カレンの問いにスザクは動揺し、そして葛藤する。
彼が自分の知るルルーシュなら、自分はどうすればいい?
またルルーシュと戦う?
同じ理想を抱き、共に計画を進めたというのに、今さら彼を裏切るというのか?
いや、それこそが裏切りの騎士と呼ばれた自分に相応しい選択だ。
違う。
もう自分は誰も裏切りたくはない。
人類の浄化。
新しい明日を迎える為に、今日払うべき犠牲。
自分の命を差し出す覚悟は4年前から出来ている。
だったらナナリーの事はどうする?
もしルルーシュが、自分が知る計画のままに事を進めたなら、いずれ自分も、カレンも、ナナリーでさえ断罪の対象として討たれるだろう。
自分達は紛れもなくその手を血に染め、強者として他者の生命を奪ってきたのだから。
なら本気でルルーシュにナナリーを殺させるつもりか?
例えそれが必要な行為だとしても、本当に正しい事なのか?
…………。
自分がどうしたいのか分からない。
ナナリーを守る=ルルーシュを止める。
ルルーシュと共に進む=ナナリーを見殺しにする。
世界の変革、犠牲、誓い、友情、契約、計画……。
過去と現在。
4年前の自分が置かれていた立場と、現在自分が置かれている立場は違う。
複雑に絡み合う想いが思考を束縛する。
「……俺は」
自分が選ぶべき選択は────
苦悩し、態度を決めかねるスザク。
その姿に業を煮やしたのか、カレンは徐ろにナナリーの側から離れると、目的の物を掴み、それをスザクへと投げ渡した。
「ッ!?」
自分に向かってくる物体を、スザクは咄嗟に受け止める。
「何を────」
カレンの突然の行動に抗議の意を示そうとしたスザクだったが、投げ渡された物体が何なのか気付き、息を呑んだ。
「どうして……これを?」
スザクの手の中に収められた物体、それは英雄を象徴する闇色の仮面。
「貴方はまだゼロなのよ。誰も貴方がゼロを辞めたなんて認めていないわ。
迷っているのはルルーシュが今行っている事に納得できないからでしょ?
だったら戦って、私達のゼロとして。自分こそが本物のゼロだ、みんな騙されているって宣言して、そして命令しなさい。偽物のゼロと戦えって」
カレンはスザクにゼロであり続ける事を求める。
それは彼にとって残酷な事なのかも知れないが、ルルーシュと戦う道を選ぶ上で彼女の求めは必然だった。
組織の象徴であるゼロを失い、瓦解の淵にある黒の騎士団を存続させる為には、組織を率いる指導者が必要だ。
その指導者に最も相応しい者は、やはりゼロ以外には存在しない。
そしてこの4年間黒の騎士団を率いていたゼロは離叛などしてない。
仮にスザクが再びゼロとして立ち上がり、黒の騎士団を率いたなら再び結束を取り戻す事が可能だろう。
また、漆黒の騎士に傾倒し始めた世界に、大きな波紋を投げ掛けることが出来るはずだ。
相対する二人の英雄。
古きゼロと新たなゼロ。
間違った力を行使する強者を断罪する者と、それを間違った力の行使だと断罪する者。
漆黒の騎士を率いる者と、黒の騎士団を率いる者。
過去にルルーシュは言った。ゼロの真贋は中身ではなく、その行動によって測られる、と。
つまり正義を体現する者こそがゼロである。
だが一方で、人々が『正義』と掲げるモノは一つではない。
やがて世界は古きゼロを支持する者と、新たなゼロを支持する者に二分化される。
いや、さらに細分化される事だって考えられる。
それこそ個人が正義と掲げるモノの数だけ。
もしそうなれば対立は避けられない。
救世の英雄による騒乱。
世界平和を想いながら、正義は氾濫し、戦火を広げる。
本末転倒だ。
しかし、ゼロに対抗できる者はゼロだけという事実を考えれば、現状漆黒の騎士に対抗する為には、それ以外の手段はないのかも知れない。
「スザクさん、私からもお願いします。
ゼロを、お兄様を止めるために力を貸して下さい。
今のお兄様を止められるのは、スザクさんだけだと思うんです」
ナナリーもまた、スザクに共に進むことを求める。
「……ナナリー。君も僕にゼロで在り続ける事を求めるのかい?」
「いいえ」
スザクの問いにナナリーは首を横に振る。
「ゼロを続けるかどうか、それはスザクさんが決める事です。私はスザクさんの意志を尊重します。
私だってお兄様とスザクさんの考えた新世界構想、二人が目指した世界が完全に間違っているとは思いません。
この世界を、人々の意思を本当に変えようとするなら、強硬な手段も必要なのでしょう。夢や理想だけでは何も変える事ができない現実を、私達は痛いほど知っています……」
想い描いたのはささやかな夢。
最初はただ、家族が仲良く暮らせるだけで良かった。
皇女だとか、皇族だとか、そんなものはどうだって良かった。
父が居て、母が居て、兄が居て、自分が居る。
手を伸ばせば容易く手に入れられそうな当たり前の日常。
ただそれだけで。
けれど現実は容赦なく、自分から全てを奪っていった。
母が暗殺され、祖国に棄てられ、やがてその事を憎悪する兄の手によって父が殺され、その兄までもが世界を変えるために己が命を捧げた。
望めば望むほど、大切な人が自分の側から消えていく。
穏やかな日常が崩壊していく。
だけど自分の身に起きた悲劇は、この世界に溢れている悲劇の一つ。
いや、今にして思えば、より多くの悲劇を生み出すため舞台だったようにも思える。
それら全ての悲劇をこの世界からなくすためには、その根底を変えなければならない。
根底=人々の意識。
兄達は人類の歴史に抗い、人類その物に挑もうとした。
その先に目指したのは穢れ無き世界。
罪も悪も存在せず、人々が間違った選択肢を選ぶ事はなく、人為的な悲劇は限りなくゼロになる。
悲劇が溢れる現状の世界と比べれば、それはある意味で理想的な世界なのかも知れない。ただし多くの犠牲の上に成り立っているという事実を除けば……。
「ですが────」
ナナリーは躊躇いを押し殺し、ある人物の名を口にする。
その名が目の前にいるスザクにとって、どれほど重要な意味を持つのか知りながら。
彼女との思い出が、どれほど大切なモノであるのか理解していながら。
それでも──言い方は悪いが──彼女への想いを利用する。
「ユフィ姉様が望んだ『優しい世界』は、例え罪を犯してしまった人に対しても、救いの手を差し伸べることができる世界のはずです」
「…………ッ!?」
ナナリーの口から発せられた人物の名を聞いた瞬間、スザクの表情が歪んだ。
後悔、憎悪、絶望、憤怒、慟哭、殺意……心の底から溢れ出した負の感情が思考を灼き、精神的苦痛を齎す。
今は亡き神聖ブリタニア帝国第三皇女=ユーフェミア・リ・ブリタニア。
かつてユフィの愛称で呼ばれていた少女。
今もなお、心の一部を占めるスザクの想い人。
5年前、副総督として当時のエリア11を訪れ、スザクと出会い、彼を専任騎士とする。その後、行政特区日本構想を提唱。優しい世界の実現を夢見た彼女は、当時のブリタニア体制を否定し、差別なき平等と融和を望んだ。
しかし行政特区日本の開設式典当日、ルルーシュのギアス暴走に巻き込まれ、式典会場に集まった日本人の虐殺を命じ、また自らも多くの生命を奪い、その名を後世に虐殺皇女の悪名と共に残す事となる。
結果的にルルーシュの手によって殺害され、日本人による武装蜂起=ブラックリベリオンの為に、その死さえ利用された。
自らの皇位継承権さえ棄て、兄を殺し、また多く生命を奪ってきた彼を許そうとしたが、その純真な彼女の想いが意図せぬ結末を生んでしまう。
故にユーフェミアの死こそが、ルルーシュとスザクの友情に終止符を打ち、決別を決定付けた。
「確かに罪を犯した者に対して罰が必要なのは事実です。そして罰が重ければ重いほど抑止効果が高くなる事もまた事実。
でも……罪を犯し、過ちを繰り返す事を含めて『人間』なんだと私は思うんです。
そして同時に、例え罪を犯してもそれを償い、いつか許し合う事ができる可能性も人は持っていると思います」
必罰主義が被害者に対しても、加害者に対しても本当の救済にはならないことは多い。
本当に必要なのは、どうしてそうなってしまったのか、その理由や原因を調べ、全ての人々がそれを認識し、対策を講じて改善すること。
そうなれば同じ境遇、同じ理由で罪を犯す者はいなくなるはず。突き詰めれば、全ての罪はなくなり、この世界から人為的な悲劇はなくなる。
だが、それは所詮理想論に過ぎない。
人は簡単に許し合うことなんて出来ない。
ナナリーだって、それは理解していた。
だけど彼女は可能性を知っている。
「お兄様とスザクさんが同じ理想を目指して、再び手を取り合う事ができたように……」
その言葉にスザクの心は揺れる。
違う、違うんだ。
自分達は心から許し合ったワケじゃない。
ただ、己が理想のために互いを利用し合っただけだ。
結果だけを追求した協力関係。
自分達が手を取り合った理由は、決して彼女が思うほど純粋なモノではない。
“許せない事なんてないよ。それはきっとスザク君が許さないだけ。許したくないの”
かつてクラスメイトだった少女はそう言った。
確かにその通りだ。
自分達は互いを許せなかった。
だから犯した罪に対して、互いを罰する。
ルルーシュには死を。
自分には生を。
互いの望みとは逆のものを与えることで。
「私はまだ、ユフィ姉様が望んでいた『優しい世界』の実現を諦めていません。だからスザクさんもどうか私のために、いえ、ユフィ姉様の為にも今日の延長にある明日を諦めないで下さい!」
ナナリーは強く宣言する。
ユーフェミアの意志が未だ自分の中に受け継がれている事を。
「…………」
スザクは静かに手の中の仮面に視線を落とす。
ユフィの命を奪った憎き『ゼロ』の仮面。
“わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアは汝、枢木スザクを騎士として認めます”
自分が彼女の騎士であった事実を一度として忘れた事はない。
一方で脳裏を過ぎるのは、ルルーシュが自分に遺した最後の言葉。
“これは……お前にとっても罰だ……。
お前は……『正義の味方』として、仮面を被り続ける……枢木スザクとして生きる事は……もうない。人並みの幸せも……全て世界に捧げてもらう。永遠に”
彼はゼロであり続ける事を願い、それを自分は承諾した。
そしてそれは、再びルルーシュが姿を現わした現在も覆ってはいない。
だったら自分が取るべき行動は最初から決まっていた。
悩む事も、躊躇う事も、選ぶ事すら許されない。
世界を左右する程の力を有した仮面。使い方を間違えれば、自分だけでなく、巻き込んでしまった全ての人々を破滅させてしまう。
本来の重さ以上の重圧が、その手にのし掛かった。
だが、それでも成すべき事がある。
スザクは顔を上げる。
その顔は迷いも弱さも感じさせず、明確な決意を示していた。
スザクが自らの意志を口にしようとしたその瞬間────
ピピピピッ。
通信機の呼び出し音が、静寂に包まれた室内に響く。
「っ、こんな時に」
カレンは慌てた様子で、上着の胸ポケットから通信機を取り出し、申し訳なさそうに二人に告げた。
「ごめん、少し良い?」
指揮系統が混乱する現状の黒の騎士団において、最高幹部に次ぐ立場となっている彼女が、呼び出しに応えないという選択肢は持ち合わせていなかった。
「いや、構わないよ」
「はい、お先にどうぞ」
その事はスザクもナナリーも、同じく人の上に立つ者として理解している。
「ごめん」
もう一度謝意を伝え、カレンは呼び出しに応えた。
「どうした? 何か動きでも────え」
問い掛けに答える通信相手の言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が強張った。
「……もう一度お願い」
カレンは相手の言葉をすぐに理解できず、疑うというより信じたくはないという思いから、再度事実の確認を求める。
しかし相手から返ってきた報告内容に当然変化はない。
通信機を持つ彼女の手が微かに震えていた。
「あの、カレンさん?」
心配そうにナナリーが声を掛けるが反応はない。
「カレン、何かあったのか?」
青ざめた表情のカレンに対し、ただならぬ気配を感じたスザクが問う。
「え……あ……」
思考が上手くできていないのか、動揺する彼女はスザクの問いに答える事が出来ない。
「落ち着け、カレン!」
スザクは枢木スザクとしてではなく、ゼロとしての声音で命令を下した。
「ッ……はい」
その声にカレンは一瞬身を震わせた後、条件反射のごとく正気を取り戻す。
「何があった?」
再度の問い掛けにカレンは躊躇いながら口を開き、彼女にとって受け入れ難い報告内容を告げた。
「……扇さんが────」
亡くなりました。