開戦から間もなく、ネオペンドラゴンの空は戦場と化した。
ダモクレス級浮遊要塞ソロモンより出撃した無数の黒き騎士──漆黒の騎士保有の新型量産KMF──レギオンが空を埋め尽くす。まさに軍団の名を冠するに相応しい有り様だった。
そこからも漆黒の騎士が保有する戦力の規模を見て取ることが出来るだろう。
対して、迎え撃つブリタニア側の兵数は僅かに七騎の白き騎士。現皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアの手によって組織された新たなる帝国の剣。
数の理論では漆黒の騎士側が圧倒的な優勢に立つことが出来たはず。
しかし現実に空を支配したのは後者だった。
その戦いは数と質の戦いと言っても良い。
数で勝る黒き軍団を、個々の圧倒的な力によって蹂躙する白き騎士。
まるで神話のワンシーンを再現したかのような光景に目を奪われた者も多い事だろう。
祖国ブリタニアを悪魔の手から守る聖騎士。
新たな英雄の誕生。
もはや彼等の中には『ナイトオブセブン』という名に対する嫌悪も、その──ランスロットに似た──姿に対する忌避感もない。
同時に超合集国憲章に違反する固有の軍事力の保持及び行使、またそれを命じたナナリー皇帝に対して異を唱える者も居なかった。
自分達を守ってくれない超合集国に従って何の意味がある?
やはり最初から参加したこと自体が間違っていたのではないか。
黒の騎士団率いるゼロもまた自分達を見捨て、漆黒の騎士率いるゼロの暴虐を──合衆国中華に引き続きブリタニアでも──許した。結果を伴わない英雄に縋ってなんになる。
いや、そもそも最初から二人のゼロは協力関係にあったではないか、という疑念が生まれた。対決姿勢を見せておきながら実際に刃を交えることのなかった二人のゼロ。
二人のゼロによる混乱も、自分達の目を欺くためのパフォーマンスだとしたら……。
超合集国という名のシステムも、英雄の仮面を被った人殺しも必要ない。
嘘に満ちた世界において、信じられる物は栄光の祖国ブリタニア。
そして祖国を統べる皇帝陛下。
自分達を守り、嘘を暴き、導いて下さる『聖女』様だけだ。
絶対的な死の恐怖に心を砕かれ、演出された奇跡によって救われた民衆。英雄という幻想に縋って生きていた彼等が拠を失った結果、目の前の強者を新たな心の支えとしてしまうのは仕方のない事だった。
例えその裡に闇が巣くっていたとしても、彼等にそれを知る術はないのだから……。
現状の世界を構築する歪なシステムの無能さに気付き、民衆が英雄神話という幻想から目覚める。
その様子に少しだけ心が晴れていく。
ただ、自分を新たな拠にしようとする単純さには苦笑すると同時、あまりの愚かさに怒り抱いた。
だから偽りの英雄などという詐欺師に騙され、支配されるのだ。
尤も民衆を扇動する自分もまた同じ穴の狢なのだろう。
理解していた事だが、認めたくない現実に虫酸が走る。
自らの騎士が優勢を保つ戦場を見上げる。
まるで舞い踊るように戦場を駆ける白き騎士達。
彼等の勝利は揺るがない。
それだけの力は与えている、故に敗北などあってはならない。
さて、いつまでもこの場に居ても仕方がない。この場でやるべき事は全て終わっているのだから。
ナナリーが電動車椅子の操作パネルを操作し、壇上から降り、建物内へと続く通路に入った瞬間だった。
「ナナリー、これは一体どういう事だ!!」
彼女の行く手を遮るように一人の女性が立ち塞がり、強く激しい口調で問い詰める。
「……コゥ姉様」
目の前に現れた異母姉の存在にナナリーは心の内で煩わしそうに溜息を吐く。
神聖ブリタニア帝国元第二皇女=コーネリア・リ・ブリタニア、現コーネリア・G・P・ギルフォード。
かつてブリタニアの侵略戦争において前線で指揮を執り、相対敵から──憧れていた彼の『閃光のマリアンヌ』と同じ──『ブリタニアの魔女』の異名で呼ばれていた彼女だったが、ゼロレクイエム後、ブリタニアの暫定代表に異母妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアを推挙。自らは正式に皇籍奉還特権を行使し、市井へと下り、長く行動を共にしてきた専任騎士=ギルバート・G・P・ギルフォードと籍を入れている。
もちろん市井に下ったからといって全ての責任を放棄したわけではない。
一時的にブリタニア軍元帥の地位に就き、軍縮及び国軍解体の指揮を執るなど、早期の超合集国参加に貢献。その後も軍に代わり組織された武装警察初代長官として治安維持部隊を率い、黒の騎士団協力の下、超合集国参加に異を唱え暴力に訴える反政府組織の取り締まりや、皇帝となったナナリーの警護責任者の任に就いている。
彼女は自らが犯した罪に対して、この世界の安定を贖罪の道に選び、優しい世界の実現を目指すナナリーを公私に渡り支えてきた。
ただやはりその根底には、志半ばで凶弾に倒れた最愛の妹のためにも、とする想いがないと言えば嘘になるだろうが。
何れにしろ彼女が警備責任者として会見場に居合わせたことは当然の流れだった。
「説明してもらうぞ!!」
ゼロに対する宣戦布告。
存在を知らされていなかった──合集国憲章に反する──私設武装集団の保有、また同様に莫大な資金が投入されたであろう都市防衛システム=イージスの開発と設置。
遙かに想像を超えた事態の連続に戸惑いながらも、民衆を扇動し、祖国を私物化するナナリーに対して憤怒さえ纏わんとするコーネリア。
「私が何をしたいのか、本当に分からないのですか?」
一方ナナリーはコーネリアが向けた鋭い眼光を、凍えるように冷たく、光さえも呑み込んでしまうかのような暗い瞳で真正面から受け止める。
その程度で怯みはしない。
もはや怯む価値すらないとでも言いたげに。
「ッ……」
誇るべきが武だけではないコーネリアはその一言で多くを理解する。いや、今回のことが起きた瞬間からある程度予測はしていたのかも知れない。
そして同時に間違いであって欲しいと願っていた事だろう。
そう、決して認めることの出来ない想いをナナリーが抱いていた可能性を。
「ねえ、コゥ姉様。現状の世界は間違っているとは思いませんか? 一人の人間の死によって齎される平和な世界が正しい姿だと、殺人を肯定した正義が、それを受け入れた人間が歪んでいないと本気で思っているのですか?」
そう、世界は認めてしまった。
平和を実現するためには必ず犠牲が必要なのだと。
そして殺人という行為の正当性、正義という名の免罪符を。
「だがそれでも、アイツが、ルルーシュが何のために────」
「私のためですよね。でもここでお兄様の名前を出すのは反則だと思います」
「分かっているなら何故こんな事を!」
「きっと理屈じゃないんです。こんな世界、私は望んでいなかった。いらない、欲しくなかった。だから────」
ぶっ壊します。
ただそれだけのことです。
柔和な微笑みを浮かべ、さもそれが当然であるかのように何ら憚ることなくナナリーは告げる。
「……馬鹿な」
ナナリーの応えにコーネリアは言葉を失った。
復讐。
その為に世界を巻き込むというのか?
いや、その想いを理解できない事もない。自分にも最愛の者を失い、憎しみに駆られ、世界を呪った過去がある。こんな世界滅んでしまえばいいと願ったことだってあった。
だが実際の行動に移すとなれば話は別だ。
彼等が何を望み、何のために自らの命を懸けたのか、それを理解しているならなおさらのこと。
「お前はそんな事のために死者の想いを踏み躙り、守るべき無辜の民を巻き込み、さらなる悲劇を生み出そうというのか!?」
「そんな事……? そうですね、コゥ姉様にとっては下らない事なのかも知れません。残念ですが見解の相違は避けられそうもありませんね」
刹那、ナナリーの顔から微笑みが消える。
守るべき無辜の民?
笑わせるなと言いたい。
何も知らず、真実を知ろうともせず、安寧という名の結果だけを享受する。
守る価値なんて欠片もない愚者。
所詮彼等は捨て駒であると同時に復讐の対象にしか過ぎない。
「それでコゥ姉様はどうするつもりなんですか? 私を排し、ゼロが齎す独善的な断罪の瞬間を座して待ち、黙ってその首を差し出すと?」
「そんな事は……」
「出来ませんよね? コゥ姉様にはユフィ姉様が望んだ『優しい世界』の創造、最低でも道筋をつけるという確固たる想いを抱いているのですから。
本当は分かっているはずです、戦うしかないと。今のゼロは『優しい世界』を構築する上で最大の障害となる存在だと。
ああ、でもコゥ姉様には無理でしたね。コゥ姉様は世界と向き合うことから逃げたんですから」
「いつ私が逃げたと言うんだ」
コーネリアの瞳に再び剣呑さが増した。
「だってそうでしょ? 逃げていない、諦めてはいないというのでしたら、何故ゼロレクイエム後すぐに私をブリタニアの代表に推挙し、御自分は皇族という肩書きを捨て、市井に下ったのですか?
皇位継承権ではコゥ姉様の方が位が高く、その気になれば生き延びた国内外の貴族達を纏め上げ、支持を取り付けるのは容易だったはずです。私と違い、悪逆皇帝の同腹の妹というレッテルはありませんし」
「それはお前が────」
「私が望んだからですか?」
「……そうだ。もしあの時、私とお前のどちらもが我を通そうとしたなら、ブリタニアという国が一つに纏まることはなかった。結果、混乱が長引き、生じた政治空白により復興は遅れていただろう。
国の安定、延いては世界情勢の安定を思えば、間違った選択だったとは思わない」
コーネリアの語る言葉は事実だろう。
軍部に強い影響力を持ち、前線で挙げた数々の功績から次期皇帝最有力候補の一人に数えられていたコーネリア。
片や暫定的だがダモクレス戦役時、悪逆皇帝ルルーシュを皇位の簒奪者と定め、シュナイゼル派がブリタニア帝国第99代皇帝として擁立したナナリー。
両者共にブリタニアの新代表、また皇帝として立つ資格を表面上は持っている。
もし互いに譲らず対立するような事になれば、予測された混乱は現実の比ではなかったことだろう。それこそ最悪新たな火種と化し、独立を強行する貴族連合や反超合集国組織を交えた内戦に突入していたとしておかしくはない。
故にコーネリアの判断がブリタニアの復興に際して正しかったことは証明されていた。
だがナナリーは突き放すように告げる。
「私を言い訳の道具にしないで下さい。
そもそも私の求めに応じて皇帝の座を譲って下さったのなら、こうして私の邪魔をするのは止めてもらえないでしょうか? 私の願い、私の望み、私の求めているモノはあの時から何一つ変わっては居ないのですから」
コーネリアは間違っていない。
ただ唯一の失態はナナリーが身に付けた仮面、民が求める優れた皇帝の仮面の下に隠されていた本心に気付けなかったことだろう。
もちろんそれを理由に彼女を咎めることは筋違いなのだが。
「だけど本当にユフィ姉様がお可哀想」
ナナリーは挑発するかのように、進んでコーネリアの逆鱗に触れる。
未だ変わることのなく彼女の最も大切なモノ、最愛の妹=ユーフェミア・リ・ブリタニアという存在に。
「なに……?」
「国民のため、祖国のため、世界のため。私情を排したその考えは大変素晴らしいと思います。誰にでも真似できるモノではなく、現に私には不可能でした。
でもそれは……コゥ姉様の行為はユフィ姉様に対する裏切りです。
本当に心からユフィ姉様を想い、その願いを実現しようとしたなら、私を切り捨ててでも自らが皇帝という地位に就くべきだったのではないのですか? 権力ある皇族という地位を自ら捨てるなんて悪手としか言いようがありません。
口では何とでも言えますが、所詮は全て逃げる為の言い訳であり、御自分を正当化する為の口実だったのですよね? それこそユフィ姉様への想いすら」
「違うッ!」
コーネリアから隠しようのない憤怒と同時に殺意さえ放たれる。
だが気に留めるそぶりを見せることもなくナナリーは言葉を続けた。
「でも私は違う。何があっても、どんな手を使っても、全てを犠牲にしてでも成し遂げる覚悟があります。
ああ、でも今ようやく理解しました。幼き日から脆弱で無能な
ナナリーは嘲笑に顔を歪める。
刹那────
「ナナリィィィィィィィィィィィィィッ!!」
耳を劈かんばかりの叫びと共に、コーネリアは腰に携えていた
「皇帝陛下に対する無礼は許さない」
声と共に下段より切り上げられた剣が、コーネリアの手にする銃剣を弾く。
「くっ、貴様は!?」
コーネリアは自らの前に立ち塞がり、邪魔する存在を怒りに打ち震えながら睨め付ける。
感情の希薄さを感じさせる醒めた表情を浮かべた──幼さを残す──整った顔立ち。アップで纏められた薄桃色の髪。黒い騎士服の上に淡紅色のマントを纏い、長剣を構える小柄な女。
「何のつもりだ、アーニャ・アールストレイム!?」
アーニャ・アールストレイム。かつて神聖ブリタニア帝国が誇った最強の十二騎士=ナイトオブラウンズにおいて、若干14歳という年齢で第六席に就いた天才児。
彼女とナナリーの関係はコーネリアも知っている。元々は命令により護衛する者とされる者であったが、同性であり、また同年齢でもあったが故に親交を深めるには、あまり時間は必要なかった事だろう。
二人の関係の深さはダモクレス戦役時、彼女が唯一ダモクレス陣営に付いたラウンズであり、ナナリーの騎士であったエピソードからも窺い知ることが出来る。
ただ彼女はダモクレス戦役において
「何故貴様が……いや、もはや理由など良い。そこを退け!!」
「アーニャさん、大丈夫です」
ナナリーの声にアーニャは剣を引く。もちろん最大限の警戒を弛めることはしないが。
「それでどうするつもりなんですか? 激情に身を任せ、私を殺しますか? それとも私を拘束し、ゼロに差し出して命乞いでもしてみますか?
でもこれだけは言っておきます。もう手遅れです。例えこの場で私が命を落としたとしても、一度回り始めた歯車を止めることは誰にも出来ません。不可能なんです」
「それでも私は……この国をお前の好きにはさせない!」
「無理だって言ってるのが分からないんですか? 今更使命感に熱くならないで下さい、かえって滑稽に見えますから。
一度逃げたのなら最後まで逃げれば良かったんです。覚悟なく中途半端に国を思うぐらいなら市井に逃げ、男に逃げ、家庭に逃げていれば、今頃その手に我が子を抱く程度の幸福を享受できたことでしょう。
どうせコゥ姉様のことですから、女児を出産した暁にはユーフェミアと名付けようとでも考えていたんじゃないですか?
でもきっと虐殺皇女と同じ名前だから周囲から忌避されることになっていたのではないでしょうか。そう考えると来るべき不幸を事前に回避したことになるのかも知れませんね。儘ならない世界です、本当に」
「それが今何の関係がある!?」
「ふふっ、ありますよ。だってこれが貴女に皮肉を告げる最後の機会なんですから」
動揺を手に取るように理解し、苦笑するナナリーの身から放たれる溢れ出す狂気と殺意は、コーネリアの精神を容易く凌駕する。
「っ…あ…あぁ……」
半瞬、コーネリアは身体の自由を奪われ、本能的に悟った。
突き付けられた死を。
自らの終わりを。
「ねえ、コゥ姉様。憶えていますか?
魔王ルルーシュは死んだぞ、人質を解放しろ。
これ、コゥ姉様の言葉ですよね?」
そして────
乾いた一発の銃声が響いた。
「陛下、ご無事ですか!?」
銃声を聞き、駆け付けた
「はい、私は無事です」
ナナリーは瞳に涙を湛え、俯きながら答えた。
「ですが……。まさかコゥ姉様が、いえコーネリア長官がゼロと内通し、私を手に掛けようとするなんて……そんな……信じられません」
「陛下、お気持ちはお察し致します。ですがこの場は我々に任せ、シェルターへ。既に閣僚方もお待ちになっております」
騎士は血の海に沈んだ──元上司にして現反逆者となった──コーネリアの亡骸を軽蔑の瞳で一瞥して告げる。
「ええ、貴男の言うとおりですね。後のことはお願いします。ただこの件はくれぐれも内密に処理して下さい。現状を鑑みれば影響を最小限に抑える必要があります」
『イエス、ユア・マジェスティ!』
車椅子を進めるナナリーと、それに付き従うアーニャの背を騎士達は敬礼を以て見送る。
しかし彼等は真実を知らなかった。
支えてくれた姉の突然の裏切りと死に対して、悲しみに暮れながらも職務を全うする為に気丈に振る舞う妹の仮面の下で、ある種の達成感に満ちた笑みが浮かべられていることを。
はい、という事であらすじや注意書きでお伝えしていたとおり、申し訳ございませんが本作はここまでです。
数年ぶりに読み直し、私自身とても懐かしい気分になりました。
現時点では続きを製作する予定はなく、所謂打ち切りとなってしまっています。
最も書きたかったシーンを書ききり、満足してしまったことが原因だと思われます。
ここまでお付き合いいただいた事に改めて感謝を。