を持たない。
待てるわけがなかった。
ゼロ=スザクが下した命令は、つまり朱禁城とその周囲の住人、そして朱禁城に捕らわれた人質=蒋麗華の生命を見捨てるという事だ。
裏切りだとは思わない。
間違った判断だとも思わない。
被害を最小限に留め、次の戦いに備えることは戦場を知る指揮官として当然の判断だ。
立場が同じなら、自分も同様の命令を下していたはずだ。
だけど決して傍観者にはなれない。
悪化した体調と投薬の影響が相俟って、上手く身体に力が入らなかったが、星刻は絶影へと向けて歩みを進める。
「鎮静剤だ、早く!」
医師が伸ばした手を星刻は乱暴に振り払う。
「邪魔をするな!!」
殺気と共に吐き出された怒声と、鬼気迫る形相に医師はそれ以上動けなくなった。
幾多の修羅場を乗り越えた戦士であり、自らの命さえ懸けた星刻を並大抵の覚悟で止める事は到底不可能だ。
絶影へと乗り込んだ星刻は、すぐさまエナジーウイングを展開させた。予備パーツの搬出に手間取り、左腕大型ブレード=臥龍の換装は終わっていないが、エナジーフィラーの交換を含む補給作業は一応完了している。
エナジーウイングの羽ばたきと共に最加速した絶影は、作戦領域外へ退避する友軍の流れに逆らい朱禁城を目指す。
『何をしている、黎星刻!? 私は退避を命じ────』
星刻の単独行動に気付いたスザクが絶影に対し、即座に通信を入れるが、それに星刻は応えることなく一方的に遮断した。
「待っていて下さい。今、私が……」
なんとしても蒋麗華を救い出す。
変わらぬ想い。
けれど彼の願いは叶わない。
残酷に、無慈悲に時は刻む。
そう、時間が圧倒的に足りなかった。間に合わなかった。時既に遅かった。
星刻が朱禁城に辿り着くよりも先に、星刻が蒋麗華を救い出すよりも早く、ダモクレス級浮遊要塞ソロモンはその身に溜め込んだ破壊の力を解放する。
ただ最下部から放たれたそれはフレイヤ弾頭ではなかった。稲妻の如き眩い光の柱が朱禁城もろとも大地を深々と貫いていく。
その瞬間、星刻は瞳を大きく見開き、絶叫した。
「リーファァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
絶望と慟哭に満ちた悲痛な叫びの先、彼が忠誠を誓う唯一の主が捕らわれているはずの朱禁城は、完全に光に呑み込まれていた。その光の中で、まるで灼熱に氷が溶かされるように、吹き荒れる風に蹂躙される砂城のように、朱禁城は形を失っていく。
もう、手遅れだ。
分かっている。
あの状況では生存者は居ない。
分かっている!
それでも星刻は感情のままに絶影を前に進め、燃え盛る炎に誘われ、その身を焦がす羽虫のように、自ら閃光の中へ飛び込んでいこうとする。
直後、絶影を襲う衝撃。
星刻は視界に──メインディスプレイに映し出された──紅蓮聖天八極式の姿を捉えて憤慨した。
「退け、紅月!!」
『何を言ってるんですか、出来るわけないでしょ!?』
「君こそ何を言っている!? あそこにはまだ天子様が、麗華がいらっしゃるのだぞ!!」
星刻は叫び、行く手を塞ぐ紅蓮聖天八極式を押し退けようとするが、それにカレンは頑として抵抗する。
『っ……』
カレンにも星刻の気持ちは痛いほど理解出来た。
現実を認められない。いや、認めたくないのだ。
大切な人の死を……。
だが、彼はまだ生きている。
『聞いて下さい。天子様は、蒋麗華は死んだんです。だけど貴方は生きて下さい、彼女の為にも!!』
カレンは星刻に現実を言葉にして突き付ける。
これ以上、大切な仲間を失わない為に。
「…………」
己が理解していても認めたくはない事実を改めて第三者に突き付けられ、その言葉が否応なく現実を肯定する。
守るべき主の死。
愛すべき者の死。
蒋麗華の死。
目の前が真っ暗になり、全身から力が抜けた。操縦桿を握ることすら出来ないほど完全に。
動きを止めた絶影を抱え、カレンは紅蓮を迦楼羅へと向ける。
その背後で膨大な光の放出が終わり、次第に光は霧散するように消えていく。
朱禁城が存在していたその場所に残されていたのは、クレーター状の巨大な大穴。圧倒的な力が齎した破壊の爪痕。結果として被害こそ局地だが、それはフレイヤの爆心地と同じ光景と言えるだろう。
誰もが惨状に言葉を失っていた。
そんな中、唯一響いたその声は世界中へと送られる。
「この世界に住まう全ての者に告げる!」
全世界に放たれる三度目のゼロの声明。
回を重ねる毎に、その言葉は世界により大きな衝撃と混沌を齎す事となる。