黒の騎士団、延いては全世界が直面していた問題。
それが武力紛争の拡大だ。
問題の根底は国家、組織、民族によって異なるが、それによって齎される悲劇はどれも同じだった。
大切な者を失う事によって発生した悲しみと憎悪が、新たな火種となり、憎しみの連鎖を生み出し、悲劇は自己増殖する。
それがルルーシュの言った、間違ったまま稼働を続ける
黒の騎士団が数年──ここ数ヶ月は特に激しさを増していたが──に渡って手を拱いていた問題を、彼等=漆黒の騎士はほんの数日で片付けたという。
直面していた問題が解消された。
だが、その事実を告げたカレンの表情に一切歓喜の色はない。
むしろその表情は暗く険しく、感情を押し殺しているように思える。
その理由をスザクは既に理解していた。
「その内の二つの地域は文字通り消滅してね」
消滅。
そう、戦場その物がこの世から消え去ったのだ。
思い出される4年前のトウキョウ租界、また帝都ペンドラゴンの光景と、5日前に送られてきた映像。
それを可能としてしまう大量破壊兵器フレイヤ。
漆黒の騎士は如何なる国家も保持を禁止されたその兵器を保持し、躊躇うことなく使用する。
紛争の終結、それは停戦交渉などといった生易しい行為の結果ではない。紛争という破壊活動を、さらなる暴力によって破壊したに過ぎない。
フレイアが使用された計三ヵ所の紛争地域は見せしめだったのだろう。
フレイア使用の事実が伝われば、他の紛争国は自分達の頭上にもフレイアが落ちてくると恐怖し、停戦を余儀なくされる。
死にたくないと思うのは生物の根底にある生存本能だ。誰も無駄死になんてしたくない。
もし、仮に死の恐怖に打ち勝てたとしても、第三者による無差別攻撃によって勝敗が確定しないのであれば、終戦後に何ら利益を得る事は出来ず、それどころか損失だけを残すとなれば戦闘の意味も無くなる。
結果的に、確かに紛争は根絶された。多大な犠牲を払って……。
常識で考えれば、その手段は到底認められるものではない。
「それだけではありません」
さらにナナリーが微かに震えた声で補足する。
「漆黒の騎士は停戦した紛争国に対しても奇襲を行い、戦闘を指揮していた軍部だけではなく、それを承認した政治指導部。さらには戦闘に参加していた一兵士に至るまで、戦闘に関与した人間全ての処刑を敢行しています」
「ッ!!」
ナナリーの言葉に、スザクの表情が歪む。
ルルーシュが再びゼロを名乗った時点で、こうなる事はある程度予測していた。
しかしそれが実際に現実のものとなった今、平然と受け流す事は出来なかった。
これはまだ始まり、序章でしかない。
より多くの血が流される。
間違ったまま稼働を続ける世界を正すための代償。
「そして同時に全世界に対し、改めて武力の放棄を求めました」
武力の放棄、それは合集国憲章が批准国に求めた理念と同様の考え。
けれど彼等の言う武力放棄は、全ての国家に合集国憲章の批准を求めるものとは違う。
黒の騎士団に対する襲撃、紛争地域に対するフレイア攻撃、紛争国に対する血の粛清。
漆黒の騎士が持つ力を既に全世界が存分に知る事となった現状に於いて、それは希望ではなく命令だ。逆らえば世界平和に害を成す存在として一方的に断罪する、と。
世界平和を謳った独善的な秩序の押し付け。
恐怖による意志統制。
それは過去、浮遊要塞ダモクレスと大量破壊兵器フレイヤを用い、恐怖によって世界平和を実現しようとした、神聖ブリタニア帝国第二皇子=シュナイゼル・エル・ブリタニアの思想と同じだった。
神を僭称した彼が齎そうとしたのは、頭上に恐怖を抱いた偽りの平和。
当然その不満や反発は大きく、より多くの犠牲を払う事態に陥るのかも知れない。
だが漆黒の騎士を率いるのはシュナイゼルではない。
悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの圧政から世界を救った『救世の英雄』にして、正義の象徴たる『ゼロ』だ。
「それで世界の反応は? 今回のゼロの行動は人々に受け入れられたのか?」
問い掛けるスザクだったが、内心答えは分かっていた。
民衆の支持がなければ、如何なる大国もいずれは立ち行かなくなる。
彼がここまで強硬な手段(プラン)を執れるのは、『ゼロ』の行動が多くの民衆から支持される事を理解しているからだ。
「紛争の根絶に歓喜しているわよ、世界平和に前進したって。
ゼロは英雄、ゼロが行う事が正義、ゼロは間違わない。今回の件で亡くなった人達は間違いを起こした。故に世界平和の為に犠牲になる事は当然の報いだそうよ。
っ、そんなの馬鹿げてるわ!」
カレンは語気を強め、唇を噛みしめる。
スザクには彼女の気持ちも理解できた。
確かに世界規模で見た時、今回のゼロの行動は正義なのだろう。紛争国の犠牲者数は、世界人口の数パーセントにも満たない。
それでも犠牲となった者には、当然家族や友人が存在し、実際は犠牲者数の何倍もの人々が深い悲しみと強い怒りを覚えた事だろう。
ただ、世界の大多数の意志は彼の行動を称賛する。悪魔と罵ることなく、魔王と恐れることなく、まして悪逆皇帝と呼ぶこともない。力無き者の想いを代弁する、正義の執行者として。
英雄、正義、世界平和、間違った力の行使に対する断罪。
綺麗な言葉で包み隠され、歪曲される殺戮。
それに大多数の人々は気付かない。いや、気付かせないために『ゼロ』という仮面=装置が存在している。
そして人々はゼロが齎す『正義』という名の暴力に熱狂していくのだろう。
そう、それはかつて黒の騎士団が、広く日本人の心を掴み、受け入れられた時と同じように……。
そうなれば、やがて世界は完全に二分化される。
ゼロの理想に賛同し、彼を求め、彼に従う大多数の者。
ゼロの理想を否定し、彼を拒み、彼に抗う極少数の者。
世界の『敵』として認められた後者を殲滅すれば世界平和は完成する。
ただそれさえも、ゼロという一人の人間によって煽動された結果に創られた、閉ざされた偽りの平和に他ならない。
自分達が本当に目指した理想の世界、それは誰も悲しむ事のない世界。
その実現の為に、より多くの悲しみを生み出す。
多くの犠牲と矛盾、そして狂気を孕んだ計画。
綺麗事で世界は変わらない事実は子供の時から知っている。
だからこそゼロレクイエムによって、あの段階で世界が変わってくれる事を強く望んだ。
でも世界が変わらなかったから、彼は再び前に進む事を──計画を次の段階へと進める事を決意したのか知れない。
再び自らの手を汚し、屍を踏む修羅の道を。
「……本当、馬鹿げてるよ……キミは」
スザクは人知れず小さく呟いた。
彼が再び修羅の道を──いや、修羅の道さえ生温いと思える外道を歩むと言うのなら、自分が取るべき行動は果たして……。
「それでスザク、ルルーシュの本当の目的は何? 今度は紛争を根絶した
「どうしてそれを僕に問うんだ?」
カレンの問いに、スザクは内心動揺するが、それを隠して平静を装う。
彼女の指摘は正しい。紛争の根絶は、本来の目的を達成する上で必要な手段の一つに過ぎない。
そして再び引き金を引いた彼が、今この段階で立ち止まるとは考えられない。
つまりは、さらなる犠牲と悲しみが生み出される事を意味している。
その事実を彼女達に伝えるべきなのか?
「彼が何をしようとしているのか、もう気付いてる。
ううん、最初から知っていたのよね?
私達にさえ何も告げず、彼と共にゼロレクイエムを演じた貴方なら」
棘を含んだカレンの言葉。
自分達が知り得ない情報をスザクなら知っている、知り得た立場にいたとカレンは確信していた。
「…………」
ゼロレクイエム成功の為には、真実を知る者は最小限に留める必要があった。
世界を騙すのだ、慎重すぎるという事はない。
それに──これは計画を実行に移した後に最大の理由となった事だが──ルルーシュ亡き後、残された最愛の妹=ナナリーの立場を守り、彼女自身の精神的負荷を軽減させるためにも、彼女が真実に近付く要因は最低限に抑える為の処置でもあった。
それは皮肉にも失敗した訳だが……。
「……分かってるわよ」
スザクの内心を悟り、カレンは悔しげに呟く。
彼等が自分に何も告げなかった理由を今は理解している。当時の自分は黒の騎士団のメンバーで、彼等は敵対していたブリタニア側の人間となった。互いの立場を考えれば、馴れ合う事は許されない。
そもそも彼等の性格上、嫌悪され、憎悪され、非難され、殺意を向けられるのは自分達だけでいいと思っていたに違いない。
本当に悔しいのは最後の瞬間まで、彼等の計画に気付けなかった自分の愚かさだ。
当時の自分は何も告げない優しさよりも、共に業を背負う道を望んでしまった。
悪逆皇帝と裏切りの騎士。彼等が稀代の悪役を演じたなら、自分は彼等に踊らされた道化に過ぎないのだろう。
その後悔から、彼等が自らの全てを懸けてまで守り抜き、未来を繋いだ世界を自分も守っていこうとカレンは決意した。
しかし世界状勢は彼の想いとは裏腹に悪化を続ける。だから──生存の理由は何にしろ──彼は再び自らの手で世界を正そうと考えたのかも知れない。
だが彼のとった手段は、あまりにも強硬で暴力的なものだった。
数々の戦闘で磨かれた本能は、これで終わりではないと囁いている。
もしこの先に真の目的が存在し、それが自分にとって受け入れる事の出来ないものだとすれば、自分は再び彼の前に立ちはだかる覚悟がある。
例え相手が誰であろうと、この世界を守る決意は揺るがない。
その為にも、まず彼の真意を知る必要があり、それを知っている人物は、今この場に居る枢木スザクに他ならない。
「スザクさん、私からもお願いします。もし知っているなら教えて下さい。お兄様が目指しているモノは何なんですか?」
ナナリーもまた、兄がどこに向かおうとしているのかとスザクに問う。
自分ごと黒の騎士団を捨て、再び英雄の名を名乗り、その先に何を目指しているのか?
世界征服などという稚拙な目的ではないと信じたい。
その行く末が破滅だとは思いたくない。
そして出来る事なら、今度は共に歩みたいと願う。
「っ」
自分を真っ直ぐに見つめるナナリーの視線に、スザクは思わず身を強張らせた。
もし自分がゼロレクイエムの本当の真実を語った時、彼女達はどんな反応を見せるだろうか?
きっとカレンは再び彼と対峙する道を選ぶに違いない。彼女が計画の全てを受け入れるとは到底思えない。
そうなれば、どちらも無事ではすまないだろう。
だったらナナリーは?
いや、分かっている。優しい世界を望む彼女もまた容認しない。例え相手が最愛の兄だとしても、強い意志を持つ彼女が再び自ら彼の前に立ちはだかる事だって想像できる。
そんな展開はルルーシュも自分も望んでいない。ルルーシュが敢えて彼女を冷たく突き放したのも、自分に関わらないようにする為だとしたら、その行動も納得できる。
自分の言葉で大切な者が傷付く光景を見たくない。
だから何も語らないのか?
真実を知っているくせに?
彼女にはこれ以上嘘を吐きたくはない。
真実を求める彼女に応じる事が、自分が出来る贖罪の一つだとすれば……。
分かっている、これは自分の弱さだ。
暫くの沈黙の後、スザクはゆっくりと口を開いた。