コードギアス オルタネイティヴ   作:電源式

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幕間 Ⅶ 【旧友】

 

 

 

「……ミレイ……会長」

 

 献花に訪れた先で出会った彼は、昔と同じ呼び方で私の名を呟いた。

 

 枢木スザク。

 それが今、自分の目の前にいる男の名前だった。

 ただ彼は4年前のダモクレス攻防戦において、悪名高い裏切りの騎士(ナイトオブゼロ)として討ち倒され、既に歴史上では戦死者となっている。

 

 だが私は彼の生存を知っている。

 報道に携わる者として、もしその事実を公表すれば世紀のスクープとなり、世界の名だたる賞を総なめにする事も夢ではないだろう。

 

 しかし、そんな考えに至る事は絶対にあり得ないと断言できる。

 愛すべき二人の後輩が世界に吐いた壮大な嘘=ゼロレクイエム。

 あの日、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア暗殺の瞬間、二人が本当は何を成し遂げようとしたのか、その真意に気付き、同時に彼の生存を確信した。

 もし直接訊く機会があったとしても、彼等が絶対に真実を語る事はなく、上手くはぐらかされたに違いない。

 世界平和を願った尊い犠牲。

 それを自己満足だという者もいるかも知れないが、私はそうは思わない。

 少なくとも彼等は人間の可能性を信じて、自らの全てを懸けたのだから。

 

 もう二度と見る事はないと思っていた彼の素顔は今、困惑と動揺によるものなのか、まるで迷子になった子供のような表情を浮かべている。

 彼が不安と悲しみを抱いているように私には思えた。

 いや、出会った場所を考えれば当然なのかも知れない。

 あの日この場所で彼は最大の友人を、その手で殺した。

 忘れられるはずのない過去を思い出し、感傷に浸ってしまうのは避けられない。

 現に、当事者でない自分ですら、学園での輝かしい日々を思い出し、未だにもの悲しい気分になってしまう。

 

 けれど彼が素顔を露わにしている理由が分からない。

 現状の世界を維持する為に、少なくとも人前で素顔を晒すわけにはいかないことは、彼自身が最も理解しているはずだ。

 その表情から察して、やはり彼の身に重大な何かが起こったのだろうか?

 

 不意に脳裏を過ぎる二人目のゼロ。

 そしてその仮面の下に存在する素顔は果たして……。

 

 刹那、彼はハッとしたように地面に落ちていたサングラスを拾い上げ、顔を、また感情を隠すように身に着け、僅かに視線を逸らした。

 訪れる沈黙。

 こんな時、なんて言葉を掛けたらいいのだろう。

 話したい事はたくさんあるが、重い空気が二の足を踏ませる。

戸惑う私の耳に電子音が届く。

 その瞬間、彼の顔付きが鋭く険しいものへと変わった。表情だけではない、纏う雰囲気に先程までの弱さは微塵もない。

 彼は携帯電話──それとも軍用の通信機か──を取り出し、相手の言葉に耳を傾ける。通話時間はごく短く、相手から端的に用件だけが告げられたようだ。

 

「会長、ついて来て下さい」

 

 通話を終えた彼が告げる。

 命令ではない。

 けれど断れる雰囲気ではなく、断る理由もなかった。

 

 

 

 

 

 黒の騎士団が保有する浮遊航空艦迦楼羅に足を踏み入れた直後、久しぶりに再会したもう一人の後輩=紅月カレンは、驚愕の表情を浮かべて私たちを出迎えた。

 連絡を完全に絶っていたという程でもないが、特に最近の社会情勢を考えれば、私用の連絡を取れる状況でない事は理解していた。

 何よりもこんな再会──ゼロが……いいえ、スザク君が私を連れてくる事なんて──を想像すら出来なかったに違いない。

 驚きを隠せないのも無理はない。私だって、まだ少し困惑したままだ。

 それでも彼女はすぐに動揺を抑え、険しい表情を浮かべると、鋭い視線を向けてくる。

 そこに込められているのは警戒と疑いの念。

 学生時代の先輩という理由だけでは、信用してもらえる状況ではないのだろう。

 少し悲しいが仕方がないと諦め、曖昧な苦笑を返す。

 ボディチェックを受けた後、私は艦内の一室に通された。

 あまり広いとは言えないが、生活に必要な設備と物品は揃っている。ここが戦艦の内部だと考えれば、シャワー・トイレ備え付けの個室というだけでも破格の待遇であることは間違いない。

 

「今は何も言えません。説明は後で必ずしますから、暫くこの部屋に居て下さい。

 必要な物があったら、部屋の外に待機させている私の部下に言って下さい。出来る範囲で用意させますから」

 

「悪いわね、カレン」

 

「いえ、状況が落ち着き次第また来ます」

 

 形式的な説明を終え、足早に部屋を後にするカレンの背中を見送る。

 彼女が部屋を出た直後、扉がロックされた。

 部外者が艦内に居ること自体が特例なのだ。艦内を自由に彷徨かせるワケにはいかない。当然の判断だと理解しているが、この部屋に通される途中で目にした艦内の様子は慌ただしく、張り詰めた空気が満ちていた。

 漆黒の騎士と戦争状態にあるとは言え、開戦の口火はまだ切られていない。

 もしかしたら自分の知らないところで、別の問題が起きているのだろうか?

 しかし携帯電話はボディチェックの際に取り上げられ、室内には通信機器は疎かテレビすらなく、完全に外界と隔絶されている現状で得られる情報は何もない。

 

「私の客人よ、くれぐれも粗相の無いように気を付けて」

 

「はっ、了解しました」

 

 部屋の外でそんな会話が聞こえた後、遠ざかっていく足音。

 私は一度大きく息を吐き、ベッドの端に腰を下ろし、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 特徴のない天井を見ながら、取り留めのない思考の海に意識を投じる。

 

 黒の騎士団に拘束される自分。思い出されるのは、5年前のブラックリベリオンにおけるアッシュフォード学園の占領。

 あの時の自分達は、この世界について、まだ何も知らなかった。

 モラトリアムだと自ら公言し、学園は箱庭に過ぎないと理解していながら、それでも現実を直視する事はない。

 未熟な子供だったと言ってしまえばそれだけだ。学生という免罪符は十分に効果を発揮してくれるだろう。

 もしあの時、いや、そこに至る前に、彼等の力になれていたら、結末は変わっていたんじゃないのかと思ってしまう。

 自分はアッシュフォード家の一員として、少なからず彼等の過去の境遇を知り、その心情を慮ることのできる立場に居たのだから。

 

 過去を思い、抱き続ける後悔。

 全ては後の祭り……か。

 

 だがあの時と今の自分は違う。貴族制度が廃止された今、アッシュフォードの家名に政治的な価値は微塵もなく、残っているのは私立学園の経営者一族の肩書きだけ。

 自分はもう生まれに庇護されるだけの子供ではない。モラトリアムに甘える事を止め、自らの足で歩み、現実を見てきた。

 

 訪れてしまったあの日、私はゼロレクイエムの真実に気付いた。

 だからこそ知りたい。

 仕事だからでなく、一個人=ミレイ・アッシュフォードとして、何故彼等は死に急ぎ、その選択を選ぶに至ったのか。そこに至るまでの過程と想いを。

 けれど何度調べても、必ずどこかで壁にぶつかってしまう。

 辿り着く事の出来ない真相。

 まるで私のような一般人には不可能だと言いたげに、深い闇に包まれた真相は、未だその全貌を見せる事なく、尻尾さえも掴まてはくれない。

 

 そして更なる闇を広げるかのように、最近になって現れた二人目のゼロ。

 ううん、言い回しや細かな仕草は、むしろ枢木スザク強奪事件を機に世を席巻した最初のゼロに酷似している。

 

 本当に似ているだけ?

 

 情報が足りなかった。

 でも女の勘というやつだろうか、私の本能は囁いている。例えそれが未練が齎した願望だとしても、あの日命を散らせた彼の生存を……。

 

 

 

 カタッと微かな物音が聞こえ、反射的に思考の海から浮上する。

 一体どの程度の時間が経過したのだろうか。

 腕時計を一瞥した後、ベッドから起き上がり、物音が聞こえてきた部屋の入口へと視線を向ける。

 視線の先、扉と床の僅かな隙間に先ほどまでは存在しなかったであろう紙片が挟まれていた。

 

「何かしら?」

 

 偶然迷い込んだ物とは考えづらい。

 ならば自分宛の手紙と考えるべきか。

 仕事柄、差出人不明の投書を受け取る機会も少なくなかった。

 誰かが何かを伝えようとしている。

 一体何を?

 

 無視するという選択肢はない。

 折り畳まれていた紙片を拾い上げ、目を通した直後、予期せぬ内容に私の心臓は大きく跳ね、紙片を持つ手が震える。

 そこに記されていたのは、どこかのウェブサイトのURLとパスワードと思われる数字の羅列。

 そして動揺を圧し殺すことのできない、一つの単語。

 

「っ……第四倉庫」

 

 まことしやかに囁かれる噂は自分も耳にしたことがある。

 第二次東京決戦停戦後、フレイヤ弾頭によるトウキョウ租界消滅の混乱の中で、黒の騎士団から発表された不自然なゼロの死。

 その裏で日本人幹部の裏切りによるゼロ暗殺が実行され、その現場となった場所こそ第四倉庫であると。

 

 過去にガセネタを掴まされた苦い経験もあり、質の悪い悪戯を疑わずにはいられない。

 だがそれでも、もしこれが真相へと繋がる鍵だとしたなら……。

 ジャーナリストとしての勘。いや、ミレイ・アッシュフォード個人の本能が、確信めいた何かを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 それは過去の断片。

 

「いい天気ねぇ」

 

 温かな太陽の光が降り注ぐ、風の穏やかな日だった。

 青々と繁る草の絨毯に寝転がり、どこまでも広がる青空を見上げながら、マリアンヌは楽しげに、隣に座る少女に声を掛ける。

 

「暢気なものだな、護衛も付けずに。仮にも后妃だという自覚がないのか、お前には?」

 

 長い緑髪の神秘的な少女=C.C.は皮肉を交えながら呆れ口調で応えた。

 天気が良いというそれだけの理由で、マリアンヌはC.C.を連れ立って、アリエスの離宮にほど近い保養地。その湖畔まで馬を走らせた。

 もちろん護衛という部外者を引き連れようなんて、彼女が考えるはずはない。

 

「失礼しちゃう、私は正真正銘あの人の奥さんよ。あの人の事をすごく愛してるもの」

 

「愛、か……。その愛する旦那が心配するんじゃないのか?」

 

「大丈夫よ、その辺の暗殺者やテロリストなんかに殺されてあげないから。むしろ逆に産まれてきたことを後悔させてみせるわ」

 

 そう言ってマリアンヌは余裕の笑みを浮かべた。

 その言葉にC.C.は納得せざるを得なかった。

 彼女は神聖ブリタニア帝国皇帝の第五后妃でありながら、かつて帝国最強の十二騎士『ナイトオブラウンズ』にその名を連ね、血の紋章事件では当時のナイトオブワンを斬り伏せた過去がある。

 その剣技が時間の経過した現在においても、未だ衰えていない事はC.C.も知っている。

 故に暗殺者相手に大立ち回りを演じ、なおかつ華麗に勝利することも冗談の類ではない。

 ただ、元平民階級のマリアンヌには敵が多く、他の皇族達が疎ましく思い、裏で良からぬ画策をしている事もまた事実だ。

 

「それに折角の休日なんだから監視なんてされたくないし、可愛いC.C.との久しぶりのデートの邪魔になるでしょ?」

 

「デートってお前……、私は女だ」

 

「私もよ」

 

 再び呆れ顔になるC.C.。

 それを気に留めることなくマリアンヌは当然のように返した。

 

「女同士の外出をデートとは言わない。

 そもそも私たちの関係は恋人ではなく、友人だったはずだろ?」

 

「そうね、浮気はダメよね。貴女は頼んでも愛人にはなってくれそうもないし。

 くすっ、でも可愛いって部分には反論しないのね」

 

 マリアンヌは意地悪っぽく笑う。

 

「っ、人の揚げ足ばかり取ろうとするな」

 

 C.C.は不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

「あら、でも最初に会った時に、私は『人』ではなく『魔女』だって言ってなかったかしら?」

 

「……もういい、お前には口論でも腕力でも勝てそうにないからな。まったく、お前と居るとこっちのペースが崩される」

 

 C.C.はこれ以上の反論を諦め、嫌味ったらしく溜息を吐いてみせる。

 けれどマリアンヌには通じないようだ。

 

「飽きないでしょ?」

 

「疲れる」

 

 そう断言したC.C.だったが、内心ではこうしてマリアンヌと戯れる事が嫌いではないと思う自分が居ることを自覚していた。

 彼女は自分を魔女でも契約者でもなく、常に友人として接してくれる奇特な存在。

 それがどれだけ奇跡的なことか、C.C.は嫌と言うほど理解している。

 

「うふふっ、もう拗ねないでよ。思わず抱き締めたくなるじゃない」

 

 そんなC.C.の心情をマリアンヌもまた理解していた。

 だからこそ彼女達は友人関係を築く事ができ、今もその関係を続けられているのだろう。

 

 少し強い風が吹き抜ける。

 

「ねえ、C.C.。聞いて良い?

 貴女の瞳に、この世界はどう映っているの?」

 

 問い掛けたマリアンヌの声は先程までと比べて僅かにトーンが低く、C.C.を見つめる瞳にも友人に向けるそれとは別の熱が籠もっていた。

 

「何だ、いきなり?」

 

 マリアンヌの予期せぬ問い掛け、そして纏う空気の変化を捉え、C.C.は怪訝な顔を浮かべる。

 

「一度聞いてみたかったの。長い時を生きた貴女には、私たちが生きる今の世界がどんな風に見えているのかって。

 教えてくれないかしら、C.C.」

 

「……そうだな」

 

 暫く考え込んだ後、C.C.は告げる。

 

「この世界の異物でしかない私には、例えどんなに栄華極まった輝かしい世界だとしても、所詮は空虚な色のない世界に過ぎない」

 

 本来生物が持つ原初の概念=生死を超越し、不変となり、固定化された存在。

 本来自分が生きるべき世界、生きるべき時代は遙か昔に終わっている。

 世界に対する想いなど、疾うの昔に希薄化している。

 故に現代の世界に何も感じたりはしない。例えマリアンヌの事があったとしても、特別興味を抱いたりもしない。

 それこそが魔女=C.C.だ。

 

「ふ~ん、やっぱり貴方もそうなのね」

 

 どこか納得したようにマリアンヌは呟く。

 

「貴方も…? 何の事を言っている?」

 

 彼女の呟きをC.C.が聞き流すことは出来なかった。

 湧き上がった感情を上手く言い表す事が出来ないが、その主となっているのは紛れもなく不安だろう。

 

「うん? 何でもないわ、何でもね」

 

 はぐらかすばかりでマリアンヌはC.C.の疑問に答えない。

 C.C.の眉が僅かに上がる。

 

 もちろんC.C.にもマリアンヌに隠してる事は多々存在する。

 むしろ──これは経験上仕方のないことなのかも知れないが──殆ど自分という物を他者に晒すことはなかった。

 C.C.という──到底人間のそれとは思えぬ──名前からしても徹底していることが伺える。

 そしてそれは例え相手が友人だろうと変わる事はない。

 だからその事でマリアンヌを責めるのは間違っていると自覚していた。

 

 また他人のプライベートを詮索し、秘密を曝く趣味もない。

 だけど今回ばかりは違う。

 無視できない。

魔女としての本能──とでも言えば良いのか──が囁いていた。

 

「それよりもC.C.、今日は貴女に聞いて欲しい事があったのよ」

 

「おい、まだ私の問いに────」

 

 話題を変えようとするマリアンヌに、C.C.は食い下がる。

 しかしC.C.が言い終わるよりも早く、マリアンヌは告げた。

 

「私ね、子供が出来たみたいなの」

 

「は?」

 

 予想だにしないマリアンヌの発言に、思わずC.C.は戸惑いの声を零す。

 

「だから妊娠したのよ」

 

 マリアンヌは慈愛と母性に満ち溢れた微笑みを浮かべ、自らの腹部にそっと手を当て、愛しむように撫でた。

 

 その普段の彼女からは想像すら出来ない姿にC.C.は驚愕し、同時に毒気を抜かれてしまう。

 あり得ない、あのマリアンヌがこんな表情を浮かべるなんて。

 明日は雪が、いや隕石が降ってくるのではないか。

 

「祝福はしてくれないのかしら?

 貴女に最初に祝って欲しかったから、まだシャルルにも言ってないのに……」

 

「そ、そうなのか? おめでとう、マリアンヌ」

 

 C.C.は戸惑いながらも、どこか照れた様子で祝意を述べる事しかできなかった。

 

「うふふっ、ありがとう」

 

 そんな彼女の姿を、マリアンヌは愛おしく思った。

 

「だが、お前が母親か……少し心配だな」

 

「ちょっと、C.C.。それはどういう意味よ?」

 

「なに、お前が子を真面目に育てる光景が想像できないだけだ」

 

「こんなにも慈悲深く、母性に溢れているのに」

 

「まったく何を仰るかと思えば、閃光のマリアンヌ様は」

 

 自信ありげに胸を張るマリアンヌの姿にC.C.は大きく息を吐く。

 閃光のマリアンヌ。その異名を知らない騎士は、この国には居ない。

 いや、国内だけでなく国外にも、その武勇は広く知れ渡っている。

 閃く光は見る者の目を焼き尽くし、一度剣が抜かれれば、相対した相手は瞬く間に屍と化す。

 そんな噂が囁かれる程に常人離れした戦闘能力を保持。現に彼女が后妃となる切っ掛けを生んだ血の紋章事件では、当時のナイトオブワンを誅殺し、一時帝国最強の騎士と呼ばれた事もある。

 家庭的という言葉とは真逆の人生を送ってきた女だとC.C.は考えていた。

 

「それは昔の話よ、昔の。今の私は旦那様に尽くす奥様なんだから。

 でも確かに少しだけ不安はあるわね。この子が生まれてくる頃、世界は今よりも良くなっているかしら?」

 

「さあな。だがその為にあの男が頑張っているのだろ?」

 

 血の紋章事件とそれに伴う粛清の後、この国は長く続いた内乱による衰退を脱し、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニア統治の下に、ようやく再興と繁栄の時代へ進もうとしている。

 ブリタニアという国は確実に変革される。

 例えその果てにある世界が他国に苦を強いる戦乱の世だとしても。

 

「ええ、そうよね」

 

 微かな不安を振り払うようにマリアンヌは笑みを浮かべ、もう一度腹部を撫でた。

 そう、世界は変わる。

 変えられる。

 その瞬間を目指して既に世界は動き出している。

 

「ところで、この子の名前は何が良いかしら? C.C.、何か良い案はない?」

 

「どうして私に聞く? それこそお前達夫婦の問題だと思うが」

 

「友達でしょ、私たち。それだけじゃダメ?」

 

 マリアンヌが何の臆面なく告げた言葉に、C.C.は反論する理由を失う。

 

「…………ルルーシュ」

 

 僅かな沈黙の後、C.C.は小さな声で呟く。

 

「ルルーシュか、悪くない響きね。何か由来とかあるのかしら?」

 

「別にない。ただ……、遠い昔に私も考えた時期があった。もし自分に子供ができたらなら、なんて名前が良いだろうかと。今となっては所詮無意味な事だったがな」

 

 どこか悲しげに自嘲の笑みを浮かべてC.C.は告げる。

 刻印の呪いによって生殖機能が失われていることは、幸か不幸か過去の体験から実証済みだった。

 故に子を為すことは不可能であり、我が子に名付けることもまた永遠にない。

 

「そう。だったらルルーシュに決定ね」

 

「良いのか? そんな簡単に決めても。あの男に相談してやった方が良いんじゃないか?」

 

 即決したマリアンヌに、また自分の案が採用された事に、C.C.は驚きを隠せない。

 もちろん嬉しくはある。

 友人の心意気に感謝もしよう。

 だけど、こうもあっさりと話が進むと不安を抱くのも事実。

 

「私が決めたんだから問題ないわ。あの人にも文句は言わせないわよ。

 だって私の子供は、貴女の子供でもあるんだから」

 

「それは流石に違うと思うぞ」

 

 真顔で告げたマリアンヌの言葉に、C.C.は呆れを通り越して、ただただ困惑する。

 

 まさか育児に参加すれば、育ての母になるとでも考えているのか?

 待て、もしそうなら私に育児を手伝わせることを前提としているのではないか?

 魔女であるこの私に?

 瞬時に赤子をあやす自分の姿を想像し、否定するように首を振る。

 魔女をベビーシッター代わり使うなんて常識で考えればまずあり得ないが、目の前の女ならやりかねない。

 

 それがC.C.の出した結論だった。

 しかし彼女は後に知る事となる、その考えが間違っていたことを。

 

「良いのよ、細かい事は。

 だからね、C.C.。貴女も愛してあげて、この子のこと。ルルーシュのことを」

 

 マリアンヌはC.C.の手を取り、自らの腹部へと導いた。

 触れる事に躊躇いを抱いたC.C.だったが、マリアンヌの微笑みと期待に負け、恐る恐る彼女の腹部に触れる。

 まだハッキリとその鼓動を感じ取る事は出来ない。それでも確かに新たな生命の息吹がそこには存在していると実感する。

 

「ルルーシュ」

 

 C.C.はその名を呼び、ぎこちなくも母性に溢れた微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 皇歴2000年12月5日、マリアンヌが長子にして神聖ブリタニア帝国第11皇子=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア生誕。

 そして運命の歯車が回り始める。

 

 

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