神聖ブリタニア帝国新帝都=ネオペンドラゴン上空に浮かぶ、ダモクレス級浮遊要塞=ソロモン。
黒き天空城とも呼べるその内部には『王の間』と呼ばれるフロアが存在している。
その名の通り城主の為だけに造られた専用空間であり、そこには宮殿の謁見の間を模した内装が調えられ、玉座にも似た豪奢な椅子が設置されていた。
腰を下ろしているのは艶やかな黒髪の青年。ソロモン城主にして、漆黒の騎士を統べるゼロ=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼はゼロの象徴である仮面を脱ぎ、悠然と構えながら眼前の大型モニターに視線を向ける。
口元に浮かぶのは冷ややかな笑み。
モニターが放つ眩い閃光、それはソロモンより放たれた戦略型荷電粒子放射兵器=レメゲトンの破滅の光。
その光はゼロに異を唱えた神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアと共に、ネオペンドラゴン中央行政区画を、延いてはブリタニアの中枢を焼き払う。
愚かにも『
かつて破壊を望み、一度は悪逆皇帝として支配し、現在に至っても目障りだった国家の終焉。
なんと呆気ない幕切れだろう。
生き残った者こそが『正義』。
それが強者の論理。
古より変わることなく続く世界のルール。
そう、生き残った者こそが『正義』となり得る。
「……ッ!?」
レメゲトンの放射が終わり、モニターを埋め尽くしていた閃光が収まった直後、映し出された光景にルルーシュの顔から余裕が消えた。
「まさか……。いや、流石は私の────」
驚愕はすぐに驚嘆へと姿を変える。
やられた。それが素直な心境だった。
この結果を予想できなかったわけではない。ただ可能性は低いと考えていた。
今まであまりにも順調すぎたが故に、これは己の慢心が招いた結果なのだろう。
「良いだろう」
ルルーシュは愉悦の笑みを浮かべる。
ゲームはこうでなければ面白くない。
仮面を掴み、立ち上がると即座に命令を下す。
「作戦はプランBに移行。レギオン、出撃!」
『ルルーシュ様』
新たな通信回線が開かれ、モニターの端に──既に自機のコックピットで待機しているであろう──騎士=ジェレミア・ゴットバルトの姿が映し出される。その表情は主の命令を待つ忠犬を思わせた。
「ジェレミアか、お前には今回もソロモンの防衛を任せる。くれぐれも我が期待を裏切ってくれるなよ?」
『イエス、ユア・マジェスティ!』
了承の意を示し、画面から消えるジェレミアの姿。
「さて、どこまで持ち堪えられるか」
果てしてその言葉は誰に対しての物だったのか。
ルルーシュは呟き、苦笑しながら背後へと振り返る。
彼が向けた視線の先、薄暗い『王の間』の奥には、その場には不釣り合いと言える異質な物体が存在してた。
幾何学模様めいた線状図が描かれた古い石の扉。
それはかつて、神の島や各国の古代遺跡で見た、黄昏の間=幻想空間『Cの世界』へと繋がる扉に酷似していた。
突如上空に出現した黒き天空城が自身を覆う堅牢な盾であり、不可視の衣でもあるブレイズ・ルミナスを展開。同時にリング状のパーツが回転を開始する。
その場にいる民衆は、合衆国中華首都洛陽で起きた出来事を既に知り、これから何が起こるのか理解していた。あの場で何が起こり、どうして朱禁城が消滅する事となったのかを。
フレイヤと比べれば齎される被害は少なく、首都全体が消滅するような事にはならないだろう。
それでも射出口の真下に居る自分達は確実に死ぬ。
悲鳴。
怒号。
叫び。
会見場に集まった民衆は混乱の渦に叩き込まれた。
生存本能が逃走を命じる。
しかし猶予はない。
半瞬、天が輝き、光が落ちた。
同時に閃光が視界を覆い尽くす。
一面に広がるのは一片の闇もない純然たる白の世界。
まず眩しいと感じ、次いで肌を焦がすような熱を感じる。
このまま呑み込まれた光の中で焼かれていくのだろう。
逃れられない死への絶望が彼等を支配していた。
ソドムとゴモラを焼き尽くした神の業火の如きレメゲトンの放射は続く。
だが彼等の意識が闇に閉ざされることはなく、輪廻の海たる集合無意識へ還ることもなかった。
時間が経ち、レメゲトンの放射が終わり、閃光の収束に伴い、彼等は次第に視覚機能を取り戻す。
そして彼等は目にする事になる。自らの生存に喜びよりも戸惑いを抱き、見上げた会見場の上空に展開された翡翠色の膜。それは会見場上空だけではなく、帝都ネオペンドラゴン全体を包み込むかのように展開されていた。
広域展開型ブレイズ・ルミナス=イージス。
帝都再建時に提唱され、浮遊要塞ダモクレスの全天型ブレイズ・ルミナスを解析し、研究・開発された防衛システム。
簡単に言ってしまえば、大型のブレイズ・ルミナス発生装置を都市中に設置する事により、都市全体をブレイズ・ルミナスで包み込むという途方もない計画だった。
さらに言えば、都市防衛の切り札であるイージスは、その存在を隠蔽する為に運用試験さえ行われる事はなかった。幾度となくシミュレーションが繰り返されてきたとしても、今回の発動が事実上初めての発動という事になる。理論上ではフレイヤによる被害をも最小限に留めることが可能とされていたが、ある種の賭であったことは言うまでもない。下手をすれば、壊滅的な被害は免れなかったことは確実。
ただ何故そのようなシステムが再建計画に極秘裏に組み込まれていたのか。
ゼロレクイエムを経て平和になるはずの世界に不必要であり、その完成には莫大な資金が投入されたことは言うまでもない。優先すべき事は他にもあったはず。まるで最初から今回ような出来事を想定していたのではないか、という疑念も浮かぶ。
しかし現実として、多くの生命は救われた。
「皆さん、どうか落ち着いて下さい」
冷静でありながらも力強さを感じさせる声に、呆然と空を見上げていた民衆の視線が一斉に声の主──再び演壇上のナナリーへと向けられる。
「この絶対なる盾=イージスが存在する限り、私達の祖国ブリタニアが再び帝都を失うことはあり得ません!」
彼女の言葉に民衆の絶望が消えていく。
頭上に戴いた死からの解放。
生を噛み締め、歓喜する彼等にはナナリー皇帝が救世主に、いや聖女に見えたのかも知れない。彼女が自分たちを救ってくれたのだと。
でもその言葉は、もちろん嘘だ。
確かにレメゲトンの一撃を防ぐことは実証して見せた。
けれどもし、今度はフレイヤを使用されたら?
いや、それ以前の問題として次の一撃を耐えられる保証も確証もない。帝都全域を覆うブレイズ・ルミナスという馬鹿げたシステムを発動させる為には、莫大なエネルギーを消費すると同時に、発生装置には相応の負荷が加わっている。設計上あと一度保てばいい方だ。場合によっては次の放射の途中で限界を迎え、絶対の強度を誇る盾は呆気なく消滅するだろう。
だがそれで十分だとナナリーは考えていた。
構造解析の結果、レメゲトンが連射不可能であり、放熱やエネルギーの充填に時間を要する兵器である事は認識済みだった。無理をすれば相手も自滅することになる。
そしてそんな愚かな相手で無いことは、彼女が一番理解しているのかも知れない。
一度でも防げればそれで良かった。例え使い捨てになったとしても十分だ。
絶望の窮地から救うという奇跡を一度でも見せてやれば、人心を掌握することは容易い。
「ですが、これで理解できたはずです。私達の本当の敵が誰であるのかを。
仮面の魔王ゼロは自らに逆らった私個人だけでなく、罪のない皆さんを含めたブリタニアそのモノを亡きモノにしようとしました。
英雄の仮面で本性を隠し、正義というまやかしで暴虐の限りを尽くす。何という愚かしい蛮行なのでしょう。
かつてゼロは自らこう述べました。
“私は戦いを否定しない。しかし、強い者が弱い者を一方的に殺すことは断じて許さない! 撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!”と。
ならば、ゼロが起こした今回の──罪なき者を一方的に虐殺しようとした──行動は、彼自身が否定し、断罪の対象とする強者の悪意ではないでしょうか?」
明かな矛盾をナナリーは民衆に突き付ける。
もしここで自分達が死んでいれば、まさに死人に口なし。ゼロにとって都合の良い言い訳も、証拠の捏造も容易だったことだろう。
だが自分達は、まだ生きている。
生き残った者こそが『正義』となる。
それこそがこの世界の現実だった。
そう、最愛の兄が悪逆皇帝として討たれ、ゼロが救世の英雄となったように……。
ナナリーはギリッと奥歯を噛みしめる。
「自らが掲げた信念を捨て、理念も矜持も持たない今のゼロに、もはや正義を語る資格はありません!」
今度はそうはいかない。
いつまでも同じ手が通用すると思うな。
ここから、このブリタニアからゼロというシステムが支配する世界は終わる。終わらせてみせる。
「ゼロを許すな!」
「卑怯者!」
「魔王が!」
「地獄に落ちろ!」
「もう騙されるものか!」
「黒き騎士に死を!」
死の淵に立たされた罪なき民衆が口々に怒りを叫び、ゼロに対して殺意を向ける。
絶望的な死を突き付けられ、冷静さを保てるほど人の精神は強くはない。
しかも突き付けた相手は、世界が認めた正義の象徴たる英雄。
例え二人の英雄が相対する現状の世界情勢でも、未だにゼロを英雄と信じ、支持する者はここブリタニアでも少なくない。
そんな彼等にとって、今回の虐殺未遂は自分達に対しての明確な裏切りだった。憧れや好意が、憤怒と嫌悪によって塗り替えられる。
「うふふっ」
ナナリーの瞳は会見場全体を呑み込む、黒き負の感情の蠢きを捉えていた。
もっとです!
もっと怒って、もっと憎んで、もっと、もっと……!
広がれ、ブリタニア全土へと、大陸全土へと、この世界の果てまで!
「誇り高きブリタニアには絶対なる盾=イージス、そして絶対なる剣=帝国守護七騎士が存在しています!
故に私達は負けません! 今こそ偽りの英雄を討ち、真に私達が望む本当の正義を体現するのです!
勝利は我が祖国と共にあり!」
『オール・ハイル・ブリタニア!!』
歓声を上げる民衆を醒めた瞳で見つめながら、ナナリーは心の中で吐き捨てた。
本当の正義?
ふふっ、何それ?
善悪も正義も所詮は人間が創り出した数ある概念の一つに過ぎない。
人は個々に己の思想や理想、理念を正義とし、それに反するモノを相対的に悪として選んでいる。または選ばされ、そのあやふやな概念を盲信しているに過ぎない。
だからこの世には絶対的な正義も、絶対的な悪も存在しない。時代によって、環境によって、状況によって、それらは幾重にも姿を変える。脆く儚く、簡単に揺らいでしまうほどに不確かなモノ。ましてや優劣などあるはずがない。
99人にとっての正義が、1人にとっての悪。また逆に99人にとっての悪が、1人にとっての正義である、という事は決して珍しいことではない。そう、ただ主観の問題というだけだ。
故に彼女の『正義』と彼等の『正義』が持つ意味は同一で有り得るはずがない。
その事実に気付ける者は、この場には居ないだろう。
「ルイン、後は任せました」
『イエス、マイ・マスター。全ては貴女様の命じるままに、望むがままに、その御心のままに────』
呟くように下したナナリーの命令に、彼女の最大の理解者にして、最強の復讐の剣=
刹那、蒼いエナジーウイングを羽ばたかせ、七体の白銀の騎士達が──ルインの騎乗機を先頭に──空へと舞い上がっていく。
その姿を見送りながら、ナナリーは狂気に瞳を輝かせ、人知れず微笑みを浮かべた。
あの絶望の日から4年。
長く苦しかった地獄のような日々。
色を失い、満たされる事のない日常。
空虚な世界。
でも、ようやくこの時が来た。
今からだ、今この瞬間から本当の復讐が始まる。
巨悪を成して独善を討ち、この世界を私の色に染め上げる。
待っていて下さい、お兄様の汚名は私が……。
さあ、私と殺し合いましょう、ゼロ。
「だから────」
救世の英雄ゼロ率いる漆黒の騎士と、神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニア直属騎士ナイトオブセブンによる、後の『ネオペンドラゴン攻防戦』開戦。
ソロモンを墜とし、ゼロを拘束または殺害すれば、ナナリーの勝利。
ナナリーを拘束または殺害し、ネオペンドラゴンを、延いてはブリタニアを滅ぼせば、ゼロの勝利。