コードギアス オルタネイティヴ   作:電源式

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第5幕 【人類浄化】

 

 

「……僕とルルーシュは、世界が『明日(未来)』を求めている事を知った。『昨日(過去)』に縛られる事でもなく、『今日(現在)』に立ち止まる事でもなく、『明日』へと歩みを進める事を」

 

 神根島の遺跡の奥、古の石扉の先に存在した幻想空間『Cの世界』。

 太古の技術(ロストテクノロジー)に満ちたその場所で、自分達は集合無意の存在を知る。

 集合無意識、それは輪廻の海。人類は集合無意識から産まれ、死して集合無意識へと還っていく。つまりこの世界の摂理、そして人類そのもの。

 自分達が戦っている理由や、戦わざるを得なかった境遇。その始まりは集合無意識の存在を知った兄弟から始まったのかも知れない。

 

 争いの止まない世界、嘘に塗れた世界に絶望した兄弟。

 兄はコードを継承し、不老不死の存在にしてギアスの源となった少年=V.V.。

 弟は後の神聖ブリタニア帝国第98代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニア。

 そしてもう一人忘れてはならないのが、後に彼等の志に賛同し、計画の成功に尽力した神聖ブリタニア皇帝第五后妃=マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

 彼等は集合無意識を『神』と呼び、その消滅を以て新たな世界の創造を目指した。

 彼等の目指した理想の世界、それが嘘のない世界。いや、嘘を吐くことに意味のない世界と言うべきか。

 

 全ての人類が『個』を失い、全人類の意識が集約され、共通の意識を保有する。『他者』と『自分』という枠組みが崩壊し、統一された人類の意識によって、決して埋まる事の無かった価値観という名の溝が消える。

 自分と対峙する全ての人類もまた『自分』である。

 必然的に世界から争いは消え、延いては憎しみも悲しみも無くなっただろう。

 しかし彼等が目指した恒久平和は、現在の常識から考えて歪としか思えない。

 もちろん彼等は現在の常識など歯牙にも掛けなかった。新たな世界の常識こそが、本来の常識であるとすら考えていたに違いない。

 集合無意識』の代わりに『自分というシステムが世界を統べる。

 訪れるのは変化のない完結した世界。

 

 本当にそんなモノが正しい選択なのか?

 ましてや、世界のシステムを根本から覆そうとする大事を、全人類の未来を懸けた問題を、たった数名の意志によって決定しても良いのだろうか?

 間違っている。

 それはあまりに傲慢という物だ。

 だからこそルルーシュはCの世界で対峙した自身の両親の計画を拒絶し、消滅の縁にあった集合無意識に向けて願いを叫んだ。

 時の歩みを止めないでくれ。

 それでも俺は明日が欲しい、と。

 対して人類の意志たる集合無意識は、ルルーシュの願い(ギアス)を受け入れ、シャルル等の計画を否定した。

 

「だから僕達は人類が未来へ進むための方法を話し合った。

 そしてその結果、僕達はある結論へと辿り着く。それは君達も知っているはずだ」

 

『……それがゼロレクイエム』

 

 ナナリーとカレンが同時に呟いた言葉に、スザクは頷きで応える。

 

 全人類共通の『敵』を創り出し、そこに全ての悪意や殺意、憎しみや悲しみを集め、誰かがその『敵』を討つことで負の連鎖を断ち切る。

 そうする事で世界は力を振るうのではなく、話し合いという手段によって一つに纏まることが出来たはずだった。

 それが今でもゼロの武勇と共に語られるゼロレクイエムの意義。

 ただし彼女達が、いや全世界の人々が目の当たりにし、知っているゼロレクイエムは、本来の計画の全容からすれば一部でしかない。

 

「でも世界を変えるには、どうしても力が必要だった。一個人の、僕達だけの力では足りない。

 だからルルーシュはブリタニア皇帝の座を手にし、僕は彼の騎士=ナイトオブゼロとなった」

 

 けど、それでもまだ足りない。

 世界の三分の一を支配する軍事大国ブリタニアの頂点に君臨していた当時の皇帝=シャルル・ジ・ブリタニアですら、アーカーシャの剣もしくは思考エレベーターと呼ばれた太古の遺産を用いなければ、世界の変革は不可能だと考えた。

 彼の下には帝国が誇る最強の騎士達=ナイトオブラウンズが仕え、過去には帝国の守護女神や閃光のマリアンヌなど、数多くの異名を持っていたマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアも居た。

 それだけの軍事力があり、大国とその民を率いるだけの器を有し、なおかつギアスという超常の力を保持していながら、彼は自力で前に進む事を諦めて太古の遺産に縋る。

 彼の意志が弱いわけではない。

 むしろ他者を圧倒していたはずだ。

 絶対の自信、己が手を汚す覚悟、折れることのない信念を持ち合わせていたはずだ。

 それでも『神殺し』という幻想に世界を託す道を選ぶ。

 

 ……いや──これは何の確証もない妄想でしかないが──もし選ばざるを得なかったとしたら?

 

 そう、ブリタニアを統べるだけではまだ足りない。

 世界を、人の意志を変えるためには。

 だから次は超合集国を手にしようとした。

 ルルーシュの皇帝即位当時、二大勢力だった神聖ブリタニア帝国と超合集国を統べれば、分裂したEU諸国や態度を決めかねていた中立国も無駄な抵抗を諦め、世界は唯一の国家たる神聖ブリタニア帝国の下に統一される。

 国際紛争はなくなり、そこから世界の変革が始まるはずだった。

 

「すぐに行動を起こした僕達は、手始めにやれる事からやってみた」

 

 スザクは自分達が起こした行動についてを語る。

 

強行された貴族制度の解体と、植民地エリアにおけるナンバーズ制度の廃止。

 当初こそ称賛の声が上がった政策だが、その本当の意味が判明するのにあまり時間を要しなかった。全ての民を平等にする。ただそれは平等に奴隷とする事を意味していた。

 当然、各地で反乱が起きる。特に権力と財産を奪われる事となる貴族側の抵抗は大きく、ルルーシュはそれを武力によって徹底的に弾圧。血の粛清を以て鎮圧する。

 反乱を起こした者の多くが命を落とし、その中には当時のナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタインを初めとするナイトオブラウンズの名もあった。

 歯向かう全てを容赦なく踏みしだき、結果ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは名実ともに、恐怖と憎悪の象徴=悪逆皇帝と呼ばれるようになる。

 彼がそこまで徹底して非道な手段を選んだのは、後のゼロレクイエムの成功の為だが、それとは別の目的も存在していた。

 

「紛争や戦争の影で利権を貪っていた貴族。戦火を拡大させる軍産複合体。地下資源を狙う財閥に企業。またそれと癒着する軍人や役人達。

 皇帝という立場を使い、人々の悲しみの裏で富を築き、私腹を肥やしていた者達を調べ上げ、誰も罰する事が出来なかった彼等に裁きを下した」

 

 彼等を野放しにすれば、いつまでも戦いは終わらない。これから訪れる新しい世界に彼等は存在してはいけない。

 世界の害悪でしかない彼等は生かしておく価値もない。

 故にさらなる裁きの実行、その範囲をブリタニア国外に手を伸ばすためにも、超合集国を手に入れる必要があった。

 もしその結果、世界から負の連鎖が消えるのであれば、ゼロレクイエムは第一段階=最も犠牲の少ないゼロによる救済計画で止める事ができる。

 その先の、より多くの血を求める計画を実行する必要はなくなる。

 

「だけど粛清を行えば行うほど、新たに弱者を食い物にする存在が浮かび上がる」

 

 悪意の連鎖。

 欲望の連鎖。

 終わりの見えない粛清。

 この世界の澱は、闇は、歪みは、自分達が想像していたよりも遙かに根深いものだった。

 

「だったらどうすればいい?」

 

 スザクは二人に問い掛ける。

 

『…………』

 

 しかし、ナナリーもカレンもその問いに答える事は出来ない。

 すぐに答えの出る問題でない事はスザクも理解している。

 いや、一つだけすぐに思い付くであろう方法が存在する。

 

 悪が滅びるまで、最後の一人まで殺し尽くす。

 

 だが例えその答えに至っても、それを彼女達は認めようとしないだろう。

 

「その答えはもう出ているんだ。新しい明日を迎えるために、旧き世界で生まれた概念を破壊する」

 

『?』

 

 スザクの言葉にナナリーとカレンは理解できないと言いたげに困惑の表情を浮かべる。

 

「戦闘行為の根絶、犯罪行為の撲滅、延いては『悪』という概念その物の消去。

 その為になさなければ(為さなければ=しなければ・行わなければ)ならない事は、一度でも間違いを犯した者をこの世界から取り除くこと。

明日の為に払える犠牲は今日の内に払い終え、昨日までの過去を清算し、人々の意識を根底から変える新世界構想。人類の浄化こそ、ゼロレクイエムの真の姿なんだ」

 

「……スザクさん?」

 

「人類の浄化……? あんた、何を言ってるの?」

 

 困惑の表情を浮かべる二人に対し、理解されないのは当然だとスザクは思う。

 

 自分達が辿り着いた答え。救済計画、いや新世界構想ゼロレクイエム。

 それはある意味、シャルル皇帝達が行おうとしたラグナレクの接続(神殺し)と同様に、もしくはそれ以上に傲慢でおこがましい行いであることは否定できない事実。

 それでも当時の自分達にとっては、それが最良の手段だと思えた。

 

「悪逆皇帝ルルーシュの死と救世の英雄の誕生までが第一段階。その時点で世界が、いや人々の意識が変わってくれたなら、それでゼロレクイエムは成功と言える」

 

 例えそれが人々の欲望、過去から続く軋轢という不確定要素を考慮していない机上の空論だとしても、人々の意志が変わってくれる可能性を信じた。

 しかしゼロレクイエムから4年が経過した現在の世界に、自分達が望んだ変化は訪れなかった。

 残念ながら飢餓や貧困に救いの手が差し向けられたのは、人類の歴史で見れば一瞬とも思える僅かな期間でしかない。

 蔓延する悲劇に手を拱くことしかできなかった現実。

 人類は再び武力によって対話する。

 予期された必然の未来。

 だから────

 

「もしそれでも世界が何も変わらないのなら、計画は第二段階=ゼロによる断罪へと移行されるはずだった」

 

 間違った力を行使した者を処刑し、殲滅し、虐殺し、殺戮し、排除し、この世界から完全に消滅させる。

 それは二度と同じ過ちを繰り返さないための見せしめであり、新たな罪を産まないための抑止力となる。

 本当ならゼロという存在を受け継いだ自分がやらなければならなかったこと。

 ゼロが齎す独善的な正義の実現。

 英雄という立場を利用し、大多数の意志を味方に付け、力によって世界を矯正する。

 救世の英雄=ゼロは正しい、ゼロが行う事が正義、ゼロは間違わない。

 そう人々が錯覚している間に、人々が騙されている間に、間違った方法で世界を変える。

 英雄の仮面を被った魔王が齎す、必要悪と言い表す事さえ憚られる行為によって結果だけを追い求める。

 そのはずだった。

 

「ゼロによる既定概念の破壊と新世界の創造。

 人類から『罪』という概念を取り除き、『武力行使』という概念を取り除き、『悪』という概念を取り除く。

 罪を犯すという選択肢が最初から存在しなければ、誰も罪を犯すという選択肢を選ぶ事が出来なくなる。同様に武力行使という選択肢をなくせば、誰も武力を行使する事は出来なくなる。延いては世界から『悪』という概念が消え、相対悪が存在しなければ『正義』を振りかざす事もなくなる。

 そうなればこの世界から人為的な悲劇はなくなり、今度こそ負の連鎖は消滅する」

 

 誰も理不尽な力によって悲しむ事のない世界。

 目指したのは昨日でもなく、今日でもなく、明日でもなく、『新しい明日』。

 

「新世界の創造? あんた達……頭おかしいんじゃないの?」

 

 カレンはスザクに鋭い視線を向ける。

 ただそれでもスザクは怯まない。彼女の反応は予測通りのものだ。

 確かにあの時の自分達の思考や精神が正常だったのか、と問われればハッキリと正常だったと言い切る事は不可能だった。

 それでも目指すモノが間違っていたとは思わない。

 

「人は変わらない、だから人を変える? 人の尊厳を蔑ろにし、根本から矯正しようと言うの? 神にでもなるつもり? 傲慢にも程があるわ」

 

 カレンは怒りを通り越して、呆れているといった様子だった。

 

「なら君は、争い続け、他者を傷付け続ける事が人の尊厳、正しい姿だと言うのか? 

 それこそ間違った考えだ」

 

「ッ!?」

 

 人類の歴史は争いの歴史。事実人間は争う為に技術を発展させ、それを繁栄へと結びつけてきた過去がある。

 人間は争いがなければ進化をしない生き物。

 神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニアは言った。

 競い、奪い、獲得し、支配し、その果てに未来がある。

 それこそが進化している証拠なのだと。

 彼は人間の本質を言い当てていたのかも知れない。

 だがそんなものは認めない。

 故にルルーシュもスザクもカレンも抗ってきた。

 

「人は世界という名のシステムを構築する歯車に過ぎない。壊れた歯車を残したまま、稼働を続ければ、正常な歯車を歪ませ、軋ませ、削り、やがてシステム全体を狂わせてしまう。その前に壊れた歯車は取り除かなければいけない」

 

「ふざけないで! システムだとか、歯車だとか、ワケの分かんないこと言って、あんた達は人を人として見ていないんじゃないの!? そんなあんた達が世界を救うだの、正すだの本当に笑わせてくれるわね!」

 

 カレンは感情のままに語気を強め、スザクの言葉に反論する。

 常識的に考えれば、彼女の意見は尤もだろう。

 彼女が理解出来ないのも無理はない。

 彼女は何も知らず、常識の外側を知る術を持ってはいない。

 世界が集合無意識を中心としたCの世界という名のシステムによって構築、管理、保管されていることを。

 そして人は集合無意識が身に付けた仮面。いや、集合無意識から剥がれ落ちた『欠片』に過ぎないという真実を……。

 

「だったら、君なら世界を正す事が出来るというのかい? 蔓延する悲劇をなくす事が出来ると?」

 

 カレンとは対照的に、スザクは冷静に既に答えの出ている問いを投げ掛ける。

 出来ると答えたなら、それこそ傲慢だ。

 

「っ……、それは」

 

 カレンは悔しげな表情を浮かべ、奥歯を噛みしめる。

 答えは不可能だ。

 事実上この世界で最も権力を保持していた超合集国最高評議会、また最も強い戦力を保持していた黒の騎士団でさえ、手を拱くことしか出来なかった現状の世界。

 例え黒の騎士団が誇るエースパイロットと言えど一構成員でしかない彼女一人が、どれだけ足掻いても世界は変わらなかっただろう。

 自分の無力さに彼女も自覚していた。

 裏切りの騎士=枢木スザクを討った英雄であっても、ゼロという救世の英雄の前ではその威光も霞む。仮に彼女が行動を起こしたとして、追従したのは率いる第零特務隊と日本支部の一部だけだろう。例え一国の軍と対等程度に渡り合えたとしても、到底世界には及ばない。

 

「君は間違った手段だと非難するかも知れない。だけど現状、実際に世界は変化しつつある。今度こそ、真に争いのない世界へと」

 

 今のところ計画は順調に推移していると考えられる。英雄に心酔する世界の歪みを利用し、世界中の人間を騙しながら。

 一方、世界の変化を指摘されてなお、カレンは何かを言いたげだった。

 納得するなんて到底不可能なのかも知れない。

 

「僕達は知っているはずだ、綺麗事で世界は変わらないという事実を子供の頃から。

 そしてその結果、どうなったのかを」

 

 スザクの言葉にカレン、そしてナナリーまでもその身を震わせ、自らの手に──血塗られたその手に視線を落とす。

 レジスタンスとして人を殺した。

 兵士として人を殺した。

 騎士として人を殺した。

 皇族として人を殺した。

 敵を殺して、肉親を殺して、友を殺して、かつての仲間を殺して、名も知らない誰かを殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して………。

 復讐のために、何かを守るために、誰かを守るために、己が正義を信じて、己が信念を貫いて、多くの生命を奪い、業を背負ってきた。

 今この瞬間も数多の骸の上に自分達は立っている。

 それでも多くの大切なモノを守れず、失い、望まない結末へと辿り着く。

 苦痛を味わい、憤怒に身を焦がし、悲哀に嘆き、後悔に嘖まれ、絶望を抱いた先に手にしたのは、未来という名の儚き希望。

 そして、それさえ打ち砕こうとする現実。

 争い続ける人間の性。

 

 争いを止める。

 

 言葉で言うのは簡単だが、つまりそれは人間を変えることに他ならない。

 

 

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