コードギアス オルタネイティヴ   作:電源式

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第23幕 【忠義 対 忠義】

 

 

 

「……ざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!!」

 

 絶影のコクピット内部で星刻は激情のままに叫んだ。

 

 ゼロ=ルルーシュが公表した罪人リストには、唯一主と定めた彼女の名前も存在した。

 合衆国中華国家元首=蒋麗華。

 罪状、奸臣の放置と国庫金=政府資金の不正使用の黙認。

 

 フレイヤ開発に関与した者を知り、政府資金の不正使用に気付きながら、罰することなく放置した?

 

 あり得ない。

 彼女は買収されるような人間でも、脅しに屈するような人間でもない。

 正しき道を理解している。

 仮にもしそれを知り、それでも一人ではどうすることも出来ない状況に立たされていたとしても、自分には、自分にだけは何らかの相談があったはず。

 

 全てはルルーシュのまやかし。

 偽りの情報に過ぎない。

 フレイヤ、そしてフレイヤに代わる大量破壊兵器を使用した自身のことは棚に上げ、強者の悪意を糾弾する。

 明かな矛盾。

 それは自らに向けられた疑惑を払拭し、人質を敵に置き換えることで全ての問題を打破する手段に過ぎない。

 

 朱禁城に捕らわれていた人質は罪なき弱者ではなく、実は世界を欺く社会の悪だった。

 だから罪人としてテロリストと共に殺しても構わない。

 根底を、チェス盤をひっくり返す如く明らかな暴論だ。

 

 だが『ゼロ』の魔力によって暴論は正論へ、または考慮すべき情報へと姿を変える。

 もちろんその全てが嘘ではなく、確かに多くの真実が含まれていた。

 しかしどこまでが真実で、どこからが嘘かなんて大半の人間は知る術を持たない。

 故に未だ世界の大部分はゼロを英雄だと支持するだろう。

 狂っている。

 

 だったら誰かがそれを正さなければならない。

 せめて嘘を曝き、彼女の名誉を守らなければならない。

 それがゼロを肯定し、『英雄』を生み出す一端を担った自分の責務。

 

 星刻は再び操縦桿を強く強く握り締めた。

 

『きゃっ!?』

 

 眼前の紅蓮聖天八極式を押し退ける。漆黒の騎士の次の行動に対して意識を集中させていた為、カレンは絶影に反応が出来なかった。

 

 星刻の視線の先、メインディスプレイに表示されている敵拠点=ダモクレス級浮遊要塞ソロモンは、花弁状に展開していたブレイズ・ルミナスを閉じていく。

 もし完全にブレイズ・ルミナスに覆われてしまえば、生半可な攻撃では無力化され、こちらからは一切手出しが出来なくなってしまう。その前にシールドの内側及び敵要塞内部に突入する。もしくはブレイズ・ルミナスの発生装置を破壊するしかない。

 エナジーウイングを羽ばたかせ、絶影を最加速させると同時、発生したGが襲いかかり、再び込み上げた鮮血が口内から溢れそうになる。

 

 それがどうした?

 

 星刻は己の身体を一切気遣うことなく、熱き血潮を嚥下し、更に絶影を加速させる。

 もはや希望は潰え、生きる意味を失っていた。

 そんな彼を突き動かすは復讐心。

 

 総司令としての立場?

 

 そんなものが今さら何の役に立つという。

 この身に残されたのは殺意のみ。

 

 ソロモンは迫る絶影に対して追撃部隊は疎か、迎撃部隊さえ展開する様子を見せない。

 もはやこの場に留まる意味はない。既に超合集国の狗である黒の騎士団は眼中にないと言いたいのだろうか。

 ただ星刻は知らない。いや、例え知ったところで今の彼にはどうでも良いと思ったに違いない。三度目の声明とほぼ同時刻、公表された情報の中で名指しされた各国企業や研究機関が漆黒の騎士が保有する戦力の襲撃を受けていた。その事から考えて現状ソロモンに搭載されている戦力は最低限のものだけである可能性が高い事を。

 

 どこまでも全てを見下し、混沌を広げ、世界を意のままに操ろうと画策する。

 やはりあの男=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは世界の敵。

 英雄を騙る魔王だ。

 憎悪に支配された星刻は前だけを見る。

 

『ゼロ。いや、ルルーシュ!! 貴様にはこの身と共に地獄へ落ちてもらうぞ!!』

 

 ソロモン最頂部まで上昇した絶影は、天愕覇王荷電粒子重砲を起動させた。

 今ならまだ間に合う。この場所からならルルーシュの居城たる天空城に、復讐の一撃を叩き込むことが出来る。

 ルルーシュに死を。

 

 絶影の胸部装甲が展開し、露わになった砲身に光が満ちると同時、星刻は躊躇うことなく専用トリガーに掛けた指を────

 

『させはせぬ!』

 

 引いた瞬間、その声と共に絶影を衝撃が襲う。

 咄嗟に輻射障壁を展開させ、ダメージを最小限に止める事には成功するが、放たれた天愕覇王荷電粒子重砲は目標を外れて虚空を射貫いた。

 体勢を立て直しながら、星刻は機体を掠めた飛来物──剣の形を模した──超大型スラ

ッシュハーケンが戻る先に視線を向ける。

 

 視線の先に存在したのは異形のKMF。いや、KMFではなくナイトギガフォートレス(KGF)に属する類と考えた方が正確なのかも知れない。

 まず目に付くのはその巨体だった。4年前、日本奪還戦の陽動中に剣を交えたナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタイン専用機、ギャラハッドも通常のKMFより二回り程度大きい機体だったが、それすら優に超えている。

 また頭部には4つの小型ファクトスフィア埋め込まれ、ブリタニア製の旧世代KMF(第四~五世代)を連想させる作りをしていた。

 そして何よりも特徴的だったのが、その機体カラーだ。

 装甲の大部分が鮮やかなオレンジで彩られ、アクセントに緑が使用されている。

 その機体カラーのKGFに騎乗するパイロットを星刻は知っていた。何より過去から現在に至るまで一人しか存在しない。

 

『……ジェレミア・ゴットバルトか』

 

『ああ、そうとも。久しいな、黎星刻』

 

 星刻の言葉を、コックピット内で悠然と腕を組む男=ジェレミア・ゴットバルトは肯定する。

 

 ジェレミア・ゴットバルト。神聖ブリタニア帝国の元辺境伯であり、軍内部の純血派を束ねるリーダーであったが、ゼロによる枢木スザク強奪事件に伴うオレンジ疑惑によって失脚し、代理執政官まで務めたその地位を失う事となる。

 以降、ゼロに対する憎悪を抱き、復讐を誓うが、ナリタ攻防戦で紅蓮弐式に敗れ、作戦行動中行方不明(MIA)として処理される。

 だが一命を取り留めていた彼は、クロヴィス・ラ・ブリタニア指揮の下、極秘裏に進められていた違法研究の実験体となり、後のブラックリベリオンではKGF=ジークフリートのパイロットとしてゼロと交戦した記録が残されている。しかし終戦を前に彼の消息は途絶えていた。

 

 次に彼が表舞台に現れたのはそれから約1年後、ゼロによる反ブリタニア連合の立ち上げ、合衆国憲章批准式によって当時の超合衆国が誕生する直前のこと。

 しかも彼は憎んでいたはずのゼロの配下として、黒の騎士団に所属している。当然様々な憶測が流れたが、ゼロがその経緯を幹部や側近にも語ることはなかった。

 ただ、第二次東京決戦停戦後にシュナイゼルから齎された真実、またゼロ=ルルーシュの帝位簒奪とその後の悪業に──直前の第二次東京決戦で死闘を繰り広げた枢木スザクと共に──騎士(ナイトオブワン)として手を貸している事から、ギアスによって操られて

いた可能性が高いという結論付けがなされている。

 そしてゼロレクイエムを機に再び表舞台から姿を消し、噂ではその後みかん農園の経営者となったと囁かれていた。

 

 しかし彼は今、象徴とも呼べるパーソナルカラーのKGFに再び騎乗し、星刻の前の立ちはだかる。

 

『何故貴様が────いや、そんな事は最早どうだって良い。そこを退け』

 

 展開させた右腕大型ブレード=伏龍の先端を、ジェレミアが騎乗するKGFへ向け、星刻は殺意を込めて告げた。

 理由なんて知る必要はない。

 邪魔をするなら、例え誰であろうとも斬る。

 違う、既に邪魔をされている。

 ならば後は斬るだけだ。

 星刻は嗤う。

 

『断る。私はルルーシュ様の忠実なる騎士=ジェレミア・ゴットバルト。

 あの方には指一本触れさせはせん! 私が守り抜く、二度とゼロレクイエム(あの時)のようにはッ!!』

 

 救済計画ゼロレクイエム。例えそれが主の望み、主君からの命令だったとしても、あの日から常に心の中には後悔があった。

 過去は覆らないと嘆いた。

 それでも今は違う。

 再び忠義を示す機会が与えられたのだ。

 今度は、今度こそは己が使命を違えない。

 絶対に守り抜いてみせる。

 同じ過ちを二度も繰り返しはしない、してなるものか。

 

 刹那、星刻は無言のままエナジーウイングを羽ばたかせ、ジェレミアへと斬り掛かる。

 

『ルルーシュ様より頂いた新たな忠義の証、このジーク・シュヴァリエを何人も墜とす事は不可能だ!』

 

 対するジェレミアは肩部アーマーに接続された剣型のスラッシュハーケン=グラムハーケンの一振りを掴み、絶影が振り下ろした伏龍を受け止めた。

 ぶつかり合った刃が火花を散らす。

 再び主を得たジェレミアと、主を失った星刻。

 後悔と絶望。

 忠義と忠義。

 抱く想いは違えど、揺るぎない信念は同じだった。

 

「ちっ」

 

 降り注ぐ小型ミサイルを避けながら星刻は思わず舌を鳴らす。

 機体サイズを考えれば、機動性で勝るのはこちらのはずだった。

 けれど決めきれない。

 その巨体を裏切る機動性と、ブレイズ・ルミナスによる堅牢な守り、そして大火力を存分に振るうジーク・シュヴァリエ。ジェレミアが声高に誇るだけの性能を有している。

 それでもここで負けるわけにはいかない。

 自分の敵はジェレミアではなく、その後ろに存在するルルーシュだ。

 

『この程度か、黎星刻よ。鍛練を怠っていたのではないか? 底が知れるぞ』

 

 ジーク・シュヴァリエの両腰部から放たれた大口径ハドロン重砲が絶影を掠め、装甲を融解させていく。

 

『戯れ言を!』

 

 星刻は挑発を受け流すことはせず、真正面から受け止める。

 その程度の挑発は意味はない。

 逃げも隠れもしない。

 策を弄する必要もない。

 ただねじ伏せるのみ。

 

 星刻はエナジーウイングを最大出力で展開させた。

 絶影の背に広がる光の翼が一回り大きくなる。

 残りのエナジーと時間を考慮すれば、この一撃で決めなければ後はないだろう。

 しかしもはや失うモノのない今の星刻に迷いはない。

 恐怖もない。

 絶影がエナジーウイングを羽ばたかせた。

 その瞬間────

 

『何ッ!?』

 

 ジェレミアの視界から絶影の姿が消える。

 ファクトスフィアを始めとする高感度センサーの認識速度を凌駕し、ディスプレイに残像さえ残すことはない。

 空中分解と紙一重の限界機動(オーバードブースト)によって、絶影はジーク・シュヴァリエの懐へ入ることに成功する。この距離からならジーク・シュヴァリエがブレイズ・ルミナスを展開するよりも早く、その機体に効果的な一撃が届く。

 そのはずだった……。

 

「くっ……はぁ…はぁ……」

 

 絶影の機体は限界機動を耐え、星刻の意志が揺らぐことはない。

 だけど無情にも彼の肉体は限界を迎える。

 悪化する体調に精神的ダメージ、そこに高Gが生み出した負荷が加わった結果、視界は霞み、今にも意識を手放す寸前だった。

 予見された当然の結果。

 誰の目から見ても、無謀だったとしか言いようがない。

 

『っ、まだだッ!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!』

 

 それでも星刻は思うように動かない身体に鞭を打ち、強い情念によって突き動かす。

 魂の叫び。

その想いに絶影は応え、伏龍の先端をジーク・シュヴァリエの胸に突き立てた。

 だが浅い。それでは大破は疎か、行動停止に追い込むことすら出来ない。

 

『っ、発見!!』

 

 ジーク・シュヴァリエが振り下ろしたグラムハーケンは、圧倒的なパワーで絶影の肩部装甲を容易く切断し、刃突き立てる右腕を切り離した。

 直後、落下を始めた絶影のディスプレイにノイズが走り、継いで機体ダメージを伝える警告メッセージが埋め尽くし、一部システムが強制的にプロテクトモードに移行して停止する。

 敗北。

 これ以上の戦闘継続は不可能だった。

 

 落下に伴う浮遊感に包まれながら、星刻はディスプレイを埋め尽くした警告メッセージの奥で、完全にブレイズ・ルミナスに覆われたソロモンの姿を目にする。

 そしてその巨大な要塞は、まるで蜃気楼の如く揺らぎ、次第に空と同化し、レーダー画面からも完全に消えていく。

 復讐対象が、ゼロが去っていく。

 

「────────────────────ッ!!」

 

 星刻は口角から溢れ出す鮮血を気にも留めず、憎しみの咆哮を上げることしか出来ない自分を、そして世界を呪う。

 

 

 

 

 

 朱禁城奪還戦において行われた黎星刻とジェレミア・ゴットバルト、絶影とジーク・シュヴァリエの戦闘。

 これが歴史上初めての黒の騎士団と漆黒の騎士の戦闘とされている。

 その結果は両陣営の損害から考えて漆黒の騎士の勝利とする見方もあるが、そもそも漆黒の騎士に戦闘の意志はなかったとする意見が大半を占めていた。

 あくまでも自身の主張を展開する為の──朱禁城占拠事件を利用した──示威行動だったのだろう。

 現に戦力の大半が各国へと割かれていた事は紛れもない事実。

 

 ただ、再び漆黒の騎士の軍事拠点である浮遊要塞ソロモンは姿を消し、黒の騎士団のソロモン捜索活動は振り出しへと戻る。

 けれど全てが振り出しへ戻ったわけではない。

 漆黒の騎士を率いるゼロの新たな声明=国家解体宣言は、何人も抗えない大きな力となって、否応なく世界を動かしていく。

 その先にある世界、そして未来を知る者は居ない。

 誰一人この混沌の行き着く先を知らない。

 そう、混沌を広げ続ける二人のゼロですら。

 

 

 

 

 

 合衆国中華首都洛陽より遠く離れた山の斜面。人目を避け、木々の陰に隠れるようにそれは存在する。

 角張った白い塊。

 そう形容するのが、もっとも適切に思えた。

 その白い塊から長大な筒状の物体が生えている。よく見るとそれは狙撃(スナイパー)ライフルにも似た長銃の銃身だった。それを支えているのは2本の腕であり、騎士の兜を模した頭部を持ち、2本の脚が大地を踏みしている事から、辛うじてその物体がKMFである事実を物語っている。

 

 そしてそのKMFの隣には、これまた異質な光景があった。

 折り畳み式ベンチに寝転んだ妖艶な美女。件のKMFのパイロットだと思われるが、問題は彼女の格好だ。

 際どい露出のビキニ水着に包まれた──他者が羨むようなプロポーションの──身体を惜しげもなく晒している。

 残念ながら彼女が居る場所は、人里離れた山奥であり、近くには海どころか湖も渓流も存在していない。

 それでも彼女は満足げに微笑みながら、手にした携帯端末が映し出した光景を見つめていた。

 

 そんな彼女の近くに新たなKMFが舞い降りる。360度に展開される円型エナジーウイングを広げた白銀の騎士が膝を着き、次いでコクピットを開放する。

 降りてきたのは、燃え盛る炎のような赤い髪の少年。身に着けているのはバイザー型ゴーグルと一体化したヘッドセット。優れた防弾・防刃・耐衝撃性能を誇り、白兵戦時にも有効かつ、生命維持機能などを持つ多機能パイロットスーツ。勿論それらの装備も、彼等個人の為だけに作られた特注品だった。

 そしてもう一人、少年の腕に抱かれて眠る銀髪の少女。

 

 女は顔を上げ、少年に視線を向けて告げる。

 

「遅かったわね。ああ、もしかしてその娘に悪戯してたのかしら? そういう年頃なのは分かるけど犯罪はダメよ、うふふっ」

 

「ちげぇよ! ってか、既にオレ達は正真正銘の犯罪者だろ?」

 

 楽しそうに笑う女に少年は反論する。

 

「だから何をしてもオッケー、可愛い子は片っ端から襲ってやるぜ、と。鬼畜ね」

 

「っ、何でそうなる! いや、もう良い。アンタには敵いそうにないからな、色んな意味で」

 

 少年は諦めたように溜息を吐きながら、腕に抱いた少女を──女が使用する物と同型の──ベンチへと寝かせる。

 残念なことにこの女=ディスペアの方が自分よりも強いと理解している。

 もちろん状況が大きく勝敗を左右し、本気で挑めば絶対に勝てないというワケでもないが、勝率は完全に相手の方が高いだろう。

 

「素直でよろしい」

 

「つーかさ、なんて格好してやがんだ。ここ山だぞ、バカなのか?」

 

 頷くディスペアに対し、少年は冷静に、そして冷淡に彼女の奇行を指摘する。

 

「大丈夫よ、ちゃんと日焼けと害虫対策はしてあるから」

 

「そういう意味じゃねぇよ!」

 

 目の前の女がそう言う事に抜かりない事は知っている。

 そもそも彼女が使用している殺虫装置もまた特別に用意させた物であり、市販の物とは比べものにならないほど性能を誇っている。何という技術と予算の無駄使いだ。

 

「だって仕方が無いじゃない。狙撃体勢で構えているのって、意外と胸がこるのよ?

 ま、男の貴方には分からないかも知れないけど……。はっ、もしかして今「だったらオレが揉んでやるぜ」とか考えた? もうテラーのえっち~♪」

 

「冗談も休み休み言えってぇーの。誰が好きこのんでアンタみたいな年増に欲情するか────」

 

半瞬、ディスペアの愛機=アグライアが、ライフルの銃口を少年=テラーに突き付ける。

 

「ん、何か言った? 良く聞こえなかったからもう一度言ってみてくれる?」

 

 携帯端末を操作し、笑みを浮かべてそう問い掛けたディスペアだったが、その目は笑っていなかった。

 

「いや、何も……」

 

「いい加減学んだ方が良いわよ、口は災いの元だって。もう次はないんだから」

 

 銃口が遠退きテラーは安堵する。実弾なら肉片と化し、レーザー系なら塵すら残らなかった事だろう。

 まったくこれだから精神異常は嫌だ。本来なら関わりたくないが、自分の周りには狂い壊れた人間しか居ない。

 そんな連中と行動を共にしている自分もまた、同じ側の人間なのだろうが、それは考えないでおこうとテラーは思う。

 

「で、結局こいつ本当に必要だったのか?」

 

 テラーは話題を切り替えるように、眠る少女を一瞥して問い掛ける。

 

「さあ? 青き武神のアキレス腱ってところだけど、別にあの方もそこまで重要視してないみたい。今後何かに使えるかも、その時はラッキーってレベル。

 むしろ今回重要だったのはデモンストレーションの方よ。その為にわざわざ私と貴方、二人も派遣されたワケだし。

 もちろん貴方のサポート=データリンクが無くても、この程度の仕事なら一人で十分だったけれどね。今度は大陸間弾道狙撃にでも挑戦してみようかしら?

 それに私の美貌を以てすれば、バカ共を煽ることなんて簡単すぎて逆に暇だったんだから」

 

「デモンストレーション?」

 

 敢えてディスペアの不遜な態度には触れず、テラーは疑問を口にする。

 

「そう、漆黒の騎士率いるゼロの演説。

 私たちは彼が演説しやすい舞台を調える。本当はそんな裏方仕事やりたくなかったんだけど、まあ甘美な絶望に浸れたことだし、文句ばかりは言ってられないわね」

 

 そう言ってディスペアは一度手元の携帯端末へ視線を落とした。

 そこに保存されているのはある男の叫び。

 親しき友人の命を目の前で奪われ、愛する唯一の主を失ったと思っている男の絶望。

 

 人を壊すのが好き。

 人が壊れていく経過を見ているのも好き。

 壊れた人間も愛おしく感じる。

 

「でも、その甲斐あって良い感じにこじれたんじゃないかしら? この世界」

 

 ディスペアは狂気に満ち溢れた妖艶な微笑みをテラーへと向ける。

 きっとこの先、もっと沢山の絶望が生み落とされる。いや、自分達が手を貸すのだから絶対だ。

 それを思うと嗤わずにはいられない。

 

 一方、微笑みを向けられたテラーだったが、彼の瞳にディスペアの姿は映っていない。

 

「………ゼロ」

 

 忌々しげに紡がれる言葉。

 その名を聞いた瞬間、彼が纏う雰囲気は一変する。

 その身から放たれるのは激しい憎悪と憤怒、そして夥しい殺意。

 もはやそこに居るのはディスペアの言葉に動揺する少年ではない。

 ナイトメアラウンズが一人、恐怖を誘う騎士(ナイトオブテラー)

 

「っ、あんなにも近くにヤツ等が居たのに……」

 

 テラーは感情の高ぶりに声を震わせ、沸き上がる激情を押さえ込むように強く拳を握り締める。

 

「それで正解よ。ゼロを殺すのはあの方で、私たちはあの方の駒でしかない。

 ルインがいつも言ってるでしょ? 私たちの存在意義は全てあの方の為だって。勝手な行動を取ったら容赦なく殺されるわよ。実際に私たちはこの目で見てきてるわけだし、理解してるわよね?」

 

 ディスペアは諭すように語りかけた。

 

「ああ、分かってる」

 

 今さらどうすることも出来ない。自分は理解した上で力を手に入れた。

 だが欲した力を手にしても、振るいたい相手に向けることは出来ない。

 ジレンマ。

 頭では理解していても感情が追い付かない。

 

「けどアンタはヤツが憎くないのか!? どうしてそんなに平然として居られる!?」

 

「そう、貴方はまだあの連中に縛られているのね」

 

 ディスペアの瞳に僅かに憐れみの色が浮かぶ。

 

「アンタだって同じだろ?」

 

「違うわ、似て非なる立場が正解。元々私は研究される側の人間で、貴方はする側に属していた。適材適所だから今さらそれに文句を言うつもりはないけど」

 

 過去を棄てた、と少なくとも自分では思っている。

 だから今さら後悔も未練も抱かない。

 そう、今が楽しければそれでいいじゃないか。

 だが幼さを残す彼は過去を捨てられないようだ。

 それが彼の強さであり、また弱さなのだろう。

 ま、所詮は彼個人の問題で自分には──害が及ばなければ──関係ない。

 復讐? 大いにけっこう。好きなだけすればいい。

 もし邪魔になったら排除するだけ。

 いや、わざわざ自分が手を下さなくても、あの方のお気に入りであるルイン様が処理するだろうが。

 

「ああ、そうかよ」

 

 ヘッドセットのバイザー越しにテラーはディスペアを睨み付ける。

 かつて同じ、いや似た環境で過ごした彼女なら理解してくれると思っていた。

 それが身勝手だと理解する一方、裏切られたという思いを抱かずにはいられなかった。

 

「変な気起こしちゃダメよ」

 

「裏切るつもりはねぇよ、今はまだな」

 

「今はまだ、ね……。これも聞かなかった事にしてあげるわ。

 さ、ここでの仕事も終わった事だし行きましょうか」

 

「どこへ、次の任務を聞いているのか?」

 

 テラーの問い掛けにディスペアは苦笑しつつ応えた。

 

「それは当然、地獄へよ」

 

 唯一確定している未来がある。

 それはいずれ自分達が地獄へ堕ちる未来だろう。

 

 

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