かつて少女は望み、そして願った。
「優しい世界でありますように」
その結果が目の前にある。
颯爽と群衆の前に現れた仮面の男=ゼロ。彼が手にする刃に胸を貫かれ、目の前に滑り落ちてくる人影。
その姿を私は呆然とした表情で見つめる。
思考が上手く機能していない。
状況を理解出来ないまま──いいえ正確には現実を認めることが出来ないままとする方が正しいのかも知れませんが──動かない足を引きずり、本能的にその人物へと近付いていく。
「お兄……様……?」
力なく台座の斜面に身体を預ける男性。
それは紛れもなく、憎むべき最愛の実兄=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの姿。
白き皇帝服の胸元を深紅に染めていく鮮血が、出血の夥しさを物語っていた。
止めどなく溢れ出す鮮血、誰の目にもそれが致死量であることは理解出来た。
お兄様が、死ぬ?
突如として突き付けられた現実。
凶行を止めるために殺し合い、自らの手でその命を奪おうとした相手である事実は覆せない。
だけど私以外に殺されるなんて……。
こんな結末は間違っている。
私は微かな希望を求めるかのように手を伸ばした。およそ一年ぶりに触れることになるお兄様の手に、本来なら優しく頭を撫でて欲しかったその手に、そっと触れる。
瞬間、私には全てが視えた。
お兄様の心の奥に隠されたモノが見えてしまった。
悪逆皇帝と恐れられ、私自身も悪魔と罵ったお兄様の凶行の理由。
お兄様達が交わした約束。
そしてゼロレクイエムの真実を理解する。
「……そんなッ……!?」
反射的に零れた声は掠れていた。
「……お兄様は……今まで……」
そう、何も変わってはいなかった。
今でも私の知る優しいお兄様のまま……。
それなのに私は────
『お兄様は悪魔です! 卑劣で、卑怯で……』
なんて酷いことを……。
「……ッ」
私はその手を両手で強く握る。強く、強く、強く、もう二度と離さないとでも言うかのように。
「お兄様」
焦点を失ったお兄様の瞳は、もう私を見てはくれない。
もう微笑みかけてはくれない。
それでも最後に伝えなければならない言葉がある。
今さら遅いのかも知れない。
私にはもうその権利がないのかも知れない。
それでも、溢れる涙と共に告げずにはいられなかった。
「愛しています!」
言いたい事はたくさんある。
話したいこともたくさんあった。
その中でも、この想いだけは届いて欲しい。
「ああ……」
お兄様が最後の力を振り絞り、言葉を紡ぐ。
それは私の言葉に応えたものではないと理解していたが、一言一句聞き漏らす気はない。
「俺は……世界を壊し……」
そう、私の世界は間もなく壊れる。
そして二度と新たな世界が構築されることはない。
「世界を……創る────」
お兄様の瞼がゆっくりと閉じていく。
「ッ、お兄様!?」
待って、待って下さい!。
奪われる。
「いやっ!」
まだ、だめです!
また奪われる。
それを奪って良いのは私だけだ。
「目を開けて下さい!」
逝かないで。
一人にしないで。
また私の大切なモノが、最も大切なモノが奪われていく。
奇跡に縋り、天に祈る。
神でも、悪魔でも、誰でもいい。
お兄様を救って下さい。
「お兄様! お兄様あああっ!!」
けど、私の願いが聞き届けられる事はなかった。
お兄様は二度と目覚める事のない永久の眠りに就く。
「魔王ルルーシュは死んだぞ! 人質を解放しろ!」
誰かが──後から調べるとコゥ姉様でしたが──そんな事を告げると、沿道に詰めかけた民衆───いや、何も知らない愚者共が歓喜の声を上げ、笑みを浮かべて車列へと向かってくる。
「ずるいです……私はお兄様だけで良かったのに……お兄様の居ない明日なんて……そんなの」
そんな明日に何の意味があるというのです?
未来、希望、可能性。
そんなモノ……私にはもう必要ない。
「う…ううっ……うああああああああああああああああああああああああああっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああっ……!!」
私はお兄様の亡骸を抱き、慟哭に咽び泣き、絶望に叫んだ。
『ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ────!!』
ゼロに対する賛美の声が止めどなく続き、大地を揺らし、大気を震わせる。
何故、暗殺者が讃えられているか?
お兄様が死んだというのに、何でみんな笑っている?
何がそんなに嬉しいのか?
『ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ────!!』
黙れ、それ以上その名を呼ぶな!
狂喜と熱気を孕んだ声が鼓膜に届くたびに、吐き気がする程に不快感を抱き、憎悪が込み上げる。
噛みしめた唇が裂け、血の味が口内に広がった。
お前達が讃える男は決して英雄なんかじゃない。ただの人殺しだというのに……っ!
同時に悲しみを凌駕する憤怒が身を焦がしていく。
熱い、熱い、熱い。
まるで身体の内側から煉獄の炎で灼かれ、体中の血液が沸騰しているかのようだった。
私はお兄様の亡骸を抱いたまま、悠然と構えたゼロを睨め付ける。
「この人殺し、お兄様を返して!」
狂乱して叫んだ。
だが、それが不可能だという事は理解できていた。
だとすれば今自分が出来ることは一つしかない。
私は今此処に誓う。
「赦しません、私は絶対に貴方を赦さない!」
ただ、私の声は愚者の歓声に掻き消され、ゼロの下には届かなかったことだろう。
もし聞こえていたなら、その仮面の下で悲しみに顔を歪めましたか?
それとも怒りを押し殺しましたか?
何も知らない愚かな小娘だと軽蔑し、嘲笑を浮かべましたか?
ねえ、スザクさん。
あの日、私の世界は終わりを告げた。
光を取り戻したはずの瞳に映る世界は、深い絶望の闇に閉ざされる。
出来ることなら、こんな光景を見たくはなかった……。
◇
その場所は薄暗く、冷気に満ちていた。
シェルターにも似た造りをした部屋の中心に置かれた透明な棺。
それ以外には何もない。
合衆国日本首都東京の地下に存在するその部屋は、あの悪逆皇帝ルルーシュが日本を皇帝直轄領として復興する際、勅命によって極秘裏に建設させたものだった。
彼はゼロレクイエムを考案した時点で既に考えていたらしい。死に場所だけでなく、自らが死んだ後の事までも……。
彼がこの場所を、ブリタニア本国ではなく日本という国を永眠の地として選んだのには、当時の国際情勢を考えた時、日本が戦略的に重要であり、また象徴であったと同時に、彼にとっても自らを象徴する場所であった事が大きな要因となったのだろう。
彼の復讐は、この日本の地で始まった。
8年前の夏、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはこの日本で死ぬはずだった。記録上のことではなく現実の事象として殺されるはずだった。
故に彼は自分達兄妹の想いを裏切り続けた祖国に対し、また皇帝である父親=シャルル・ジ・ブリタニアに対して復讐を誓う。
そして彼にとって、もう一人の自分とも呼べる存在=ゼロはこの地で生まれた。最初は自身を偽るための仮面であり、嘘を吐くための装置であったはず。
けれどゼロという存在は、彼が想像した以上に、この世界にとって大きなモノとなっていた。
ならばそれを利用したゼロレクイエム。古きゼロが齎す最後の奇跡、新たなゼロが誕生する舞台に最も相応しい場所は、この日本以外にあり得ない。
だからルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、日本の地でその命を散らす。
静寂が支配する眠りの部屋。
その中央、まるでガラスケースに飾られた標本のように、お兄様の亡骸が横たわっている。
私は愛おしみながら棺に触れ、ガラス越しにお兄様の髪を撫でる。
本当なら直接触れたかった。
けれど触れた瞬間、温もりのない肌にお兄様の死を再び実感させられてしまう。
こうして眺めているだけなら、ただ眠っているだけに思えた。
起きて下さい、お兄様。
もう、お寝坊さんなんですから。
早く目を覚まして下さい。
私、寂しいです……。
「ふふっ」
思わず笑いが零れた。
ごめんなさい、本当は分かっているんです。
もうお兄様は二度と目覚める事はない。
お兄様は御自分の命を懸けてまで、この世界に変革を齎そうとした。
私は知っています。
本当の英雄はゼロではなく、お兄様なんだって。みんなが讃えている救世の英雄は、お兄様の計画によって生み出された偽りの英雄でしかない事を。
お兄様はこの現状を計画通りだと言って笑うのかも知れません。
それでも私はお兄様に傍に居て欲しかった。英雄ではなく、ただ一人の私の兄として。
お兄様さえ居れば、他には何も要らない。
それだけで私は幸せでした。
我が儘ですよね?
お兄様だって、本当は生きたかったはず。私と一緒に生きていきたかったはずなのに。
だけどお兄様はフレイヤによって私が死んだと考え、深く絶望し、その絶望の中で儚くも『未来』という希望を見い出してしまった。
もしもっと早く、何らかの方法で私の生存を知らせることが出来たなら、お兄様が自ら死を望むことはなかったのでしょう。
でも、それは不可能でした。
そんな事をあの狡猾な男、第二皇子=シュナイゼルが許すはずがありません。
私はお兄様に対しての最大の切り札。
私を利用し、囮とするには十分すぎる価値があった。
そしてゼロの正体とギアスの存在にショックを受けた私は、愚かにもシュナイゼルやコゥ姉様から与えられた情報と、客観的な事実のみを鵜呑みにし、打倒悪逆皇帝という間違った使命感に囚われてしまう。
お兄様を断罪するのは自分、ブリタニア皇族による悲劇に幕を下ろすのは自分、その為にならこの命は惜しくない。お兄様を殺し、私も死ねるならそれでも良いとさえ考えた。世界の敵となったお兄様が誰かに殺されるぐらいなら、いっそこの手で、と。
自暴自棄と言われても仕方がありませんね。
その結果、数多の生命を奪い、人生を狂わし、お兄様を失い、私だけが生き残る。
ゼロレクイエムでお兄様の想いを知りました。
遅すぎます。
その現実に後悔して、絶望して、憎悪する。
真実に、愚かな自分に、間違った世界に……。
「私……決意しました。待っていて下さい、お兄様。私がきっと……」
悪逆皇帝の呪縛からお兄様を救い出します。
お兄様は喜んで下さらないかも知れません。
愚かだと嘲笑し、止めろと制止するのかも知れません。
でもどうか、私の事を見守っていて下さい。
絶対にお兄様の汚名は、私が雪いでみせますから。
「だから────」
私は微笑みを浮かべる、狂気を孕んだ微笑みを。
「お別れは済みましたか、ナナリー臨時代表」
背後から声を掛けられたナナリーは素早く笑みを消すと、今にも溢れ出しそうになる殺意や憎悪を押し殺しながら振り返り、声の主を視界に捉える。
鋭角的な闇色の仮面に同色のマント、騎士服を思わせる貴族的なデザインの濃い紫の衣装を身に纏った男。悪逆皇帝ルルーシュから世界を救った『救世の英雄』にして正義の象徴=ゼロの姿。
そして仮面の下にある枢木スザクの姿を。
「はい、たった今」
「そうですか」
端的に交わされる会話。
ナナリーとスザク、旧知の仲であるはずの二人の態度は酷く他人行儀であった。
スザクはゼロとして仮面を被り続ける事を約束した。
例え誰の前でもゼロという仮面を脱ぐことは許されない。許されるべきではないとスザクは考えている。
一方で接し方が分からないというのも本音の一つだった。
目の前の彼女は自分が殺した親友の妹。
憎まれて当然の相手。二人の仲を知っているが故に、自分に対して憎しみの感情を抱かない方がおかしい。殺意を向けられる可能性も理解していた。
もし、彼女が自分に死を求めたらならどうする?
愚問だ、答えは決まっている。
ゼロである自分が、死という果実に手を伸ばすことは出来ない。
「間もなく記者会見の時間です、用意を」
そう、これからこの世界にとって重要な会見が行われる。
ナナリー・ヴィ・ブリタニアの神聖ブリタニア帝国第百代皇帝即位の発表と、神聖ブリタニア帝国の超合集国への参加の表明。ブリタニアは帝政を廃止し、議会制民主主義を受け入れ、超合集国の監視下で復興を約束する事となる。
だが今現在、ブリタニアという国はブリタニア皇族によって治められるべき、とする風潮が失われてはいない。
しかし、選択肢は限られていた。ほぼ全ての皇族が帝都ペンドラゴンの消滅によって命を落とした。
その切っ掛けとなったフレイヤの製造に関与したシュナイゼル・エル・ブリタニアの皇帝即位では世論が許さない。残る皇位継承者のコーネリア・リ・ブリタニアは、自らの皇位継承権を放棄し、次期皇帝にナナリー・ヴィ・ブリタニアを推挙する。
もちろんあの悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの実妹であるが故に、当然ブリタニア国内外から反発があった。
それでも彼女が悪逆皇帝ルルーシュに挑んだことは周知の事実。また兄の事を批判、否定し続け、擁護するような姿勢を一度として見せていない事が今回の皇帝即位を大きく後押しする。その裏で旧貴族の暗躍があったことは民衆の知る由もないことだが……。
ただ皇帝に即位したからといって、彼女があの悪逆皇帝ルルーシュの妹である事実が覆ることはなく、彼を憎悪する者達にその身を狙われ続ける可能性は高い。
その為、超合集国最高評議会はゼロ、そして黒の騎士団に対して、ナナリー皇帝の身辺警護を依頼する。これにより彼女の身の安全は当面のあいだ確保された。
けれど彼女が悪逆皇帝ルルーシュの妹としてではなく、真に一個人としてこの世界に認められ、信用を勝ち取るには彼女自身の理念と政治手腕、それを実現する為の絶え間ない努力が必要となる事だろう。
「分かりました。護衛、よろしくお願いします、ゼロ」
「はい、お任せ下さい、ナナリー臨時代表」
ナナリーは兄の亡骸を一瞥した後、部屋の出口へ向かって車椅子を進める。
二度と背後を振り返ることはない。
彼女は強い意志が込められた瞳で、ただ前だけを見つめる。
ナナリーとゼロ。二人が部屋を後にした直後、ゆっくりとゲートが閉じていく。もし誰か第三者がその光景を見ていたなら、錯覚を抱いたかも知れない。
この世界の未来が閉じていくような錯覚を……。
◇
私にとって、お兄様が世界の全てだった。
母の暗殺を機に視力を失い、歩くことも出来なくなり、祖国に棄てられ、唯一頼ることの出来たのはお兄様だけ。
だからこそ依存してしまうのは仕方のないことだった。
一人では満足に食事さえ出来ず、最初は着替えも入浴も排泄すら誰かの手を借りなければ何一つ出来なかった。
恥ずかしくて、情けなくて、悔しくて、居たたまれなくて、死を望んだことだってありました。
そんな私をお兄様は、お兄様だけが見捨てることなく支え続け、いつも気に掛け、一番に私の事を考えてくれていた。
周囲は過保護すぎると言うだろう。私もその意見に同意する場面も多々あった。
それでも、幸せでした。お兄様に愛されることが、お兄様を愛することが。
それは単なる兄妹愛や家族愛? それとも言葉にすると笑ってしまいますが、禁断の愛というモノだったのでしょうか? 今となっては、その答えは一生分からないままだと思います。
その幸せを享受し続けるために、お兄様の優しさに甘え続けるために、私は『心優しい妹』の仮面を被り、暗く醜い本性を覆い隠した。
求められた役を演じるために。
だけどもう、仮面を被り続ける意味はない。
なのに私は新たに『神聖ブリタニア帝国皇帝』の仮面を被った。
何のために?
理由は一つしかありません。全ては復讐のためです。
お母様が暗殺され、再び得た平穏さえ奪われ、お兄様がそれを望んだように、今度は私が、私からお兄様を奪い、悪逆皇帝と侮蔑し続けるこの世界に復讐します。
もちろんお兄様はそんな事を望まないし、自分がそんな事を言えた立場でない事は百も承知しています。私もまた多くの命を奪った大罪人である以上、その罪を償うためにも、お兄様が遺した意志を受け継ぎ、この世界から一つでも多くの悲しみを取り除く義務があるはずです。
かつて自らが望んだ『優しい世界』の実現。ゼロレクイエムを経た現在、それは単なる理想ではなくなりました。
人々が互いに手を取り合えば、不可能だと思われていた事も成し遂げられる。例えそれが『優しい世界』だとしても……。少なくともそう思える程度には世界は変わったのかも知れません。
遅すぎます。
優しい、世界?
うふふっ、馬鹿みたい。我ながらなんて愚かしい考えなんでしょう。あの頃の自分はあまりに幼く、あまりにも現実の世界を知らなすぎた。
そんなモノはお兄様の庇護に縋り、優しさに甘え、依存していたからこその発想です。
今にして思えば私に優しい世界、私に都合が良い世界に過ぎません。
世界はこんなにも理不尽で、こんなにも愚かしいと気付いていながら、目が見えない事を理由に現実から目を背け続けていた。
そうしている間にも、お兄様は私のために世界に抗い続けていたというのに……。
その結果がこれです。
何という皮肉なんでしょうか。愚かだった私への罰だとでも言うのですか?
私は最愛の人を失い、全てを知りながらも世界の為にお兄様を否定し続けなければならない。
こんな救いようのない世界の為に?
私にとって、もはや無意味な世界の為に?
ふざけないで。
お兄様の居ない世界に意味なんてない。
間違った世界は正さなければならない。
だから私はこの世界をぶっ壊す事に決めました。
そう、私からお兄様を奪った憎きゼロと共に、この愚かしい世界は終焉を迎える。
もう誰にも止められない。止められて堪るものですか。
その為に私が最初に取った行動は権力、または発言力を持った立場を手に入れること。
だから空位となっているブリタニアの代表に立候補しました。
世間での私の評価を知っていますか?
悪逆皇帝である同腹の兄に、勇敢に挑んだ真のブリタニア後継者です。
愚かにも帝都ペンドラゴンへのフレイヤ投下を容認し、一億人近い帝国臣民を消し飛ばした狂った虐殺皇女であるこの私がですよ?
本当に笑っちゃいます。
もちろんそれは現在のブリタニア、貴族制度の廃止やそれに伴う財産の没収に不満を持つ元貴族の方々に協力を仰いだ結果ですが、少しやりすぎだと思います。
けれどそのお陰で怖いぐらい順調に話が進みました。
ゼロ、いえスザクさんも反対しませんでした。
それどころかブリタニアの情勢不安は世界情勢にも影響を及ぼす問題であり、早期に解決すべきだと後押しまでしてくれました。
お兄様から託されたこの世界の為に必至になっているから。それとも贖罪のつもりかも知れませんが、これには驚きです。
やはりスザクさんはお馬鹿さんなんですね。
お兄様達がどうやって帝都ペンドラゴンの惨状を隠蔽したのかは解りません。死者数をデータ上で改変したり、お兄様が暴虐の限りを尽くして虐殺したように情報を操作したことは、現状私やシュナイゼル兄様が罪に問われていないことから考えても明白です。
だからと言って、死傷者に関係のある全てに人間にギアスを掛けたとは思えません。故に私が皇帝になった後、真実が露呈した場合はどうするつもりなんですか? 暴動程度じゃ済みませんよ?
そもそもゼロレクイエムは茶番と化し、お兄様の死は無駄になる。
そんな事も理解出来ないんですか?
まあ、今の私にとっては好都合ですが。
既に歯車は動き始めています。
回る。進む。回る。進む。
くるくる。
クルクル。
破滅の瞬間を目指して。
ふふっ、あはははっ、あははははははははははははははははははははは────
ゼロレクイエム』によって、世界は悪逆皇帝ルルーシュの魔の手から救われ、ゼロが齎した奇跡によって多くの人々は新たに未来という希望を得る。
けれどその輝かしい救済の陰で滅んだ世界が存在する。
潰えた希望が存在する。
失われた未来が存在する。
例えば、ある少女が兄と共にいつか実現できたらと夢見た『優しい世界』。自分だけでなく、他人に優しくなれる理想の世界。
だが、儚き願いは打ち砕かれ、彼女をより深き絶望の淵へと突き落とした。
滅んだ世界が遺した深い絶望と狂気は、暗い暗い闇の底で少女の精神を蝕む。
今の彼女を支えているのは強い憎悪と激しい憤怒、そして途方もない後悔の念だった。
夢と現実。
理想と現実。
過去と現実。
容赦なく現実を目の前に突き付けられた時、どうしようもなく胸が締め付けられ、その瞬間、様々な負の感情と絶望が溢れ出す。
人の心はあまりにも弱く、絶望が齎す耐え難い苦痛に抗うことなど出来ない。
故に彼女の精神は侵されていく。
故に彼女の想いは歪んでいく。
故に彼女の常識は壊れていく。
倫理?
道徳?
秩序?
そんなモノは容易く狂気に呑み込まれた。
そして彼女は荒ぶる狂気を理性という名の仮面で覆い隠し、深い闇の底から光降り注ぐ世界へと戻っていく。
ゼロというシステムが支配する世界に、ただ救いのない終焉を齎すために。
「さあ、契約しましょう? 私の願いはただ一つ、この間違った世界に滅びを与えること。
だから私と────」
そう、この世界に新たな魔神が目覚めた。