コードギアス オルタネイティヴ   作:電源式

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第3幕 【ナナリー 肯定】

 

 

「そう、お兄様です」

 

 カレンが求めた答えを告げ、ナナリーはスザク達の下へと車椅子を進める。

 彼女の入室を予期していなかった為、二人は驚きと動揺を隠せなかった。

 特にカレンとしては周囲に人払いを施し、さらにこの部屋へと繋がる唯一の通路に信頼できる部下を置き、誰も近付けるなと厳命していた事もあり、訪問者の存在自体が頭になかった事だろう。

 ただナナリーが一国の代表、しかも最高権力者たる皇帝と呼ばれる地位に就いている事実を考慮すれば、彼女を通した部下を責めるのは酷だとカレンも理解する。

 

 一方、スザクは自分が今、ゼロの仮面を身に付けてはいない事実を思い出し、驚きを焦りに変えた。

 枢木スザクとして、彼女と顔を合わせることなんて出来ない。

 自分は彼女から最も大切なモノを奪った存在だ。例えそれが世界平和の為に必要な犠牲であったとしても、例えそれが彼の意志だとしても、事実は変わらない。

 彼等兄妹の想いの強さ──例えそれが共依存とさえ呼べるほどの執着だとしても──を知っている故に、憎まれ、殺意を抱かれても仕方がないと覚悟はしている。

 

 だがそれでも直接彼女の目を見る事が怖かった。

 ゼロの象徴たる闇色の仮面自体は、ベッド脇のサイドテーブルの上に置かれていた事は既に確認している。

 しかし、咄嗟に伸ばした手が、目的の物を掴む事はなかった。

 仮面へと伸ばされたスザクの右手を遮り、ナナリーは自らの胸に引き寄せ、両手で包み込むと、戸惑う彼に対して、もういいんですと言うように首を横に振る。

 

「……本当に……心配しました」

 

 震えた声でナナリーは呟く。

 

「……ナナリー」

 

「私のせいで……今度はスザクさんまでいなくなったらと思うと……私……」

 

 安堵からなのか、恐怖からなのか、ナナリーは目に涙を溜め、スザクに心情を吐露する。

 できる事なら、もう一度会いたかった。

 できる事なら、もう一度話がしたかった。

 その想いは最悪のカタチで、現実の物となる。

 優しく微笑みかけ、抱き締めて欲しかった。

 もうどこにも行かない、これからはずっとお前の傍にいると囁き、頭を撫でて欲しかった。

 だけど、突き付けられた現実は望んだ再会と180度逆のものだった。

 軽蔑の視線を向け、自分を冷たく突き放した最愛の兄。

 そして求めていた再会の果て、再び最愛の兄は自分の前から消えた。

 命を奪う目的ではなかったとしても、自分を攻撃したという事実が、ナナリーの心に傷を残して……。

 だからこそ彼女は強く思うのだろう。

 これ以上、親しい人を、大切な人を失いたくはない、と。

 

「大丈夫だよ。僕はどこにも行かない、ナナリーを守り続けるから」

 

 あの日、自分は罪と共に生き続け、その一生を彼の願いに費やすことを約束した。

 彼の願いの中で、最も大切で、最も純粋で、最も強い願い。それは最愛の妹の無事と幸せに他ならない。

 故に自分は彼が成し遂げられなかった分まで彼女を守る。例え立ち塞がる相手が誰であろうとも……、そうスザクは決意したはずだった。

 もちろん彼女を守るという思いは今も変わらない。彼女の身に危険が及べば、自分は持てる力を全て駆使して守り抜く。

 だが前提が崩れつつある現状は、英雄の仮面の下に押し殺した弱い自分を喚起させる。

 本当は許されたい。

 もし今許しを請えば、彼女の口から許しの言葉が聞けるんじゃないのか?

 そんなズルイ考えが脳裏を過ぎり、スザクはその考え必死で振り払った。

 

「僕の事よりも、ナナリーこそ────」

 

「はい、私も大丈夫です」

 

 ナナリーは瞳に溜まった涙を拭い、微笑みを浮かべてみせる。

 そう言って気丈に振舞おうとする姿が、スザクには逆に痛々しく思えた。

 ゼロレクイエム直後こそ取り乱した彼女だったが、その後、国家の代表として、兄等の行動によって混乱した国内情勢の安定に努め、神聖ブリタニア帝国の復興と再建を成し遂げつつある。

 もちろん全ての問題が解決出来た訳ではないが、それでもブリタニアは確実に新たな未来を歩もうとしている。

 

 皇帝就任当初は悪逆皇帝の妹であるが故に、言われもない誹謗中傷を受け、悪意や害意に晒される事もあった。

 しかし時間の経過と共に、彼女個人の手腕を評価する声が次第に上がり始める。

 4年前、現日本=当時のエリア11に総督として赴き、ブラックリベリオン以降、矯正エリアに格下げされ、テロ行為の活発化により治安が悪化していたエリア11を立て直し──黒の騎士団が国外追放となった影響も大きいが──衛生エリア昇格への道筋を立てた経験が活かされたのだろう。

 

 最愛の兄を失った悲しみに暮れることなく、兄の想いに応え、彼が命を賭してまで守ろうとした世界のために必死で頑張ってきた。少しでも平和が長く続くように、過去へと回帰しようとする世界に必死で抗ってきた。

 見ている者が、思わず気を遣いたくなるほど……。

 その事実は彼女の事を見守ってきたスザクとカレンも知っている。

 

 ただ、それでもナナリーは、兄のことで気を遣われることを頑なに拒絶していた。

 多分彼女は悪逆皇帝の妹である自分が、兄の事で気遣われる事で、彼が選び、望んだ結末を、その結果訪れる未来を否定する事に繋がると気付いてしまったのだろう。

 兄の意志を受け継ぎ、それを尊重するために自分の心を固く閉ざし、本当の想いを皇帝という名の仮面で覆い隠す。

 こうなる事が嫌だから、彼は最愛の妹にも最後の瞬間まで嘘を吐き通し、憎悪を抱き、嫌悪する存在であり続けようとしたというのに、世界は騙せても彼女を騙しきる事は出来なかった。

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、世界の『悪』でなければならない。

 奇跡を起こす仮面の男=ゼロは、世界の『英雄』でなければならない。

 世界がゼロレクイエムの真相を知れば、彼が捧げた尊い犠牲も茶番だと罵られるだろう。

 そして超合集国連合は瓦解し、黒の騎士団は放逐され、世界は再び無秩序な戦乱の嵐に呑み込まれる。

 故に真相を知る者は固く口を閉ざし、彼を『悪』とし続けなければならかった。

 それはゼロレクイエムの真相を知ったナナリーにとって、受け入れるはずもない現実であることは容易に想像が付く。

 それでも国家の代表として国民の為、延いては世界の為に兄を悪逆皇帝として利用しなければならない。

 感情と理性の間に存在するその矛盾こそが、彼女を苦悩させているのだろう。

 

“その矛盾が、いつかキミを殺すよ”

 

 スザクの脳裏に過ぎるのは、ブリタニア軍人時代の上司の言葉。彼の言葉が正しかった事は、自分が身をもって知っている。差が大きければ大きいほど、想いが強ければ強いほど、歪みもまた力を増し、やがて意図せぬ結果を生んでしまう。

 どうにかしたいと思っているが解決の術が分からず、そんな自分に嫌気がさしていた。

 いや、そもそも彼女を苦しめている現状の世界。その創造の最後の引き金を引いたのは紛れもなく自分だ。そんな自分が彼女の心を救いたいと思うこと自体、間違っているのかも知れない。

 だが、もし本当にルルーシュが生存しているなら、彼女の世界を変えることが可能だと思いたい。

 

「ねぇ……ナナリー? 本当……なの?」

 

 思考により沈黙するスザクに代わり、もう一度事実を確認するかのように、カレンはナナリーに問い掛ける。

 彼女の言葉が真実なら、あのゼロはやはり────

 

「はい。カレンさんが考えているとおり、蓬萊島を襲撃し、世界に対して声明を発したゼロは、お兄様──ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」

 

 ナナリーはカレンの求めに応じ、改めて自らの意見を、まるで確信しているかのように迷いなく告げた。

 

「もちろん、過去に用意されていた映像や音声データを、誰かが利用したという可能性は否定出来ません。ですが……あの『声』は間違いなく、お兄様のものです」

 

 何故彼女がそう断言できるのか、その理由をスザクとカレンの二人も知っている。

 彼女はおよそ8年もの間、母親が暗殺された精神的ショックで視力を失っていた。残る五感、特に聴覚を頼りに生活を送っていた為、彼女は他者よりも優れた聴覚能力を有している。知り合いなら足音でさえ聞き分け、その人物を特定する事も可能なほどだ。

 故に長年支え合って暮らしてきた兄の声を、彼女が聞き間違うはずがない。その事実は声紋分析の結果からも肯定されている。

 つまりそれは彼女の兄=ルルーシュの生存を示す、大きな要因と言えた。

 

「……どういうこと? どうして、ルルーシュが……?」

 

 複雑な表情を浮かべたカレンの口から、誰にともなく当然の疑問が問い掛けられた。

 彼の生存を喜びたいという想いはあるが、素直に喜ぶ事ができないのは、この場に居る3人とも同じだった。

 喜びよりも、むしろ湧き上がる疑問の方が感情を凌駕している。

 何故、彼は生きているのか?

 

「それは……」

 

 ナナリーは困惑の表情を浮かべて呟き、スザクは表情を強張らせた。

 3人ともゼロレクイエム──ゼロによる悪逆皇帝の襲撃と暗殺──の現場で、彼の死を直接その目で目撃している。スザクに至っては、その手で彼を殺したゼロ本人である。

 そう、彼等は自らの目でルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの最後を見届けた。

 そして彼の死後、それぞれが彼の遺した世界のために、その意志を継ぎ、自身の責任を果たしてきた。

 しかし、突如としてこの世界に姿を見せた彼は、それを嘲笑うかのように再び自らゼロを名乗り、最愛の妹まで巻き込む形で、自身が生み出した黒の騎士団を襲撃。新たな私設武装集団漆黒の騎士を率い、世界の強者に対して宣戦布告する。

 

「どうしてルルーシュが生きていたのか、その答えを僕達は知らないし、知る術を持っていない。

 それよりも現状で僕達が考えなければならない問題は、再びゼロを名乗ったルルーシュが何をしようとしているのか、だ」

 

いくら考えても答えのでない疑問の解消を諦め、スザクは停滞する思考を先に進めることを提案し、次の疑問を提示する。

 果たして生存を明かしたルルーシュは再びゼロを名乗り、何を成そうとしているのか?

 もし、その答えを知る者がいるとすれば、それは『ゼロ』という存在の『共犯者』。彼に奇跡を起こす力=ギアスを与えた少女=C.C.。

 そしてもう一人、彼と共に世界を騙すシナリオ=ゼロレクイエムを制作して実行。もう一人の主役=裏切りの騎士を演じ抜いた枢木スザクに他ならない。

 

 現にこの時スザクの脳裏には、一つの可能性が浮かんでいた。

 本当に彼が生きているなら、進むべき道は一つしかないだろう。

 ただそれには彼が本当に自分の知るルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである、という前提条件が必須だった。

 でも現段階では確信を持てるだけの情報が足りない。

 

 いや、違う。

 本当はナナリーが肯定した時点で理解している。

 本能が囁く、彼は限りなくルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに近い人間だと。

 それでも自分は、彼がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである事実を認めたくないのかも知れない。

 もし彼が本当に生きているなら、それは自分に対する裏切りだ。

 けれど不思議と怒りは湧かない。

 ならこの感情は悲しみ?

 それとも得体の知れない恐怖?

 

「教えてくれ。ルルーシュは、いや漆黒の騎士は今?」

 

 世界の強者に対して宣戦布告した漆黒の騎士が、自分が意識を失っていた5日間の間に、何も行動を起こしていないとは考えられない。

 特にゼロを名乗る者がルルーシュであったなら、なおさらスザクはそう考える。

 そしてその考えは正しかった。

 

「この世界から紛争や内戦が消えたわ」

 

 短い沈黙を挟み、スザクの問い掛けにカレンは事実を告げる。

 

 

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