火事オヤジがヴィラン連合に参加したようです 作:じoker
横浜市神野区の繁華街。度々衝撃波が襲ったため、この一帯も一部は半壊している。そこで一人、煙草を咥えて佇む男の持つスマートフォンの画面には、上空の報道ヘリが捉えた数百m先で繰り広げられている戦闘の模様が映し出されていた。
「
爆豪を捕縛して眠らせた後、自宅まで煙草を取りに行くと言って男はアジトを後にし、つい先ほどまでパチンコに興じていた。
男はアジトの場所が警察に察知されるのが時間の問題だと考え、危険を回避するために一人だけ脱出したのである。アジトに残った面々をも欺いた理由は、言っても弔の機嫌を損ねるだけだったし、そもそも彼らに対して仲間意識というものを男が抱いていなかったということもある。
唯一黒霧には仲間のサポートで苦労させられている様子にシンパシーを感じていたが、下手に助けて余計な苦労を背負い込みたくないという思いから見捨てていた。
それからおよそ二時間でこの騒ぎ。これは間違いなく警察にアジトを突き止められ、突入された結果だろう。男の懸念は男の予想よりもかなり早く現実のものになった。
「しかし、結局は俺も
先ほどの雄英高校の会見での校長の発言も恐らくは
「これまでの失敗のツケを払わされて絶対絶命……んでもって保護者に泣きついたってところだな。生ガキだとは思っていたが、まさか親離れすらできてねぇとは思わなかった」
そして、
オール・フォー・ワンが出てきたということは、弔がそこまで追い込まれたということ。しかも、今回は返り討ちにあったのではなく、こちらが襲撃を受けたのだ。どちらが優位かは言うまでもない。
「毎度毎度あの子供の尻拭いとは……オール・フォー・ワン、やっぱアンタは衰えた」
男はスマホを懐にしまい、咥えていた煙草を灰皿に押し付けて屋外喫煙スペースから退出する。
「けど、まぁ……このままの展開だと、つまらねぇな」
帽子を深く被りなおし、男は轟音の響く戦場へと脚を向ける。
「もっと燃える
「……おかしい」
雄英生徒誘拐事件捜査本部。そこに詰めていた笛吹は、次々と上がってくる情報の全てに目に通していた。しかし、そこには笛吹が最も欲していた情報は全く出てこない。
「葛西はどこだ……?」
雄英高校の襲撃と同時刻に行われた都内でのビル放火事件や、その直前におこった若手ヒーローシンリンカムイが襲撃された事件から察するに、葛西が
「現場での聞き取りの結果、葛西らしき人物がこのアジト近辺に頻繁に姿を現していたことは確認できたのですが……」
筑紫も葛西がいないという想定外の事態に険しい顔をする。
「あそこに葛西が出入りしていたことは事実。だが、突入のタイミングであいつだけがいない、ということか」
――内通者か?いや、ならばどうして葛西だけがいない?
笛吹の脳裏を過ぎったのは、敵に情報を漏らしている内通者の存在。かつて、新しい血族と戦った際にも、警察内部の内通者の手によって捜査本部は大きな痛手を被り、笛吹自身も笹塚という悪友を失っている。同じ徹を踏むことだけは避けなければならない。
雄英の教師陣と、特別講師しか知らないはずの合宿場所を襲撃された件といい、こちらの情報を知る術を
しかし、もしも内通者がいるのならば、葛西以外のメンバーが全員残っているというのも不自然だった。
偶然席を外していた。そう言うのは簡単だが、彼らを相手にして、都合の悪い推測を「偶然」などという陳腐な言い訳で看過するわけにもいかない。葛西が現在進行形で新たな犯罪の準備を進めているために別行動をしている可能性もあるのだから。
「血族と
「いえ。当時の資料を洗いなおしてみましたが、シックスの関連企業や犯罪履歴からは繋がりは確認できませんでした。事件後の残党の足取りも調べましたが、国内では何も発見できませんでした」
筑紫の報告を聞いた笛吹はわずかに顔を顰めた。
「……ヒーロー共はあの
――こんなときに、あのアホそうな探偵ならば意外とすぐに結論を導き出せるのだろうな。
あの女探偵との付き合いは、もう二五年にもなる。当時女子高生だった彼女も、四〇代だ。高校卒業後は世界各地を飛び回り、探偵としての業績は世界でもトップクラスと言ってもいい。
今回の事件も、新しい血族が絡んでいることもあってアメリカでフードファイトに興じていた彼女に協力を要請した。既に日本に到着していることは、警察に届けられた機内食サービスの領収書から分かっているが、空港到着後の彼女の足取りは分かっていない。
しかし、笛吹は彼女のことを全く心配してはいなかった。
HAL事件の時も、彼女はそうだった。傍から見れば、彼女がそんな頭脳明晰な、小説などに出てくるような切れ者の名探偵には見えないだろう。しかし、彼女はああ見えて人の心をとても深く理解している。そこから事件解決の糸口を掴み、解決へと導くのだ。
きっと、今もどこかで人間離れした胃袋を満たしているか、人知れずこの一連の事件の真相に迫っているのだろう。
――まぁいい。葛西のことは後だ。ヤツラを縛り上げることができれば自ずと葛西の居場所を知る手がかりも手に入る。
笛吹は意識を切り替え、現場の状況がどうなっているかこの捜査本部の設けられた一室の隅にいる連絡係に確認を求めた。
「神野区の避難はどうなっている?」
「現在、現場に駆けつけた警官が住民の避難誘導をしていますが、未だに住民が残っているようです。オールマイトの見物客などの野次馬が集まり始めているらしく、彼らの避難にも梃子摺っています」
「ヒーロー見たさの野次馬か、忌々しい。では、誘拐された少年は?」
筑紫は首を振った。
「未だ保護したという情報は入っていません」
「結局、オールマイト頼みか……いつからこの国の警察は無力な
笛吹の嘆きに、筑紫は返す言葉がなかった。
脳裏を過るのは、かつての新しい血族との闘い。警察官としての誇りと、責務を守るために戦い抜いた日々。あのころの自分たちにあった熱意は冷めていないと筑紫は思っている。しかし、警察という組織にあのころの熱はあったかと言われれば、首を横に振らざるをえなかった。
犯人逮捕はヒーロー任せで、警察が担うのは根気が要求され、華々しい成果として認知されない地味な捜査ばかり。
確かに、国家権力を背景にした警察機構は一般市民にはない捜査権を有している。しかし、現行犯であれば逮捕権は一般市民にも存在するのだ。その権利を限定的に拡大する形で認められた国家機関としてのヒーローという制度は、警察から牙を抜いていったと筑紫は感じていた。
「かつて女子高生探偵の捜査に助けられてきた我々が言うのも憚られるが、今の警察の現状は情けないとしか言いようがない。」
「笛吹さん……」
「分かっている」
自分たちの会話が聞かれればこの現場の士気を下げることぐらいは言われずとも笛吹は理解している。だからこそ、顔の前で手を組んで筑紫にのみ聞こえる大きさに声を抑えていた。本来であれば場所を選ぶべき発言であるが、問題になる可能性は低いとはいえ、このような場所で零してしまったことに対し、笛吹は自分の制御できない感情の揺らぎを自覚した。
葛西の動向が一向に掴めないことに対する焦りと、犯人確保を自力で行えない警察の無力さに対する怒り、そして、かつての警察の力を知るが故の失望。
筑紫もまた、笛吹の胸中が理解できた。笛吹と違って表に出ていないだけで、筑紫も思いは同じだった。
しかし、現状を憂う彼らの意識は連絡員の絶叫じみた大声で現実に引き戻された。
「脳無捕縛部隊からの連絡途切れました!!」
「生徒保護部隊も新手の襲撃を受けています!!」
「歓楽街方面で大規模な爆発があったとの報告が!?」
「ベストジーニストが重傷!?」
たて続けに入る想定外の事態を知らせる報告に、捜査本部の警察官たちもどよめいた。ヒーローランキングトップ5のうちの4人を動員した作戦ということもあって、彼らは成功を確信していたのだろう。
笛吹は狼狽する捜査員たちを前に声を張り上げた。
「狼狽えるな!!まずは現状の把握からだ!!敵の人数、構成、こちらの被害を最優先で纏めろ!!」
笛吹の一喝で捜査本部は落ち着きを取り戻した。しかし、笛吹の額によった皺はより一層深くなっていた。
シンリンカムイがいなかったことから、原作よりも少し連合メンバーの捕縛に時間がかかったという設定です。
なので、警察にも突入後の状況が少し詳しく把握する余裕がありました。