ゼロによる3度目の声明から程なくして沈黙は破られた。
合衆国オーストラリア政府は超合集国からの離脱表明と、それに伴う国家の解体。統治権の放棄を全世界に向けて宣言。国際的には認められないだろうが、世界地図からその名を消し、ただの大陸となった。
ゼロの理念に賛同したのか、それとも恐怖に屈したのか。
世間は後者だと考えている。
覇権主義を掲げた神聖ブリタニア帝国による他国への侵略戦争に端を発した三大勢力による覇権争いに対して、合衆国オーストラリア=旧オーストラリア政府は中立の立場を取り、如何なる勢力にも不干渉を貫くことを宣言する。
それにより日和見主義国と揶揄される事もあった。戦場となったわけでもなく、戦場と隣接もしていなかった以上、当然と言えば当然の政策だったのかも知れないが。
故に今回の対応も日和見の結果だと醒めた目で見る者も多い。
しかし実際に超合集国参加国から無血開城した国家が現れた事実に、世界が大きな衝撃を受けたことも事実。
広がる動揺は国家の存続に対して、やがて世論を推進派と慎重派に二分化させ、それは容易く各国政府、延いては超合集国を揺るがすことになる。
所詮は自国の利益を確保するために集まったに過ぎない国家集団。主張の違いは目に見えて亀裂を押し広げ、超合集国内部でも保守派と強硬派の対立が激化。いよいよ崩壊は時間の問題だった。
いや、残念ながらその時間さえ残されてはいない。
超合集国最高評議会が新たな決議を取り纏めるよりも早く──そもそも新議長の選出さえ滞っている現状だったが──事態は人々の予想を遙かに超えた速度で進んでいく。
瓦解が現実のものとなり始めた超合集国を見限るかのように、眠れる獅子──かつて唯一世界の統一を成し遂げた超大国──神聖ブリタニア帝国が遂に目を覚ます。
ゼロレクイエム後に帝国領内西部=カリフォルニア地区に整備された新首都ネオペンドラゴン。
フレイヤによって消失したかつての帝都ペンドラゴンや壊滅した首都ネオウェルズとは異なり、煌びやか宮殿も、広大な庭園も、
ただ唯一面影を残すのは、中央行政区画に建てられた宮殿に似た外観を持つ国会議事堂だろう。
それは議員達の要望に応えた結果だった。
ブリタニアは変わったと多くの人間は言う。
今代の皇帝を以て帝政は廃止。
それに伴い議会制民主主義の先行導入。
中央集権体制を改め、格差是正に政策を転換した。
覇道を突き進んでいた軍事帝国は過去となったのだと。
しかしそれは幻想だ。
強者による弱者の支配。
その本質は今も変わっていない。
議会に名を連ねる議員の殆どが、4年前に帝都へ投下されたフレイヤの被害を免れた元地方貴族である。
悪逆皇帝ルルーシュによってブリタニアの文化は破壊され、貴族制度は廃止された。
だがペンドラゴン消失によって名高い中央貴族達が消え、彼等に抑圧されていた地方貴族達はゼロレクイエム後、ここぞとばかりに再び権力を握るために動いた。
またその中には地方貴族だけでなく他国に逃れ、悪逆皇帝の弾圧及び粛清から生き延びた有力な亡命貴族の姿もあった。
もちろん彼等を民衆の代表である議員にする事で、民衆からの反発を買うリスクがある事は新政府も当然理解していた。
しかし元貴族達の離叛、独立=新生ブリタニア公国建国などの画策がなされていた事もあり、また当時ブリタニアが置かれていた状況下では復興が急務であった以上、内乱により国力を失うわけにはいかず苦肉の策だったと言える。
さらに同様の理由=過去の栄華に縋る元貴族達の強い反対により、超合集国に参加し、強い発言権を持つ主要国でありながら、唯一国名を合衆国へと変更することなく、帝国を名乗り続ける事となった。
つまりブリタニアの国内情勢は残念ながら悪逆皇帝ルルーシュが即位する以前と、あまり変わってはいないのが実状だった。
それでも今現在、国会議事堂に併設された野外会見場を支配していたのは、議会に名を連ねる元貴族達ではなかった。
その場に集まった政府高官や議員、また報道陣を含む数多くの民衆が見つめる先、壇上には電動車椅子に座る──未だ幼さを残す可憐な少女のような──女性の姿があった。
神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
あの悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの実妹でありながら、国内外から多くの支持を集め、ブリタニア帝国最後の皇帝となった女性。
ただ既に帝政廃止が決まっている以上、皇帝という立場が有する権力は過去の皇帝と比べて遙かに弱い。
その立場は議会政治が安定的に運営されるまでの調整役、また皇族の血筋を継承する一種の象徴であり、暫定代表という意味合いが強かった。
しかし彼女の皇位継承の裏にもまた旧貴族の暗躍と、彼等の強い後押しがあった。
自分達を蔑ろにしたら悪逆皇帝を否定し、真っ向から挑んだナナリー・ヴィ・ブリタニアなら自分達を無碍には扱わないだろう、と。
そんな魂胆が見え見えであり、もちろん彼女もその事は理解していたに違いない。
無数の視線を一身に集める彼女の表情に、恐れや弱さといった感情は微塵もない。一国の代表としての風格を持つ今の彼女が、その程度のプレッシャーで揺らぐことなどあり得ない。
ナナリーは強い意志の込められた瞳で真っ直ぐ眼前の民衆を見据え、ゆっくりと語り始めた。
「神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアです。
この場にお集まりの皆さん、そしてこの映像を目にする全ての皆さんに、私の意志を聞いていただきたく、本日このような場を設けさせていただきました」
彼女の言葉にその場に集まった誰もが固唾を呑んだ。
国家の中枢を担う議員達にさえ、今回の会見内容は事前に明かされていなかった。
合衆国オーストラリアの国家解体宣言直後という事もあり、ナナリー皇帝も神聖ブリタニア帝国の解体を宣言するのではないかという憶測も流れている。
もしそれが事実だとすれば元貴族を中心とした勢力により暴動やクーデターが起こり、内乱に発展するであろう事は容易に想像が付く。
張り詰める空気。
誰もが不安を抱きながら、彼女の次の言葉を待った。
その結果、彼等は驚きを持って、彼女の言葉を耳にする事となる。
「ゼロが提唱した国家の解体と、その先に在るという新たな秩序。
確かに現状の世界に、褒められたモノではない国家が存在している事は事実である、と認めざるを得ません。
検証の結果、漆黒の騎士率いるゼロが公表した情報は、こと禁忌への執着と国家の繋がりにおいて、疑いを挟む余地すらありませんでした。
過ちを繰り返す権力構造の変革の必要性、そしてその為に必要とされる平和を願う強い意志と崇高なる正義。
私もゼロと同じ意見です」
ナナリーはゼロの考えに賛同の意を示した。
会場がざわめく。
ならば、やはり今回の会見の目的は神聖ブリタニア帝国の解体────
「ですが、その手段は到底認められる物ではありません!」
ナナリーは一転して強くゼロを否定する。
「独善とさえ揶揄されかねない正義と、それに準じた断罪。確かにその行為によって世界は変わり、彼の言う古き世界から脱却するのかも知れません。
しかし、現状の社会システムが破壊されれば、齎される混乱は計り知れません。
新たな秩序を謳いながら混沌を広げる。
それでは本末転倒ではないでしょうか?
いずれ混沌は秩序によって統制されると、ゼロは反論するかも知れません。その過程で発生する悲劇を、変革の痛みだと切り捨てる事でしょう。
新たな秩序を構築する崇高なる正義。
確かに立派な理念だと思います。
ですが私にも国家の代表としての責任があります。何ら確証もなく、代案を示すわけでもなく、国家解体こそが唯一正しい行いだと高らかに宣言する。
無責任だとは思いませんか?
だから私はその無責任極まりない行為に対して抗議いたします。
そしてゼロ自身が告げたとおり、私は私の考える正義に従い、異を唱えて挑ませていただきます!」
高らかに宣言されたその言葉は救世の英雄ゼロに対する宣戦布告に他ならない。
「英雄としての立場を利用し、恐怖と不安を煽り、相対的な正義を掲げて支持を得ようとする。人々の心を惑わし、意のままに操ろうとする。
ゼロは卑劣なのです!
ゼロこそ彼自身が否定する最大の権力者であり、弱者を蹂躙する絶対的な強者に他なりません!」
その言葉に込められているのは嫌悪。
そして隠しようのない憎悪。
「これが超合集国憲章が定める『固有の軍事力の保持及び行使の禁止』に違反する行為である事は重々承知しています。ですが、私はゼロが齎す混沌、起こりうる惨劇にこれ以上目を瞑る事は出来ません。
そう、例え相手が救世の英雄であろうとも、世界の秩序を乱す存在を許すつもりはありません!
故に私は我が騎士『ナイトオブラウンズ』、いえ、新たなる帝国の剣『
この世界を混沌で満たそうとする諸悪の根源である『ゼロ』を、また『ゼロ』と行動を共にする全ての者に裁きの鉄槌を下しなさい!」
まるで薙ぎ払うかのように、胸の前から前方へと腕を動かし、ナナリーは勅命を下す。
彼女の言葉を、ここまでの展開を理解出来た者は限りなく少ないだろう。
議員達は思う。
この小娘は何を言っているのか、と。
民衆は耳を疑う。
ナナリー皇帝は何を言っているのだろうか、と。
ナイトオブラウンズ。
それはブリタニア帝国皇帝の剣にして、帝国最強の騎士の称号。帝国騎士の誇りとして超合集国憲章を批准した後も、その再組織・存続を願う声が少なくなかった。
けれどその声に、第七席は含まれていない。裏切りの騎士=枢木スザクが名乗っていたナイトオブセブンは欠番にするのが当然。それが大方の意見だった。
もちろん超合集国憲章批准後に、新たなナイトオブラウンズが組織される事もなく、それは無意味な問題であったはず。
だが今、ナナリー皇帝は敢えて誇りあるナイトオブラウンズの名を言い直し、ナイトオブセブンの称号を冠する騎士に、正義の象徴たるゼロに対する断罪を命じた。
果たしてそんな事が本当に許されるのか?
人々が困惑の声を上げるよりも早く、ナナリーの命に応える声が響いた。
『イエス、ユア・マジェスティ!』
直後、蒼い
しかしその機体を目にして人々は彼等がナイトオブセブンたる所以を理解する。
ナナリー皇帝に跪いた白銀の騎士達は、あの枢木スザク専用機=ランスロット(・アルビオン)を連想させた。
ただナイトオブセブンと呼ばれた騎士達は、帝国の騎士ではなく彼女個人が設立した私設武装騎士団と考えるべきなのだろう。
国庫を握る議会議員は疎か彼女の側近達でさえ、その存在を知る者は居らず、驚きを持ってその姿を見つめている。
皇帝として武力行使を命じた行為は、確かに超合集国憲章に違反する行為であることは間違いない。
ならばナナリー・ヴィ・ブリタニア個人としてならば果たしてどうだろうか?
超合集国憲章はあくまで超合集国に参加した国家に対する掟である。
だとすれば個人また企業が保有する武力は行使しても違反にはならないのではないか?
現に各地で紛争を起こす勢力は、超合集国憲章批准国家領内で武力を保持し、行使を続けている。
もちろんそれは詭弁と呼ばれる類のものであり、最高評議会で制裁に掛けられるだろう。
それでももし、それを撥ね付けられるだけの力があったとしたら……。
会場延いては国全体に広がっていく困惑と不安、脅えといった感情をナナリーは手に取るように理解する。
「戦いの果てに『偽りの英雄』に縋り、支配される時代は終わりを告げます。
そして再び世界の覇者たる私たち神聖ブリタニア帝国が世界を、いえ人類を導く存在となるのです!
世界は栄光あるブリタニアと共に生まれ変わることでしょう!」
強く訴えかけるナナリーの言葉が民衆の心を掴む。
かつての栄光に縋るブリタニア人特有の愛国心、選民意識は未だ薄れてはいない。
それを煽るなど容易いこと。何よりこの場に集めた民衆の多くはその傾向が強い者達ばかりだ。
彼女の演説能力は父親=シャルル・ジ・ブリタニア、兄=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに比肩し、ある意味では彼等を上回っている可能性すらあった。
何故なら彼女には全てが視えている。
眼前に群れをなす民衆の、いや人間の中身が全てが手に取るように理解出来た。それこそ心も、思考も、思想も、想いも、感情も、嘘も、真実も、弱みすら……。
それが彼女に与えられた
その身に内在する
だから彼女は確信している。
ゼロレクイエムから4年、この国の住民は未だ何も変わっていない。
愚かしく、強欲で、思い上がったまま、強さを求め続けている。
望んでいるのだ。あの他国を蹂躙し、弱者を蔑ろにした上に存在してた栄光の祖国を。失われた過去への回帰を。
人間は変われない。もし変わったと言うなら、それは変わったと自分自身で思い込んでいるだけだ。
なら必要な事は切っ掛けを与えること。
強制的に眠りから目覚めさせる。
それだけで良い。
「全ての責任、業は私が背負います。どうか私を信じ、私と共にこの世界の未来の為に戦って下さい!
間違ったシステムに歪められた世界を廃し、真実の世界を私達の手で取り戻すのです!」
パチ…パチ……パチパチ…パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ─────
誰かが始めた拍手に釣られるように、会場全体から盛大な拍手が巻き起こる。
そして始める熱狂的なコールが会場を揺らし、爆発的な感情の発露は大きなうねりと化す。
『オール・ハイル・ブリタニア!!』
誇らしげに、
『オール・ハイル・ブリタニア!!』
高らかに、
『オール・ハイル・ブリタニア!!』
賛美の声を上げる。
だが刹那、ナナリーの姿を、彼女の言葉を会場全体に届けるために設置されていた大型モニターにノイズが走った。
『ありがとう、ナナリー皇帝』
ハッキングされ、切り替わった画面に映し出された闇色の仮面。正義の象徴にして救世の英雄=ゼロの姿。
同時に空が闇に閉ざされる。
出現した巨大な浮遊物体=ダモクレス級浮遊要塞ソロモンは、自身を覆っていた特殊ブレイズ・ルミナスを展開していく。
キラキラと舞い落ちる光の花弁は死の匂いを漂わせる。
『貴女には愚かにも正義に抗い、新たな世界に挑んだ古き世界の象徴として消えてもらう。世界はブリタニアの消滅と共に知るだろう。武力による抗いが無駄である事を。
そして同じ過ちを繰り返す国家が現れない事を私は切に願う』
ゼロの言葉に会見場に集まった民衆はパニック状態に陥った。
興奮の代わりにその身を支配するのは恐怖。悲鳴が上がり、無駄だと理解していながらも本能的に、我先にと逃げ惑う。
脳裏に浮かんだ合衆国中華首都洛陽の惨状。それはかつての帝都ペンドラゴンの消滅の記憶を鮮明に呼び起こす。
頭上に存在する絶対的な死の化身。
一方、壇上のナナリーは逃げることなく、静かにソロモンを見上げていた。
同様に彼女の騎士たるナイトオブセブンもまた、その場を動くことなく彼女に従う。
展開されたブレイズ・ルミナス越しに真下から見上げたそれは、まるで瞳のようだった。
その瞳が開かれた瞬間、光が落ちた。
戦略型荷電粒子放射兵器=レメゲトン。その威力は絶大で、地表を焼き尽くすだけでなく、大地そのものを抉り取る。
放たれたレメゲトンは光の柱となって、会見場を中心として再建を続けるブリタニアの新首都を呑み込んでいく。
だがその瞬間、彼女は確かに笑みを浮かべていた。
愛らしい外見からは想像もつかない、深淵の如き暗き笑みを……。
そして、光は弾けた。